【安部政権を振り返る】

政権の検証とアベノミクスの総括が不可欠

栗原 猛

 7年8カ月の安倍政権をネットはどう見ているのかと、クリックしたら不祥事リストが次から次に出てきて、1メール近くになった。赤城山の麓の禅寺で修行生活をしている先輩に送ったら、「戦後最低最悪の政権だ。世のため人のためがない。私利私欲と公私混同だけだ。田舎では皆、まじめに税金を納めるのが馬鹿馬鹿しくなったといっているぞ」と、一喝された。

◆ モラルと法的安定性を砕く

 政治が最も順守しなければならないことは公正、ルール、モラル、道理などであろう。ルールや制度を変えるのだったら、国会で議論しなければならないが、安倍政治は、大事な政治の原点を軽んじていたようにみえる。

 2015年集団的自衛権を合憲としたが、まず内閣だけで憲法の解釈を変えているがこれはおかしい。またそのために法制局長官を意のあった人に交代させているのも前代未聞である。司法検察の人事に内閣が介入するということもご法度だ。このように三権分立をないがしろにした責任は大きい。
 米国の反発などもあって、レジームチェンジは封じたが、取り組んだのはレジームチェンジそのものではなったか。戦前回帰や改憲に望みを託す右派組織、森友・加計問題、桜を見る会など、政治に深刻な混乱と不信を広げた。

◆ 無責任体制が蔓延

 戦後70年以上たち、定着していた議会政治になぜ強権政治が生まれたのだろうか。まず官邸の機能が強化されトップダウンがしやすくなったことが挙げられる。内閣と政党の関係は経緯があるのでちょっと整理してみると、戦前は、内閣総理大臣は閣議の司会役程度の立場で、陸海軍の大臣が力を持っていた。
 内閣法や内閣制度に詳しかった後藤田正晴氏(副総理、官房長)に生前聞いた話では、戦後はこの反省から、内閣総理大臣の立場を強化しないといけないということで、閣僚の罷免権を付与した。もともと首相は第一党の総裁が選ばれるので、罷免権が加わり強化された。その後、佐藤栄作、田中角栄両元首相のような影響力のある首相も出たが、これは首相の法的な地位からくるのではなく、与党のなかの大きな勢力から選ばれた党首だという立場によるとされる。

 安倍政権では「一強多弱」に加えて、内閣に人事局を設置し霞が関の幹部600人の人事権を掌握したことで、内閣法の想定以上に、内閣総理大臣の影響力は強まった。いまや独裁まがいのことまでできるとさえ言われる。ただしトップが、権力の使用に自己規制のある人だったらばもっと違っていたであろう。

 経済官庁の元閣僚は、人事権が官邸に集中したので、「役人は大臣の私ではなく、官邸の方を向いて仕事をしている感じでした」と言った。またある省の局長が官邸に移動した後輩に注意したら「先輩は安倍政権をつぶそうというのですか」と、言い返されたという話もある。統治機構に「忖度文化」が蔓延したことは大きな「負の遺産」である。

 謙虚さがないから心に響くものがない。本会議場で子供っぽいヤジを飛ばすのはもってのほかである。民主党政権時代の東日本大震災の対応について、悪夢のような民主党政権と評したが、それでは新型コロナ禍対策はどうだったか。アベノマスク、犬とくつろぐ動画の配信など、民意を見誤ったとしか言いようがない。
 自己を客観視する人ならば、反省があってしかるべきだろう。「責任は痛感している」というが、財務省の公文書改ざん事件で、近畿財務局の職員が亡くなったが、麻生太郎財務相、安倍首相はともに責任を取る様子がない。こうした姿勢が政権全体、ひいては官僚組織の無責任体制を広げていくのである。

◆ 「利して利する勿れ」

 首相主導になると官邸では、トップと少数の側近たちが影響力を持つ。するとお仲間主義になり排他的、秘密主義になる。都合の悪い情報は公開されなくなる。公表してもマジックで消したり改ざん隠蔽される。改ざんすると後で問題が起きた時、正しく処理されていても正しさを証明できなくなる。犯罪行為ではないか。
 官邸主導、トップダウンについては、専門家の一部に「政治家は民意を代表しているから大丈夫」という擁護論もあるが、政治家に世論や声なき声を受け止める姿勢があってのことである。今や政治家の三分二が何らかの世襲議員で、二代、三代と続くと政治家は家業になり、引き継ぐことが第一の目的になるという。

 政治家には自分が世論からどう見られているのか、客観視する視点が決定的に大事であろう。かつての民主党政権は、少なくとも透明性は安倍政権よりもあり、抱えている問題を国民に説明して議論しようという姿勢があったように思われる。
 「利して利する勿れ」という有名な古語がある。生涯500以上の企業を育て、日本経済の父といわれた渋沢栄一の座右の銘の一つだ。利益は独り占めにしないで、国民とともに分け合うものだという意味である。渋沢は90歳を過ぎても社会福祉団体の活動に携わっている。

 菅義偉新首相は安倍政治の継承と改革を掲げている。どこを継承し何を改革するのか、久しぶりに与野党そろって新体制をスタートさせたのを機に、安倍政治の検証とアベノミクスの総括をまず進めてほしい。

 (元共同通信編集委員)

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