【コラム】八十路の影法師

年頭二題

竹本 泰則

(一) 元日

 年が明け、元日を迎えました。いうまでもないことながら、この日は国民の祝日です。
 法律によると、祝日とは「自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために」、「国民こぞって祝い、感謝し、又は記念する日」を定めた、そういう日だそうです。そして元日は「年のはじめを祝う」日とされています。年の初めだとなぜ、また、何を祝うのか、能天気の身には不明なのですが、ともかく年の初めはお祝いすべき日であるようです。
 元日の「元」は物事の根元、あるいは、はじめといった意味をもつ字ですから年の初めを元日と呼ぶことに違和感はありません。しかし、年の初めがこの日であると特定する理由は何でしょう。1月1日といっても、たとえば太陽の位置が地球から最も遠くなる日であるとか、昼が一番長い日であるとか、そんな特別な日ではなく365日の中にあって、いわばOne of themに過ぎません。それでもこぞって「めでたい、めでたい」と言い合うのは不思議な気もします。
 
 もともと日本人は暦をもっておらず、朝鮮半島を通じて伝えられた中国の暦を学んだようです。中国暦の一か月は満ち欠けを繰り返すお月様によって決まります。月は太陽の光を受けてその形を見せていますが、全体が見えるのが満月。日が経つにつれて徐々に影の部分が拡がり、しまいには見えなくなります。このときを朔(さく)と呼びますが、そのあとすぐに月の端が細くあらわれます。これが新月(しんげつ)。この新月にあたる日が「ついたち」となります。
 中国暦には一年を二十四等分して、それぞれの季節を表した二十四節気というものがあります。その一つである雨水(うすい;2月の中旬から3月の初めころ)に入る直前の新月の日を元日とします。寒さが峠を越えて、次第に活動の季節に入ってゆく、その最初の日が元日ということでしょう。 我が国ではこの方式による暦(旧暦)を1873年(明治の改暦のとき)まで使用していました。その翌年、新暦になって以降は「普通の日」が元日になりました。
 日本人はもともと暦をもっていなかったと書きましたが、それでも月の満ち欠けは当然認識していたようです。満月の日を「もちのひ」と称し、この日を月初と考えていたといわれています。中国暦が導入されると月初めの日は新月に変わってしまうのですが、正月の15日(満月の日)だけは「小正月」として祝ったのだそうです。
 ついでながら、現在の中国ではグレゴリオ暦の1月1日を「元旦」とし祝日となっていますが、一方で「春節」も祝います。2024年の春節は2月10日から17日までとされています。2月10日は雨水(2月19日)直前の新月の日です。
 人の暮らしぶりは結婚、退職などの大きな節目があると、それを境に様変わりしますが、その後では、また毎年毎年同じようなことを繰り返すのが基本でしょう。そんなマンネリズムの中で、年が新たになるという仕掛けが、いつの間にかうつむき加減となりがちな気分に変化を与え、前を見るきっかけを作るということもあるかもしれません。だとするならば、元日は、たとえそれが「普通の日」であっても意味のあるものかもしれませんね。
 
 2024年、東京の元日は穏やかな陽気で明けました。その日の夕刻4時過ぎに石川県能登半島を中心にマグニチュード7.6という大きな地震が発生しました。散見される状況から、もともと道路事情が厳しく居住地域も小規模で点在しているなどといったところもあり、支援の手が届きにくいのではないかと心配されます。
 今年の二十四節気では小寒は1月6日。この日から「寒中」となり、大寒の末日の2月3日まで続きます。二十四節気がどこまで正確かはさておき、この先、天候は一層厳しくなることは十分に予想され、被災地のご苦労もひとしおと思われます。
 言葉の真の意味における「普通の日」が一日も早からんことを祈るのみです。

(二) 正月

 正月という文字表記も、考えてみるとおかしなものに思われます。普通に読んでしまうと正しい月……、ではほかの月は正しくないのか……。
 日本でも中国でも1月は正月ともいいますが、各月の表記は数詞に「月」の字を添えるのが基本です。ところが欧米では月に呼び名があって、それで表記されます。英語なら1月はJanuaryですね。ほかの言葉は知らないのですが、やはり各国で呼称があって日付はそれによって書くようです。
 日本も中国も日付には数字以外に年・月・日という文字を添えるから明確だが、欧米の場合、月の呼称が無いと数字だけが並ぶようになる。たとえば123では1月23日なのか12月3日なのか混乱するので、これを避けるために月の呼称が現代まで残ったのだというはなしを聞いた覚えがあります。案外そうかもしれません。今の世に、大昔の神話に出てくるような神様やローマ帝国皇帝などに由来する名前など似合いません。
 
 わが国でも月に名前をつけていました。1月は睦月(むつき)、2月は如月(きさらぎ)、3月は弥生(やよい)……というあれです。『日本書紀』には「きさらぎ」、「うげつ」といった訓読みが見られるそうです。この名前は和風月名とも言われ、わが国が明治の改暦によって太陽暦を採用するまでの間は一般に使われていました。しかし、今では十二か月の名前を全部言える人は少ないのではないでしょうか。
 なぜ和風月名が使われたのかわかっておらず、個々の名前の由来などにも異説があるようです。
 ちなみに1月は睦月(むつき)ですが、その由来についての代表的な説として国立国会図書館が紹介しているのは「正月に親類一同が集まる、睦び(親しくする)の月」だそうです。
 
 正月二日、夕刻の羽田空港。北海道・千歳空港発の日本航空の旅客機が滑走路上で海上保安庁の航空機と衝突し炎上しました。
 旅客機に乗っていた人の中には正月に家族や親しい人々と睦みあうために故郷に帰っていた人々も多かったのではないかと想像されます。
 乗員乗客は総勢379人だったそうですが、最後に脱出した機長を含めて全員が命を落とすことなく済んでいます。このことには大きな驚きと感慨を覚えます。
 事故直後の機内の状況の一部が放送されていました(あの最中に動画を撮影していたということにあきれる思いもしましたが……)。機体からあがる火炎が窓越しに見え、機内にも煙が漂っていました。濡れたハンカチか何かで鼻を覆い、からだひとつでほとんど這うような姿勢で動く乗客、かがみこんでそれを助ける客室乗務員も映っていました。
 東日本大震災直後の人々の行動に世界から賛辞が上がったという記憶も重ね合わせて、日本人にはパニック状態の中でも秩序を大きく乱さない自制の性情があるのかもしれません。それにしても、絶体絶命ともいうべき状況の中で、このような素晴らしい結末を現実化した客室乗務員をはじめとする乗員の判断力、はたらきにはただただ感じ入るばかりです。

(2024.1.20)
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