【コラム】
風と土のカルテ(81)

少子化を憂える大先輩が著したユニークな一冊

色平 哲郎

 敬愛する医学部の大先輩、邉見(へんみ)公雄ドクターの『令和の改新 日本列島再輝論』(幻冬舎、2020)は、地方で医療に携わる者、いや大都市圏も含めた日本の医療福祉の関係者にとって、重要な導きの書だと思う。
 今回は、この本について述べてみたい。

 邉見先生は、1944年に旧満州(中国東北部)で生まれ、中国残留孤児になりかねない状況でお母さんに背負われて帰国。徳島県の吉野川中流域の山峡で育った。京都大学医学部を卒業し、大和高田市立病院、京大附属病院を経て兵庫県の赤穂市民病院の外科医長、病院長を長く務めた。

 全国自治体病院協議会の会長に就き、15の病院団体が参加する日本病院団体協議会(日病協)の結成に力を注ぐ。診療報酬を決める中央社会保険医療協議会(中医協)の委員も務め、「チーム医療」の評価向上などに尽力している。

●ふるさと納税ならぬ「ふるさと医療」

 このように経験に富んだ邉見先生が初めて単著として著したのが、今回紹介する書籍だ。内容は、大きく分けて、少子化で国力が低下していく日本の近未来を見据えた「行政改革プラン」と、医療者としての人生を振り返った「回想」の2つからなる。

 「行革プラン」の主眼は、いかにして少子化を防ぐか。
 子育ての環境面で決して恵まれているとは言えない東京への一極集中が少子化に拍車をかけているとした上で、邉見先生は、例えば「中央省庁の46道府県への移転」などを提言している。気象庁は沖縄へ、農林水産省は自給率100%以上の北海道の他、宮崎、熊本などを候補として挙げた。

 その他にも、次のような策を「本気」で提案している。
・ふるさと納税ならぬ「ふるさと医療」の提供
 (心ある医師が医療の手薄なへき地や離島で、1週間でも1カ月でも診療をする制度)
・「国民皆保険制度」と憲法9条を世界文化遺産にすること
・子どもが選挙権を得るまでは、母親に子どもの数だけ選挙権を与える
 (母親は良い社会を作るのに適性がある、という考え方に基づく)

 初めて聞く人は、これらの提案のユニークさに気を取られる。しかし、激論必至ではあろうが、少子化で社会保障全体が危機的状況を迎えている今、真剣に考える必要があるのではないか。

●「家族や友人の手術はやるな」の意味

 一医療者としては、邉見先生の人生の歩みで「ああ、そうだったんだ」と目を開かれた記述が幾つもある。

 例えば、赤穂市民病院で外科部長として外科を統括するようになって、「家族や友人はなるべく自分の病院に呼び寄せて手術をする」ことにしたそうだ。
 身内の治療を他の病院に委ねるようでは病院の沽券にかかわる。身内も見ず知らずの人も同じように治療するから、多くの患者さんの信頼が得られる、と考えたのだろう。

 お母さんの下肢静脈瘤、1歳だった姪御さんの鼠径ヘルニア、義理のお母さんの胆石、中学の同級生の前立腺癌、高校の同級生の椎間板ヘルニア、、、と、縁者、友人、知人を呼んでメスをふるう。

 親友の外科医Tさんが早期胃癌と診断され、自院で手術を引き受けた。教授と、「神の手」と呼ばれていた先輩が執刀する。開腹すると「濁った腹水のある癌性腹膜炎」。抗癌剤腹腔注入など、あらゆることをやり尽くす。
 ところが、やれることをやり過ぎたためか、胃全摘出後の食道と小腸の吻合がうまくいかず、術後、二度と食事がとれないまま亡くなったという。
 みんなで助けようと頑張り過ぎたのが仇となった。

 邉見先生は、こう記している。
 「以前から『家族や友人の手術はやるな』と先輩から言われていた意味が良くわかった。やり過ぎたり控え過ぎたり、感情移入でオーバーサージェリー、アンダーサージェリーになってしまい適正な手術ができなくなるのである」

 物事は多面的に見なければ分からない──。
 本書に盛り込まれた政策提言やエピソードからは、自らの苦い経験も踏まえた邉見先生のメッセージが浮かび上がってくる。

(長野県佐久総合病院医師・『オルタ広場』編集委員)

※この記事は著者の許諾を得て『日経メディカル』2021年1月29日号から転載したものですが、文責は『オルタ広場』編集部にあります。
 https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/202101/568876.html
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