【対談:日中関係の出口を探る】

安倍政権下での改善は可能か—尖閣の非国家化と共同利用を

朱 建栄 岡田 充

 尖閣諸島(中国名 釣魚島の)をめぐり緊張が続く日中関係に、改善に向けた兆しが見え始めた。4月初め安倍首相が、胡耀邦・元総書記の長男の胡徳平氏と秘密面談し意見交換。5月に入ると、日中友好議員連盟会長の高村正彦自民党副総裁が、中国共産党序列3位の張徳江・全国人民代表大会常務委員長と会談し、今秋北京で開かれるアジア太平洋経済協力会議首脳会議の際の首脳会談を提案した。トップ会談再開の道筋は見えないものの、双方の呼吸が合い始めた背景に何があるのか。東洋学園大学の朱建栄教授と共同通信客員論説委員の岡田充氏の二人が、日中関係の現状と打開策、島の将来について話し合った。

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【朱建栄】 去年の7月から今年の1月まで中国で拘束されて、いろいろと調査を受けましたけれど、疑いが晴れて戻ってきました。私が拘束されたのは、今の日中関係の厳しさ、双方の政府間の敵意にも感じられるような対立が最大の背景だと思っています。ただ戻ってから、多くの日本の方が心配してくださった事、応援してくださった事に非常に感動し、本当に感謝しています。中国でこのようなことになったことは、逆に中国政府から指図を受けて何かをするということではないことが明らかになったということであり、これからも今まで通り一研究者としてやっていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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(1)現状
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【岡田充】 それでは早速始めたいと思います。日中関係の現状と打開策、それに将来どうするのか、この三つに分けて話を進めます。
 第一に現状です。2012年9月に野田政権がいわゆる国有化をして以来もう1年半たつわけです。この間、中国の公船が毎日のように尖閣海域に現れる。安倍首相は「力による現状変更は認めない」と言い、中国を意識した防衛力強化を進めてきました。その意味で、日中関係はこの1年半の間に「安保のジレンマ状態」に陥っていると思います。
 まず、中国が毎日のように公船を接近させるその意図、力で奪おうとしているのではないかと懸念する人が多いと思うのですが、中国の意図はどこにあると思いますか。

■中国、追いつめられ強い対応

【朱建栄】 アメリカの研究者の書いたものですが最近の動きから話をしますと、実は今年の1月以降中国の公船の来るペースは、去年と比べるとかなり落ちていて、ほぼ1週間に1度が2週間に1度になっている。中国は中国に主権があると主張しているのですが、これ以上の関係の悪化にならないように配慮しているとアメリカ人研究者は指摘しているのです。

 今回、中国は日本政府の国有化に対してかなり強烈な反応をしたのですが、やはり、日中のいろんな要素が重なって、中国とすれば、どこかここで強い反応を示さないともう次に島の主権を主張するチャンスがないというような焦燥感、危機感に追い込まれていた一面もあったのではないかと思われるのです。
 もちろん、それについていろんな人の見方があります。中国はただの言い逃れだとか、いいがかりだと言う人もいるかもしれませんが、多くの公文書や生き証人の証言で示されたように、1972年国交正常化当時、明らかに島の問題は決着を避けて棚上げにしようと双方に一種の暗黙の了解があった。そのような話は特に78年の日中友好条約締結の時に、日本の外務大臣もそれについて認めていたわけです。今の中国から見ますと、日本はかつて暗黙のルールで棚上げということを認めていたのに今は一切認めないだけでなく、領土問題は存在しない、さらに国有化するということで中国はいわば追い詰められたわけです。

 中国はなんで今言うのかというと、日本政府が国有化に踏み切ったこの時点で強烈な反応示さないと、すでにじわじわと実効支配を強めている日本に対して、紛争未解決、棚上げに関する主張を言うチャンスは永久に失われてしまうと考えたからです。そういう意味で中国は、これを最後のチャンスだということでやったのだと思います。さらに言えば、当時、胡錦濤時代の最後だったのですけれども、すでに習近平が外交など指揮権をとっていたと聞いています。日本側は中国の内政事情への判断を見誤って、胡錦濤時代は内政外交のいずれの面とも先鋭的な対立を避けようとしたので、島の紛争でも強烈な反応をしないだろうと考えていたのではないか。しかし習近平氏は明らかに違っています。最近の中国で行われた汚職腐敗した大物政治家への容赦ない摘発でもわかるように、この習近平が担当する外交でも、「相手にやられたら絶対やり返す」という強硬なスタイルになったこと、予想できなかったのですね。

【岡田充】 日本側が仕掛けたので、強く反応しないと歯止めが効かなくなるということですね。

■軍事奪取の可能性はゼロ

【朱建栄】 中国では軍を含めて日本に対して強硬な表現の声も出ていますが、私は中国のいろいろな対外発言を見る上で、強硬な発言だけを取り上げてこれが中国の姿勢だというように見るのではなく、中国のいろいろな発言を冷静に見分ける必要があると思います。それぞれの発言については三つの立場に分けられると思います。

 一つは一部の強硬派の発言です。このようなスタンスを取る人は日本にも中国にもどこの国にもいるし、中国の政権内部、軍内部にもあります。二番目は、外交的な駆け引きに使われる発言です。しかし、私は、一番重視すべきなのは三番目の、中国の主要な指導者の発言だと思います。彼らの発言を見てみると、実は尖閣、中国でいう釣魚島に対する立場は一貫しているのです。それは棚上げが目的だということです。日本では中国が武力でこの島を奪取しに来るのではないかという話がありますが、これを中国のいろいろな研究者に聞いても、だれも最初から全くのナンセンスだと言います。中国軍の侵攻を云々すること自体、日本国内で防衛力などを整備するための口実にしようとしているのではないかと思われるのです。私は中国がこの係争の島を軍事的に奪取する可能性はほぼゼロだと考えていいと思っています。

 第一に中国が軍事的な強硬策に出ればまさにアメリカに対中包囲網をつくる口実を与えてしまう。第二、今の中国経済は世界経済に大きく依存しているので、先に武力行使をすると国際社会から経済の制裁を受けて中国の経済は完全に崩壊します。それから、あの島は、台湾のすぐ近くにあって、中国が攻めていけば台湾との平和統一も出来ない。こういうことは中国では全くの常識です。しかし日本の方には中国が武力を使うのではないかという不信感が強くある。相互理解と信頼の欠如、パイプ役の不在などの原因とともに、中国の「脅威」を煽って得をする勢力もあるからではないでしょうか。

【岡田充】 その通りだと思います。中国内部にある三つの声を分析し、米中関係あるいは台湾を含めた国際環境を考えれば、軍事力で奪取する可能性はまずないと私も思います。習近平は去年の7月末、中国共産党政治局の会議で、領土紛争の処理について三つの原則を出しました。第一は、領土は我々のものである。第二に争いは棚上げする。第三には共同開発。これは中国首脳部の基本的な領土争いを解決する原則と考えていいのではないでしょうか。

■日米中の三角形に変化

【岡田充】 しかしその一方で、日本のメディア報道を見ても、中国の公船が毎日12海里の中に入ってきて、やはり力で奪おうとしているのではないかという疑念を抱く人多いのではないでしょうか。例えば2013年の2月の初めでしたか、中国の軍艦が日本の自衛艦に対してレーダー照射をしたと防衛省が発表した。さらに2013年11月末には、中国国防部が防衛識別圏を尖閣諸島を含めて引いた。これに対して安倍首相は「尖閣諸島があたかも中国領土のような引き方をするのはけしからん」と撤回要求を出しました。一方、アメリカ政府は中国の防衛識別圏については、「事前に関係国の了解を得ていない一方的措置」として強い批判をしていますが、撤回要求まではしていない。またアメリカの民間航空会社が中国に事前に飛行計画を提出することに反対していません。防衛識別圏は国際法上の規定はなく、各国は勝手に引くことが出来る。この問題では、日米間の足並みの乱れが露呈しました。

 朱さんは中国が武力で尖閣を奪う気はないことを国際環境から説明されたわけですが、この国際環境に話を移したいと思います。去年の12月26日安倍首相が靖国神社を参拝して以来、日米、米中、日中という、日米中の三角形に微妙な変化が表れ始めていると思います。安倍政権とこれを後押しするメディアは、日米軍事同盟を強化して中国の軍事的膨張を抑えるという戦略で対応したい。

 一方アメリカは、安倍首相が靖国参拝をしたことで、安倍政権は歴史修正主義をやろうとしていると受け止めた。オバマはこれを認めるわけにいかない。習近平との間で「新しい大国関係」構築をうたっている以上、安倍が望むような「対中包囲網」を敷くわけにはいきません。朱さんは米中関係、日米関係、日中関係そしてこの三つの2国間関係と、その三角関係の変化で、最近なにかお気づきになる点がありますか。

■すべて島に結びつける日本政府

【朱建栄】 今のお話で私はむしろヒントを得ましたけれども、この東シナ海で起きている一連のこと、すなわち、日本が公表した去年2月のレーダー照射事件、それから11月に防空識別圏の設定などにおける日本とアメリカと中国の全般的な姿勢や立場を言えば、日本政府はどうもこれらをすべて島の問題と結びつけようとしています。日本国民は島が奪い取られるということを常に恐れるのですから、当然中国のすべての動きに対して警戒や反発を覚えます。外部から見るとこれは日本政府が国民を軍拡支持の方向に誘導しやすくしていると思える。

 一方アメリカや中国の防空識別圏などをめぐる言動は島と直接関係ない。東シナ海ないし西太平洋地域をめぐる地政学的な駆け引きと受け止めています。レーダー照射事件はあの係争の島から100数十キロも離れたところで発生し、島の問題と関係ありません。防空識別圏は日本の設定に対するやり返しと考えています。

 防空識別圏に関しては、かつて日本がアメリカの設定したものを受け継いで、中国の浙江省沿岸まで約130キロのところまで設定しているから中国は今回、沖縄から130キロというところまで設けて対抗しているわけです。

【岡田充】 防衛省はレーダー照射事件の当初、発生場所を「尖閣周辺」と発表しました。しかし2、3日後に「130〜150キロ」と修正する。仮に130キロとすれば、東京都心からだと、富士山を越えて静岡あたりの距離です。これを「尖閣周辺」とは普通言いませんね。

【朱建栄】 東アジア全体で安全保障体制をどのように新しく作り直すか、危機管理体制をどうするかというのは重要な課題ですが、その点で強いて言えば、米中は、着目点が一致している。しかし、日本はどうも島と結びつけてやろうとしている。そこで逆に日本とアメリカの間で違いが出てきているし、一方中国側からすれば、日本はこれらの問題を使って対中脅威論を煽って国内の政治目的のためにやっているのではないかという不信感になる。

■海洋進出は当然の権利

【岡田充】 いい指摘だと思います。中国が自身の海洋戦略を進めることと、島の問題をごちゃごちゃにしているところがあります。中国の海洋進出を西太平洋で言えば、第一列島線から第二列島線へ出ようとしている。これをアメリカと日本、つまり日米同盟から見ると、既成の海洋秩序を中国が破壊しようとしている或いは挑戦しようとしていると映る。その点について中国側の配慮がちょっと足りないのではないかという意見があります。

【朱建栄】 私も、勃興する大国がこれまで失われた権利とみたものを主張することはある意味では当然な成り行きである部分があっても、周りの国ともっともっと意思疎通をして理解されるような形でやらないといけないと思います。第一列島線突破とか第一列島線の中を中国の内海にしようとするとか、その見方自体が歴史的に見て誤っていると思うのです。そもそもこの第一列島線、第二列島線はアメリカ側が中国など、いわゆる共産圏の国家を封じ込めるために設定したもので、普通このような海に出ること、大洋に出ることは当たり前の権利ですが、その権利自体が冷戦時代に奪われたと中国はくやしがっています。しかし太平洋に出るということは他国の権益とぶつかり、懸念を高める一面もあるから、中国の海洋進出は諸外国にもっと理解されるような形でやらないといけませんね。

 中国は今や世界一の貿易大国です。エネルギーの供給や貿易は、かつての日本よりはるかに海、シーレーンに頼っているので、そういう意味では海に今後はもっと出ることが予想される。アメリカは2020年頃、シェールガス、シェールオイルの開発で中東に依存する必要がなくなり、その軍事力も中東から引っ込んでいくと考えられます。アメリカの撤退によって生み出されるシーレーン防衛の空白状態をどうすればいいのか、中国はすでに懸念を深めつつあります。そういう意味で海洋進出は国家戦略的な部分もあります。それを日中で話し合って、協力体制を作っていかなければいけないと思います。

【岡田充】 既得権益について言えば、既に持っている側が自分たちの権益を奪われるのではないかという意識が強くなる。いわば被害者意識に近いものがあると思うのです。いずれにしても、島の処理の問題と中国の海洋進出の問題をごちゃごちゃにしてはいけない、きちんと分けて考えるべきだという御指摘は全く同感です。

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(2)打開策
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■対話再開の糸口は?

【岡田充】 話を2番目の打開策に移したいと思います。日中間では2012年5月以来、首脳会談が行われず、閣僚級以上の対話も中断が続いています。このままではいけないということは双方とも気づいていると思うのですが、なかなか前に進まない。

 原因の一つは、安倍首相が『我々は対話のドアを常に開けている』と言いつつも、「日中間には話し合いで解決すべき領土問題は存在しない」と、領土問題の存在を否定し続けていることにあります。一方の中国側は、着地点としては領土争いの「棚上げ」を主張するけれど、「領土問題の存在を認めること」を会談開催の条件にしている。つまり領土問題存在の認否が入口の高いハードルになっています。そうなると、なかなか打開の糸口が見つからないと思うのです。

 こうした中で4月に入って、80年代の中国のトップだった胡耀邦さんの息子さんの胡徳平さんが日本に来て、安倍首相ともクローズドアで対話した。それから東京都知事の舛添さんが北京に行きました。舛添さんは訪中に先立って、安倍さんと会食しながら意見交換したようですから、対話再開の糸口を探る動きが出てきたような感じがします。

【朱建栄】 私も日中関係がただずるずると悪化する一途というより、ここらへんで食い止めようとする一種のバネが働いてきたのかなと、少し期待しています。両国の中の改善を求めるバランス感覚が時計の振り子のゆり戻しと同じように働いたのではないかと思います。今言われたように安倍さんは今まで「ドアは開いているが前提条件は受け入れない」というスタンスですが、島について何ら交渉する余地がないというような話では中国から見れば、完全に不信を感じるだけです。

 今まさに目の前で衝突が起きかねない問題が出ているのに『問題が存在しない』或いは『交渉しない』というのだったら首脳同士が会うのは何のためか、というのが中国からの見方です。安倍さんのこのスタンスはアメリカから関係改善を図って中国ともっと交渉せよと迫られているから、アメリカに見せるポーズに過ぎない。本気で交渉しようとしないと北京から見られている。ということは、安倍政権がこの島の問題をある程度緊張状態にしておくことが、国内での改憲や集団的自衛権の導入実現などに利用できると計算し、そして実際に利用しているのではないかというのが中国からの見方なのです。

■「領土問題の存在」どう表現?
画像の説明
【朱建栄】 一方の中国は島の問題で領土問題を認めて棚上げせよという立場ですが、双方が島をめぐる紛争をエスカレートさせないという点で共通認識をもっているとすれば、日本の0(領土問題存在せず)と中国の1(領土問題あり)の間に、0.5への妥協を求める交渉は可能だと思うのです。今まで中国側は、安倍首相が0から出ようとしなかったので我々も1としか言えなかったのだという考えでしょう。おそらく今は双方とも0.5という落とし所が必要と感じ始めているから、水面下で動き出したのではないかと思います。

【岡田充】 0と1というのはものすごく開きがありますが、0.5というのは言い得て妙ですね。去年の話で思い出すのですが、2010年の中国漁船衝突事件の際、外相をやっていた前原さんが中国に呼ばれて講演をした。領土問題の存在を認めるか認めないかというコンテクストの中で、彼なりのアイデアを出したのだそうです。そのアイデアとは『領土問題に関して、中国が我々とは異なる主張をしていることは承知している』という言い方なのです。

 実は1985年4月22日の衆院沖特委で、安倍首相のお父さんの安倍晋太郎さん(当時外相)が国会答弁で、同じような言い方をしています。ちょっと議事録をみると、安倍晋太郎外相は「中国が独自の主張をしていることは承知」としながら「中国との間に尖閣諸島の領有権をめぐって解決すべき問題はそもそも存在しない」と答えています。同時に、中国が求める大陸棚の石油共同開発については「中国との境界画定問題があるので…中略…今後中国側と相談していく」と答えています。

 「領土問題は存在しない」と言いつつも、「主張の違いを認める」という。事実上、領土問題が存在することを認めた発言だと思うのです。この表現で双方は妥協し得るかどうか、朱建栄さんはどう思われますか。

【朱建栄】 これは妥協であり、危機回避の一歩になると私は思います。外交というのはやはり知恵というものです。それぞれ国内向けの主張と、外交の現場で双方が相手の立場を考慮してぎりぎりの妥協や歩み寄りを重ねることとの板挟みの中から、知恵を出すということです。今までは、かつての自民党政権と中国との間でまさにいろんな問題をめぐってそのことをやったわけです。靖国神社についても、06年秋の安倍第1次内閣のときに、国内向けでは公には靖国に行くとも行かないとも言わなかった。

 しかし、後に明らかになったところによると、裏の交渉では安倍さんは中国に対してもう行かないのだと約束していたわけです。公にされた国内の立場と一方では外交上の落とし所を探す、これが06年の段階でできたわけです。こういう事実は島をめぐってでもそれが可能だということを意味します。中国側から見れば、民主党政権の途中から今の安倍政権を含めて、島の問題を全部0に持って行こうとしているように見える。それはさすがに中国としても外交交渉の余地がない。今、可能性が出てきて最後に0.5か0.4か0.6か、それは交渉次第ですが、話し合いに向かうのが大事です。まず外交交渉のレベルでは東洋人の知恵を働かせて双方の主張を包括できるようなバファーゾーンをつくる。そして実際の現場では、衝突が起きないように暗黙の了解ないし共通の行動ルールを作る。今まさにその方向に向けて水面下の探り合いがようやく動き出したばかりです。予断を許さないものがあるとしても、わずかながら光が見えてきていると思います。

【岡田充】 日中関係を少しおさらいしておきます。2002年小泉政権が誕生した後、靖国神社に参拝して日中関係は政治面で凍りつきました。朱さんが指摘したように、第1次内閣の安倍首相が2006年に中国を訪問してその氷を割った。この時は、日本の経済界が果たした役割は非常に大きかった。しかし、今回はなぜか日本国内の経済界の動きはそれほどアクティブではないという気がするのです。2006年と今回の違いを感じられていますか。

■対日重視論の台頭見逃すな
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【朱建栄】 まぁ微妙にそういう違いはあるし、経済界の政治への牽制力、それはかつてに比べれば弱いのではというのは言われる通りですが、私は経済界も水面下では声を出していると思います。問題は安倍政権そのものが強烈な個性を出し、違う声を圧倒していて誰も表だってそれを言えないような雰囲気なのだと思います。そういう意味で私は底辺では共通しているものはあると感じています。

 ついでにそれに関していえば、中国の対日外交における背後の状況には変わってない部分と変わっている部分があると思います。特にその新しい動きをもう一度よく見極める必要がある。習近平体制は決して日本で言われるように完全に対日敵視、安倍政権とは付き合わないという戦略や方針を決めたわけではないと思うのです。今年1月の中国の新聞に歴史問題をめぐって安倍政権と長期戦・持久戦でやるんだと研究者が寄稿しましたが、これは一人の研究者の見方であって、あたかもそれが習近平体制の決めた方針と受け止めるのは明らかに誇張で、間違っています。

 習近平体制は、前の10年間の胡錦濤時代には、良いことも沢山やったが今後の発展のために避けて通れない多くの重要な課題を後回しにしてしまい、問題を逆に深刻化したという危機感を持っているように感じられます。だから、まず経済の構造改革に着手し、民意の台頭を意識して汚職腐敗対策を今一生懸命やっています。前指導部の常務委員(周永康)ですら、拘束され取り調べを受けている。言ってみれば、現時点では習近平は国内問題の対処に没頭していて日本との関係を繊細に処理するまで手が回らない。さらに安倍首相の靖国参拝は中国指導部を一層失望させ、怒らせているでしょう。外交面では今、優先的に対米関係でどのような新しい枠組みを作るかという事を考えているが、全般的な外交戦略を決めるのにはまだ時間が必要です。したがって現時点で習近平体制はすでに安倍政権を相手にせず、というような対日戦略を決定していないと思います。北京の中国人民大学の時殷弘教授も同じ見方をしています。

【岡田充】 時殷弘さんというのは、かつて「対日新思考」を主張した人ですね。

【朱建栄】 この方が言うには習近平さんは確かにお父さんが、かつて日中戦争を戦った世代ですから、日本の侵略や靖国参拝などに関しては感情的に警戒する一面がありますが、ただ彼は地方のトップを務めた時には日本の各界と幅広い交流があり、人間関係を沢山持っていて日本の経済などのよい所をよく認識しています。これまでは中国指導部は日本のことを十分に考える余裕がないし、安倍政権も中国との改善に真剣に取り組もうとしなかった。しかしこれから双方とも複雑な諸問題に妥協点を見出しながら同時に日中関係を再構築する方向に動き出すだろうとの見方です。

 これからの日中関係を考えるうえで中国の現状をどう正確に理解するかが重要です。私は今の中国の中で、日本に強い姿勢を示す勢力と、一方は対話を指向する勢力の両方が存在していると思います。軍は日本も中国も相手が脅威だと主張して軍事費の増加を取り付けようとするという一面があります。しかし中国の中で今、対日関係重視論が少しずつ台頭しているように私には感じられます。

 第一には経済分野では中央政府省庁から地方政府、民間企業まで、中国の発展や大気汚染などの問題解決で日本との協力が必要だと考えている人が多い。第二、中国のホワイトカラー、中産階級は日本を含めた外部世界を知るにつれて、マスコミやネットでの極端な声に左右されずに日本を評価する人が増えています。今、日本に観光客として沢山来ているのですが彼らは「是は是、非は非」というクールな目で日本のよさを素直に見ている。そして三番目に、多くの学者もアメリカも重要だが日本も重視して東アジアの連携、日中韓FTAを依然推進すべきだという声が高まっています。そういう動向と合わせて中国の対日政策の行方を見るべきだと思います

■「太子党」の役割に着目

【岡田充】 中国の対日外交政策を見る上では、習政権が直面している問題全体の中から考える事が重要という御指摘でした。まず経済の構造改革があり、江沢民・胡錦濤政権からずっと引き継いできたツケを解決することが最優先課題であって、その処理に手一杯だということです。確かに対日外交は重要だが、中国が抱えている全体の問題の一部として見るべきだというご意見に賛成です。

 また対日強硬派としての軍の存在にも触れられました。軍は、ある種の緊張状態がなければ彼らの存在基盤がなくなるから、強硬派にならざるを得ない。さらに、対日重視派の中では経済界が重要なのではないかという指摘も出ました。特に日中間では PM2.5という大気汚染問題が深刻な問題になっていて、閣僚級以上の交流が中断する中でも環境交流だけはきちんとやっている。

 これは注目すべき動きで、日本の経済界も重視しているし、中国の自治体も真剣に取り組んでいる。お互いの共通利益、つまり win−win の関係が成立し得る分野です。共通利益からまず手をつけ、誰も住まない無人島の争いを目立たないようにするというやり方こそ必要だと思います。安倍さんを見限って持久戦でいくという見方は、一研究者の見方であって、習政権が決定したわけではないという指摘でした。朱さんから見ると、安倍政権下で日中の膠着した関係を打開することは可能だと思われますか。

【朱建栄】 今のところ慎重的な楽観としかいいようがないのですが、私は去年の2月か3月に北京の国際関係メディアに『二人の安倍さんがいる』と寄稿して中国で話題を呼びました。安倍さんが二人いて、時には自分で喧嘩しているから中国もちょっとその両方を見分ける必要があると指摘したのです。私は何度か安倍さんとテレビで一緒にしたのですが、彼の考え方はかなり右で保守的であることは間違いないでしょう。それは祖父の岸さんから受け継いでいるものがある。
 一方、そのお父さん安倍晋太郎は外務大臣やいろいろ政府の要職を務める中で、かなり現実的に外交・内政に取り組んだのです。今の安倍首相は父親の現実主義という一面も受け継いでいるから、中国は安倍さんを一面的に見るのではなく、その両面に対して対処すべきだという事を問題提起したのです。

 自分の新聞寄稿は当初、安倍さんを弁護する言論だと中国のネットで批判されました。しかし今の中国では、安倍政権を複合的な視点で見ようとする変化が起きているように感じられます。二点を付け加えますと、まず経済面で、日中韓のFTA交渉について、実は韓国は日本と経済構造が似ていることもあって、中国とだけ先にやろうと去年後半から盛んに中国に働きかけています。しかし中国政府はやはりそれは日中韓でやるんだということで譲っていないのです。中国政府は内心、日本への評価と期待が依然高く、長期的に見れば日中韓三か国の協力体制が中国に有利だという認識を持っている。

 もう一点は先程も話に出た胡耀邦さんの息子の胡徳平さんが来日したということです。なぜ胡徳平さんが来日して安倍首相とも極秘に会ったかということですが、実は中国国内の今の権力構造と関係があります。太子党グループすなわち建国世代指導者の子息たちは今年2月の春節に会合をして、「習近平さんは今、既得権益集団や長老の汚職関連に果敢にメスを入れているが、大変難しい状況に置かれている。今こそ我々は一致団結して習近平さんを支持しよう」というコンセンサスを得たと伝えられています。

 そういう意味で太子党グループは、「習近平さんの対日政策がまだ十分にできていないから、我々はそれにも協力しよう」ということに進んで乗り出した。だから胡徳平さんがそのような使命をみずから引き受けて日本へ来たのだと思います。すなわちそれは中国外交部が企画した行動ではなく、もっと上のレベルで習近平主席の対日政策に積極的に協力しようという姿勢の表れです。

【岡田充】 興味深い分析です。去年の話になりますが、2013年1月に公明党の山口代表が習近平さんと会うのですがその時、習近平さんは、安倍首相について、安倍首相が戦略的互恵関係の推進を強く主張していることについて高く評価していると述べたことを一つ使え付け加えておきます。

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(3)将来
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■民間主導で歴史資料の共同調査を

【岡田充】 では第3の「将来」問題に移りたいと思います。朱建栄さんは、この問題を解決するには1か0かではなく、0.5もありだという指摘をされました。冷静に考えてみると、あの島は、誰も住まない海の孤島です。しかし、今は中国の公船が近づくと、日本の海上保安庁の巡視船がきて、「早く出て行け」という風景が毎日のように続いているわけです。誰も近づけないゼロ以下の価値しかないだけでなく、場合によっては衝突の危険さえある。あの島にいかほどの価値があるのかを考えると、マイナスどころか危険な島になっている。この危険な島を一体どのように処理すればいいのか。これは最終的に突きつけられた課題だと思うのですが、朱建栄さんはどう処理すべきなのかアイデアがあればお話し下さい。

【朱建栄】 是非、建設的な話ができればと思います。今のお言葉ですが毎日のように中国の公船が出てくるというのが今の日本の中での一つの認識一つのイメージであることに間違いないのですが、中国の報道を見れば中国の船はそのような頻度では出ていません。アメリカ人記者の記事によると、最近は、その回数も落ちていること。それから去年、中国側の多くの船が長時間入ってきたときは、いずれも日本の一部の主義主張を持った人のいわゆる民間の船がその海域内で行動するので、中国側がそれを阻止するという大義名分で公船を出動したわけです。今は日本の海上保安庁や政府も、いわゆる民間団体による行動を事前に説得して止めようとしている。ですからそれ以降は実は双方とも公では認めないが、事態の悪化、特に衝突の発生を事前に防ごうという暗黙の了解が少しずつ積み重なっているように思われます。

 島の問題では日本の中は完全に「日本のもの」という意見一色ですし、一方中国に行けばみな「中国のもの」と言っています。そういう中で、学者としては、感情的な主張を超えて、尖閣・釣魚島を巡る、それぞれの政府の発言、公文書、報道を客観的に扱う歴史資料の整理・調査というものが必要ではないかと思っています。

 今のところ両方とも、自分にとって有利な資料を使って「自分こそが正しい」と主張しているのですが、私は、自国に有利か不利かということでなく、これが本当の歴史的な資料であれば特定の立場から取捨選択することなく、資料集に収録して両国政府、両国民ないし世界に提供していきたいと思います。できれば日本・大陸中国・台湾・香港など各地の学者が共同でやるべきだと考えています。かつて日中歴史共同研究もありましたが、その経験と教訓を生かして、特に若手学者が一緒に入って民間学者の主導で取り組むべきだと思います。

 そのような島の歴史をめぐって学術的な調査や研究をしている間は、両政府がこれ以上の発言や行動をしないよう呼びかけます。こういうことを通して両国ともそれぞれの立場・主張に欠けているものがあることを悟るでしょう。その上で、誰も住んでいないこの無人島をどうするかを一緒に考えればいいと思います。

 もう一つの現実的な問題として、今は両国ともマスコミが島の問題を注目しすぎて、煽りすぎて問題と対立を巨大化させ、その結果、両国政府とも妥協する余地を狭められてしまって、歩み寄りができにくくなっているのです。今までも、日中間で島の問題や歴史問題など大きく対立する時期がありましたが、最終的には、局地的な問題をある程度封じ込めたり、棚上げしたりして両国間の政治・経済・民間交流など全般的、大局的関係を発展してきました。

 最近は島の問題が余りにもクローズアップされているので、この問題で出口を見出すためにも、「過度な関心」という状況を変える必要がある。その意味で経済・文化交流などを復活させる中で、島の問題が日中関係全体に占めるウエイトを限りなく小さくしていくべきです。そうすれば最後には、岡田さんの言われるように、あの小さな誰も住んでない島のためにここまでむきになって喧嘩する価値があるのか、それより日中が協力する方がはるかに価値ありで双方にとって得があるということに、両国の大半の国民は気づくでしょう。そのような大局重視の共通認識を広げていかなければならないと思います。

■平和特区で非国家化を

【岡田充】 貴重なご意見ですね。まず第一点は日中台などの学者が一堂に会して、民間で客観的な歴史資料を調査する。またこの島問題を極大化せずに、日中協力でこの誰も住まない無人島の価値を低めるようにすべだというご提案だと思います。
 手前味噌になりますが、ひとつ紹介させてください。2年前に『尖閣諸島問題、領土ナショナリズムの魔力』という本を出したのですが、つい最近台湾でこれが翻訳出版されて、4月7日に台北で発表会がありました。

【朱建栄】 おめでとうございます。

【岡田充】 その際、発言した私の提案を一つだけ紹介させていただきたいと思います。先ほども申しましたが、ゼロ以下の価値しかない島で、しかも衝突の危険性すらある島をどうにかして、プラスに転化しなければならない。プラスに転化することで、その馬鹿らしさを皆がわかるようにすること。これが重要だと思うのです。
 日中間の領土ナショナリズムは、とっくに「領土問題」「歴史問題」を離れて、軍事衝突の危険をはらむ「安保のジレンマ」に発展しつつあります。そこで衝突の危険を防ぎ「ゼロ以下」の価値しかない島をプラスに転化するための提案です。具体的には、尖閣諸島を沖縄・石垣、台湾・宜蘭、中国・福建省の三自治体で構成する「海洋平和特区」に指定し、利用・管理を特区にゆだねる構想です。「国家の海」を「人の海」に戻す試みでもあります。「空想の産物」ないし「血迷ったか」まで、ネガティブな反応ばかりが頭に浮かびます。しかし想像力とは、いまは見えない遠くにあるものを引き寄せて見えるようにする力だと思います。

 国家を主体とする旧い国際政治の枠組みをいったんバラバラにしないと、新しい出口は見つからない。目的は、この海域を共通の生活圏としてきた人々が、境界を越えて利益を得る枠組みをつくることです。利用・管理を三自治体でつくる特区にゆだねるのは国家ですから、それぞれが主張する「主権」の主張は相互に否認されません。その意味では新たな「棚上げ」であり、「一島各表」(島の主権は各方が表明)と言ってもいいですね。詳細は詰めていませんが、12海里と接続水域は非武装地帯とし、公船の立ち入りを禁止する。もちろん軍艦もだめです。まず環境・資源調査を先行し、利用・開発計画を定めるというのが概要です。

 主権・領土とは絶対的で排他的な観念ですから、いったん国家と国家、あるいは政府と政府の土俵で議論してしまうと、絶対に妥協できなくなる。これこそが「領土ナショナリズムの魔力」です。それならば、いっそ島を非国家化してはどうか。衝突の危険があるから非安保化してはどうかと、台湾で話しました。
 提案をしたところ、台湾側からは馬英九総統が2年前に提案した東シナ海平和イニシアチブと共通する考え方であるので歓迎するという答えが戻ってきました。

【朱建栄】 岡田さんが考えているのは非常に重要なことで、しかも日中台のいずれも受け入れられて、問題を乗り越えていくヒントが入っていると思うのです。お説のように非国家化、脱国家化、脱安保化、現地の共同管理、さらに地域主導の共同開発というアイデアに全く賛成です。同じ趣旨の下で言えば、このような協力に持っていくための前段階で、思いつきの提案ですけど、日本・中国大陸・台湾・香港の研究者などをどこか第三者の船を使って島に一緒に上陸してみようじゃないか。日本人も大陸も台湾の人間も乗った民間船が同海域に入ると、どっち側の当局も取り締まるのに困るわけです。次にそれぞれの県、省レベルの自治体もこの問題をめぐる話し合い、協力に入っていく、というような国益先導の図式を打開するアプローチの方法があると思います。

■周辺100海里で気候変動調査も

【朱建栄】 さらに、今おっしゃるような「脱、非国家化」という意味をもっと広範囲で考えるならば、例えば、12海里やその接続海域の話にとどまらず、もっと広い100海里前後の周辺海域で共同作業をすること。例えば、共同で気候変動をもたらす海流や、洋上の大気の変化などを一緒に調査する。当然その島のところを含みますが、より広い範囲で一緒に取り組みをするというようなとことを積み重ねていけば、この島の問題は両国関係に悪影響が及ばない方法で乗り越えられると両国民は理解していくでしょう。

【岡田充】 今お話を聞いてひとつ思い出しました。去年の7月、朱さんが総合司会をされた日本・中国・台湾・韓国の民間国際シンポジュウムで、参加したピースボートの関係者がピースボートに三国の若者を乗せて、あの島に上陸したらどうかと提案したのですね。様々なアイデアがいろいろなところから出てくる。そのことによって、極大化されているあの無人島の存在を極小化する。これが最大のポイントではないかという気がします。

【朱建栄】 その通りです。まさに周恩来さんが72年の時に提示した言葉で『小異を残し大同につく』というのがありますが、大同を求め続けていけば、小異というものはさらに相対的に小さくなっていく。そして東アジア全域で協力関係や共同体の枠組みができれば、あのちっぽけな島はナショナリズムの対象にならなくなる。或いは共同利用してこそ意義があるというような発想にコンセンサスができるかもしれません。私たちは、今こそこの問題が白か黒かを求める思考様式から脱却・転換して、より広い視野、より長期的なスパンで、そしてアジアで最も重要な二か国という自覚をもってこの問題に真剣に取り組んでいくことがまさに求められていると思います。

【岡田充】 どうもありがとうございました。

※対談者略歴
【朱 建栄】:1957年生まれ。中国出身政治学者。中国政治外交史専攻。東洋学園大学教授。著書多数。
【岡田 充】:1948年生まれ。慶應大卒。共同通信香港・モスクワ・台北支局長。共同通信客員論説委員・桜美林大学講師。

※この対談は2014年4月17日に東京・学士会館でビデオ撮影し、4月20日にメールマガジン「オルタ」124号で「YouTube」に放映したものを文字化し、朱・岡田両氏に校閲を受け本号に掲載しましたが文責は「オルタ」編集部にあります。


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