【コラム】神社の源流を訪ねて(57)

天手長男神社・天手長比売神社・物部布都神社

栗原 猛

天手長男神社(あまのたながお)
天手長比売神社(あまのたながひめ)
物部布都神社(もののべのふつ)   

壱岐と関東・東北で異なる2系統の手長神社

 神社は、壱岐の表玄関、郷ノ浦港の北東方向の森の中に、天手長比売神社址、天手長比売神社、物部布都神社が同じ境内に鎮座している。壱岐の国一之宮である。              
 神社名が 日本神話 に出てくる天長髄彦(あまのながすねひこ)に、どこか似ている感じがしたので関心を持った。神話によると、天長髄彦は神武天皇一行が、大阪湾から上陸しようとしたところこれを阻止し、この戦いで神武の長兄、五瀬命は戦死したとされる。 
 博多から壱岐の郷ノ浦港へフェリーで渡り、港から歩いても3キロぐらいということなので、歩くことにした。商店街を過ぎて田園地帯に入り20分ぐらいで、天手長比売神社跡という表示板が立ち、神社の敷石らしい石が点在する広場に出た。                
 目指す天手長男神社は少し先にある鉢型山で、鍋を伏せたような神山を感じさせる姿である。神社の鳥居は九州では太くがっしりしたものが多いが、ここも太く苔が張り付いていて、長い歴史を頑張ってきたなという感じだ。往古から祭祀が行われていたところでもあるらしい。                       
 鳥居をくぐると高い石段が続く。2つめの鳥居を過ぎ130段ぐらいまで数えたところで3つめの鳥居があり、すぐに拝殿とその奥に本殿がある。ただ本殿は雨や風から保護する大きな建物、鞘(さや)堂の中に納まっていて見られない。大切に建物を管理しているのだろうが、事情を知りたかったが、神主さんは見当たらなかった。こうしたケースは初めてだ。    
 祭神は天忍穂耳尊(あめのおしほのみみ)、天手力男命(あめのたぢからお)、天細女命(あめのうずめ)とされているが、後になってつけられたもので本来の祭神は、天手長男、天手長比売である。          
 この珍しい神名については、「宗像大菩薩御縁起」(宗像大社、福岡県)は、神功皇后の三韓征伐の際に、宗大臣(宗像大社の神)が「御手長」という旗竿に紅白2本の旗をつけ、これを上げ下げして敵を翻弄した。天手長男と天手長比売の社名は、この「御手長」に由来すると記している。                   
 一方、古代史学者の喜田貞吉氏は「手長足長」という論考で、関東、東北地方、福島県磐城郡などに広く分布する手長明神は、貝塚と関係があるとしている。長野県諏訪にある手長足長神社はなかなか立派だが、諏訪湖の漁業と関係があるという。                
 壱岐の天手長男神社の経緯は、ちょっと複雑である。811(弘仁2)年に「天手長雄神社」(あめのたながを)として創建され、後に「天手長男神社」となる。その辺の事情について「大日本国一之宮記」は、天手長男神社と天手長比売神社は物部村にあり、天手長男神社は壱岐の一宮になる。だが元の来襲以後、荒廃し神社の所在も分からなくなっていたといわれる。             
 現在の天手長男神社は、江戸時代に平戸藩の国学者で、全国の一之宮を巡礼した橘三喜がそれまで「若宮」と、呼ばれていた小祠を名神大社の天手長男神社に比定したのが、はじまりだ。     
 三喜は、当神社のある「たながお(たなかを)」という地名から、天手長男神社は田中触にあるものと推定。田中の城山竹薮の中に、神鏡1面、弥勒如来の石像2座を発見、石祠を造って祀ったという。またこの弥勒如来像には1071(延久3)年の銘があり、重要文化財に指定され、奈良国立博物館に保存された。その後、松浦藩主の命によってここに社殿が作られた。祈雨と五穀豊穣のお祭りが行われている。                           
 合祀されている天手長比売神社も、三喜の査定によるが、本来の天手長比売神社の所在地は不明とされてきた。また物部布都神社も、「物部の地名にちなんでこれに擬したもの」で、渡良浦の国津神社が本来の物部布都神社であったとの見られている。このように三喜の式内社の査定については、いくつか疑問が指摘されている。                       
 こうした経緯があるが、現在では当神社が壱岐国の一宮となり、天手長比売、物部布都の両神社の神も合祀されている。神社も長い間に廃されたり、領主そのものやその祖先神が合祀されたり、中央の有力な神社を分霊したりするなど、創建当初の祭神の源にたどり着くのはなかなか難しい。

以上

(2023.8.20)
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