【海峡両岸論】

台湾総統選、「隠れた勝者」は中国

 民進党、「抗中」転換しなければ退潮
岡田 充

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 台湾総統選挙(1月13日)で当選した民主進歩党(民進党)の頼清徳氏は、勝利集会で「(台湾の有権者は)民主主義と権威主義の間で、民主主義を選択したことを示した」と、中国の選挙介入に対する有権者の反発が勝因と強調した。一方、中国は選挙結果を「民進党が島内の主流民意を代表できないことを示した」と、当選は「主流民意ではない」という真逆の論評をだした。メディアや台湾研究者の見方も真二つに割れる。その理由を考えると隠れた「勝者」は頼氏ではなく、なんと中国だったことが浮かび上がる。論理の展開が中心のリポートで少し退屈だと思うが、台湾問題の複雑さを知るうえで重要だから少しお付き合いしてほしい。
 (写真 国父孫文肖像をバックに演説する柯氏~WIKI)

勝因で真逆の解釈
 総統選では頼氏の得票率が40・05%、2位の国民党の侯友宜・新北市長が33・49%、3位民衆党の柯文哲・前台北市長は26・46%だった。2野党の得票率を足せば50%を超え、頼氏は「漁夫の利」による辛勝だったことが分かる。立法院選挙でも民進党は過半数割れした。野党は統一候補選びに失敗し三つ巴の争いになり、「第3極」の民衆党が大躍進した。民衆党という「第3極」躍進の理由は何か。それを検討することで勝者はだれかが分かる。

 日本メディアや台湾問題研究者の見方も割れる。福田円・法政大学教授[i]は、「8年続いた蔡英文政権の路線継承が有権者から信任された」。「台湾の人々の「台湾アイデンティティー」に対する自信につながっている」と書く。頼氏の主張通り「抗中政策」が勝因とみる。
 一方、富阪聡拓殖大教授[ii]は「民主主義は勝利した」は本当だろうか、と題する記事で福田とは真逆の見方を出している。彼は、台湾記者の「この選挙の裏のテーマは政治不信です。有権者には投票しても仕方がないという、ちょっとした無力感が広がっていましたから」を引用して、選挙の争点が、民進党施政への全体的評価だったことを指摘している。

「現状」認識3党の違い
 対中政策について3候補はそろって「現状維持」を打ち出した。一般的には独立も統一もしない「現状」を当面維持したいという「主流民意」の意思表明と受け取られている。しかし3党の主張は異なる。現状維持の中身を座標軸にすると、勝者がだれかよりはっきりする。

 民進党の場合は、台湾地域だけを実効支配している現状を指し、「中華民国台湾」は既に主権独立国家という認識。新たに独立する必要はないし「一つの中国」は受け入れず、統一は完全に拒否する立場だ。ここで注意しなければならないのは「中華民国に「台湾」を付けたこと。これは法的な「国名変更」ではなく、蔡英文総統が2018年に主権独立国家であることを強調した政治的スローガンにすぎない。正式な「国名」変更なら現状の変更に当たるため、中国は「反国家分裂法」に基づき武力行使する。中国はこの立場を「独立路線」と呼ぶ。「独立」に「傾向」が付くことに注意だ。

 第一野党、国民党はどうか。「一つの中国」を前提とする中華民国憲法を順守する立場に立ち、当面は「分断統治」の現状を維持するが、将来は統一に向かうというもの。直ちに統一を主張しても民意の支持は得られない。中国との対話と交流を進め関係改善するのが選挙での対中政策だった。
 多くのメディアは民進党を「独立派」、国民党を「統一派」と形容するが正確ではない。「一つの中国」を否定するか、支持するかの違いを、より際立たせる表現に変えた方がベターだ。

民衆党は「統一否定せず」
 最後は民衆党の現状維持の内容。党の政策は曖昧だが、柯文哲氏は台北市長時代から「両岸は親しい一家」と主張。習近平国家主席もこのフレーズをよく使っている。台北市長時代は中国をたびたび訪問し、交流の復活と関係改善を訴えてきた。民進党と異なり中国敵視ではない。中国も民衆党を批判していない。
 中国が「一つの中国」支持の「踏み絵」にする「92年コンセンサス」への立場は曖昧だが、明確なのは「将来の統一には反対しない」という立場だ。「中華民国」の法的立場に立つ点で、民進党の対中政策とは決定的に異なることに留意してほしい。
 付け加えると、民衆党という名前の政党は日本植民地時代存在した。台湾の社会主義者、蔣渭水氏が1927年に結成し、地方自治と言論の自由の獲得を目指したが、日本からの分離独立を主張したわけではない点で、柯氏と主張と共通点がある。

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中国が勝者の意味
「現状維持」に関する立場の違いを理解していただけただろうか。「統一かそれとも独立か」の二項対立図式からでは理解できない台湾問題の難しい点だ。中国が「主流民意ではない」とコメントしたのは、野党2党の得票率を足すと、反民進党票が6割に達し、野党2党の対中政策が「一つの中国」に少なくとも「反対しない」結果が表れたことを指した意味がある。
 その分析が正しければ、中国にとって台湾の主流民意が、民進党の「一つの中国」否定ではなく、少なくとも「反対しない」に代わったことは、ベストではなくてもベターな選択であり、中国が「隠れた勝者」だったとみる理由だ。

 アメリカの台湾問題研究者ボニー・グレーザー[iii]氏も最近、台湾海峡の緊張緩和に向け、民進党が統一否定をやめ、「独立や恒久的分離を追求しない」政策に転換するよう求める論文を発表した。民衆党躍進と平仄が合う。その背景には台湾をめぐる米中対立について、米中双方が「一時停戦」で暗黙合意し、国際秩序の主導権をにぎっていたアメリカの後退という大状況の変化がある。

青年・無党派層の意識変化
 民進党の「事実上の敗北」理由は、大状況の変化に対応できなかったこと。加えて同党支持層だった青年層の意識変化に応じた政策調整ができなかったことにある。
 民進党の退潮傾向は2018年11月の統一地方選挙での惨敗から顕在化する。理由を分析すると、有権者の4割に近い無党派層と青年層の民進党離れ[iv]が背景だ。
 青年層と無党派層は、旧世代が今も抱く「独立か統一か」のイデオロギーを重視しない点で共通する。2018年初めの調査によると、18~29歳の青年層の53%が中国大陸での就職を希望する結果が出た。前年比で10.5%も増えたという。
 理由は「(大陸のほうが)賃金など待遇が台湾より高く将来性がある」として、イデオロギーより実利優先に向かい始めた。民進党が「現状維持」をいくら訴えても、中国が「一つの中国」原則を放棄しない限り、アメリカ、日本を含め世界の大半が「独立国家」とはみなさない。独立はもちろんできないし、「現状維持」からは台湾の将来展望は拓けないのだ。

頼政権のウイークポイント
 今回の選挙は、民進党による8年の「現状維持」政策は、台湾を身動きできない政治的隘路に導いていることを有権者が認識し、経済、生活の実利を争点にした民衆党に支持が集まったのだろう。2020年の蔡再選は香港問題という「敵失」の結果だった要因が大きい。実利優先の「主流民意」は今後も変わらず、「抗中保台」を政策の中心に据えてきた、権力基盤の弱い頼政権にとって最大のウイークポイントになる。
 民進党は1986年の結党から38年。民主化を経て「台湾人アイデンティティー」の高まりをバックに党勢拡大してきた。しかし、今回の選挙は「一つの中国」に反対する独立志向の「現状維持」政策の限界を教えてくれた。日本メディアと台湾問題専門家の一部が、頼当選という表層だけに着目し、民進党の政権継続に期待する政治的ポジションからの分析は「知的退廃」だろう。これが今回選挙の私の総括だ。(了)
 (注)このリポートは拙稿を大幅に加筆[v]修正した内容です。
  
 [i] 台湾総統選後の東アジア 中国、国際的に「認知戦」展開 - 日本経済新聞 (nikkei.com) 
 [ii] https://news.yahoo.co.jp/byline/tomisakasatoshi/20240117-01636011
 [iii] https://www.businessinsider.jp/post-280451
 [iv]  「中国本土で就職したい」台湾ミレニアル層が与党惨敗の引き金に——台湾二大政党の危機 | Business Insider Japan
 [v] 台湾総統選の「隠れた勝者」は中国。無党派層と青年層は「独立」「統一」に興味ナシ | Business Insider Japan
 
(2024.2.20)
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