【コラム】風と土のカルテ(100)

受講者が感銘を受けた「若月賞」受賞者の言葉

色平 哲郎

受講者が感銘を受けた「若月賞」受賞者の言葉

 恒例の農村医学夏季大学講座が、今年も7月8、9日の両日、佐久総合病院農村保健教育ホールにて、オンライン視聴を加えたハイブリッド形式で開催された。

 佐久総合病院では若月俊一名誉総長(故人)の業績を記念し、「若月賞」という賞を設けている。
 今年受賞された桜井国俊・沖縄大学名誉教授の「生活環境の改善を目指して ー衛生工学者として歩んだ50年ー」と題した講演は、集まった多くの医療従事者に感銘を与えたようだ。

 桜井先生は、水俣病を告発した環境学者・宇井純先生のもとで学ばれ、過去には沖縄大学の学長も務めておられる。
 今回の講演では、環境保全のために最前線で活動してきた経験を語ってくださったが、中でも有機フッ素化合物PFASを巡る論考は印象的だった。

 ご存じの方も多いと思うが、PFASは非常に分解されにくい有機フッ素系の化学物質群の総称であり、これらの化学物質群は主に界面活性剤として70年以上も世界中で使われてきた。
 だが近年、その有害性に注目が集まっている。

 特に、撥水剤や消火剤、フライパンの表面処理に使われてきたPFOA(ペルフルオロオクタン酸)やPFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)は、
 有害物質として国際条約で 厳しい規制を受けることとなった(残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約 [POPs条約])。

 先般、米環境保護庁(EPA)は、飲料水に含まれるPFASの、健康に影響がないとする値を約3000倍厳格化すると発表した。
 人体への影響としては、吸入すると有毒で、呼吸器への刺激の恐れ、中枢神経系や肝臓の障害なども懸念されており、米国ではPFOAの使用工場(デュポン)近くの河川流域の住民に潰瘍性大腸炎や腎臓癌などの健康被害が発生したとして、訴訟が起こされた。
 流域住民のPFOAの血中濃度は米国人平均の20倍といわれ、高コレステロール、妊娠性高血圧、精巣癌、甲状腺疾患、潰瘍性大腸炎、腎臓癌の発症率の高さも報告されている。

 PFASの有害さは世界的な環境汚染として注目されており、ハンバーガーチェーンの米マクドナルドは2025年までに全ての包装・容器からPFASを全廃、アマゾンも自社ブランド「アマゾン・キッチン」の食品製品の包装・容器でのPFAS使用禁止を発表している。

 日本でも、国際条約の履行のため「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律施行令」が改正され、規制が始まっている。
 しかし、PFASには約4700種類以上の物質が含まれており、半導体の製造にも様々な形で使われている。
 用途によっては、代替技術がないとされ、産業界からは規制の適用除外を求める声も上がっている。

沖縄が抱える「基地とPFAS」の問題

 環境か経済かという、古くて新しいテーマが突きつけられているわけだが、桜井先生が暮らす沖縄でのPFAS問題には米軍基地の存在も関わっている。
 例えば、沖縄本島の米軍嘉手納基地やキャンプ・ハンセン周辺の水源から高濃度のPFASが検出されており、沖縄県などが立ち入り調査を求めているが、実現していない。
 嘉手納基地周辺を流れる川を水源とする浄水場からは、45万人の沖縄県民に飲料水が供給されているという。

 桜井先生たちは、この浄水場から供給された水を飲んでいる県民の血中PFAS濃度の測定を沖縄県に求めたが、「目安となる血中PFAS濃度がない現状では調べても取り扱いに困る」といった反応で調査に消極的だった。
 そこで京都大学の協力のもと、今年6月から7月にかけて、沖縄県内7地区、計387人の採血を行い、分析中だ。9月には血液検査の結果が出るという。

 桜井先生の受賞講演を聞いた医師からは、こんな感想が寄せられた。

 「演題からは、環境問題に関する話かなくらいに思っていましたが、内容は沖縄に対する本国と米国の不条理が如何なるものかということと、それにどのように立ち向かってきたかということで、ただただ圧倒されてしまいました」

 桜井先生の「自分の足もとを見つめてください」という言葉は、われわれ医師の胸に強く響いた。

日経メディカル 2022年8月31日 色平哲郎

(2022.9.20)
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