【書評】                  仲井 富

『反乱』 三上隆著                  

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◆老いるとは未知との出会ひ

 80歳といふ世界に入って、想像もしなかった人生に突入したという思いが強い。
これは70台という世界とはまるで違うなという思いだ。わたしが俳句の師と仰ぐ
本誌主宰の一人富田昌宏さんの句に「老いるとは未知との出会ひ桐一葉」という
句がある。これは、2007年に富田さんから戴いた年賀状のなかにあった。わたし
は天啓のようにこの句に感動した。さっそく当時出していた四国歩き遍路のミニ
コミ『老人はゆく』に「未知との出会ひ」なる欄をつくり、遍路で出会ったり、
住民運動、社会党などで出会った先人、知己、友人のことなどを書きはじめた。

 この年になると、先輩や親友たちの思いもかけぬ急死に出会うことが多くなっ
た。そしてまた多くの友人たちがALS(筋無力症)、パーキンソン病など不治
といわれる病に取りつかれて病の床にある。もう一つは80歳を過ぎてもなお現役
としてそれぞれの持ち場で生き切っている友人、先輩の姿に接する。悲喜こもご
も人生の最後を生き切り、あるいは生き切ろうとしている姿に感動する。若い頃
と違った眼差しで新しい発見する。まさに「未知との出会ひ」なのである。

 以下は、この80台という人生で、いまなお現役で矍鑠としている京都の三上隆
さん(82歳)の新著『反乱』の話である。三上さんとは、社会党京都府の府議会
議員のころからの知り合いである。親しく話をするようになったのは、1977年の
江田三郎社会党離党の時に、大阪の西風勲さんとともに党を離れて社会市民連合
京都の代表として参加して以来である。

 その後、三上さんは、これも著書のなかで知ったことだが、江田と社民連ある
いは民主党のために、京都から4度、国会議員に立候補して敗れている。普通の
人ならこれで一貫の終りだが、その逆境の中でもしたたかに事業を起こして成功
した。一時は京都や滋賀の県知事選挙でも黒幕を演じ、自民党の当時府議だった
野中元自民党幹事長とはウマが合い、中国問題や護憲問題では考えを一にする。

 しかし不屈の男も71歳にして決定的なダメージを受ける。2002年にアメリカの
金融ファンドから破産の申し立てを受け、倒産しすべてを失う。既に癌で闘病中
の夫人がいる病床まで押しかける暴力団の取り立てに関連し、京都府警に逮捕さ
れ三カ月の拘留を食った。そのなかで夫人は死去し、独りぼっちになった。社会
的にも経済的にもゼロとなったと世間は思った。

 近年ときおり電話で政治がらみの相談をうけたことはあった。それがこの春に
なって会いたいと電話があり、京橋の一等地にある事務所で再会した。またもや
再起して新しい事業に取り組んでいるのだった。そのときに驚くべき話を聞いた。
「仲井君、おれはいまコンカツ中だ」という。一瞬、何のことかと思ったが「婚
活」ということだ。三上さん曰く「これから結婚し子供をつくりたい。そのため
には三十代の女性と結婚しなければならない」。まことに前途洋々たる80代の青
春である。

◆朝鮮戦争のなかで生まれた警察予備隊の記録

 三上さんは話のなかで「実はいま俺の波瀾万丈の生涯を小説に書いている。百
歳まで生きる計画を立てた。そのためにはタバコを吸ったり、酒を飲んだり、旨
いもの食ったりしていてはダメだ。夕方はコンビニで弁当買って、家に帰って読
書と物書きで忙しい」という。なるほど、御呼び出しがあって行くが、いつも事
務所か喫茶店で打ち合わせ、サヨナラと去って行く。彼女に会いに行くのかと思
っていたのは凡夫の浅ましさ。相手は百歳まで生きることを目標に生活設計をし
ているのだ。改めてそのたゆまぬ努力に敬意を表した。

 その三上さん一代記の第一冊目の著書が『反乱』(宮帯出版刊)という本にな
った。本のなかで始めて知ったことだが、著者は1930年愛知県岡崎市生まれ、
1945年8月15日の敗戦の詔勅を、陸軍の幹部を養成する東京の陸軍幼年学校で体
験した。その後上智大学哲学科神学部に進むが、仕送りをしてくれた兄が病気で
倒れ、逆に面倒をみることに。そして1950の朝鮮戦争勃発とともに、米軍の命に
よる警察予備隊の募集が始まった。

 三上さんは即座に応募した。「じつは戦争にでも行って死にたい絶望的な心情
だった」と述懐している。同時に「二年間の勤務で退職金6万円=今日の感覚で
600万円=を支給するというのは、生活苦にあえぐ当時の軍隊経験者の若者や中
年にとって大きな魅力だった」と書いている。

 警察予備隊に編入されて青森県三沢の米軍基地内で実弾射撃などの訓練を行う。
また市内での隊員と、これまた戦争犠牲者の女性との哀歓、そして慰安婦ならぬ
女郎買いにほぼ全員が通う姿など、約二年間の波乱のドラマである。

 私は兄(故人)が、軍隊経験者だったが直ちに応募したことを覚えている。戦
時中に2人の息子を失った祖母は泣いて止めたが、兄はそれを振り切って応募し
た。しかし、兄の口から警察予備隊の初期の話など聞いたことはなかった。そう
いう意味でもまことにすさまじい創生期の警察予備隊の内情をうかがい知ること
ができた。これまた長く生きてきたおかげによる「未知との出会ひ」である。

 隊員たちを悩ませたのは「自分たちは米軍のために朝鮮戦争に派遣されるので
は」という不安と精神的な葛藤だった。平和憲法が存在しながら、米軍の命令で
軍隊をつくるということは、こういうことだったのだ。今や世界有数の軍隊を持
つ自衛隊の、初期の混乱と悩みをまざまざと知るという意味でも歴史的な意義を
持つ小説だと思う。波瀾万丈の人生のスタートにふさわしい物語だ。天皇崇拝者
だった著者が天皇に絶望し、ついには「俺は日本政府をこれぽっちも信用しちゃ
いない」という境地にたどりつく。

 その後、著者は京都大学に入り、ここでは滝川幸辰総長とタイマンを張り、退
学する。それは自伝的小説の第二部のなかで明らかにされる。そして第三部は社
会党から社民連、民主党に至る政治生活の表と裏が明かされるだろう。小説はと
もかく面白くなければならない、というのが私の持論だが、『反乱』はそれを満
足させてくれること請け合いである。

 (評者は公害問題研究会代表)

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