【自由へのひろば】

参院選挙のブロック毎結果分析と今後(2)

仲井 富


◆政権構想なき野合という批判と参院選結果

 今回の参院選に当たって、自公政権側からは政策綱領の一致なき野合という批判が起こった。連合内部でもそういう意見がある。さらに民進党党首選でも野党統一選挙の結果を無視した野合批判が出ている。その典型が前原誠司氏だ。だが民主党政権を潰した戦犯の一人である前原氏にそういう発言をする資格はない。
 前原氏は民主党政権の国土交通大臣として八ッ場ダムに辻元副大臣と乗り込み「コンクリートから人へ」のマニフェストにしたがって「八ッ場ダム中止」を宣言した。しかし結果は正反対の「工事継続」となった。またかつての細川政権の終焉によって、前原氏は菅・野田・枝野氏らとともに、社会党の村山党首を担いで自社さ連立政権に参画し、自民党政権の復活に寄与して消費税値上げまでやった。自社さの連合政権こそが、今日の自民一強体制のスタートとなった。

 今次参院選の統一目標は「違憲の安保法破棄」であった。それを達成するためには衆院での過半数獲得が大前提ではないか。そのためには参院選一名区における野党勝利の選挙結果を分析して、次の衆院選に備えることこそ喫緊の課題だといえる。自公政権側の「民共協力は野合」という批判も笑止だ。これは石原慎太郎元都知事の言説だが「改憲の自民党は護憲の公明党と縁を切れなければ九条改憲はできない」という批判が当を得ている。今や「護憲」の公明党学会の組織なしには「改憲」の自民党は小選挙区選挙を戦えない組織となっている。これほどの野合を行ってでも政権を維持し続ける自公政権に「民共野合」などと批判する資格はない。
 民進党もいい加減に民主党政権の戦犯、菅、野田氏らをはじめ旧政権の幹部たちを一掃しなければならない。彼らは自社さ連立政権と民主党政権の二つの失政によって、今日の自民一強体制を招いた政治的責任がある。今回の野党勝利の参院選一人区の勝利と、敗北した一人区を対比させて、なぜ勝利できたかを確認することが必要な所以である。

◆一人区で大勝した長野と大敗の山口の連合の取り組みの差

 今回の参議院選挙では、連合組織の地方組織の取り組みの差が、一人区の勝敗を決める上で大きなポイントになったといえる。かつての組織人員はないが総評・同盟時代から選挙の手法は受け継がれている。選挙のノウハウを知っている地方連合の下支えなしには、市民連合と野党三党だけではポスター貼り一つとっても大きな差ができる。

 一人区で最も大勝した長野県では民進党公認の統一候補の杉尾秀哉が574,052票で自民現職の若林健太499,974票に7万票余の大差で勝利した。ここでは連合の取り組みが早かった。「連合長野第24回参議院選挙まとめ(素案)2016・8・24第10回執行委員会」によれば以下のような取組が報告されている。
 —連合長野は16年1月20日の政策センター幹事会で対応を協議、2月1日には持ち回り執行委員会で、長野選挙区「杉尾秀哉」の推薦を決定している。具体的な取り組みについては2月以降の三役会議・執行委員会で把握しながら、地協(地域)周知活動と組合員・従業員との総対話運動に全力を挙げていくことを確認。そして6月以降は(1)組合員との総対話活動(2)「投票に行こう!運動、(3)「期日前投票促進」運動、(4)「選挙違反しない、させない」運動に総力をあげた。—

 対する一人区で大敗した山口選挙区はどうだったか。統一候補が決まったのが4月7日。民進、共産、社民三党が野党統一候補として、元山口大学副学長の纐纈(こうけつ)厚を決定。連合山口に推薦を依頼した。これに対して連合山口は4月22日の執行委員会で「推薦せず支持に止める」という決定を行った。支持、不支持は各単組に任せるということで、事実上「推薦拒否」をしたわけである。山口県は菅直人元首相の出身地である。かつて010年の消費税抱き着き発言で参院選に惨敗するまでは「騎兵隊内閣」などと長州出身をアピールしていた。013年4月の山口県参院選補欠選挙で「脱原発」を旗印に菅氏をはじめ民主党の幹部総出で取り組んだが、自民候補28万票に対して民主候補13万票でダブルスコアの大敗だった。3年前の参院選では候補者さえ立てられなかった。今回も連合の支持のない統一候補の弱さを露呈した。自民現職の江島潔約39万票に対して纐纈厚約18万票でダブルスコアの敗北だった。

◆長野選挙区における勝利の要因 野党三党と市民連合をバックアップ

 長野選挙区における勝利の要因の第一は連合長野が、共産党との一線を画す連合の政治方針がありながらも、民進党との政策協定を柱に、民主公認の杉尾候補を市民団体も含めて野党統一候補として容認したことだ。しかも全国でもっとも早い今年の一月時点で杉尾候補推薦を決めて組織内に浸透を図った。連合内には主要単組が比例区候補を抱えており、その組織内浸透とともに杉尾候補の名前を併せて徹底するやり方が功を奏したといえる。

 第二の要因は統一候補の決定に当たっては市民団体が最も早期に行動をおこした。長野選挙区(改選数1)で野党統一候補の実現を目指す県内の複数の市民団体が1月8日、「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める信州市民連合」を設立した。松本市で開かれた会合には、2016信州市民の会や希望・長野ネット、戦争をさせない1000人委員会・信州など13団体の関係者23人が参加。長野選挙区について「反安保勢力が一致して統一候補を擁立し、支援する体制づくりが必要」と確認した。
 そのうえで、各野党の取り組み支援▽各野党との共同作業で統一候補の擁立と支援▽候補者擁立では全県的な支持を得るため、党派を問わずあらゆる可能性を追求する—の3点を行動基準に掲げた。比例代表についても、反安保の立場から具体的な活動を検討する。世話人に就任した又坂常人・信州大名誉教授は「勝たなければ意味がない。運動の目的に最もふさわしく、多くの人たちが納得できる候補者を政党と市民が一緒になって選び、各団体の個性と創意を生かして支援していきたい」と話した。【古川修司】(毎日新聞2016年1月9日 地方版)

 第三の要因は候補者の早期決定だった。杉尾 秀哉(すぎお ひでや)は、元TBSテレビ報道局記者、解説委員を務めた知名度の高さも幸いした。長野出身ではないことが不利だと思われたが、そのハンディを克服するだけの弁舌と信念があった。長野は今回から2名区が1名区と減員区となったが、彼の高い知名度がプラスした。また選挙の実務を担当した連合長野の幹部によると、「知名度の割には物腰軟らかく人柄が親しみを持たせた」とその謙虚さを高く評価している。

 第四の要因は選挙戦の白熱化によって無党派層をはじめとして有権者の関心が盛り上がったことだ。それによって期日前投票を含めて投票率は全国最高の62.86%に上昇し、前回013年(57.72%)を大幅に上回った。既成組織と学会票という固定票を持つ自公政権の最大の弱点は投票率の上昇である。民主党政権の失速以来、政治改革に絶望していた無党派層が、投票行動に参加したことによって野党候補当選の確率が増した。接戦を制した各地の一人区での野党勝利は、投票率の上昇と無党派層の政治参加によって決定されたと言える。

 第五にあまり取り上げられていないが、安保法強行による保守リベラルの反乱、その象徴が改憲論者の小林節教授の「国民の怒り」という行動だった。そういう保守支持層の反乱が一人区の勝利を勝ち取る最大の要因だった。その証拠が、長野及び東北などにおける保守支持層と無党派層の投票行動に示されている。

◆信濃毎日の出口調査 無党派層6割維新の7割が野党統一候補に投票

 杉尾氏の大勝の原因を、信濃毎日新聞社の出口調査で見ると驚くべき結果が判明した。以下にその要旨を見てみよう。(図1)

(図1)信濃毎日新聞出口調査 016・7・11)
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 —7月10日の参院選で投票を終えた有権者5,000人を対象に出口調査を行った。勝敗の行方を左右するとみられた無党派層の約6割が杉尾氏に投票し、勝利した。自民党現職の若林氏は自公の票を固めたが、無党派層の票は約3割にとどまった。また安倍晋三首相の下での憲法改正については反対が4割を超え、賛成の2倍以上になった。杉尾氏には民進党支持者の95.3%、共産党支持層の91.5%、社民党支持層の87.1%が投票。また生活の党の支持層の約9割、第三極を掲げるおおさか維新の会の支持層も約7割が杉尾氏に投票した。「改憲勢力」の一つとされる「日本のこころを大切にする党」の支持層も半数が若林氏、安保関連法に賛成の新党改革も約半数が若林氏に投票した—

 同じ7月10日の朝日新聞社の出口調査もこれとほぼ同じだ。「野党共闘の成果裏付け、杉尾氏無党派層の支持6割超」という見出しだ。朝日は県内90カ所の投票所で4,633人から回答を得た。朝日の調査でも、大阪維新の支持層60%が杉尾氏に34%が若林氏に投票した。また公明党支持層も21%が杉尾氏に投票、71%が若林氏に投票した。突き詰めていけば、杉尾氏大勝の要因は野党三党の支持層のみではなく、本来自民現職の若林氏に投票すべき自民支持層の11%を含めて野党統一候補に投票した実態が、信濃毎日、朝日両紙の出口調査に共通している。
 比例区票の与野党合計では、常に与党勢力の自公維新などが大差をつけているにもかかわらず、劣勢の野党候補が勝利したのは、第一に無党派層の約6割、公明の約3割、維新の約4割程度が野党統一候補に投票した。保守リベラルを含めた広範な無党派層が、野党統一という機運に刺激されて投票所に行き投票率を上げた。その結果が一人区における野党勝利なのだ。これは長野のみならず野党統一候補が勝利しあるいは善戦した地域でほぼ同一の傾向として現れている。(次回(3)では複数区勝利の北海道と惨敗の大阪を対比した分析を行います。)
           
◆野党統一候補によって比例区票激増の民進党 連合調査

 共産党と市民団体との共闘が民進党の比例区票の激増となったことも見逃してはならない。連合本部が作成した「第24回参議院選挙 無所属候補選挙区と民進党公認候補選挙区における比例票の比較」(図2)によると、今回の参院選挙で民新党は約1,175万票(得票率20.98%)と3年前の参院選挙713万票(得票率13.40%)を大幅に上回った。連合の資料によると民進党の比例区票は、前回比165%と増大している。各紙が報じた「都道府県別の得票率・得票数」を見ると、自民党は比例区票約2,000万票で圧勝したかに見えるが前回より1%余の得票率増。野党共闘を推進して全国で候補者を降ろした共産党は、前回比1%余り増やしたに過ぎない。公明党は前回参院選より比例区票では1%弱減少している。大阪維新も前回より2%の減少である。

(図2)第24回参議院選挙 無所属候補選挙区と民進党公認候補選挙区における比例票の比較
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 「共産党との共闘は野合」という人たちはこういう実態をよく見てほしい。「民主党本来の保守支持層が逃げる」という俗論が如何に誤っているかを証明するものだ。野党共闘と市民団体との共闘で前回比7%以上も比例区票を増やしたのは民進党のみであった。遅ればせながら岡田執行部が野党共闘にハンドルを切り、それが31選挙区すべてで立ち上がったことで雰囲気が変わった。その結果、自公政権が重要選挙区と指定した沖縄、新潟、三重、長野、山形などでことごとく敗北する結果を招いた。連合も相変わらず共産党との共闘に消極的だが、自らが作成した比例区票の分析を素直に受け止め、次の総選挙での速やかな野党全体と市民団体との統一候補を擁立にもっと柔軟な姿勢をしめすべきだろう。

◆無党派層の動向07年参院選の民主大勝に似る

 今回の参院選で勝利または善戦した一人区の無党派層の動向は注目に値する。野党勝利の一人区では、ことごとく無党派層の5割から6割が野党統一候補に投票した。民進党自体にたいする信任回復はいまだしだが、民進・野党4党・市民団体共闘という新しい動きが無党派層の投票行動を促進した。これに連れて与党支持者のなかからも与党から離反し野党統一候補に投票するという流れが起こった。これは07年の参院選における民主党大勝の結果と通底するものがある。安倍第一次政権はこの選挙結果で瓦解し、09年の民主党政権誕生へつながった。

 07年7月30日の朝日新聞出口調査によると「自民支持層25%民主へ 本社出口調査 無党派層からは51%」という見出しだ。朝日は以下のように分析している。 —今回参院選で民主が圧勝した原因を探ると、民主が自らの支持層を拡大したことよりも、「自民の退潮と引き締めの弱さ」「無党派層の民主への大量投票」の二点が決定的だった。05年の衆院選では無党派層の33%が自民党に投票したが、今回は14%にとどまり、圧倒的多数が民主党に投票した。選挙ごとに投票行動を激変させる無党派層が、大勢を決める主役だったことを改めて認識させる選挙だった。投票数に換算すると、自民に投票した無党派層は05年の約400万人から約170万人に激減した。一方、民主に投票したのは約450万人から約600万人に増えた。(世論調査室長・峰久和哲・朝日新聞07・7・30)—

 朝日・共同の全国出口調査でも前回明らかにしたように、無党派層と与党支持の自民、公明、維新の離反票が増えている。これに危機感を持った自公政権と準与党のおおさか維新等は「九条改憲」を公然と言えなくなった。自民党の二階俊博幹事長は9月10日、26日に召集される臨時国会への提出を検討する「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案について「慎重によく意見を聞いて、誤りなきようにしたい」と慎重に対応する考えを示した。法案提出には公明党幹部が難色を示しており、臨時国会への提出見送りが強まった。さらに「緊急事態法」について二階幹事長は公明に配慮して次の臨時国会では提出を見送るという流れにある。
 
◆危機感を持っているのは世論に敏感な自民党

 旧民主党は07年の参院選の大勝をバネに09年の総選挙で大勝して政権獲得に至るのだが、小沢元代表をはじめ選挙戦術とマニフェストは巧妙であったが、政権獲得に成功した支持層の分析は全くと言っていいほどできていない。これが政権失速の最大要因だった。これに引きかえ、自民党は政権維持のために常に精緻な独自の世論調査を行っている。9月11日の日本経済新聞の「対談・世論調査 支持率政治の功罪は」の中で松本正夫埼玉大社会調査研究室長と対談した安倍側近の下村博文副幹事長は要旨以下のように語っている。

 —自民党は世論調査を大切にする。毎週1回、広報本部長が各社の世論調査を報告し、個々のテーマについて分析結果を発表する。世論調査によって選挙対策を打っている。報道機関の世論調査は選挙区ごとのサンプルが200〜300だ。自民党が独自にやるのはその10倍で、より精緻にしている。党内には当選1・2回の議員が120人位いるが、次の衆院選で野党が候補者を一人に絞れば今の内閣支持率でも半分以上は負ける。風頼みの選挙をしてきたから、どうすれば負けない選挙ができるか分かっていない。改憲というと九条改正というイメージになっている。自衛隊は憲法に明記すべきだと思うが、それだけが改憲議論ではない。緊急事態下での国会議員の任期延長というテーマもある。大方の国民が改正して当然だという項目から議論したい—(日経新聞016・9・11)

 自民党は独自の世論調査をマスコミの10倍のサンプルで行なう。毎週あらゆる世論調査の報告と分析を行っている。野党統一候補となれば120人の新人議員の半数は敗ける可能性大だという危機意識から対策を考えている。当然だろう。今回の参院選で与党公明票の3割、維新票の6割から7割が野党統一候補に投票したのだ。自民党は今回の参院選一人区の重要拠点での敗北、とりわけ北海道・東北ブロックでの惨敗には危機感を持たざるを得まい。東北地方では無党派層の5割から7割が野党統一候補に投票した。(図3「共同通信出口調査」参照)

(図3)河北新報 016・7・11「野党共闘無党派層に浸透」
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 与党の公明、維新と無党派層の離反に強い危機感をもっていることが伝わってくる。相手が困っている野党統一候補擁立を、野党第一党の党首選で「いいか悪いか」などと議論していること自体が、いかに今次参院選の民意と離反しているか明白であろう。まして野田元首相の子分の蓮舫氏に至っては「辺野古移設は旧民主党政権の方針」などと、大敗した政権時代の反省もなくぬけぬけと公言する。各地の選挙の出口調査結果すら頭の中にないのだろう。せめて10分の1でもいいから自民党の世論調査分析に学べといいたい。
(次回(3)では複数区勝利の北海道と惨敗の大阪を対比した分析を行います)

 (世論構造研究会代表・オルタ編集委員)


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