【コラム】
槿と桜(32)

包み食文化

延 恩株

 韓国料理店へ出かけて焼肉を注文しますと、「サンチュ」(상추)と呼ばれる野菜が出てくることがあります。今でこそ「サンチュ」という韓国語名称がそのまま日本で受け入れられ、スーパーマーケットにも出回っていて、日本の方にもすっかり馴染みのある野菜となっています。でもこの「サンチュ」が日本で馴染みある野菜になったのは、1986、88年に韓国でアジア大会とオリンピックが開催されたり、激辛ブームなどで韓国への関心が高まり、韓国料理が日本へ大いに紹介され、受け入れられるようになってからだといわれています。

 ところが中国、あるいはイラン、イラクあたりが原産だとも言われているこの「サンチュ」、実は奈良時代(710~794)には日本に伝えられていて、「包菜(つつみな)」「掻き萵苣(かきちしゃ)」「茎萵苣(くきちしゃ)」などと呼ばれて、明治以前には日本でもおひたしなどにして一般的に食べられていたようです。つまり忘れられていた野菜が1980年代以降、韓国料理の普及で「サンチュ」として改めて日本の食卓に並ぶようになったというわけです。

 私が面白いと思ったのは「サンチュ」が日本でも「包菜」と呼ばれていたことです。
 韓国には「包む」という食文化があると思っていますが、その食文化を支える代表的な野菜の「サンチュ」が日本でも「包む」に関わる食べ方があったようで、だからこそ「つつみな」と名付けられたのではないでしょうか。

 そうだとしますと、食物を何らかで包んで食べるという食べ方は、どうやら韓国だけとは言えないようです。確かに思いつくままに言えば、日本の「おいなりさん」は甘じょっぱく味付けした油揚げにご飯を入れて包み込んだものですし、中国ですぐ思いつくのは、北京ダックや餃子、春巻きでしょう。そして餃子のような食べ方はアジアだけでなくヨーロッパにもあります。

 人間が食べるという行為で、ある食べ物を何かに包んで食べることは地域、民族を超えて広くおこなわれていると言ってよさそうです。

 それにもかかわらず、韓国では食物を何かに包んで食べる食べ方は、日本と比べてかなり多いように思います。手のひら大で薄手で、穀物や肉などが包めそうなモノなら何でも包んで食べる傾向があります。ですから焼肉だけでなく刺身や焼き魚、煮魚を食べるときにも葉もの野菜に包んで食べることもあります。時には野菜(サンチュ、サニーレタス、エゴマの葉、蒸したキャベツや白菜、かぼちゃの葉、大豆の葉等々)だけでなく昆布などでも包みますし、包むには不適当な青唐辛子や芹、ネギ、ヨモギなどは包み込む材料として使われます。

 このように何かに包んで食べる食べ方が生活に根付いていますから、当然こうした食事には呼び方があって、「サムパプ」(쌈밥)と言います。「サム」(쌈)が「包む」、パプが「ご飯」(밥)のことで、強いて訳せば「包みご飯」となります。そして「サムパプ」に欠かせないのが「サムジャン」(쌈장)で、ご飯や乗せたモノにつける独特の味噌です。これも強いて訳せば「包み味噌」でしょうか。

 この「サムパプ」の歴史は古く、高麗時代(918~1392)の後期にはすでにあったとされていて(日本では鎌倉から室町時代頃)、農民たちが考案した食べ方だと言われています。700年ほどの歴史があるのですが、当初は葉もの野菜に穀物を乗せ、辛味噌などと一緒に包んで食べていたようで、高麗時代の農村版ファーストフードとでも言えそうです。この当時はおそらく穀物だけを葉ものに包んで食べていて、肉や野菜も乗せて食べるようになったのは朝鮮時代(1392~1910)に入ってからだといわれています。
 また包んで食べるということでは、4世紀頃から7世紀頃まで存在した高句麗、百済、新羅の三国時代を記した『三国遺事』には、小正月の風習として「ボクサム(복쌈、福裏)」を食べるという記述があります。

 これは海苔や野菜でご飯を包んで食べることで、 福を包んで食べるという意味があったようです。ただこちらは特別な日の、特別な食べ物として包むという食べ方が「サムパプ」よりさらに古い時代から風習として残されてきたことになります。

 ところで韓国では近年、「包む」に関わると思われますが、「サムカクキンパプ」(삼각김밥)が大変な人気食品となっています。日本語に訳せば「三角のり巻き」となりますが、日本の方にはおなじみの「おにぎり」のことです。韓国のコンビニで「サムカクキムパプ」の売り場だけを見ますと、まるで日本のコンビニのおにぎり売り場にいるような錯覚に陥ってしまいます。
 面白いことに、この「サムカクキムパプ」が人気食品となる以前から韓国には「チュモクパプ」(주먹밥)という食品がありました。「チュモク」は「握りこぶし」、「パプ」は「ご飯」の意味ですから、日本的にいえば「握り飯」、つまり「おにぎり」です。
 ところが韓国人はこの「チュモクパプ」にはほとんど見向きもしませんでした。私も食べるなら「キムパプ」(김밥。のり巻き)の方で、「チュモクパプ」はほとんど食べたことがありません。「サムカクキムパプ」はよく食べますが。

 韓国人が嫌った理由は、これは中国でもそうですが、ご飯は温かいものを食べるという習慣があること。また冷たくなったご飯の固まりなどは、貧しい者や施しを受ける者が食べるものという認識があること。さらには緊急避難的な非常食、あるいは携帯食といったイメージが根強く、それには朝鮮戦争(1950年6月25日~1953年7月27日、韓国では「韓国戦争」「韓国動乱」と言いますが、開戦日の6月25日にちなみ「ユギオ」と言われることが一般的)時代に体験した苦しく困難だった時代の記憶と結びついている人も多いようです。

 そのようなイメージでしか見られていなかった「おにぎり」が、なぜ韓国で人気食品となったのでしょうか。
 それには業者の商品開発や販売方法などの企業努力は見逃せません。ただ「チュモクパプ」を「サムカクキンパプ」と名前を変えただけでは韓国人には受け入れられなかっただろうと思います。

 受け入れられた一つの要因として、私は今回のテーマである「包む食文化」と大きく関わっているのではないかと見ています。
 日本では「おにぎり」といっても、必ず三角の形で海苔で包まれているものだけではなく、海苔なしもいろいろありますし、形もさまざまです。
 でも日本式のお米だけの、あるいは海苔が部分的についているそれでは、韓国では「チュモクパプ」のイメージから抜け出ることはできず、売れなかったに違いありません。

 海苔で包み、韓国風味付けにしたからこそ、一大ヒット商品となったのだと思います。なぜ三角形になったのかというと、日本のコンビニ業界の食品販売部門で活躍した日本人が韓国企業から招かれ、日本風のおにぎりを定着させようと奮闘した結果でした。

 この日本の企業マンが韓国の「包み食文化」について、どれほど把握していたのかわかりませんが、〝海苔で握り飯を包む〟ことは、韓国人の食の嗜好にみごとに合致していたと言えそうです。とはいえ韓国ですぐさま広く受け入れられたわけではありませんでした。ただ2000年以降に「サムカクキンパプ」がこれほどの人気商品となる後押しをしたものがあると私は思っています。
 それはすでに韓国人の食生活に根付いていた「キムパプ」(のり巻き)の存在です。
 何種類もの具がご飯の間に入って、海苔で巻かれた「キムパプ」から多様な具がそれぞれご飯の中に詰められ、海苔で包まれた「サムカクキンパプ」への移行は、韓国人にはさほど抵抗なく受け入れられていったのではないでしょうか。

 「サムパプ」は型にはまったものではなく大変自由な食べ方だとも言えます。〝十人十色〟という言い方が日本にはありますが、まさに〝十人十食〟で、同じ具材を使いながら10人いれば10種類の食べ物が出来上がると言っていいでしょう。
 韓国のスーパーマーケットにはサンチュのほかに包んで食べられる野菜(쌈채소)の売り場があります。食べたい包み野菜を好きなだけ選べるように、たいてい量り売りになっています。私は韓国に帰った時には日本ではなかなか手に入らないだけに、いつも食べたいと思っている包み野菜を買いに必ずマーケットに立ち寄ります。マーケットには何種類もの包み野菜が売られていますが、面白いことに地域によって野菜の種類が変わります。

 ご飯、肉や魚などを野菜その他で包む「サムパプ」は気取った食べ物とは言えません。自分好みの具を自分好みの量だけ包み込むものに乗せ、自分好みの味付けをして包んで一口で口に入れる食べ方には〝お上品〟は似合いません。
 この気楽さとさまざまな味を一度に味わえることを特徴とした「包み食文化」は、これからも韓国の食事形式の一つとして消えることはないでしょう。

 (大妻女子大学准教授)


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