【「労働映画」のリアル】

労働映画のスターたち(75)阿部サダヲ

清水 浩之

 《「まじめにふまじめ」な30年 平成・令和の陽気なリードオフマン》
 
 2024年1月スタートのドラマでは、TBSの金曜22時枠で放送された『不適切にもほどがある!』が面白かった。昭和61年=1986年に生きる中学の体育教師が、38年後の現代にタイムスリップし、令和の価値観とぶつかり合う。コンプライアンス意識、働き方改革、SNS上のマナー、ワーママ=ワーキングマザーを巡る職場環境など、現代では当たり前とされていることを「昭和の視点から」再検証して、私たちの「当たり前」とはいかに儚いものか、価値観に揺さぶりをかけてくるスリリングな展開に惹き込まれた。
 
 シナリオを執筆した「クドカン」こと宮藤官九郎、主演の阿部サダヲは共に1970年生まれ。西暦2000年に放送された『池袋ウエストゲートパーク』、2002年の『木更津キャッツアイ』、そして2005年の『タイガー&ドラゴン』と、TBSの金曜22時枠ドラマで大ブレイクした2人も今年で54歳になる。時代ごとの社会現象をモチーフに、そこで生きる人々を笑いと涙で描き出すクドカン作品については、2016年の『ゆとりですがなにか』(日テレ)を観た時に、1983年のTBS金曜22時ドラマ『ふぞろいの林檎たち』を連想して《「ふざけた山田太一」の域に達していると思う》と書いたことがあったが(労働映画のスターたち 第8回 安藤サクラと黒木華)、太一先生の作品にも『終りに見た街』(1982年・テレ朝)、映画『異人たちとの夏』(1988年・監督:大林宣彦)のような「タイムスリップもの」があるので、ヒトは50代を迎えると、過去と現在、そして未来を見渡しやすくなるのかも知れない。
 
 そして、今回「昭和のおやじ」を演じた阿部さんは、山田太一の代表作『男たちの旅路』(1976年・NHK)における「古い男」鶴田浩二のポジションを担って、令和の人間を理解しようと努力していた。「阿部サダヲがとうとう鶴田浩二に・・・」というインパクトは、同じく50代の我々に《未来》を痛感させる出来事となった。平成の30年間で“ふと気がついたら”日本を代表する個性派俳優になっていた彼は、30年のあいだ大きな変革のなかった日本の芸能界で、「世襲」や「ゴリ押し」の隙を突いて頭角を現した「隙間産業スター」にも思えてくる。
 
 千葉県松戸市出身。中学・高校では野球部に所属し、ポジションはセカンドとサード。足が速くて盗塁が得意だったという。身長164cm。30歳近くまで高校生役が務まった。
 
 高校卒業後は秋葉原の家電量販店に就職するが長続きせず、トラック運転手などを経て、1992年、松尾スズキが主宰する劇団「大人計画」に参加。苗字の阿部にちなんだ芸名「サダヲ」を名乗り始めるが、東京乾電池の「ベンガル」→柳原ハルヲ、そとばこまちの「槍魔栗三助」→生瀬勝久、浅草キッドの「玉……(後略)」→玉ちゃんのように、テレビ局から改名を迫られることはなく、27年後には大河ドラマの主演まで務めてしまう。
 
 入団から半年後、松尾が脚本を担当した日テレの深夜ドラマ『演歌なアイツは夜ごと不条理(パンク)な夢を見る』(1992年)で、竹中直人が演じる手品師の弟分役に抜擢される。チョコマカと動き回り、カン高い声で冗談や皮肉をテンポ良く繰り出す演技は、22歳にして現在の芸風をほぼ確立していた。クドカン先生もこの作品に「脚本助手」として参加し、2人はその後も平成の「不条理」で「PUNK」な世界観を体現し続けていくことになる。
 
 映画『トキワ荘の青春』(1996年・監督:市川準)での若き日の藤子・F・不二雄役をはじめ、群像劇で良い味を醸し出すキャラクターが重宝され、30代に入ってからは『アンフェア』(2006年・関テレ)の刑事、『医龍-Team Medical Dragon-』(2006年・フジ)の麻酔医、『OLにっぽん』(2008年・日テレ)では中国人研修生を見守る人材派遣マネージャーと、往年のフランキー堺のような、その道のエキスパートで「頼もしい」人物を演じることが多くなる。
 
 クドカン先生とのコンビ作では映画『舞妓Haaaan!!』(2007年)、『謝罪の王様』(2013年・監督:水田伸生)で、植木等のように陽気なピカレスク(悪漢)を演じ、日本のオリンピック発達史を落語として物語る大河ドラマ『いだてん~東京オリンピック噺~』(2019年・NHK)では、オリンピックに憑かれた男=日本水泳協会会長・田畑政治を、猪突猛進のモーレツ親父としてエネルギッシュに演じきった。
 
 平成・令和のリードオフマン(先頭打者)として駆け続けてきた阿部サダヲさん。四角い顔のソン・ガンホが韓国の「国民的俳優」と呼ばれるように、現代日本の「庶民」の役が似合う彼こそが、現役の「国民的俳優」といえるのかも知れません。
 
 (しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
 
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 ●労働映画短信
 ◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月「労働映画鑑賞会」を開催しています。お気軽にご参加ください(参加費無料・事前申込不要)。
 
 第95回 ~日本で暮らし続けることの「困難さ」~
 日時:2024年5月9日(木)18:00開始 (17:45開場)
 会場:連合会館 2階 203会議室/千代田区神田駿河台3-2-11/地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅 B3出口(丸の内線 淡路町駅、都営新宿線 小川町駅との連絡通路あり)
 
 上映作品:『マイスモールランド』 2022年 114分 日本+フランス
 脚本・監督:川和田恵真 出演:嵐莉菜、奥平大兼、アラシ・カーフィザデー、藤井隆、池脇千鶴、平泉成 ほか 配給:バンダイナムコアーツ
 予告編:https://www.youtube.com/watch?v=rOait66KzrM
 【ものがたり】幼い頃から日本で育った17歳のクルド人・サーリャ。埼玉に住む彼女は、進学のために父に内緒で始めたアルバイト先で、東京の高校生・聡太と出会う。県境を流れる荒川の岸辺で少しずつ心を通わせていく二人。だが、家族の難民申請が不認定となったことから、それまでの日常が一変し……。
 働く文化ネット公式ブログ http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/
 
 ◎【上映情報】労働映画列島!4月~5月
 ※《労働映画列島》で検索! https://shimizu4310.hateblo.jp/
 
 ◇新作ロードショー
 ラ・カリファ 《4月19日(金)から 東京 新宿武蔵野館ほか 「エンニオ・モリコーネ特選上映」》 かつては仲間だった、工場長とストライキの女性リーダーが恋におちてゆく、社会派メロドラマ。 (1971年 イタリア 監督/アルベルト・ベヴィラクア)
 
 越後奥三面 山に生かされた日々 《4月27日(土)から 東京 ポレポレ東中野ほかで公開》 昭和の終わりまで、新潟県の山深くにあった奥三面(おくみおもて)地域。ダム建設による閉村を前に、山の恵みを受けて暮らす人々の生活を4年にわたり記録。(1984年 日本 監督/姫田忠義)
 
 バティモン5 望まれざる者 《5月24日(金)から 東京 新宿武蔵野館ほかで公開》 パリ郊外の団地を取り壊そうとする市長一派。その横暴なやり方に、地域の住民やケアスタッフ が猛反発し、両者は激しく衝突する。(2023年 フランス=ベルギー 監督/ラジ・リ)
 
 母とわたしの3日間 《5月24日(金)から 東京 シネマート新宿ほかで公開》 大学教授の地位を捨て、亡き母が遺した故郷の定食屋を引き継いだ娘。将来を心配した母が、 3日間だけの約束で天国から帰ってくる。(2023年 韓国 監督/ユク・サンヒョ)
 
 ◇名画座・特集上映
 ▼全国
 【札幌シネマフロンティア/ほか全国65館】 5/10~6/6 「午前十時の映画祭14 ヴェンダースの 宇宙」…ベルリン・天使の詩/パリ、テキサス(2週ずつ上映)
 
 ▼北海道・東北
 【音更町文化センター】 5/12 「おびひろ自主上映の会」…ハマのドン(2023年 監督/松原文枝)
 【宮古 東屋の蔵】 5/18・19 「シネマ・デ・アエル」…カムイのうた/旧好茶
 【山形ドキュメンタリーフィルムライブラリー】 5/17 「金曜上映会 イラン、立ち上がる女たち」…メークアップ・アーティスト/イラン式離婚狂想曲
 
 ▼関東・甲信越
 【東京 シネマヴェーラ渋谷】 4/20~5/24 「ウォルシュを観て死ね!」…港の女/ビッグ・トレイル/夜までドライブ/大雷雨/ハイ・シエラ/いちごブロンド/鉄腕ジム/白熱/路上のライオン/他
 【東京 平井 小松川区民館】 5/4・5 「メイシネマ祭’24」…ここから 「関西生コン事件」と私たち/若者は山里をめざす/劇場版 荒野に希望の灯をともす/1%の風景/大好き 奈緒ちゃんとお母さんの50年/他
 【横浜 黄金町 シネマ・ジャック&ベティ】 4/27~5/10 「柳下美恵のピアノ&シネマ2024」…キートンのカメラマン/死滅の谷/殴られる彼奴(あいつ)/空想の旅/キテレツ発明家/他
 【逗子海岸】 4/26~5/6 「逗子海岸映画祭2024」…響け!情熱のムリダンガム/クロース/バンクシー 抗うものたちのアート革命/ベストキッド/BUNKER77/Shall We ダンス?/Mid90s/他
 【上田映劇】 4/26~5/16 「愛すべきアキ・カウリスマキ」…罪と罰/パラダイスの夕暮れ/真夜中の虹/マッチ工場の少女/愛しのタチアナ/浮き雲/白い花びら/街のあかり/希望のかなた/他
 
 ▼東海・北陸
 【福井 メトロ劇場】 4/27~5/10 「マカロニ・ウエスタン ドル3部作 4K」…荒野の用心棒/夕陽のガンマン/続・夕陽のガンマン
 【清水 夢町座】 4/25~29 キャメラを持った男たち-関東大震災を撮る-(2023年 監督/井上実)
 
 ▼関西
 【大阪 テアトル梅田】 4/19~5/2 「テアトル梅田レトロスペクティブ」…アメリ/トレインスポッティング/コーヒー&シガレッツ/恋する惑星/セトウツミ/この世界の片隅に/花束みたいな恋をした/他
 【神戸映画資料館】 4/27~29・5/3~5 「歌と踊りの映画まつり」…笠置シズ子の新発見 戦前歌唱映画集/四十二番街/ゴールド・ディガース/キャグニー ハリウッドに行く/他
 
 ▼中国・四国
 【広島 八丁座】 4/19~ オッペンハイマー (35mmフィルム版)
 【高知 喫茶メフィストフェレス 2Fシアター】 「ゴトゴトシネマ」…4/27・28 ゴーストワールド 4/29 クラム 5/11・12 新根室プロレス物語 5/25・26 コット、はじまりの夏
 
 ▼九州・沖縄
 【福岡市総合図書館 映像ホール シネラ】 5/3~30 「映画を駈けぬける」…無法松の一生(1943)/ 博多っ子純情/駆ける少年/友だちのうちはどこ?/娃娃(ワワ)と子豚/追いつ追われつ/他
 
 ◎日本の労働映画百選
 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。
 
 『日本の労働映画百選』電子書籍版(2021.04更新)
 https://drive.google.com/file/d/1WUUYiMwhdncuwcskohSdrRnMxvIujMrm/view

(2024.4.20)
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