【「労働映画」のリアル】

労働映画のスターたち(74)

高峰秀子
清水 浩之

 《「一本のクギ」となって組み立てる 20世紀女性のリアリティ》
 
 芸能人が書いた本は総じて「タレント本」と呼ばれるが、これまでに読んで、格別に面白かったタレント本を思い出してみると、「最優秀主演男優本」には時代劇スター・嵐寛寿郎の『鞍馬天狗のおじさんは 聞書アラカン一代』(1976年)を、「最優秀主演女優本」には、今年が生誕100年となる高峰秀子の『わたしの渡世日記』(1976年)を推したい。
 
 アラカン先生の自伝はルポライター・竹中労によるインタビュー形式だが、高峰秀子さんは正真正銘の単独執筆。5歳で映画界に入ってから、30歳で結婚するまでの半生を語る中で、学校にも通えず働き続けた少女時代、養母との長年にわたる確執、芸能界の悪習など、我が身に起きたことは幸も不幸も洗いざらい書き尽くす。ところが、作者は自身の苦労を悲劇ではなく「人間喜劇」として捉え、歯切れの良い文章で戦中・戦後の激動の時代をサラリと描いていく。可憐なお嬢さんが「渡世」と呼んだ波瀾万丈の人生行路は、現代の女性が読んでも「生き方」のお手本にできそうな、中身の濃い読み物になっている。
 
 今から100年前、1924年に生まれた秀子さんは、養父に連れられて行った松竹蒲田撮影所で、訳もわからぬまま子役に抜擢され、『母』(1929/野村芳亭監督)で映画デビュー。愛らしい佇まいが観客に喜ばれ、女の子役と男の子役の両方を担う人気者となる。
 
  10代になると、「学校に行きたい、勉強したい」と切実に考え、女学校への入学を交換条件に、新設のPCL(現・東宝)へ移籍。仕事が多忙を極め、学校は中退を余儀なくされるが、職場として通う撮影所で 《俳優もスタッフも、だれかれの区別なくみんなが平等に一本のクギ》であることを学び、さらには『綴方教室』(1938)、『馬』(1941)の山本嘉次郎監督から、《なんでもいいから興味を持って見てごらん。なぜだろう?どうしてだろうって》とアドバイスされたのをきっかけに、世の中と人間をじっくり観察することを、自らに課していった。
 
 21歳で敗戦を迎えると、戦中期の少女スターは戦後の明朗なヒロインに脱皮。太宰治の書き下ろし(!)で企画された『グッドバイ』(1949/島耕二監督)、国産初の総天然色映画『カルメン故郷に帰る』(1951/木下惠介監督)などで国民的な人気を博すが、養母との対立に加えて映画会社の未払い事件も重なり、思い立ってパリへ半年間の留学を決行。『細雪』(1950/阿部豊監督)の原作者・谷崎潤一郎、『宗方姉妹』(1950)の監督・小津安二郎など、《人間の可能性の見本》のような人物と出会ったことも、これからの生き方を考える動機になったという。
 
 そして30歳 ― この年齢までに「誰かと結婚して引退しよう」と考えて行動した結果、俳優としての絶頂期を迎える。木下惠介監督の『女の園』(1954)では、伝統ある女子大学で戦前と戦後、新旧の価値観の板挟みとなって苦悩する、戦中派世代の女性を熱演。続いて木下監督の『二十四の瞳』(1954)では、教え子を戦地に送り出さなくてはならなかった教師の無念を、静かに訴えた。
 
 独身最後の作品として臨んだ成瀬巳喜男監督『浮雲』(1955)は、自身初の恋愛メロドラマだったが、腐れ縁の男(森雅之)にネチネチと恨み言を並べながらも別れられない、不運なヒロインを見事に演じ切った。ふてくされ、反抗するヒロイン像は、成瀬作品『流れる』(1956)、『あらくれ』(1957)、『放浪記』(1962)などにも引き継がれ、単にか弱いだけではない、20世紀の日本の女たちのリアリティとバイタリティを深彫りしていった。
 
 私生活では、木下組の助監督で1歳年下の松山善三と「格差婚」。結婚生活は二人の発奮材料となり、妻は成瀬・木下両巨匠の作品をはじめ、昭和30年代の傑作・話題作に相次いで出演。夫は『名もなく貧しく美しく』(1961)を手始めに、数々の良心作の監督・脚本家として息長く活動していく。
 
 俳優生活50年となる1979年に引退し、以後は主婦兼エッセイストとしてのびのびと暮らした秀子さん。2010年に亡くなる前に、彼女が選んだ「自薦十三作」は、自らが「一本のクギ」として役に立てたことが嬉しかった作品だとも考えられる。皆さんもぜひご覧ください。
 
 馬 (1941/山本嘉次郎) 春の戯れ (1949/山本嘉次郎) 雁 (1953/豊田四郎) 二十四の瞳 (1954/木下惠介) 浮雲 (1955/成瀬巳喜男) 張込み (1958/野村芳太郎) 無法松の一生 (1958/稲垣浩) 女が階段を上る時 (1960/成瀬巳喜男) 名もなく貧しく美しく (1961/松山善三) 山河あり (1962/松山善三) 放浪記 (1962/成瀬巳喜男) 華岡青洲の妻 (1967/増村保造) 恍惚の人 (1973/豊田四郎)
 
 高峰秀子生誕100年プロジェクト(全国各地で上映・展示を開催中) 
 https://www.takamine-hideko.jp/
 
 (しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)

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 ●労働映画短信
 ◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月「労働映画鑑賞会」を開催しています。お気軽にご参加ください(参加費無料・事前申込不要)。
 
 第94回 ~命を救う仕事の夢と現実~
 日時:2024年4月11日(木)18:00開始 (17:45開場)
 会場:連合会館 2階 203会議室/千代田区神田駿河台3-2-11/地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅 B3出口(丸の内線 淡路町駅、都営新宿線 小川町駅との連絡通路あり)
 
 上映作品:『医学生 ガザへ行く』 2021年 88分 スペイン 原題:Erasmus in Gaza
 監督:チアラ・アベザニ、マッテオ・デルボ 配給:ユナイテッドピープル
 予告編: https://www.youtube.com/watch?v=Fn6xRvkqnI8
 【内容】救急外科医を志望するイタリア人医学生のリッカルドは、奨学金を得てガザ地区へ留学することを決意する。欧州から初の留学生として、多くの期待と注目を集める存在になるが、救急医療の現場に入ると……。一人の医学生の成長と共に、「パレスチナで医療従事者として働くこと」の意義を問いかける。
 働く文化ネット公式ブログ http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/
 
 ◎【上映情報】労働映画列島!3月~4月
 ※《労働映画列島》で検索! https://shimizu4310.hateblo.jp/
 
 ◇新作ロードショー
 コール・ジェーン-女性たちの秘密の電話- 《3月22日(金)から 東京 日比谷 TOHOシネマ ズ シャンテほかで公開》 人工妊娠中絶が違法だった1960年代のアメリカで、道端に出現した貼り紙「妊娠?助けが必要?ジェーンに電話を」……女性の権利のために活動した人々の実話を映画化。(2022年 アメリカ 監督/フィリス・ナジー)
 https://call-jane.jp/
 
 リンダはチキンがたべたい! 《4月12日(金)から 東京 新宿ピカデリーほかで公開》 フランス発の長篇アニメ。ストライキで街中の店が閉まった日、父親との思い出のチキンを食べたい娘が巻き起こす騒動。(2023年 フランス=イタリア 監督/キアラ・マルタ、セバスチャン・ローデンバック)
 https://chicken-for-linda.asmik-ace.co.jp/
 
 大阪カジノ 《4月20日(土)から 東京 新宿 K's cinemaで公開》 倒産寸前のパチンコ店を父から引き継いだ男。資金繰りの地獄に耐えながら、妻や同僚に支えられ、店を復活に導いていく。(2023年 日本 監督/石原貴洋)
 https://ishihara-movie.com/osaka-casino
 
 青春 《4月20日(土)から 東京 渋谷 シアター・イメージフォーラムほかで公開》 中国の高度経済成長を支えてきた長江デルタ地帯。小さな衣料品工場で働く10代後半から20代の若者たちにカメラを向け、彼らの労働と日常を記録する。(2023年 フランス=ルクセンブルク=オランダ 監督/ワン・ビン)
 https://moviola.jp/seishun/

◇名画座・特集上映
▼全国
【東京 ヒューマントラストシネマ渋谷/ほか6都市】 3/15から 「TBSドキュメンタリー映画祭2024」…坂本龍一 WAR AND PEACE 教授が遺した言葉たち/サステナ・フォレスト~森の国の守り人たち/方舟にのって~イエスの方舟45年目の真実/映画 情熱大陸 土井善晴/他
【札幌 サツゲキ/ほか】 3/22から 「マカロニ・ウエスタン “ドル3部作” 4K」…荒野の用心棒/夕陽のガンマン/続 夕陽のガンマン 地獄の決斗

▼北海道・東北
【札幌 シアターキノ】 「KINOフライデーシネマ」…4/5 最悪な子どもたち 5/10・17・24 相米慎二監督特集
【岩手県紫波町 オガールプラザ】 4/13 「第25回 シワキネマ」…東京自転車節/一献の系譜

▼関東・甲信越
【東京 神保町シアター】 3/23~4/19 「映画で辿る―山田太一と木下惠介」…明日はいっぱいの果実/背くらべ/歌え若人達/キネマの天地/あこがれ/藍より青く/異人たちとの夏/他
【東京 キネカ大森】 3/29~4/11 「キネカ大森40周年 アジアを旅する映画祭」…ブータン 山の教室/さらば、わが愛 覇王別姫/はちどり/エンドロールのつづき/別離/女神の継承/他
【小田原シネマ館】 3月20日オープン 二宮金次郎/ジョゼと虎と魚たち/機動戦士ガンダム 3部作/フレディ・マーキュリー The Show Must Go On/他
【まつもと市民芸術館】 「松本CINEMAセレクト」 …4/19~21「ダニエル・シュミット監督特集」 デ ジャ ヴュ/季節のはざまで/天使の影

▼東海・北陸
【富山 ほとり座】 3/30~4/5 「ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー傑作選」…不安は魂を食いつくす/マリア・ブラウンの結婚/天使の影
【ナゴヤキネマ・ノイ】 3月16日オープン その鼓動に耳をあてよ/カール・テオドア・ドライヤーセレクションvol.2

▼関西
【奈良 ホテル尾花】 3/22~24 「ならシネマテーク」…リトルガール(2020年 フランス)
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 3/30~4/19 「ブギの女王から銀幕のスターへ 特集 笠置シヅ子」…結婚三銃士/銀座カンカン娘/桃の花の咲く下で/のんき裁判/河内ぞろ どけち虫/他

▼中国・四国
【広島市映像文化ライブラリー】 4/5~ 「映画、あの日あの時 ニュースとドラマ」…西陣の姉妹+朝日ニュース No.346 足なみ乱れた四・一二スト(1952)/おかあさん+朝日ニュース No.354 原爆の脅威(1952)/勲章+朝日ニュース No.452 動き出した保守合同(1954)/他
【高知 シネマ四国】 「とさぴくシアター」…3/22~26 さよなら ほやマン 3/29~4/2 リトル・リチャード アイ・アム・エヴリシング 4/12~16 バカ塗りの娘

▼九州・沖縄
【福岡市総合図書館 映像ホール シネラ】 4/4~24 「生誕100年 高峰秀子&京マチ子特集」…昨日消えた男/カルメン故郷に帰る/喜びも悲しみも幾歳月/羅生門/偽れる盛装/雨月物語/他
【宮古島 よしもと南の島パニパニシネマ】 3/22~4/18 あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。 3/23~4/11 戦雲-いくさふむ-

▼海外
【ニューヨークほか5都市】 4/5~26 「The Art of the Benshi 活動弁士と生演奏による無声映画上映会」…なまくら刀/突貫小僧/瀧の白糸/血煙高田馬場/雄呂血/成金/狂った一頁/他

◎日本の労働映画百選
働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』電子書籍版(2021.04更新)
https://drive.google.com/file/d/1WUUYiMwhdncuwcskohSdrRnMxvIujMrm/view

(2024.3.20)
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