【コラム】
槿と桜(74)

刺身談義

延 恩株

 日本では肉よりも魚が多く食べられ、世界一の魚食民族と見られてきました。確かに、日本人の平均寿命が長いのも、魚食が大きな影響を与えているといっても過言ではありません。寿司などの「和食」が注目され、健康志向の高まりなどから世界的に見れば、魚の消費量は増えています。しかし、日本国内での海産物の消費量は減少しています。

 一方、韓国は年々、水産物の消費量が増加し、今や世界でいちばん水産物の消費量が多い国になっています。また、よく中国人と同じように韓国人はあまり生魚を食べないと思われているようですが、それは間違いで、むしろよく生魚を食べます。
 そこで、ここでは日本の刺身と比較しながら「韓国の刺身」について紹介することにします。

 「韓国の刺身」は、「회」(フェ 膾あるいは鱠)と言います。漢字が2種類あり本来は「月」のついた「會」は肉を、「魚」がついた「會」は魚を表していました。現在では韓国ではハングルになっていますから、このような漢字の区別はなくなっています。したがって韓国語で「회」(フェ)と言えば、生で食べる魚介料理や肉料理を指すことになります。日本でも「馬刺し」「鳥刺」などのように馬やニワトリの生肉を食べさせるお店もありますから、刺身が魚だけとは限らないのは同じでしょう。ちなみに日本では「膾」、「鱠」という漢字は「なます」と読み、一般的な意味としては野菜を刻んで三杯酢などで和えた、時には魚や貝類を入れた料理を指します。

 そして、韓国では通常、「회」(フェ)と言えば、生で食べる魚介類を指します。以前は日本語の「サシミ」(사시미)が使われていましたが、今では「センソンフェ」(생선회 センソンは漢字では「生鮮」)が一般的になっていて、生の魚介類を薄切りにしたもののことです。

 それでも私が「韓国の刺身」と敢えてカッコを付けているのは、日本の刺身とはかなり異なっているからです。以下にいくつかの違いを示してみます。

 * お店でフェを注文しますと、サンチュやエゴマの葉など葉物野菜が一緒に出てきます。サンチュは日本でしたら焼肉を食べる時に出される葉物野菜と思っている人がほとんどでしょう。ですから、刺身とサンチュが結びつかないと思いますが、焼肉と同じように刺身を包んで食べます。

 * フェは水槽などで生きている魚を必ずその場で捌いたものになります。日本でも生簀をそなえ、生きた魚を1匹捌いて食べさせるお店がありますが、むしろそうしたお店は少ないと言えます。日本では魚を冷蔵し熟成期間を経て刺身として食べるのが一般的です。
 その場で生きた魚を捌くのですから、とても新鮮なのですが、新鮮すぎて「コリコリ」「シコシコ」感が強すぎて、日本の方は魚身の弾力とその味に最初は馴染めないかもしれません。

 * 魚は白身魚が主流で、日本のようにマグロなどの赤身魚はむしろ珍しい魚になります。白身魚としてはマダイ、ヒラメ、イシダイ、クロダイ、スズキ、カレイといった日本でしたら高級魚になりそうな魚です。
 韓国人は赤身魚よりも白身魚を好む傾向があります。

 * 日本で刺身を食べる時にはワサビと醤油、時にはニンニクやショウガが定番です。でも韓国の定番薬味は3種類です。
 味噌(된장)とコチュジャン(고추장)を混ぜて作った甘辛い味噌ダレのサㇺジャン(쌈장)、コチュジャンに酢を混ぜたチョゴチュジャン(초고추장)で食べる人が多く、醤油(간장)とワサビ(고추냉이)で食べる人もいます。醤油とわさびでの食べ方は日本から移入されました。韓国はわさび栽培の技術がなかったため、主に日本の粉ワサビを使う店が多いですが、最近は本格的なワサビ栽培ができるようになり市場にも出回るようになってきています。

 * スライスしたニンニクや、刻んだ青唐辛子、サㇺジャンと呼ばれる合わせ味噌などを葉物野菜に包んで食べます。醤油とワサビで食べる刺身に慣れている日本の方には刺身の繊細な味がわからなくなる可能性があります。

 * 韓国の「フェッチㇷ゚」(횟집 刺身屋)で刺身を食べますと、先ほど書きましたように、生きた魚を捌きますから、身は刺身として食べても頭や骨などの部分が残ります。そこでこれらを利用した魚のアラ鍋料理が出されます。このスープは唐辛子がメインですからかなり辛いものです。

 以上、ごく大雑把に「韓国の刺身」について、日本の刺身と比較しながら書いてきましたが、最後に、日本の方はお店などで出されてきた刺身の盛り付け方に「あれっ」と思うかもしれません。
 とにかくお皿いっぱいに刺し身が乗せられ、空間の美や切り身の美しさはないからです。とにかく、その豪快さに驚かされることでしょう。

 (大妻女子大学准教授)

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