【オルタ論壇】

児童ポルノ規制法の改定について

岡田 一郎


「尊くあるべきはずの法を、何よりも貶めることは何だかわかってる?
 それはね、守るに値しない法律を作り、運用することよ」
深見真『PSYCHO-PASS サイコパス』下、角川文庫、2014年、339ページ。

 『メールマガジン・オルタ』第112号(2013年4月20日)において、私は「児童ポルノ法改正問題の留意点」という文章を掲載し、当時、自由民主党(自民党)が国会への提出を予定していた児童ポルノ規制法改正案の内容を予想し、その問題点を提示した。その後、自民党・公明党・日本維新の会の三党の一部国会議員によって2013年5月29日に衆議院に児童ポルノ規制法改正案が提出された。その内容は私が予測したように、2011年に自公両党が提出した改正案(自公案)と全く同じものであった。
 第112号の拙稿で私は「日本の児童ポルノの定義はあいまいであり、児童ポルノ単純所持罪の導入は国民全てを容疑者にしてしまう怖れがあること」「創作物が性犯罪を引き起こす可能性を調査する条項は検閲制度の事実上の復活およびアニメ・漫画所持禁止による逮捕者の激増につながる可能性があること」を自公案の問題点として指摘した。

 児童ポルノ規制法改正案はその後、長く店晒しされていたが、今年4月に入って、自民党の高市早苗政調会長が、創作物の影響を調査する条項を削除した修正案を提示した。(「児童ポルノ禁止法の再修正案を入手しました」『参議院議員 山田太郎 オフィシャル Web サイト』(2014年4月23日)http://taroyamada.jp/?p=5337(2014年9月2日閲覧))
 創作物の影響調査の条項が外れた背景には、赤松健氏など漫画家たちが自民党に働きかけたことや自民党の若手議員から反対の声があがったことがあげられる。(「差し戻された児童ポルノ法改正案を巡る自民法務部会での攻防」 http://togetter.com/li/513353(2013年7月16日作成、2014年9月2日閲覧))
 その後、衆議院法務委員会に議席を持つ自民党・民主党・日本維新の会・公明党・結いの党の5党による協議によって改正案のさらなる修正がおこなわれ、2014年6月4日、衆議院法務委員会に5党修正案が提出され、自公維3党によって2013年に提出された改正案は撤回された。
 5党修正案の主な内容は以下の通りである。

(1)児童ポルノの単純所持が禁止された(第3条の2)。また、自己の性的好奇心を満たす目的で児童ポルノを所持した場合は1年以下の懲役又は100万円以下の罰金が課せられることとなった。ただし、他人から児童ポルノを添付ファイルで送られたり、持ち物の中に児童ポルノを入れられたりするなどして罪に陥れられるといった冤罪を防止するため、(自己の意思に基づいて所持するに至った者であり、かつ、当該者であることが明らかに認められる者に限る)という但し書きが付けられた。(第7条)
(2)定義が曖昧という批判が多かったいわゆる3号ポルノ規定(第2条3)は以下のように厳密化された。
旧:衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの
新:衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって、殊更に児童の性的な部位(性器若しくはその周辺部、臀部又は胸部をいう。)が露出され又は強調されているものであり、性欲を興奮させ又は刺激するもの(下線部が追加部分)
(3)適用上の注意(第3条)も厳格化された。
旧:この法律の適用に当たっては、国民の権利を不当に侵害しないように留意しなければならない。
新:この法律の適用に当たっては、学術研究、文化芸術活動、報道等に関する国民の権利及び自由を不当に侵害しないように留意し、児童に対する性的搾取及び性的虐待から児童を保護しその権利を擁護するとの本来の目的を逸脱して他の目的のためにこれを濫用することがあってはならない。(下線部が変更部分)
(4)盗撮による児童ポルノの製造が新たに禁止された。(第7条5)
(5)心身に有害な影響を受けた児童の保護のための措置を講ずる機関が具体的に定義され(第15条)、さらに児童保護に関する施策を検証する条項が追加された。(第16条の2)
(6)インターネット業者に児童ポルノ拡散防止の義務が課せられた。(第16条の3)
(7)創作物の影響調査に関する条項は完全に削除された。
(8)現在、児童ポルノを所持している者が児童ポルノを廃棄できるよう単純所持罪の規定は法の施行から1年間は適用しないこととした。

 5党修正案でも児童ポルノ単純所持罪が導入されているが、冤罪防止のための規定が盛り込まれている、創作物の影響調査に関する条項が削除されている、この法律の本来の目的である被害児童の保護に関する条文がある程度充実化しているといった点から、児童ポルノ規制法改定に反対してきた人々も概ね受け入れられる内容であったといえる。

 5党修正案は6月4日の衆議院法務委員会で審議され、可決された後、翌日の本会議でも可決されて参議院に送付された。参議院では6月17日に法務委員会で5党修正案を審議し、日本共産党(共産党)以外の委員の賛成で可決した。この委員会では法案可決に際して、以下の附帯決議をおこなっている。

「政府は、本法の施行に当たり、次の事項について格段の配慮をすべきである。
一 児童を性的搾取及び性的虐待から守るという法律の趣旨を踏まえた運用を行うこと。
二 第七条第一項の罪の適用に当たっては、同項には捜査権の濫用を防止する趣旨も含まれていることを十分に踏まえて対応すること。
三 第十六条の三に定める電気通信役務を提供する事業者に対する捜査機関からの協力依頼については、当該事業者が萎縮することのないよう、配慮すること」

 翌日の参議院本会議でも5党修正案は賛成多数で可決されたたが、共産党と社会民主党は反対にまわり、全会一致で児童ポルノ規制法改正案を可決するという、これまでの慣行が崩れることとなった。

 こうして2009年の衆議院法務委員会での審議以来続いてきた児童ポルノ規制法の改定をめぐる議論に一応の決着がつくこととなった。あまりに粗雑であった2009年の衆議院法務委員会での審議(拙稿「自由権を有名無実化させる児童ポルノ規制法改正案(自公案)」『メールマガジン・オルタ』第67号(2009年7月20日)参照)に比べて丁寧な審議がおこなわれたものの、やはり衆参法務委員会での審議を通じて、5党修正案にも様々な問題点があることが明らかになった。次に、そのことについて触れようと思う。(衆参法務委員会における国会議員等の発言については、「第百八十六回国会衆議院 法務委員会議録 第二十一号」および「第百八十六回国会 参議院法務委員会会議録 第二十四号」による。また、肩書は当時のものである)

 第一に、創作物の影響を調査する条項が削除されたものの、創作物規制を求める声が国会議員の間で未だ大きいことが明らかになったことである。衆議院法務委員会では自民党の土屋正忠議員が幼児殺害犯の自宅から性・暴力描写の激しい漫画などが発見されたことをとらえて創作物規制を要求し、日本維新の会の高橋みほ議員も創作物規制の必要性を訴えた。

 一方、自民党の橋本岳議員は議員になる前に社会調査に従事した経験から「犯罪をした人は家宅捜索されますから、そこに何冊漫画があったとか、こういうポルノがあったとかいうことがわかります。だけれども、それらを幾ら積み重ねても相関関係の立証はできません。というのは、要するに、犯罪をしない人、ごく一般の健全な方がどれぐらいそういう類いのポルノ、漫画を持っているのかということと比較をして差がないと相関関係の立証になりません」と発言し、創作物が犯罪に対してどのような影響をおよぼすのかを調査することは事実上不可能であると説明している。

 また、参議院法務委員会ではみんなの党の山田太郎議員が創作物と犯罪の関係に関する調査の予定について質問し、佐藤茂樹厚生労働副大臣より「今御指摘の漫画、アニメの検証、評価については、この規定上、社会保障会議の事務として想定されていないと考えております」、岡田広内閣府副大臣より「現時点において、関係省庁において御指摘の調査研究を実施する予定があるとは承知しておりません」との答弁を引き出している。

 第二に、児童ポルノの定義が衣服の全部又は一部を着けていないことに主眼が置かれているため、衣服を身につけた児童が明らかな性的虐待を受けている写真などが児童ポルノ規制法の対象外となってしまう場合があるということである(参議院法務委員会における山田議員の質問とそれに対する回答より)。これでは何のための児童ポルノ規制法なのかという疑問がわく。

 第三に、18歳未満の児童が裸やコスプレなどの写真をネット上で公開した場合、その写真は児童ポルノとされ、保護の対象であるはずの児童が、自分の意思で自分の裸やコスプレの写真を公開したがゆえに加害者として処罰されるという本末転倒のことが起こりかねないことである。山田議員の質問に対して谷垣禎一法務大臣は「いわゆるコスプレ写真であるか否かにかかわらず、この二条三項三号の要件を満たす写真等々をネット上にアップロードしていく、こういう行為は、被写体となっている児童本人がこれを行う場合も含めて、児童ポルノの提供罪あるいは公然陳列罪が成立し得る場合がある」と答弁している。しかし、若気の至りで裸やコスプレ写真を公開してしまった児童にいきなり前科をつけるのはあまりにも酷ではないだろうか。

 第四に、パソコンに児童ポルノの写真などを保管していた者がごみ箱でそれらを削除しても、削除復元ツール等をインストールしている場合は削除とみなされないことがあるということである。これでは自分では削除したつもりでも捜査当局に削除したと見なされず処罰される者が出てしまう可能性がある(山田議員の質問とそれへの回答より)。

 第五に、インターポールが児童ポルノという用語は性的搾取や虐待を矮小化するとして児童ポルノという用語を使わないよう各国に提唱しているとして、児童の性的虐待の素材などといった用語に改めようという山田議員の提案が「児童ポルノ規制法制定から15年経ち、この用語が定着している」として退けられたことである(山田議員の質問とそれへの回答より)。しかし、この審議の後、「脱法ドラッグ」では危険性が伝わないとして一夜にして「危険ドラッグ」に名称変更された事例が生まれており、山田議員への回答はあまり説得力を持たないものとなった。また、冤罪防止の為、児童ポルノ廃棄命令をまず出し、それに従わない場合、処罰するという京都府や栃木県でおこなわれている方式を採用してはどうかという山田議員の提案も「他国に例がない」として退けられた。

 第六に、他国でおこなわれているからということで単純所持罪の導入が決まったが、単純所持罪が導入されている国の方が児童に対する性犯罪は深刻であり、単純所持罪の導入が本当に児童に対する性犯罪の根絶につながるのかという疑問がある。参議院法務委員会では共産党の仁比聡平議員がこのような観点から国際的に児童ポルノがどのような実態であり、日本のプロパイダーなどがそれにどんな役割を果たしているのか調査はあるのかという質問をおこなっている。それに対する答弁は「その全貌を調査することは極めて困難」というものであった。仁比議員は「インターネット上の児童ポルノ画像のほとんどは単純所持を刑罰で禁止している欧米諸国から流出しているとの調査があり、それらの国々での処罰化は必ずしも効果的な歯止めとなっているとは言えません」と述べて、5党修正案に反対した。

 仁比議員が疑問を呈した児童ポルノ単純所持罪の導入は一部の児童保護をうたう団体の執拗なまでの要求に応じる形で導入が決まったが、果たして、これによって児童は救われるのだろうか。インターネットの発達によって画像が瞬時に拡散してしまう今日、例え、単純所持罪を導入しても、特定の画像をこの世から完全に根絶するのは困難である。被害児童の中には自分の画像が「知らない誰かの手に渡ったのでは」と不安に思って苦しむ者も多いだろう。そのような児童を心身共に救うのはカウンセリングなどの十分なケアではないのか。児童ポルノ単純所持罪を導入すれば万事問題が解決するというのはあまりにもお気楽な考え方ではないか。

 また、今回の児童ポルノ規制法改定を追っていく中で、この法律の影響を最も受けるだろう出版業界やマスコミの児童ポルノ問題に対する無関心・無知ぶりが目に止まったので最後に指摘させていただく。オルタ第112号に掲載された文章でも書いたが、2013年1月には講談社が児童ポルノの定義に該当する写真を掲載した雑誌を販売しようとした事件があった。さらに2014年5月には、児童ポルノ規制法と関連が深い東京都青少年の健全な育成に関する条例が2010年に改定された際に、新たに設けられた不健全図書の基準にKADOKAWAが発行したコミックが初めて該当するとして不健全図書指定されるという事件が起こっている。

 児童ポルノ規制法に創作物規制が盛り込まれないよう多くの人々が活動している時に、規制推進派に塩を送るようなことを平然とやってのける出版業界は緊張感も法令遵守(コンプライアンス)の精神も欠如しているのではないかと苦言を呈さざるを得ない。出版業界主催の集会ではボランティアで創作物規制阻止の活動をおこなっている団体から「あまりにも不勉強ではないか」という声があがるほど、創作物規制反対で活動している人々の出版業界に対する不満は高まっている。
 また、雑誌『AERA』は児童ポルノ規制法改定案が国会を通過した後、我が国を「ロリコン大国」と誹謗中傷し、漫画・アニメの規制を求める記事を掲載したが、その記事には性描写が全くない一般漫画の画像が「子どもや幼女のように見える成人女性が出演するDVDなど」というキャプション付きで掲載され、この漫画が児童ポルノであるかのように読者をミスリードする構成となっていた(そもそも漫画は児童ポルノの定義に含まれない)。この漫画のファンなどが猛抗議すると今度はネット上で配信された記事に限って、合法的に売られているアダルトビデオ(すなわち、登場人物は皆18歳以上)のタイトルがずらっと並んだネットの画像を「その気になれば、通販でも何の苦労もなく買えてしまう『ジュニアアイドル作品』」というキャプションを付けて、抗議された画像に差し替えた。(荒井禎雄「偏向してでも日本を『ロリコン大国』にしたいAERAと北原みのり氏のトンデモ記事」『東京BREAKING NEWS』(2014年7月10日)http://n-knuckles.com/case/society/news001569.html(2014年9月3日閲覧))
 ジュニアアイドルというのは18歳未満の低年齢のアイドルを指し、ジュニアアイドル作品とアダルトビデオは全く異なるものである。

 被害児童が深刻な心の傷を負っている児童ポルノ問題を扱うにしては『AERA』編集部はあまりにも不勉強ではないか。また、『AERA』編集部は未だ児童ポルノ扱いした漫画の作者などに謝罪せず、訂正記事も掲載していないが、このような姿勢は不誠実極まりない。

 新たに成立した児童ポルノ規制法改定案は、確かに問題点は多々あり、今後修正を加えていくべき部分はあるが、それでも2009年とは異なり、今回の改定では多くの国会議員が日夜、真剣な討議を続けたことが山田参議院議員のインターネット放送で何度も伝えられ、国会審議の内容からも審議以前に活発な議論がおこなわれていたことがうかがえる。(それでも、児童ポルノ規制法の運用状況に詳しい奥村徹弁護士は、今回の改定に関する国会議員の議論は現行法の解釈・運用状況について十分な知識を持っておこなわれたとは言えず、被害児童保護も不十分と批判している。(奥村徹「『児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律』についての踏み石的見解」『奥村徹弁護士の見解』(2014年9月5日)http://d.hatena.ne.jp/okumuraosaka/20140905#1409730315(2014年9月6日閲覧))
 一方、2009年同様、お気楽な言動を繰り返している規制推進団体や出版業界、マスコミはあまりにも児童をないがしろにし過ぎではないだろうか。

 (筆者は小山高専・日本大学・東京成徳大学非常勤講師)


最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧