【コラム】酔生夢死

健全なナショナリズムって?

岡田 充


 民族差別をあおる「ヘイトスピーチ」のシンポジウムに呼ばれ発言した。尖閣諸島(中国名 釣魚島)紛争で、領土ナショナリズムが炎上した3年前、東京造形大の前田朗教授と新右翼「一水会」の木村三浩代表が主催した座談会の記録『東アジアに平和の海を』(彩流社)の出版記念を兼ねたイベントで、執筆者の一人として招かれた。
 パネリストは「一水会」の鈴木邦男・最高顧問、対レイシスト行動集団「C・R・A・C」主催者の野間易通氏と筆者ら4人。6月中旬の夕刻、小雨がぱらつく中、約40名が狭い会場を埋めた。「健全なナショナリズムはいかにして可能か」がサブタイトルである。

 「健全な」とうたうのは、ヘイトスピーチをはじめ、移民やイスラム教徒を排斥するナショナリズムを「不健全」とみるからだろう。だが、それだけではないことが野間らの発言から分かった。最初に、反対運動を主導したのは反植民地、反国家を強調する「左翼」だった。
 ところが3年前から「ヘイトスピーチは日本の恥」と考える「右翼」が声を上げ始めたというのだ。野間は「健全と言えるかどうかはともかく、国の誇りという意識から、ヘイトスピーチ阻止に人を動員した珍しい例」と説明した。これに対し筆者は、ヘイトスピーチや性的少数者(LGBT)差別に対する反発は、少数者を傷つけることへの「嫌悪」や「正義感」から生まれる感情であり「国民や民族が集団として抱くナショナルプライド(国家的威信)とは、次元が異なるのでは」と反論した。
 そこに司会の前田から「では健全なナショナリズムはあると思うか」と切り込まれ、一瞬答えに詰まった。「対外的に日本のアイデンティティを示す上では必要」と答えたが、本音を言えば「ノー」だ。ヘイトスピーチ参加者は、非正規労働者など社会的には弱い立場の若者が多い。普段は他者から顧みられることが少ないが「国家の大義に殉じる」ポーズをとり、自分よりさらに弱い人々に罵声を浴びせることで、鬱憤を晴らす。

 ヘイトスピーチが外向きの攻撃型ナショナリズムだとすれば、別のナショナリズムが「善良な日本人」を覆っている。「日本ホメ」である。「経済信仰」のナショナリズムが崩壊し、経済大国の地位が脅かされる。歴史問題で中韓両国から批判を浴びるなか、目立ち始めたのが「日本ホメ」の本。テレビも、海外で活躍する日本人や「和の匠」の職人芸を取り上げて日本を礼賛する番組が多い。
 「日本をほめてなにが悪い?」という反論が聞こえそうだ。だが「ホメ」が、排外主義の柔らかい表現として使われることがある。例えば「日本人横綱の誕生を!」。モンゴル人力士に横綱を独占されている現状への不満の裏返し表現である。モンゴル人力士はそれを聞いてどんな思いを抱くだろう。そんな話をしていたら、2時間があっという間に過ぎていった。

(写真)新宿「ネイキッドロフト」で行われたシンポジウム(平早勉氏撮影)
  http://www.alter-magazine.jp/backno/image/151_05-7-01.jpg

 (筆者は共同通信客員論説委員・オルタ編集委員)


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