【海峡両岸論】

人口減少でも続く「中国の時代」

~途上国台頭で半世紀後は多極化
岡田 充

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 14憶人と世界最多の人口を抱える中国で人口減少が始まり、「中国台頭」時代はピークを越えた。少子高齢化が経済低迷につながるのは日本をみても明らかだが、米金融大手は中国が2035年には国内総生産(GDP)で米国を抜き世界1位の経済大国に躍進、半世紀後も「中国の時代」は続くと予測する。米中対立を軸に世界秩序の変化を見ることに慣れた現風景も、半世紀後は中国、インド、アフリカの新興国が、現在の先進国に代わって多極化した世界(写真 多極化を象徴するG20の2022バリ・サミットのロゴ)に置き換わっているはずだ。

 61年ぶり減少、成長鈍化
 中国国家統計局は2023年1月17日、22年末の中国の総人口(台湾、香港、マカオを除く)が、前年比85万人減り14億1175万人になったと発表した。減少は1961年以来だ。この時点でのインド推計人口は14億1200万人で、世界最多人口はインドになったもようだ。
 中国の人口減少は、同じ1月17日に発表された22年のGDP(速報値)が前年比3・0%増と、政府目標の「5・5%前後」に届かなかったことから、人口減少が経済成長の足かせになるとみて、今世紀半ばに「世界一流の社会主義強国」になるという中国戦略目標の実現を危ぶむ声も出始めた。
  中国の人口減少は以前から指摘されてきた。国連が22年7月に発表した「世界の人口予測2022」[i]は、インドの人口が23年に中国を抜き世界一になると予測している。
 中国の人口問題と政府の対策の経緯をざっと振り返る。中国で人口が減ったのはこれまでは1960年と61年の二回。「建国の父」毛沢東が発動した鉄鋼や穀物の増産計画である「大躍進」政策導入後、中国を襲った飢饉によって2000万人ともされる大量餓死者を出したのが原因である。

 少子化対策に特効薬なし
 その後、文化大革命(1966~76年)を経て1979年、中国政府は人口爆発を抑制するため、都市部で夫婦が産める子どもを1人に制限する「一人っ子政策」を導入。それに加え都市部での非婚化・晩婚化の要因も手伝い、生産年齢人口(16~59歳)は2007年をピークに減少に転じている。このため習近平指導部は2016年「一人っ子政策」を廃止、21年には産児制限を事実上撤廃したものの、少子化に歯止めはかかっていない。
 さらに少子高齢化と人口減少が経済衰退を招くとして2021年、3人目の出産を解禁、小中学生向けの学習塾を規制し、家計の教育負担を和らげ、出生率向上につなげようとした。地方も出産奨励策を次々打ち出し、広東省深圳市は3人目を産むと最大3万7500元(約75万円)を補助する制度を導入。浙江省杭州市は23年から体外受精の費用を公的医療保険の対象にする方針を打ち出した。
 定年延長も検討されている。中国の定年は原則男性60歳、女性50歳(幹部職は55歳)。2035年には60歳以上の人口が4億人を超えて全人口の3割超を占める見込みのため、政府は定年延長の検討に着手した。日本でも「児童手当」「子供手当て」の支給や定年延長策の導入など、一連の少子化対策がとられてきたが、少子化に歯止めをかける「特効薬」はないのが世界の実情。

 米国はGDP第3位に

 中国に先立ち少子高齢化した日本との比較で「2020年の中国の人口の年齢構成は1990年前後の日本に近い。1990年以降、日本経済は長期低迷に陥った。少子高齢化がその一因」と指摘するのは、経済産業研究所(RIETI)コンサルティングフェローの関志雄氏。
 「少子高齢化が加速する中国」[ii]と題する関氏のペーパーを読むと、中国も日本同様「失われた30年」という衰退の道をたどり、豊かな先進国になる前に高齢化が進行する「未富先老」時代に入るのではとの疑念が沸いてくる。
 そんな疑念を裏付ける予測もあった。日本経済研究センターは2020年、中国は2029年に米国GDPを抜き世界1位の経済大国になると予測していた。しかし22年11月になって、「2035年までに中国の名目GDPが米国を超えることは標準シナリオ(保守的な予測)でもない。中国が米国を超えることはない」という新予測[iii]を発表した。

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 一方、米金融大手「ゴールドマン・サックス」(写真 同社の新ロゴマーク)は22年12月、約50年後までの世界経済に関するリポート[iv]を発表した。中国は2035年にGDPが米国を抜いて世界第1位の経済大国に躍進。2075年までの約半世紀にわたり「中国の時代」は続くと予測する
 報告は、世界経済は今後10年、3%をやや下回る成長を遂げた後に下降をたどるとみる。その原因として世界人口の伸びが1%に鈍化し、75年には増加が止まって減少に転じることを理由に挙げた。ここでも人口減が経済成長の制約要因になっている。
 中国のGDP成長率は、2020年代は4・2~4・0%で推移、2030年代(3・1%)2040年代(2・4%)2050年代(2・1%)と次第に下降する。この間、米国GDP成長率は1・7~1・2%台に低迷。2075年には中国(GDP57兆ドル)だけでなく、52.5兆ドルのインドにも追い抜かれ、51.5兆ドルの米国は世界第3位に転落すると予測した。米国の時代は名実ともに幕が引かれる。

 グローバルサウス躍進、凋落の日本
 リポートの予測データは、半世紀後の世界像として主要7か国(G7)を中心とする現在の先進国が後景に引き、代わって中国をはじめ人口増加を続けるインド、インドネシア、ナイジェリアなど途上国群の躍進を示している。「大国の興亡」が、半世紀にわたって目の前で繰り広げられることになる。
 特に凋落が目立つのが日本。岸田文雄首相は事あるごとに「日本はアジア唯一のG7メンバー」と誇らしげに語る。しかしリポートは、日本は2050年インド、インドネシア、ドイツに抜かれGDPで世界第5位に転落。2075年にはナイジェリア、パキスタン、エジプト、メキシコにも抜かれ12位になると予測する。もはや「先進国」などではなく、そのころ「G7」自体が意味を失っているだろう。「グローバルサウス」と呼ばれる南半球途上国の躍進である。

 日本は12位に転落しても、一人当たりGDPは8万7000ドルと中国の5万5000ドルを超えているのが「救い」かもしれない。ただアジア諸国の中では、韓国(10万1000ドル)に抜かれ、「アジア唯一」のブランドはもはや通用しない。
 ゴールドマン・サックスの予測が的中するとは限らない。前出の関氏は、中国の今後の経済政策上の問題点として、「国内では公有制への回帰、対外関係では米中経済のデカップリングが進む中で、政府の産業政策の重点がむしろ国有企業と自主開発能力の強化に置かれているため、成長回復への道は困難を極める」と予測する。
 ただ、中国は2012年からの習近平時代から、投資と市場をユーラシア大陸からアフリカに拡大する「一帯一路」を展開してきた。国内では政府主導でAIを駆使した最先端技術による産業高度化を図る政策など着々と手を打ってきた。超大規模市場という優位性もある。構造改革に失敗した日本とは対照的だ。

 自己を中国に投影する誤り
 米中対立の中、米国は同盟国日本を巻き込みながら、台湾有事を煽って中国を軍事抑止する世界戦略を今後10年にわたって展開する計画。建国以来、分断要因を内政に抱えてきた米国は、常に「敵」を外部に求め、団結のエネルギーにしてきた。
さらにグローバルリーダーの地位を確立するため、ベトナム、イラク、アフガニスタンなどで軍事侵攻と軍事支配の経験を積み重ねてきた。米国の軍事・情報サークルはかつての自己体験を、中国にそのまま投影して牽制する軍事優先思考が強い。中国は歴史的に見ても、力の源泉は重商主義的な経済にある。軍事力を背景に「アメリカンスタンダード」に代わり「チャイナスタンダード」を世界に広げる意思はない。世界秩序についての中国の主張は「多極化」にある。

 フランスの人口歴史学者、エマニュエル・トッド[v]は、中国人口減少について「将来の人口減少と国力衰退は火を見るより明らかで、単に待てばいい。待っていれば、老人の重みで自ずと脅威ではなくなる」と、中国脅威論を否定する。
 岸田政権はバイデン政権主導の下、台湾有事を念頭に、大軍拡路線と敵基地攻撃能力の保有という歴史的な政策転換に乗り出した。人口減少にもかかわらず、今後半世紀にも及ぶ「中国の時代」を前に、効果も意味もない軍事優先政策を見直さなければ、凋落に歯止めはかからない。(了)

[i] (World Population Prospects 2022)

[ii] https://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/ssqs/221027ssqs.html

[iii] 中国GDP、米国超え困難に | 公益社団法人 日本経済研究センター:Japan Center for Economic Research (jcer.or.jp)

[iv] (The Path to 2075 — Slower Global Growth, But Convergence Remains Intact)

[v] 「中国が脅威になることはない」知の巨人エマニュエル・トッドが語った「世界の正しい見方」 | 文春オンライン (bunshun.jp)
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(2023.2.20)
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