【コラム】中国単信(102)

中国茶文化紀行(39)喫茶の忌諱

趙 慶春

 茶の「涼性」による胃への喫茶リスクについてはすでに紹介したが、こうしたリスク、あるいはデメリットに関する「喫茶の忌諱」の史料はほかもいくつか見られる。
 唐宋時代の喫茶忌諱に関する資料に基づいて紹介する。

<1> 空腹茶忌諱(空腹時の茶は避けるべし)
 資料例:曾几の『尋春次曾宏甫韻』。
 「……茗事姑置之,雷車困枵腹。」(茶を飲むことはひとまず置くことにする、お腹がすいて雷車のようにゴロゴロと鳴るのは困るから)とある。
 また、方岳の『次韻胡兄』詩に「自笑骨寒癯似鶴,忍飢犹未怯茶甌。」(骨まで寒さ染み込み、鶴のように痩せていると自嘲するが、飢餓を我慢してもまだ茶を飲むことに怯んではいない)とある。作者は「未怯茶甌」というが、やはり「空腹茶忌諱」に分類すべきであろう。

 空腹時の茶は避けるべきという記録は複数見られ、当時すでに広く認識されていたことがわかる。現在でもそれは同様である。中国の茶会では茶の香や味の邪魔とならないように、茶受けを用意しない場合がよくあるので、自分なりに空腹茶(「茶酔い」ともいう)対策を講ずる必要がある。

<2> 「枯腸」の喫茶忌諱
 資料例:趙鼎の『明慶僧房夜坐』詩。
 「老眼病余嫌細字,枯腸寒甚怯清茶。」(老眼で病後なので小さい文字には困り、枯腸で甚だしく寒いので、清茶に怯える)とある。
 王之道の『和彦時兄韻』詩には「枯腸終不奈搜茶」(枯腸は結局茶を求めるのに堪えられない)とある。
 同じく王之道の『和魏定父早春十首』詩には「两日枯腸餍蔬笋,不堪茗椀発軽雷。」(近頃枯腸が野菜やタケノコなどを嫌い、飲茶により腹が鳴るのが堪えられない)とある。
 さらに陸游の『幽居即事』詩には「軽雷不禁攪,戒婢罷煮茗。」(腹がこれ以上鳴るのは堪え難く、茗を煮るのをやめるように下女に言う)とある。

 ここの「枯腸」は詩情を欠く、創作の閃きが足りないという比喩的な意味ではなく、素食ばかりで、油や肉類の潤いがない「枯れた」胃腸のことを言っている。「枯腸」のもともとの意味であり、茶の消化促進効果や空腹茶忌諱という概念にも通じている。現代人は一般的に古代人より栄養過多なので、空腹茶忌諱も枯腸喫茶忌諱も次第に語られなくなっている。

<3> 病気時の喫茶忌諱
 資料例:呂南公の『和得茶雑韻』詩。
 「衰翁脾病怯飲茶」(衰える翁は脾を病んで飲茶に怯んでいる)とある。
 蘇軾の『黄州春日雑書四絶』詩には「病腹難堪七碗茶」(病気の腹に七碗茶は堪え難い)とある。
 周紫芝の『雪後北墙』詩に「病後茶槍渾不要」(病後に茶はまったく不要)とあり、陸九齢の『与僧浄璋』詩に「病不烹茶侍者閒」(病気で茶を淹れず、侍者が暇になる)とある。
 周孚の『八月九日晨步至鶴林寺遇一上人』詩に「寒泉無用汲、吾病不禁茶」(寒泉を汲むのが無用で、私は病気で茶に耐え難い)とある。
 曹彦約の『静坐対茶花偶作』詩に「病夫久廃盧仝碗」(病夫が盧仝の茶碗を使わなくなって久しい)とある。
 これらは現代でも共通していて、病気や体調不良時に茶は避けた方が良いという認識である。

<4> 傷生のため喫茶忌諱
 資料例:羅与之の『卧疴』詩。
 「婦言伐性多因酒,医戒傷生少試茶。」(家内が本性を害するのは酒によるところが多く、医者は傷生のため、茶を試すのを抑えるべきだと戒めていると言う)とある。
 ここの「傷生」(生命を傷つく)はややわかりにくい。喫茶が養生でないという意味にもなるが、詩題からはやはり病気のため喫茶は避けるべきと理解した方がよいだろう。

<5> 老齢、衰弱の喫茶忌諱
 資料例:張耒の『絶句九首』詩。
 「老去不禁茶力悍,两甌破尽五更眠。」(年をとると茶力の強さにたえられず、二杯の茶で朝まで眠れなくなってしまう)とある。
 陸游の『烹茶』詩に「年来衰可笑,茶亦能作病。」(年来笑ってしまうほど衰えて、喫茶でも病気になれる)とある。

<6> 睡眠のための喫茶忌諱
 資料例:戴复古の『南康県用東坡留題韻』詩
 「客行有債頻沽酒,老怕無眠戒飲茶。」(客が帰る時、送別の酒債があり、頻繁に酒を買いに行く。年を取り、眠れなくなるのを恐れて、飲茶をやめた)とある。
 また、馮去非の残句に「茶疏縁睡少」(茶と疎くなったのは睡眠が少なくなったからである)とある。

<7> 傷寒の時、喫茶忌諱
 資料例:曹彦約の『游惠山観第二泉』。
 「僧人顔似松杉老,斎飯味知泉石多。我不能茶有風冷,愛山成癖欠消磨。」(僧人の顔が松杉の皮に似ているほど老い、斎飯の味から自然が多いことを知る。私は風冷病があるから喫茶できなく、山を愛することが癖になり、時間をかけるのが欠けている)とある。
 風冷病とは傷寒である。

<8> 茶冷、腎臓の冷え性を起こして性欲に影響(凡庸な医者の説)
 資料例:李光の『飲茶歌序』。
 「予性不嗜酒,客至無早暮,必設茶。頃見中州士友相戒不飲茶,盖信俗医之説,謂茶性冷能銷鑠腎気,故好色者信之……」(私はもとより酒を好まず、客が訪れると時間に関係なく必ず茶でもてなす。最近中州の友人たちは茶を飲むなと互いに戒めている。実は茶がその「冷」の性質を以て、腎気を消したり傷めたりするという凡庸な医者の説を好色の人たちが信じてしまったからである……)とある。

 凡庸な医者の説なので、信憑性がなかったのだろう。
 周知の通り、茶は養生の良薬、いや万病の良薬だと見なされている。喫茶効果も多様な角度から証明されつつある。だが一方で歴史上、茶に関する誤解も少なからずあったのである。

 (大学教員)

(2022.4.20)
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