【コラム】中国単信(101)

中国茶文化紀行(38)漢方医薬理論に基づく茶の応用

趙 慶春

 健康に良い飲食物とはいっても度を越せば悪い結果になりうる。喫茶も例外ではない。
 茶の薬用面からその諸効能、効果を紹介してきたが、唐宋時代にすでに飲料としてではない茶の諸目的、利用はかなり豊富だったと言える。しかし、これら茶の有効性だけでなく、唐宋茶人はすでに喫茶のデメリットにも気づいていた。資料の中で最もよく言及されている「デメリット」は「胃寒」「胃痺」「胃涼」など胃への刺激である。これらの例を見ながら、漢方医薬理論に基づく茶の応用を紹介したい。

●資料例1:劉克庄の『牛田舗大雪』。
 「……病怕村茶冷,愁嫌市酒醨。」(病気なので茶による冷え性を恐れて、哀愁の時買った酒が薄いのを嫌う)とある。

●資料例2:蘇軾の『和銭安道寄惠建茶』。
 「……体軽雖復強浮覚,性滞偏工嘔酸冷。」((草茶は)体が軽いので無理やり「沫を」浮かすのを覚えると雖も、その本性が偏って胃の冷え性を引き起こす)とある。

 前回、茶の「胃の調子を整える」効能を紹介した際、黄庭堅の『謝王炳之惠茶』詩を引用した。「家園鷹爪改嘔冷,官焙龍文常食陳。」(故郷の鷹爪茶で胃寒症を改め、よく官焙の龍文茶の古いものを喫する)とあったが、「嘔冷」とは茶の「涼性」性質により、「胃寒」(胃が冷える)症を起こす、あるいは刺激することである。「涼性」や「胃寒」などは漢方医薬の専門用語で、まったくの素人の筆者が応急的に仕入れた知識で簡単に紹介しよう。

 漢方医薬では、人間の飲食物の性質を「寒性」「涼性」「平性」「温性」「熱性」と分類する。文字からもわかるように、「平性」は平穏で偏りのない本性を持つという意味である。「寒性」と「熱性」は漢方薬の性質を表すのによく使われている。茶は同じ種類でも一律とは言えず、緑茶はおしなべて「涼性」に属し、紅茶は「温性」に属するほうが多い。そして、これらの性質を利用して、人間の身体ないし各臓器は「陰陽」「五行」「盈亏(虚とも)」(過不足)などの概念と合わせて、体調調整あるいは病気治療を行うのが漢方医薬及び医食同源の根本的な考えである。

 例えば、老人が「陰」の体質なら(「老人=陰」とはよく見られるが、一律とは言えない。漢方はあくまでその場、その時、その個体による個別判断になる)緑茶を避けた方がよい。また、手術後や病後の人は「虚」なので紅茶を飲んだほうがよい、とよく言われる。これは植物に限らず、例えば、羊肉は「温性」なので、冬によく食べると、風邪を引きにくくなると言われている。また、豚肉は「平性」なので、「冷しゃぶ」に最適だが、すべての肉が「冷しゃぶ」に適しているわけではない。

 茶の「涼性」(古代資料は「冷」を使う)について、古代茶人は古くから、遅くとも唐代からすでに気づいていた。貫休は『桐江閑居作十二首』に「茶和阿魏暖,火种柏根馨。」(茶は阿胶と調和し暖となり、野焼けして柏根馨が香る)と詠んで、やはり茶の「涼性」に気づき、阿胶で調和する方法を取ったと分かる。また、上記のように蘇軾が茶の「涼性」を指摘したのに対して、黄庭堅は自分の故郷の鷹爪茶が茶の「涼性」による胃寒症を鎮める効果を謳い、故郷の茶を誇ると同時に、茶が異なるとその性質も異なるという認識を示していた。この認識は現代になってより研究が進み、一般的な認識となった。

 例えば、烏龍(ウーロン)茶はもともと半発酵(酸素)で「平性」の性質を持つが、最近その代表的な銘柄である福建省の「鉄観音」や台湾の「包種茶」「凍頂烏龍茶」「阿里山茶」などは発酵程度が低く、緑茶の性質に近いため長期飲用すると「胃寒」の恐れがあるとされている。そのため、すべてではないが胃を病む人にはこれらの茶は控えた方がよいとも言われている。
 こうした茶の性質を知っていると、喫茶療育、喫茶健康法、薬膳といった方面などにも関心が向くにちがいない。例えば、季節に合わせて茶の種類を変える喫茶法は健康に良いと中国ではよく紹介されている。

 春の花茶。
 花茶は体内の「気のめぐり(運行)」をよくする効果があり、ストレス解消になるので、長い冬の気晴らしになるし、五月病にも一定の緩和効果が期待できる。また、春は開花シーズンで、自然との調和という観点からも、花茶は春に相応しい。

 夏の緑茶。
 緑茶は解毒解熱の効能があり、夏バテ抑制効果が期待できる。緑茶は他の茶よりビタミンが豊富で夏季にだるくなりやすい体の調整や疲労回復に役立つ。

 秋のウーロン茶。
 伝統的なウーロン茶は「平性」なので、暑くもなく寒くもない秋の気候に最も合致していて、体調の維持と向上につながる。また、ウーロン茶は良好な消化促進効果があるので、食欲旺盛な秋に相応しい。

 冬の紅茶。
 紅茶は「温性」なので、冷えやすい冬に最適。何よりも紅茶はほかの飲食物との相性が他の茶より格段に良い。例えば、紅茶にはミルクや蜂蜜、砂糖などを入れても合う。紅茶と他の飲食物との調和で、長い寒い冬のビタミン不足を補う結果になる。

 なお「胃への刺激」に関して以下のような喫茶資料があるので、紹介しておく。

●資料例3:葛立方の『衛卿叔自青晹寄詩一卷以飲酒果核殽味烹茶斎戒清修傷時等為題皆紀一時之事凡十七首為報』。
 「……食罷煮香消日長,莫遣姜塩資胃凉。」(食後茶を煮て暇潰しをしているが、生姜や塩は胃の冷え性に加担するので茶に入れないように)とある。
 生姜や塩は「胃凉」の症状をより悪化させる恐れがあるとしているが、現在、この説を強調する人はあまり見当たらない。

●資料例4:樓鑰の『次韻黄文叔正言送日鋳茶』。
 「……北苑固爲天下最,未必余茶尽邪懭。越山日铸名最高,種在陽坡性非冷。」(北苑茶はもとより天下一だが、ほかの茶は皆劣等品と限らない。越山の日鋳茶は名が最も高く、日当たりのよい南の斜面に植えてあるので、その性質が寒性ではない)とある。
 「陽坡」の茶は「涼性」ではないという説だが、個人的な誤った認識であろう。

 (大学教員)

(2022.3.20)
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