【コラム】酔生夢死
中国とロシア、これだけ違う民衆意識
岡田 充
「一時間で戻るからここで待ってて」― 支局車の運転手トーリャにそう告げてから、かれこれ5時間は経っていた。インタビューに興が乗り、昼食までごちそうになって戻る予定が大幅に遅れたのだ。携帯電話がまだ普及していないソ連崩壊直後のモスクワでの話。
「もういないだろう」と思いながら、駐車場に目をやるとトーリャは、同じ場所で待っていてくれた。彼に詫びると、不愉快そうなそぶりは全くみせず「ニチェボー、ニチェボー」(大丈夫、大丈夫)と答えながら、エンジンを勢いよくかけた。
これとは対照的な出来事を中国で経験した。1989年6月4日の「天安門事件」の翌朝。北京支局には2人の中国人運転手がいたが、中国人助手を含め誰一人出勤する人はいなかった。北京の社会活動が全面ストップしたからやむを得ないとはいえ、「無断欠勤」は数日間に及んだと記憶する。
二つのエピソードは「平和な日常」と「非常事態」という状況の違いがある。とはいえ、同じ社会主義体制を経験した両国の人々の行動の違いは、何に起因するのだろう。人の意識は統治システムに強い影響を受ける。同時に、伝統的な思考様式や方法が、統治の在り方を規定する部分がある。
ロシア人運転手の行動は、ロシアの伝統的な共同体概念「サボールノスチ」から説明できないか。これは「個人が集団に融合することで社会が調和する」(池田嘉郎・東大準教授)のを意味する、ロシア正教的概念。「人権尊重や私有財産の不可侵を基礎にする西欧的理念とは別の位相にある」と池田はみる。
一方の中国は、革命と戦乱の歴史が繰り返された多民族国家。近代革命の父、孫文は中国人を「握ろうとすると指の間からこぼれ落ちる砂」に例えた。国家や政治より家族・地域共同体を重視する思考・行動パターンが根強い。中国人雇員は出勤すれば「日本企業に忠誠を誓った」と、批判される恐れもあったかもしれない。
ロシアのウクライナ侵攻以来、欧米や日本では中国とロシアが接近し、両国が「同盟化」したと見る論評すら現れた。中国が対ロシア制裁に加わらず、ロシア非難も控えているからだが、果たしてそうか。
プーチン政権とも親和性があるドミトリー・トレーニン・カーネギー国際平和財団モスクワ研究所長は、ウクライナ侵攻を「ピョートル大帝が始めた300年以上の『欧州への窓を開く』事業は終わった」とみなす。欧米との「新冷戦」が始まったとみるのだ。
一方、中国については「米国中心の経済システムの中で、さらに高い地位を占めようとしている」と、進む方向が真逆と指摘する。中ロ両国は、これほど民衆意識から国家の進む方向まで異なる。「専制」というくくりで同一視すると見誤る。
2022年2月4日、北京五輪開会式に合わせ会談
した中ロ首脳
(了)
(2022.9.20)
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