■ 【オルタのこだま】
三つの戦略課題と政策アジエンダ 横田 克己
―(日本「政治」の持続可能性を保全し、「社会」の構造改革 (小泉的政治優先」 改革に非ず)を実現し時代のオルタナティブに舵をきるために―
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日本の政治社会と市民社会との関係の特徴については、いろいろと語り継がれ
てきた。しかし'71ニクソンショック、'73年~オイルショック、'80年代ジャパ
ンアズNo.1そして、機を同じくした東西冷戦構造と土地バブル経済の崩壊等、一
連のできごとは、それに続く新自由主義の台頭からグローバル経済の浸透、イラ
ク戦争、地球温暖化、少子・超高齢化、そしてリーマンショックなどに連なり、
急加速して国境を越える世界的疎外現象をもたらした。
この間、日本の政治・経済は、かつてない世界構造の変動に対して体質転換に
成功したとはいえない。その結果生まれた内向的体質は、次々に発生する深刻な
市民社会からの問題提示に対し政策の共有化ができないできた。その原因のひと
つに、政・財・官界の請負型でかつタテ型のリーダーシップが継続されており、
アメリカ発「だらだら世界恐慌」への対応として内需拡大はおろか「リスクを共
同引き受け」するなど、新しい社会モラル形成が遅々としたまま「政権交代」を
チャンスにできないでいる。
それは、自民主導の保守政治が、付加価値生産性追求を至上にした外需依存政
策を万能とし、産業空洞化を放置して小泉構造改革に寄り添うなど'80年代のお
ごりを引きずってきたからだといえる。いわば、伝統的統治手法の自民党と経団
連のなれ合いを引きずったまま、公・共・私に亘るガバナンスを停滞・疲弊させ、
先進国で相対的貧困率1位というまでになってきた。
しかし、こうした流れを受動的に受けとめてきた人々の多くがようやく気づき、
「タックスペイヤー」による「平成維新」ともいえる政権交代をもたらしたの
だ。一方この30年間の、世界構造の変動は、もはや一国の政治・政策手法だけで
克服できる時代でなくなった。したがって、問題解決に途筋をつけるには、新た
な当事者として「生活者・市民」の自立的成長こそが現況の批判的認識力を育み、
改革に向かう近未来日本の希望を担うことができる。それに似合う主導性は、
「参加・分権・自治・公開」の社会・政治システム手法を体現した、自立性の高
い問題解決力が急ぎつくられなければ、確かな明日を切り拓けないだろう。それ
は、民主党政権にとって不可避な問題解決の基礎構造でなければならない。
当面、複合化して困難な解決課題はかつての伝統的政治手法にこだわる限り、
多様かつ未知で困難な領域だらけである。その点で過去から現状を解釈し是非を
発するだけの「伝統的知識人」は役に立たなくなった。しかし世界の、とりわけ
北欧をはじめ先進諸国にある成功事例の多くは、「人権・自由・民主主義」の基
礎概念が際立ち、国本位から人本位制へ向けバランスをとり、個人資源(いくば
くかのお金・知恵・労力・時間)の活力が息づく、ねばり強い市民社会形成プロ
グラムの推進を腐心していると思える。
日本の現状にたいして緊急不可欠と思える国家戦略の3課題を提起してみたい。
■一) 労働時間短縮を5カ年計画(目標年間1,600時間)で社会化し、短縮分を
失業者、女性、障がい者等に広くワークシェアリングする社会政策を持続的に展
開する。
国家戦略室の担当とし、労働による価値創出を第一義に社会保障政策を相対化
する安心・安全のノーマライゼーション社会に転換する。
1)正規社員および公務員中間管理職などを中心に、長時間労働の解消に向け「
労働時間短縮法」(仮称)の制定に向け各界が選出構成する推進プロジェクトを急
ぎ組織化する。その要点は、生活者・市民の良識を背景にして、官僚と経団連の
抵抗を超えてこそ、グローバル・スタンダードの流れにのれる。
2)ここにいたる貧困化の深刻化を見る限り経団連主導の独善的雇用政策転換を
急ぐことであり、終身雇用や年功序列制度の抜本的解体をはかり、労働する権利
の社会的補償確立が個人の人権や自由を促進し、強いては個人資源の社会的活用
(とりわけ自由時間の社会貢献化)に途を拓く。そのためには、ILOから発した
諸条約の批准を急ぐことである。
3)問題解決へ向けた複合的合力を形成するにはまず、国・政府による労働政策
のタテ割り独占化を自治体ごと(主に基礎自治体)に固有の対策を講じることの
できる分権化を急ぎ、雇用対策費および地域に潜在する労働資源を個人や組織の
機微にふれて集約・調整し有効活用に責務を負うロストワーカーズ・デベロッパ
ー(仮称)を育成配置する。今日産業構造の急激な転換は製造業からの失職者が
多く、復帰する条件が狭小である。したがって、職種転換のためのトレーニング
に当たり、基礎自治体が予算執行権を持ちながら事業協同組合、生協、農協、WCo.
(ワーカーズ・コレクティブ)、NPO、自治会等々の合力づくりをコーディネート
するキーパーソンが不可欠なのである。
4)男女雇用機会均等や同一労働同一賃金等の施策が長年にわたり有効性を発揮
できなかった過去を反省し、たとえば'70年代「オランダ病」を克服するきっか
けとなった「労働時間差差別禁止法」を策定する。日本での配慮が立ち遅れてい
る女性のパート労働のレベルアップを含め労働補償の枠組みを拡充する。その結
果としてジェンダーフリーやワーク&ライフ・バランスの理念に向け「生活本位
」実現を支援する。
5)労働時間短縮によって発生する「自由時間」(余暇時間ではない)の増大を家
庭内介護や「コミュニティワーク」への貢献を促し、たすけあい、支えあいの地
域(福祉)文化の内実を造る。それは、IC・オートメ化で極限化した「分業」シス
テムが「協業」を封殺して社会での孤立・孤独化を促進してきた、生産性最優先
の産業化社会をセーブすることになる。
6)一方、雇用労働万能の政策を転換し、アンペイドワークや「コミュニティワ
ーク」の協働性を通して「お金で買えない価値」をつくり合う、「地域デビュー
」の機会を増大し、生活者・市民としての資質づくりを支援する。それは、生協
から生まれたワーカーズ・コレクティブ(全国で約600団体)や農協活動の周辺
で生まれたワーカーズ(全国で約7,000団体)は、女性たちを中心に個人資源を
拠出し合って身近にある生産や生活の地域ニーズを組織して、「もう一つのペイ
ドワーク」を発揮し、その事業リスクは協同して引き受けるという画期的労働シ
ステムが普及している。近年男性の参加が際立ってきているが、行政的支援はほ
とんど受けていない。
7)「コミュニティーワーク」の先駆的役割を担うワーカーズ・コレクティブやN
POの活動を促進するためには、条例等により育成・支援する枠組み(中間支援組
織との双務協定を結び協働・支援することを含む)を強化する。自治体での公共
サービスの施策にあたっては、入札参加や情報公開を促し、生活者・市民の「参
加と責任の増大」により、地域福祉・環境等問題の参加型解決力を強化する。
8)こうしてグローバル・スタンダードであるはずの「市民」の主体概念普及は、
国境をボーダーレスにする思考と実践を促し続けており、今日の「だらだら世
界恐慌」の閉塞感を打開する新たな実践課題を担うことのできる「地球市民」と
してリベラルな政府を支え、国境を越えて共生・平和へのメッセージを発信でき
る。
9)これらに必要な地域社会の自立を拡充できる生活者・市民のリーダーシップ
をつくる基礎には、健全に働き家族や社会に貢献する「生き方」「働き方」を増
大させる諸条件の整備が不可欠となる。そこに育つ自主性をもった市民力は合力
を生み問題解決に向かう「共育的関係」の形成とともに政治的ヘゲモニーとなる。
そのために必要と思われる「リーダー規範」は、①「相手をはぐくみつつ自ら
に対抗できるよう"相互けん制力"をつくる態度」②「アカウンタビリティを発揮
する、説明し"同意"を獲得する"責任"」③「デスクローズ=経過と現状を"開示"
し衆知する"方法"」が体現されて有効となる。
これらの共育をとおしてよりよく体現するには、「政治的中間組織」であるロ
ーカルパーティーの多様な育成が不可欠となる。
10)誰しも労働への関与は、人間が「精一杯生きて、納得して逝く」充実感の中
心にある。それを分かちあう社会的「ワークシェアリング」は、雇用労働のもつ
画一性や強制力を見直す条件となり、「勤労者・市民」として新たなリーダーシ
ップを形成する契機となるであろう。そこに生まれる価値意識は、自らの有効な
ワーク&ライフ・バランスを追求し地域社会のガバナンスやノーマライゼーショ
ンを自明とする生き方暮らし方を希望する。
その結果、日本の近未来社会が共生・平和に向かう世界モデルの担い手として
台頭できることになる。
■(ニ) 経済グローバリゼーションの津波化を危惧したEUは、すでに「企業法」
のオルタナティブとして制定を促した「共済組合法」「協同組合法」「アソシエ
ーション法」を手にしている。それに習って、日本における「統一協同組合法(
仮称)」にその趣旨を内在させることは容易であろう。
「市民資本セクター」の拡充をはかり、税金資本および産業資本セクターに対し
て「けん制力」を発揮できるよう政策転換することが肝要なのだ。日本の近未来
における社会経済的スキームのあり方として、3つのセクターの相互けん制力を
生かしてその「セクターバランス」を調整制御し、社会・経済の均衡をはかり安
定的発展をめざすのである。
そのためには、社会的民主主義の成熟が不可欠であり、その参加型民主主義の
実践的レベルが政治的民主主義のあり方を規定してこそ、生産と労働のシステム
をもけん制できる。「市民資本セクター」が市場の周辺に接して機能することに
よって産業化社会の強制力を見直し、先進諸国における各種のガバナンス形成に
列しながら国際社会に対し平和的連携へ積極的に貢献したい。
1)日本の産業界はオイルショックに乗じて、従来のマス・プロシステムを克服
し、ICを駆使し多品種・少量の個体的ニーズ対応による量生産システム開発に成
功して、'80年代ジャパンアズ№1を築いた。この間に生まれ根づいたと思われる、
日本の悪しき立ち遅れた社会的特性をあえて3つあげれば、①拝金主義の価値
観を選択②長時間労働と産業空洞化③個人の孤立化と個人資産の不安をもとに過
大に蓄えたことだった。これ等の条件が相関しあって、アソシエーションをタテ
割に再編し、家族・近隣社会の崩壊を加速したといえる。
2)これら等がベースで発する老後不安は、一定の高収入に支えられ1,400兆円も
の個人資産を生み出した。社会の歪みが生み出す不安が前提の生活ニーズは、多
岐多様に発現しながら、一方でその政治・政策対応は主に自民党政府の財政出動
で請負わせるクセをつけてきた。その結果はいうまでもなく巨大な赤字国債の発
行となり、その債務負担が国債費として政府予算の4分の1(税収の2分の1)にも
なり、元利支払いのために赤字国債に依存する悪循環をタックスペイヤーに強制
し続けている。その信用の裏づけは、巨大化した個人資産が担保し国際市場の信
用を支えるという。借金大国の矛盾を放置したままでいる。
3)民主党政権になって、税金資本セクターにある公的事業システムの一部を政
府権力により、上から事業仕分けする「政治劇場第2幕」が喝采を浴びている。
この事業仕分けの政治的・民主的意義は、人々が働き収入を得て、私的生存をま
かない続けている因果の一側面を審らかにする点で、今後の政治のあり方を示唆
し希望を示している。
4)なぜならば、都市型生活者の営みに必要な費用負担を見れば、①税や各種公
共料金の支払い②住まいの家賃やローン③子育てへの教育費④老後不安対応の各
種保険や共済への加入⑤食料品をはじめとするモノやサービスの購入⑥各種組織
に関与した会費や出資⑦そしてわずかでも余裕があれば郵貯や金融機関に預金す
るetc。
要するにGDPの3分の2以上をしめると思える個人支出のほとんどは、国や市場
をめぐっており、その収支や有効性について開示・検証され同意を獲得するシス
テムになっていない。それは、市民主権拡充へのこだわりが、政・官・財のマネ
ージメ ントに希薄だからである。
5)要するに下からの事業仕分けを可能にしようとする政治的配慮がないまま、
社会構造が分節・肥大化し、個人の役割や責任はますます希薄化してきた30年で
あった。そして冷戦構造崩壊後の経済グローバリゼーションの津波に対して、ポ
スト産業化社会をイメージすることのない新自由主義的無防備さは、人々に「自
己責任」という恫喝・強制によって参加型問題解決力を洗い流して久しい。
6)したがって、冒頭に示したようにEUで試みられた「協同・非営利」の事業・
運動を自明とする3つの分野の法制化は、資本制による市場の暴走をけん制し、
市場の周辺に接しながらよりパブリックな役割を担う「もう一つの問題解決力」
として理念・方法・役割を提示している。タテ割りの法・制度万能で制御してき
た日本の行政は、協同・協働に根ついた公益性を軽視して共益性に閉じ込めよう
としてきた。
これに対し公益性を担うはずの各種協同組合やNGO、社団法人や独行法人等を
含め、公益性のあり方を下から見直し、政策転換イメージを参加と責任の増大こ
そ問題解決できる時代なのだが無関心のままだといえる。
7)こうして「市民資本セクター」(各種協同組合に限らず労働組合、NGO、NPO、
WCo.や個人企業などで個人の出資や知恵・労働・時間を拠出しあい「リスクを
協同引き受け」する事業・運動体)を際立たせることは、社会・経済の各分野が
タテ・ヨコに健全な相互けん制してセクターバランスを創出するための主体とな
ることができる。そのためには、少なくとも3つの政策的配慮を必要とする。
8)第一には、協同組合事業や活動の自主性を高めるために、統一協同組合(又
は協同組合基本法)法の素案にもとづいて、協同組合における200年に及ぶ歴史
的な「価値と原則」を検証し、理論的・現代的に見直した上で制定する。そのた
めには、各種協同組合間の役割と連携による問題解決力を、市場システムに対す
るオルタナティブである自主性・独立性において担保しつつ、企業のCSRも含め
て社会・経済諸問題の解決に向けた相対的合力として形成できるようにすること
である。
9)第二には、法・令と日々変化発展する生活現場で直面する「非営利・協同」
の市民事業・運動に派生する諸問題を対置させ、調整・指導する「中間支援組織
を形成し、公との双務協定」により中間組織としての自主性と公・共性(公につ
き従う共=社会的領ではなく)を担保・推進する。その新しい公・共間のガバナ
ンス造成は、戦後の高度成長社会が育んできた伝統的中間組織(各種産業界の協
会・連盟やPTA・自治会の連合などまで)の従属的体質が、旧い政治的リーダー
シップを補完し続け、そこにある利権を分け合ってきた構造を批判し、生活者・
市民からのクサビを打込むのである。
この矛先は、政権と経営者団体に限らず労組、農協、生協等を含め、官僚化・
肥大化するにつれて伝統的制度や方法にますます寄生し、人々による下からの事
業仕分け(問題解決手段としての参加型民主主義)の実現を阻止してきたところに
向かうのである。
10)そして最後に、日本の市民社会(国家に非ず)に根づいた「市民資本セクター」
の成熟は、その一方で産業化社会の発展とともに事故・事件・自殺などが多発
すると言われて久しい「リスク社会」が広汎化し、直面している。さらには、深
刻で避け難い類的テーマとなった地球温暖化、少子・超高齢化、紛争、貧困、食
料、資源、ジェンダーフリー、ワーク&ライフ・バランス等々の疎外された大き
な現実に対してもコスト削減を目的化するよりも「リスクの協同引き受け者」と
して解決への糸口を切り拓く資質が成長して希望となれる。
それは世界の人々が、共生・平和の希望に向かう手がかりとなるだけでなく、
アジア的社会に対して国境を越えて、ピープル-ピープル、ローカル-ローカル、
Coop-Coopの市民的きずなを着実に拓く礎となれるのである。
■(三)環境保全、食糧確保、社会福祉問題等の政策テーマは、相互に関連しつ
つ、人々の希望と英知によって克服するプログラムが期待され続けている。しか
し産業化社会は、科学技術を駆使した、生産力・生産性向上で利潤の最大限追求
を目的とせざるを得ない市場を通して、優勝劣敗の競争秩序を拡充してきた。そ
の経済的権益を行使した結果、皮肉にも一定の平和領域が担保され、人口爆発、
石油文明、少子・超高齢化、気候変動、食料資源の独占化etcがもたらされ、資
本主義経済の発展結果と錯覚した。したがって生産力の拡大があたかも人々の希
望や幸福をもたらすかのように利益政治と拝金主義イデオロギーが普及しすぎて、
宇宙船地球号の危機を裏付けている。
日本での気候変動による地球温暖化の影響をはじめ、自給率40%を切り農業者
が30万人を割り耕作放棄地が滋賀県の面積に及ぶといい、地域福祉事業はいずれ
も低賃金と人手不足にあえいでニーズに十分対応できないでいる。いずれも「だ
らだら世界恐慌」がもたらした当面の困難や貧困だとかまけていては、中・長期
的戦略の展望が見えないまま後廻しにされる可能性が高い。これ等3つの運動性
を高めていると思えるテーマの解決は、当然ながら日本社会だけがよくなれば済
むことではなく、国境を越えて連携、連帯する政策を模索しない限り解決に向か
わない点で、「地球市民」の台頭が急がれるのである。
先進国を標榜してやまない日本では、問題解決に立ち向かおうとするとき、グ
ローバル・スタンダードである人権(ヒューマンライツ)概念と思想が日常化し
ているとはとても思えない。したがって、市民概念も容易に普及しないのである。
「コンシュマート」という消費概念には、その根底に「人間が目的を達する」
という意味があるそうだ。人類だけが生産をドライブして環境を改変し「問題解
決した」と錯覚するのではなく、かつて人類の歴史につきまとった生存に必要な
糧を摂取し、上手に分け合って自然環境と共存してきた様が今日を相対化してく
れる。そのヒントは、経済のゼロ成長化でも健全に生きた幸せを分け合う社会を
可能にする現代的知恵に連接したいのである。
したがって、有限の自然環境とその資源の活用をセーブし、そのあり方を自明
とするためには、最も身近にある自らの地域食料資源の持続的活用と収穫に依存
を強めつつ、「精一杯生きて、納得して逝く」ことのできる人間の社会関係に甘
んじて生きざるを得なかった過去をも、共有できる良識をふまえて問題提起とし
たい。
1)鳩山前首相は、2020年までにCO2換算排出量を25%削減するという画期的な
政策目標を提示した。日本では、一方に経団連などが地球温暖化対策はすでに進
んでいるというが、そうだろうか。うがった見方をすれば、'90年代はじめのバ
ブル経済崩壊期以来、企業のコスト削減への対応策は、たしかに電気・ガス・水
から原材料調達・加工・包装・システム合理化等の追及、そして安い労働力を求
めて海外移転にまでに至って久しいのである。
しかし一方で、'92年リオデジャネイロで開催された国連世界環境会議での危
機の警鐘以来、生活者・市民の問題意識の成長は、生命・生存加害性を先取りし
て、環境保全に向け静かに拡がりが続いている。
2)その流れは今日背に腹は変えられず、内需拡大の変性ともいえる環境配慮の
自動車や家電製品に対し補助金やエコポイントの支給によって、はからずも経済
効果にも貢献している。しかし環境問題を市場システムに一部組み入れたとはい
え、値引きにすぎずCO2削減の継続性ある日常活動が社会化したとはいえまい。
いま、地球温暖化に対応する諸々の活動の有効性を高めるには、その温暖化ガス
発生を削減する過程全体に対して「見える化」(可視化)が不可欠だと言われてい
る。その点からすれば、生産過程にある市場調査・企画、原材料の調達・加工、
営業・販売、メンテナンスや廃棄に至る温暖化ガスの発現を明示し、その社会的
・個体的負担のあり方を問うべきである。
3)この生活者・市民に対して「見える化」を前提にした削減システムは、EUや
アメリカのいくつもの州政府がすでに政策化して成果を共有している。このシス
テムは、CO2の削減量を計量化して市場で商品化した取引を可能にした。それは
CO2に換算され排出削減量を価値化=「クレジット化」して商品流通としての商品
取引を可能にしている。このクレジット化は、二つの価値交換システムを駆動し
ている。
CO2の排出量の実際を査定・評価し、それをクレジット化された商品として売
買可能にしている「排出量取引」と、もう一方に「カーボンオフセット」という
交換・決済システムとがある。「カーボンオフセット」とは個人や企業・団体が
一定期間削減した総量をクレジット化し、それを①販売②寄付③自己の排出量と
の相殺等を可能にして「見える化」の社会運動化に貢献する。
したがって、2020年までに25%削減する目標は、政治的願望の域を出ていない
といえ、すでにEUでは7兆円もの市場として稼動し実績を上げている温暖化抑制
のシステムを早急に取り入れ、市民社会をあげて環境省や経産省などのタテ割り
行政を廃し、日常活動を支援する法制化を急がなければならない。
4)食料の自立確保を目指すには、何といっても兼業農家切捨ての減反や高齢化
で耕作放棄された農地復活が不可欠であり、多品種の作付けが可能な中間山地や
森林の再生が行われなければならない。そのためには、この半世紀に亘る農林漁
業政策の抜本的見直しを必要とする。票を期待し、その見合いで中農以上や農業
団体優先で、自給率アップへの継続性を無視した「個別所得優先政策」は終わり
にしなければならない。重要なことは、日本社会の危機を踏まえた「総ぐるみ食
料生産計画」を急ぐことである。
5)そのためには、都市で職を見出しより高い所得をめざし、農作業からの離脱
をよしとしてきた社会常識を本格的に崩さなければならない。そして今日、都市
から農村への労働力や生活拠点の逆流を促進する総合的戦略ビジョンと方策を急
ぎ必要としている。たとえば、政府は5年間1兆円づつ財政資金を投入し、道府県
に自在に使える交付金として100~300億円相当を支援する。農地の再生には、地
元土建業者の重機を稼動させ、その経営基盤も支えながら地域経済活性化をも支
援する。新たな農地の活用には当然、人、物、金が必要になるが、都市からの働
き手は、若者中心に中高年者のリターンを呼びかけ歓迎する。
6)地元には、リタイヤした各種のベテランの人材が豊富におり、計画づくり、
農業技術や経験の伝承、生活指導などまでまちぐるみで有償ボランティアとして
採用し、創意を発揮してもらう。新しい住民であり働き手には時間当たり1,200円
の労賃(年間1800時間で200万円超の所得)を補償し、できる限り安上がりの田舎
生活の便宜をはかれば、税や保険の支払い者にもなれる。農村には学校、役所、
農協・農家等の遊休施設があり多少の修繕で宿舎や作業所、住宅などに供する
ことができる。
5年間のうちに定住希望者が2~3割でも生まれれば、都市と農村を結ぶメッセ
ンジャーとして新しい生活や労働文化を生み出すキーパーソンとなる。その労働
力展開は、自らの産品加工、流通、販売等の事業まで開発可能であり、地域社会
を担える農山村総合力の新開発者となる。
7)こうした実態モデルが自生し始めることによって、簡単便利の食文化と外需
見返りとして保護されてきた食料政策や都市に追従する生活文化から日本全体が、
自立する手掛りとなる。そして国内産重視、地産・地消の良識を踏まえた未来
型食の文化を生み出すことができる。その結果、自給率を5年間で60%にまで高
められる可能性を見出すとともに、政策投資の5兆円はすぐれて地域振興の成果
となって還元される。さらには、世界の食料・農業支配をめざす資本やアジア社
会における市場化した国際分業の歪みに対して、日本の実績を踏まえたメッセー
ジや連携が有効に生きるであろう。
8)マンパワー不足の福祉現場は被うべくもなく関係者の多くに忍耐と不安を与
え続けている。その原因は単純ではないのだが、①介護保険制度の発足は、すで
に10年になるが、依然として「措置時代」の名残りが強く(資格制度による上か
ら統治もあり)②保険者(自治体)と被保険者の契約関係が「介護の社会化」や「
在宅福祉」のコンセプトを十分実践できず③したがって地域福祉資源の機微にふ
れた活用が請負型に偏り④人権や諸権利の保全のテーマや責任に関して、関係者
間(家族を含む)で の優先順位が低い。⑤自治体に義務づけられた地域福祉
計画に対し、「市民福祉行動計画が対置できずタテ・ヨコのコニュニケーション
が不十分で、⑥困難事例等、急ぎケアプランを書き変えるべく福祉の救急対応が
立遅れている。⑦福祉と医療の連携に必要な有機性は脆弱で、納得して逝くのに
不可欠なシステム形成である「ターミナルケア」(ホスピスなど)が福祉領域に
欠落したままである。⑧そして全体に「参加型福祉」システムの形成支援努力が
見えないままなのである。
9)マンパワー不足の根底には、低賃金と福祉文化の担い手として社会的評価が
低いところにもあるのだが、北欧における中堅サラリーマンの預金が100~200万
円程度で将来不安を持たずに生活できる、社会・文化条件=ノーマライゼーショ
ンづくりを学び共有する合意が肝要である。
そのためには医療業界の利権や独善をセーブし、福祉業界に連動した有機的指
導性を発揮する総合政策の確立を急がねばならない。さらには、終いの住み処を
リードした持ち家政策を転換し、ライフステージに応じた住み替えを容易にする
住まい流通システムを開発し、とりわけ高齢弱者の末期(この時期こそ多様な住
まいの場所と介護サービスが必要)により自由を付与しなければならない。
10)日本では、うかつにも高度経済成長に頼りきり、すでに'80年代当初の統計
で明らかだった少子・超高齢社会に対する課題の優先順位を押し下げてきた。社
会活動の主力として機能した人々が、近未来の自分に対して責任を持とうとする
(=問題解決する)には、残された有効な力を残された時間軸にのせてシュミレ
ーションするシルバーパワーとしての異議申し立てをする市民資質を急ぎ必要と
している。
いま日本の政治的主導性は、直面している貧困や不幸の救世主として登場する
以上に、近未来を見通して連携する生活者・市民協働が、「共」(社会)の領域を
拓くことを支援しなければならない。政治社会のリーダーたちは、問題解決に向
けた合力をネットワークしようとする人々(ネットワーカー)が、多様に育成され
なければ、近未来を拓く希望が生まれない現状を銘記すべきである。たすけあい、
支え合うことのできるアソシエーション形成は、「お金で買えない価値」をよ
り多く含んだ経済・社会・文化のかたまりとして自生・自立できてはじめて「最
少不幸社会」の幸せを共有できる。(2010年9月11日記)
(筆者は生活クラブ生活協同組合・神奈川・名誉顧問)
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