【「労働映画」のリアル】

・邦画編(31)草刈正雄

清水 浩之

 《「大バクチの始まりじゃ!」―さわやか美男子から“頼れる殿さま”への半世紀》

 1963年に始まったNHK「大河ドラマ」は、各作品が1年間続く国内最大のドラマシリーズ。プロ野球の1シーズンのような長丁場に、多くの「選手」が集められ、ここで目覚ましい活躍を見せれば、全国的な知名度を得る。最近では2016年放送の三谷幸喜・作『真田丸』で、それまでお茶の間にあまり馴染みのなかった実力派俳優(高木渉、長野里美ほか)が注目されたり、お馴染みの俳優(高嶋政伸、藤岡弘、ほか)が新たな魅力を発揮したりして、野村ならぬ「三谷再生工場」として話題になった。

 その中でも大ブレイクを果たしたのは、1970年デビューで芸歴46年の大ベテラン・草刈正雄氏。堺雅人扮する主人公、真田信繁(後の幸村)の父・昌幸を演じたが、まさかこんなに人気を呼ぶとは誰も予想しなかっただろう。恩義ある武田家が滅亡した後、織田・徳川・上杉・北条という戦国大名に四方を囲まれた信州の小領主が、生き残りをかけて臨機応変に立ち回り、豊臣秀吉から「表裏比興の者」と称された智将。誰と手を結べば有利かを考え続け、その場その場でコロコロと態度を変えていく。これまでの時代劇だったら「策略家」として描かれたはずだが、若い頃から一貫して「モダン」で「爽やか」な彼が演じると、親会社の倒産という緊急事態の中で懸命に経営の舵を切る、系列会社のやり手社長にも見えてくる。

 長男・信幸(大泉洋)や家来に「どうします?」と問われても、「全くわからん! どうすればいい?」と問い返し、一族郎党との話し合いの中から妙案を編み出す。相手方をじらしたり、敵同士を牽制させたりと、様々な「ゲリラ戦」を繰り出して危機を突破していく姿は、実に痛快だった。「大バクチの始まりじゃ!」「では、おのおの抜かりなく」など、数々の決め台詞もサマになる65歳のイケメン=草刈正雄さんのこれまでとこれからを眺めてみよう。

 1952年、福岡・小倉の生まれ。父は米軍の兵士だったが朝鮮戦争で亡くなり、働く母をアルバイトで助けながら成長。少年時代は「バービーちゃん」のあだ名で親しまれた。17歳の時、勤め先のスナック店主に勧められて上京し、モデル事務所へ。資生堂の男性化粧品「MG5」のCMに抜擢され、爽やかなルックスと明るいキャラクターで瞬く間に売れっ子となった。

 1970年代は『青葉繁れる』(1974、監督・岡本喜八)、『がんばれ!若大将』(1975、監督・小谷承靖)など、東宝の青春映画で活躍。中でも『沖田総司』(1974、監督・出目昌伸)では、ヒッピー風の佇まいが意外なほど幕末の青春群像にマッチして、「髷をつけた現代劇」として成功する要因となった。以後も『風と雲と虹と』(1976、NHK)や『日本巌窟王』(1979、NHK)、『真田太平記』(1985、NHK)など多くの時代劇に起用され、身長184センチの美男スターとして活躍していく。

 20代から30代にかけては、刑事ドラマやアクション映画の「二枚目」として引っ張りだこに。近未来SF超大作『復活の日』(1980、監督・深作欣二)や、オートバイレーサーに扮した『汚れた英雄』(1982、監督・角川春樹)などで、エキゾチックな風貌が見事に生かされたが、求められ続ける「二枚目」像に抵抗も感じていた。ドラマやCM、舞台劇などの仕事では本来の持ち味である明るさ、ひょうきんさを出して、二枚目を「崩す」ことを試行錯誤する。

 やがて、主演から助演にも回るようになると、美男ぶりを逆手にとったコミカルな役どころが舞い込むようになり、知ったかぶりをしたために窮地に追い込まれる紳士を好演した不条理コメディ『ズンドコベロンチョ』(1991、フジ)や、ジェームズ・ボンドばりの荒唐無稽な活躍が笑いを生む映画『0093 女王陛下の草刈正雄』(2007、監督・篠崎誠)などで、独特のおかしみを醸し出す存在となっていく。

 美男子はともすれば反感も買ってしまうが、草刈さんはご本人のお人柄の好さがにじみ出ているため、悪役や憎まれ役に回っても「爽やかさ」「健全さ」が感じられるのがいい。総理大臣を主人公にしたドラマ『民王』(2015、テレ朝)では政敵の野党党首に扮したが、明るく陽気に政争を仕掛けてくるため、憎めないライバルとして好感を集めた。

 40代以降は菅野美穂の『イグアナの娘』(1996、テレ朝)、ベッキー主演の『アンナさんのおまめ』(2006、テレ朝)など、多くのドラマでヒロインの「よきパパ」役を務めている。また、Eテレのアート鑑賞マニュアル番組『美の壺』では、2009年に谷啓から案内役を引き継いだが、その飄々とした味わいが親しまれ、今年で10年目の放送に入った。

 『真田丸』による大ブレイクで、去年は写真集まで発売された不滅の美男子、草刈正雄さん。今年は『写楽ホーム凸凹探偵団』(2018、テレ朝)で高級老人ホームに住む元刑事に扮し、「カッコいいおじいさん」像も楽しませてくれた。ヒュー・グラントみたいな「二枚目崩れ」の魅力も、笠智衆みたいな可愛らしさも出せる、貴重な男性スターです。

<参考文献>
 『草刈正雄 FIRST PHOTO BOOK』(双葉社 2017年)
 『役者は一日にしてならず』春日太一(小学館 2015年)

 (しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。

◇次回のご案内
第48回 労働映画鑑賞会 ~モノづくりの街のさまざまな暮し~
・2018年5月10日(木)18:00~(参加費無料・事前申込不要)
・会場:連合会館 201会議室(地下鉄 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)
・上映作品:『蒲田・町工場物語』(1987年、45分、NHK特集 名作百選より)
  零細な町工場が軒を接する東京・蒲田。円高不況、失業、地価高騰などの不安の中で生きる人々を見つめる。
 詳しくは、働く文化ネット公式ブログをご確認ください。 http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島! 4~5月
※《労働映画列島》で検索! http://d.hatena.ne.jp/shimizu4310/00180503

◇新作ロードショー
『タクシー運転手~約束は海を越えて~』《4月21日(土)から 東京 シネマート新宿ほかで公開》
 1980年に韓国で起きた「光州事件」。危険を冒して取材に向かうドイツ人ジャーナリストと、彼を現地に送るタクシー運転手との友情。(2017年 韓国 監督:チャン・フン) http://klockworx-asia.com/taxi-driver/
『ロンドン、人生はじめます』《4月21日(土)から 東京 シネスイッチ銀座ほかで公開》
 高級マンションに暮らす未亡人が公園に住むホームレスの男性と出会い、自然に囲まれながら自由に生きる彼と心を通わせていく。(2017年 イギリス 監督:ジョエル・ホプキンス) http://www.synca.jp/london
『29歳問題』《5月19日(土)から 東京 恵比寿ガーデンシネマほかで公開》
 30歳の誕生日を目前に控え、様々な悩みを抱えたキャリアウーマン。同じ生年月日の女性の日記を手に入れ、彼女の楽しそうな日常に興味を惹かれていく。(2017年 香港 監督:キーレン・パン) http://29saimondai.com/

◇名画座・特集上映
◎北海道・東北
【札幌 シアターキノ】 「KINOフライデーシネマ」…5/4=あしたはどっちだ寺山修司 5/11=長江 愛の歌 5/18=霊的ボリシェヴィキ
【フォーラム山形、鶴岡まちなかキネマ】 4/20~5/3 世界一と言われた映画館~酒田グリーン・ハウス証言集(2017年 監督:佐藤広一)
【須賀川市文化センター】 5/12・13「第30回すかがわ国際短編映画祭」…Birth-つむぐいのち-/トムの食料雑貨店/サリム父さん/竹工芸 藤沼昇のわざ/生命を学ぶ わくわく飼育体験/他

◎関東・甲信越
【東京 京橋 国立映画アーカイブ】 4/24~5/13「映画にみる明治の日本 第1期」…明治の日本/郵便物語/議會の話/疏水 流れに沿って/我が戀は燃えぬ/あゝ野麦峠/他
【東京 早稲田松竹】 4/28~5/4「ゴールデン・ウーマン・ウィーク!彼女たちの驚くべき仕事」…女神の見えざる手/ドリーム(2本立上映)
【東京 神保町シアター】 5/5~6/8「にっぽん 家族の肖像」…ボロ家の春秋/女房族は訴える/破れ太鼓/はたらく一家/キューポラのある街/家族ゲーム/他
【東京 戸越スペース】 5/19「レイバーシネクラブ例会」…地の塩(1954年 アメリカ)
【川崎市市民ミュージアム】 5/12~6/30「宇野重吉特集~没後30周年」…愛妻物語/あやに愛しき/金環蝕/人間の壁/第五福竜丸/ドレイ工場/他
【川越スカラ座】 4/28~5/11「大映女優祭」…雨月物語/女は二度生まれる/白鷺/朱雀門/浮草/お嬢さん/他
【新潟市総合福祉会館】 5/3「草とり草紙を根掘る会・息の跡を葉掘る会」…草とり草紙(1985年)/息の跡(2015年)

◎東海・北陸
【名古屋 名演小劇場】 4/28~5/11「華麗なるフランス映画」…太陽はひとりぼっち/悲しみのトリスターナ/突然炎のごとく/ダンケルク(1964年版)/他
【岐阜 ロイヤル劇場】 4/21~5/4「山田洋次が描く、もう一つの家族の物語」…故郷 ふるさと/家族(週替り上映)

◎関西
【京都文化博物館】 4/27~29「ヴェネツィア国際映画祭が選んだ京都映画」…羅生門/雨月物語/山椒大夫
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 5/12~19「引き裂かれた空:東ドイツの映画の歴史&ストーリー」…殺人者は我々の中にいる/45年生まれ/建築家たち/引き裂かれた空/他
【尼崎 塚口サンサン劇場】 5/5~11「これぞ役所広司の凄味!」…KAMIKAZE TAXI(1995年 監督/原田真人)
【神戸 元町映画館】 4/28~5/4「イスラーム映画祭3」…ラヤルの三千夜/エクスキューズ・マイ・フレンチ/アブ、アダムの息子/私の舌は回らない/他

◎中国・四国
【広島市映像文化ライブラリー】 5/2~16「ポーランド映画祭」…影/夜行列車/尼僧ヨアンナ/太陽の王子ファラオ/ズビシェク/ソラリスの著者/アート・オブ・ラビング/他
【山口情報芸術センター】 5/3~27「仕事 and/or レジャー」…苦い銭/リビング ザ ゲーム/サファリ
【松江テルサ】 4/28「さんびるシアター」…幼な子われらに生まれ(2017年 監督:三島有紀子)
【徳島市シビックセンター】 5/20「徳島でみれない映画をみる会」…わたしは、幸福(フェリシテ)

◎九州・沖縄
【小倉昭和館】 4/28~5/18「才能×葛藤×愛」…ラストレシピ 麒麟の舌の記憶/火花(2本立上映)
【福岡 KBCシネマ】 「One Shot Cinema」…4/24=オラファー・エリアソン 視覚と知覚 5/8=オレの獲物はビンラディン 5/15=ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー

◎日本の労働映画百選
働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf

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