【「労働映画」のリアル】

第30回 労働映画のスターたち・邦画編(30) 吉永小百合

清水 浩之


 《「誰かの力になりたいのです」― 夢みるワセジョの終わりなき青春》

 2018年3月10日、120本目の出演作『北の桜守』(監督・滝田洋二郎)が公開された吉永小百合さん。13歳での映画デビューから59年。その作品歴を辿ると、「戦後育ち」の日本女性がどんな青春を送り、現代社会をどう生きてきたかが映し出されていることがわかる。昭和20年生まれの彼女自身もまた、「平和な世の中」を心から願い、大学進学や夫婦共働きなど「新しい生き方」を切り拓いてきた戦後女性のトップランナーとして、映像の中と外の両方で、いきいきと人生を重ねてきたようにも思う。今もなお戦後世代の「青春」を体現し続ける小百合さんの足跡を、労働映画の視点から考察してみよう。

 1945年3月13日、東京大空襲の3日後に誕生。官僚だった父は戦後、事業に失敗し、家計は困窮していた。代々木・西原小学校の野外上映会で観た『二十四の瞳』(1954、監督・木下惠介)で俳優の仕事に憧れ、TBSのラジオドラマ『赤胴鈴之助』(1957)に子役として初出演。父の知人に誘われて日活への入社が決まった時は、「これで上の学校にも行ける」と喜んだという。

 1960年、若手中心の日活俳優陣に参加。トニーこと赤木圭一郎に「ラビットちゃん」とあだ名をつけられた可憐な少女は、2つ年上の気のいいアンちゃん・浜田光夫と共演した『ガラスの中の少女』(1960、監督・若杉光夫)で注目され、以後「浜田・吉永コンビ」の青春映画が、同世代の観客からの絶大な支持とともに作り続けられる。

 初期の代表作となった『キューポラのある街』(1962)は、今村昌平と浦山桐郎の共同脚本。これが監督デビュー作となる浦山は「貧乏について、よく考えてごらん」とアドバイスし、「山の手の貧乏」の中で育ってきた彼女に「下町の貧乏」の存在を教えていく。高校進学を夢見る中学3年生のジュンは、鋳物職人の父(東野英治郎)が失業したことから将来を悲観しかける。「ダボハゼの子はダボハゼだ! 中学出たら働くんだ!」……飲んだくれた父の言葉に苦しめられる主人公の姿は、仕事が忙しくて高校に通えない、かといって仕事もやめられない……という彼女自身の苦悩ともシンクロして、見事なリアリティを生み出した。

 暮らしの中に戦争の傷跡が残り、「所得倍増」が夢のように語られた時代の青春が描かれる浜田・吉永コンビの作品は、今の観客が見ても「社会派アイドル映画」として楽しめる。『上を向いて歩こう』(1962、監督・舛田利雄)や『いつでも夢を』(1963、監督・野村孝)は、人気歌謡曲と若い労働者のドラマが同居できた時代ならではのヒット作。『草を刈る娘』(1961、監督・西河克己)、『光る海』(1963、監督・中平康)、『風と樹と空と』(1964、監督・松尾昭典)などなど、一連の石坂洋次郎作品の「男女平等型ヒロイン」もピッタリとはまった。純愛悲劇の名作『愛と死をみつめて』(1964、監督・斎藤武市)や、原爆をテーマに据えた野心作『愛と死の記録』(1966、監督・蔵原惟繕)も生み出し、斜陽期に入った日本映画界の良心を守り続けた。

 どんなに辛い撮影現場も頑張り抜き、「大丈夫の小百合ちゃん」と呼ばれたように、実生活でも決して夢を諦めず、1965年には早稲田大学の第二文学部に入学。夕方5時に撮影所を出て6時の講義に駆けつけ、きっちり4年で卒業している。当時の早稲田には久米宏、田中真紀子、宮崎学らが通い、森田一義(タモリ)も森田必勝(楯の会)もいた。近年、早大の女子学生やOGを「ワセジョ」と呼ぶようになったが、男勝りで自由を愛し、社会活動にも積極的……そんな「ワセジョ」像は、現在の小百合さんにも通じるところがあると思う。「いつでも夢を」忘れない、青春を生き続ける女性像だ。

 20代に入ってからは多忙の余り体調を崩し、自ら希望した企画『野麦峠』(内田吐夢監督)も頓挫。スランプの時期を迎えたが、渥美清や高倉健と共演して、その人生哲学に接したことをきっかけに、30代からは独自のスタンスで活動していくようになる。早坂暁・脚本のテレビドラマ『夢千代日記』(1981、NHK)は、昭和20年の広島で胎内被爆した芸者・夢千代役。同じ年に生まれた小百合さんは、夢千代の優しさの理由を考え続けた挙句、「誰かの助けになりたいのです」というセリフに出会って納得したという。

 40代以降は市川崑の『細雪』(1983)、『おはん』(1984)、深作欣二の『華の乱』(1988)など、巨匠とがっぷり四つに組んだ意欲作や、坂東玉三郎に「女の演じ方」を学んだ『外科室』(1992)、『夢の女』(1993)、大林宣彦監督が「働く女性の美しい皺」を描いた『女ざかり』(1994)など、冒険心のある作品が印象に残る。近年では、一人芝居の要素を採り入れた『母と暮せば』(2015、監督・山田洋次)が面白かったので、今後も新しい試みに挑戦していただきたいです。例えば、海外の作品に飛び込んだ小百合さん……見てみたい!!

<参考文献>
 『夢一途』吉永小百合(日本図書センター 2000年)、『私が愛した映画たち』吉永小百合・立花珠樹(集英社新書 2018年)

 (しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)

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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。

◇次回のご案内
第47回 労働映画鑑賞会
・2018年4月12日(木)18:00~(参加費無料・事前申込不要)
・会場:連合会館 201会議室(地下鉄 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)
・上映作品:『ある精肉店のはなし』(2013年、108分)
  製作:やしほ映画社、ポレポレタイムス社 監督:纐纈(はなぶさ)あや
  大阪府貝塚市、家族経営で精肉店を営んでいる一家の記録。手作業での屠畜から、“生の営み”の本質を見つめる。文化庁映画賞・文化記録映画大賞。【労働映画百選 No.93】
 詳しくは、働く文化ネット公式ブログをご確認ください。 http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島! 3~4月
※《労働映画列島》で検索! http://d.hatena.ne.jp/shimizu4310/00180403

◇新作ロードショー
『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』《3月30日(金)から 東京 TOHOシネマズ日比谷ほかで公開》
 1971年、ベトナム戦争の情勢を分析した国防省の最高機密文書。政府がひた隠す真実を明らかにしようと立ち上がった新聞社の人々を描く。(2017年 アメリカ 監督:スティーヴン・スピルバーグ) http://pentagonpapers-movie.jp/
『心と体と』《4月14日(土)から 東京 新宿シネマカリテほかで公開》
 ブダペスト郊外にある食肉工場で働く女性とその上司。孤独に生きる二人が、同じ夢を見たことをきっかけに距離を縮めていくさまを描くラブストーリー。(2017年 ハンガリー 監督:イルディコー・エニェディ) http://www.senlis.co.jp/kokoroto-karadato/
『自由を手にするその日まで』《4月21日(土)から 東京 下北沢 トリウッドほかで公開》
 医療系技術者出身の監督が、実際に見聞きした女性や新入社員へのいじめをベースに描き出すサスペンス映画。陰湿な職場で追いつめられたヒロインは、ある計画を思いつくが…。(2017年 日本 監督/天野友二朗) http://tollywood.jp/

◇名画座・特集上映
◎北海道・東北
【札幌 シアターキノ】 「KINOフライデーシネマ」…3/30=わたしは、幸福(フェリシテ)(コンゴ)、4/6=恋とボルバキア(日本)、4/13=立ち去った女(フィリピン)
【久慈 アンバーホール】 3/25「映像アートマネージャー養成講座」…ネクタイを締めた百姓一揆~新花巻駅をめぐる14年間の物語(2017年、監督・河野ジベ太)
【山形ドキュメンタリーフィルムライブラリー】 「金曜上映会」…4/13=パムソム海賊団 ソウル・インフェルノ(韓国)、4/27=予測された喪失(オーストリア)

◎関東・甲信越
【東京 日比谷図書文化館】 3/23~25「第5回 グリーンイメージ国際環境映像祭」…黄昏のコーラス(エクアドル)/森からの声(パプアニューギニア)/フォードランディア(ブラジル)/風砂の町(ニジェール)/他
【東京 神保町シアター】 3/24~4/20「東西対決!輝ける〈大映〉男優の世界」…親不孝通り/やっちゃ場の女/義仲をめぐる三人の女/悪名一番勝負/雑兵物語/他
【東京 池袋 新文芸坐】 3/31~4/10「気になる日本映画達〈アイツラ〉」…八重子のハミング/人生フルーツ/ハローグッバイ/バンコクナイツ/彼女の人生は間違いじゃない/他
【東京 角川シネマ新宿】 4/14~5/11「大映創立75年記念企画 大映男優祭」…黒の試走車/兵隊やくざ/炎上/黒い十人の女/巨人と玩具/闇を横切れ/他
【高崎市文化会館/他】 3/24~4/8「第32回 高崎映画祭」…紅い襷 富岡製糸場物語/墨の魔術師/人生フルーツ/静かなふたり/宝物の抱きかた/高崎グラフィティ。/他
【川崎市市民ミュージアム】 4/1~22「鉄道のある風景」…蜂の巣の子供たち/珈琲時光/彼岸花/カルメン故郷に帰る/遠い一本の道

◎東海・北陸
【岐阜 ロイヤル劇場】 3/24~4/6「青春の門 東宝2部作連続上映」…青春の門 筑豊篇/青春の門 自立篇(週替り上映)
【名古屋シネマテーク】 3/31~4/6「イスラーム映画祭3」…ラヤルの三千夜(パレスチナ)/ボクシング・フォー・フリーダム(アフガニスタン)/トゥルー・ヌーン(タジキスタン)/花嫁と角砂糖(イラン)/他

◎関西
【京都みなみ会館】 3/26~31「京都みなみ会館 さよなら興行」…虹をつかむ男/田園に死す/シェルブールの雨傘/月夜釜合戦/ぼくの伯父さん/楽日/他
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 4/7~5/4「フィルムノワールの世界 第2弾」…M(1931/1953)/ガラスの鍵/恐怖省/仮面の報酬/拾った女/他

◎中国
【広島市映像文化ライブラリー】 4/11~18「ジャン=ピエール・メルヴィル監督特集」…海の沈黙/賭博師ボブ/いぬ/仁義/モラン神父/他

◎四国
【四万十市立文化センター】 3/23~25「第3回 四万十映画祭」…サムライせんせい/ハッピーアイランド/四万十 いのちの仕舞い/つくるということ/他

◎九州・沖縄
【福岡市総合図書館 シネラ】 4/1~22「中国映画特集」…奥様万歳/家々の灯/林商店/盗馬賊/芙蓉鎮/スケッチ・オブ・Peking/他

●日本の労働映画百選
 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf

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