【「労働映画」のリアル(23)】
労働映画のスターたち・邦画編(23) 殿山泰司
《戦後の名作に必ず登場! 人生に目を開かせる「となりのオヤビン」》
つるつるの頭に、ずんぐりした体、そして独特のガラガラ声。敗戦直後の華族を描いた『安城家の舞踏会』(1947、監督・吉村公三郎)に始まり、昭和が終わった年に作られた『黒い雨』(1989、監督・今村昌平)に至るまで、日本映画の名作・傑作・野心作には、必ずと言っていいくらい登場する男。自ら《三文役者》の看板を掲げ、「ハード・ポルノから教育映画まで」あらゆるジャンルの作品に出演し続けた。その役柄は商店主、職人、炭鉱夫、工場主、農民、漁師、住職、押し売り(!)など、それぞれの時代を生きる「庶民」たちだ。
1950年創立の独立プロダクション「近代映画協会」の同人として、長年行動を共にしてきた新藤兼人監督によれば、彼の魅力は「ペエペエのよさ」であり、“偉い人”には決してなれないが、一緒にいるとなんだか和む人、物語の主人公が辛い状況に置かれた時には、そっと励ましたり、支えたりしてくれる・・・作品の世界観に奥行を生み出す“良き隣人”として、欠かせない存在だった。「タイちゃん」、「トノさん」、そして若い共演者やスタッフからは、「親分」ではなく「オヤビン」のあだ名で慕われた名脇役の仕事を、労働映画の視点から辿ってみよう。
1915(大正4)年生まれ。東京・銀座のおでん屋「お多幸」を経営する両親のもと、都会っ子として自由気ままな青春を過ごす。店を継ぐのがイヤで俳優を志し、1936年に「新築地劇団」の研究生に。1939年には映画『空想部落』(監督・千葉泰樹)に初出演し、「馬込文士村」に住む若き小説家に扮した。当時はまだ髪もフサフサした純朴青年だったが、やがて戦時体制の強化により劇団は強制解散させられ、モダンボーイはいきなり中国戦線へと送られた。
敗戦後、復員してきた彼の人生観は「どうせ拾った命だ」に変わっていた。松竹大船撮影所で俳優として復帰すると、その風貌と人柄が愛され、数多くの作品に出演するようになる。『長屋紳士録』(1947、監督・小津安二郎)、『酔いどれ天使』(1948、監督・黒澤明)など、戦後社会を色濃く映し出した数々の作品に登場。やがて監督の吉村公三郎、脚本家の新藤兼人らと共に「近代映画協会」創設に参加。新藤は同世代の殿山との親交を深め、彼の俳優としての魅力を、自作を通して追求し続けていくことになる。
新藤自身のシナリオ修行時代を描いた監督第一作『愛妻物語』(1951)では、主人公の隣家に住む、友禅の下絵描き職人の役。創作に行き詰まった若き脚本家(宇野重吉)をそっと見守り、優しく励ます。「おじさんは才能があったんですよ、一人前になれたんだから…」と呟く主人公には「ちがいまんがな、むやみやたらに辛抱しただけどすわ」と笑顔で反論し、「若い時の苦労は買うてでもしなはれ」と肩を押す。一時の成功や出世などとは別のところにある、「人生そのもの」に目を開かせるキーパーソンだ。
新藤の目から見た殿山本人も、酒を呑み過ぎて倒れたり、二人の女性との夫婦関係をずるずる続けたり・・・といった具合に、世間の常識とは違った「隣の別世界」を見せてくれる、かけがえのない存在だったと思われる。代表作となる『裸の島』(1960)で、島の農民の「辛抱ひとすじ」の生きざまを、セリフを一言も喋らずに演じ切らせたのをはじめ、『どぶ』(1955)の失業者、『わが道』(1974)の出稼ぎ老人など、各時代の「名も無き庶民」像を託し続けた。殿山の死後、彼の生涯を友人の視点で描いた『三文役者』(2000)では、撮影現場からお呼びがかかるのを待ち続ける、「俳優」という労働者たちの心境に迫る場面が、強く印象に残った。
今村昌平監督の『にあんちゃん』(1959)では、主人公一家の苦境に手を差し伸べる鉱夫。翌1960年の『筑豊のこどもたち』(監督・内川清一郎)では炭鉱主に「出世」していたが、『一粒の麦』(1958、監督・吉村公三郎)の自動車修理工場、『キューポラのある街』(1962、監督・浦山桐郎)の鋳物工場と同様に、彼が経営すると必ず(?)倒産の危機に瀕している。悪人に扮しても「小悪党」どまりという、生来の善良さが常に役柄に反映されているフィルモグラフィーが、なんとも味わい深い。
「まあまあ」「どうもどうも」が口癖で、決して人に逆らわない生き方をしてきた反動か、50代に入ってからは突然、八方破れの文体でエッセイを書きまくる。各県別の女性の特徴をデタラメに分析した『日本女地図』(1969)などの「迷著」もまた、職場のみんなを楽しませようと、バカ話に興じる「オヤビン」の真骨頂。ジーンズにサングラスというスタイルでふらりと現れたモダンボーイは、1989年に73歳で亡くなるまで「ペエペエのよさ」を体現し続けた。
参考文献:『三文役者の死』新藤兼人(1991年、岩波書店)
(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信
◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。
◇次回のご案内:第41回労働映画鑑賞会
・2017年 9月14日(木)18:00~(参加費無料・事前申込不要)
・会場:連合会館 201会議室(地下鉄 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)
・上映作品:『機関車C57』(1940年/45分)【労働映画百選 No.10】
『貨物列車』(1963年/30分)
◎【上映情報】労働映画列島! 8~9月
※《労働映画列島》で検索! http://d.hatena.ne.jp/shimizu4310/00170903
◇新作ロードショー
『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』
《8月26日(土)から 東京 新宿ピカデリーほかで公開》 ロンドンでの実話を映画化。路上生活を余儀なくされていた若いミュージシャンが、野良猫との出会いをきっかけに人生をやり直し始める。本物の「ボブ」が自らの役を演じている。(2016年 イギリス 監督:ロジャー・スポティスウッド) http://www.bobthecat.jp
『もうろうをいきる』
《8月26日(土)から 東京 ポレポレ東中野ほかで公開》 目と耳に障害がある盲ろう者と、彼らを支える人々を追ったドキュメンタリー。宇宙に一人取り残されたような孤独と向き合いながら生きる人々の姿を映し出す。(2017年 日本 監督:西原孝至) http://mourouwoikiru.com/
『あさがくるまえに』
《9月16日(土)から 東京 ヒューマントラストシネマ渋谷ほかで公開》 フランス北西部の都市、ル・アーヴルを舞台に、心臓移植という事態に直面したドナーの家族や恋人、医師たちの葛藤の一日を描く。(2016年 フランス=ベルギー 監督:カテル・キレヴェレ) https://www.reallylikefilms.com/asakuru
◇名画座・特集上映
◎全国
【札幌シネマフロンティアほか 全国56館】 9/9~10/6「午前十時の映画祭 子供たちの時間」…泥の河/トリュフォーの思春期
◎北海道・東北
【秋田県民会館】 9/2・3「あきたクラシックシネマ 木下惠介の世界」…喜びも悲しみも幾歳月/野菊の如き君なりき/カルメン故郷に帰る/二十四の瞳
【新庄市民プラザ】 9/9「市民プラザ名画座」…ジャンケン娘/大学の若大将/君も出世ができる/エノケンの頑張り戦術
◎関東・甲信越
【藤沢 シネコヤ】 8/19~9/1「イタリアの風景、そして社会問題」…ローマ環状線、めぐりゆく人生たち/海は燃えている~イタリア最南端の小さな島
【東京 新御茶ノ水 連合会館203会議室】 8/22 『コンビニの秘密―便利で快適な生活の裏で』(監督/土屋トカチ)上映会 http://www.parc-jp.org/freeschool/event/170822.html
【東京 四谷 土木学会講堂】 8/23「海に築く技術~港湾空港土木特集」…超軟弱地盤に挑む 東京国際空港沖合展開事業地盤改良工事/関西国際空港 海上空港の建設 http://committees.jsce.or.jp/avc/
【東京 神保町シアター】 9/2~29「女優・倍賞千恵子」…私たちの結婚/下町の太陽/横堀川/小さいおうち/他
【東京 シネマヴェーラ渋谷】 9/9~29「名脇役列伝II 安部徹生誕百年記念 悪い奴ら」…象を喰った連中/特別機動捜査隊/殿様ホテル/銀座二十四帖/他
◎東海・北陸
【名古屋シネマテーク】 9/2~22「東海テレビドキュメンタリーの世界」…人生フルーツ/熱中コマ大戦/悪い犬/検事のふろしき/他
【名古屋 ウィルあいち/他】 9/6~10「あいち国際女性映画祭2017」…29+1(香港)/ブルカの中の口紅(インド)/たたかいつづける女たち~均等法前夜から明日へバトンをつなぐ(日本)/他
◎関西
【神戸 兵庫県立美術館】 8/25・26「KEN-Vi名画サロン」…張込み/白い巨塔/黒い画集/悪い奴ほどよく眠る
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 9/2~15「荒井晴彦映画祭 70になった全身脚本家」…赫い髪の女/遠雷/時代屋の女房/身も心も/他
◎中国
【山口情報芸術センター】 8/24~27「YCAM爆音映画祭2017」…ラ・ラ・ランド/鉱 ARAGANE/ざ・鬼太鼓座/20センチュリー・ウーマン/他
【広島市映像文化ライブラリー】 9/1~30「日本アニメーション100年特集」…桃太郎 海の神兵/詩人の生涯/風の谷のナウシカ/おおかみこどもの雨と雪/他
◎四国
【松山 コムズ大会議室】 9/2「マネキネマ しみん名画座」…ふたりの桃源郷/人生フルーツ(2本立)
【高松 レクザムホール】 9/9「映画の楽校 Lesson103」…雁の寺/洲崎パラダイス赤信号/けんかえれじい
◎九州・沖縄
【湯布院公民館/他】 8/23~27「第42回 湯布院映画祭」…893愚連隊/やくざ戦争 日本の首領/ガチ★星/鬼龍院花子の生涯/幼な子われらに生まれ/他
【福岡市総合図書館シネラ】 9/2~23「日本映画名作選」…人情紙風船/しろばんば/さらば愛しき大地/三文役者/歓待/他
◎日本の労働映画百選
働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。
『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
http://hatarakubunka.net/symposium.html
・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612
・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077
・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf
・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
http://hatarakubunka.net/100sen.pdf
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