【コラム】風と土のカルテ(32)

ミャンマー新政権下の医師たちが語った意気込み

色平 哲郎


 10月半ばからミャンマーの医師、保健省の職員ら8人が、私が勤める佐久総合病院に研修に来ている。JICA(独立行政法人国際協力機構)が2014年11月から実施している「ミャンマー保健システム強化プロジェクト」の一環だ。

 ミャンマーでは、長期にわたる軍事政権下で社会セクター全体への投資が行きわたらず、保健医療の活動も停滞していた。しかし2011年の民政誕生以降の社会改革に伴い、保健医療への国家予算も5年間で10倍近くに増額。2016年に誕生した新政権(ティン・チョウ大統領、アウン・サン・スー・チー国家最高顧問・外相ら)は、さらに保健改革を推進しようとしている。

 こうした状況でJICAは、保健省の行政能力強化に向けた支援をするほか、東部のカヤー州を拠点として、地域医療ニーズに対応できるよう同州の保健行政に対する支援を行っている。今回、佐久病院で研修中のメンバーも、カヤー州のロイコー総合病院の医師や同州公衆衛生局の職員が中心だ。

●風光明媚な「ミャンマーの信州」の医療事情

 研修に先立ち、受け入れ準備のため、私は9月初旬にカヤー州を訪ねた。タイと国境を接するカヤー州は、人口28万人でキリスト教徒が多い。美しい山々と豊かな水、「ミャンマーの信州」とでも呼びたくなるような親近感を覚えた。

 1950年代に開設されたロイコー総合病院は、他地域からの患者も受け入れる州内唯一の総合病院だ。建物の老朽化や医療機器の陳腐化というハードの問題とともに、地域の公衆衛生の向上といったソフトの問題が横たわっている。

 診療科の中心は産科と外科。帝王切開、虫垂炎、ヘルニア……など、「なんでも外科」といったイメージが強い。産科医の技量はかなり高く、「年間数例の卵巣癌患者のために抗癌剤の使い方をぜひ、佐久病院で学びたい」と研修に向けての抱負を述べてくれた。

 小児科医も研修への期待が大きかった。現時点では、残念ながらミャンマーの乳幼児死亡率はかなり高い。「NICUでの低出生体重児への治療や、先天性の病気を持った新生児への対応を、実際に見て、勉強して身につけたい」と女性小児科医は語る。

 医師たちは「先進医療の効果を発揮させるには、社会全体の保健状態を向上させ、地域医療を充実させなければいけない」と口をそろえて語った。そして、「地域医療を学ぶなら、ぜひ佐久へ」と、、、

 ミャンマー人の医師には国家公務員が多く、その意味で、ミャンマーの公的医療は“国営”医療である。軍事政権下のミャンマーでは、上意下達のウラで賄賂がはびこったという。民主化によって「言論の自由」が認められるにつれ、腐敗を糾弾する声も高まっている。自由を手に、経済成長の軌道に乗ったミャンマー。「希望の国」から来た医療者たちの佐久での研修の様子は、また改めてご紹介したい。

 (長野県・佐久総合病院・医師)

※この記事は日経メディカル2016年10月31日号から著者の許諾を得て転載したもので文責はオルタ編集部にあります。
 http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/mem/pub/blog/irohira/201610/548824.html


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