【視点】

マクロン大統領の再選とその困難な2期目

鈴木 宏昌

 去る4月10日に行われた大統領選挙(決定戦)はかなりの接戦になるとの予測が多かったが、実際にはマクロン大統領が極右のルペン候補に17%の差をつけ、再選された。とは言え、極右のルペン候補は、前回に比べて大きく得票を伸ばし、いかにフランス国内に反マクロンの立場の人や政治に背を向ける人が多いかを示した。このマクロン大統領の再選に一番安堵したのは、同盟関係のEU首脳やアメリカのバイデン大統領ではないかと言われている。

 しかしマクロン派の人たちは、まだまだ心配事が多い。まず、6月に予定されている国民議会選挙が最初の関門となる。アメリカの大統領制と異なり、フランスの大統領制は議会制民主主義とのハイブリッドな制度で、国民議会を大統領が掌握できないときには、大統領の権限は大幅に制限される。憲法上、大統領は首相指名権と国民議会の解散権を持つが、立法権は議会がもっている。そのため、議会の多数を握る首相が立法の権限を獲得し、大統領の役割は外交と軍事権のみとなり、実質的な政治の機能は首相に移ってしまう。保守のシラク大統領の下で、ジョスパン社会党政権が週35時間制度を実現したことが思い出される。

 マクロンの第1期目の時は、大統領選挙の余勢で国民議会の絶対多数を握り、ある意味、大統領が自由に国民議会を牛耳ることができたが、今回はどうだろうか? マクロン大統領の与党は、すでに5年間政権を担当してきたという負の遺産もあるので、今回の国民議会選挙は簡単ではないだろう。さらに、議会選挙の関門を無事越えたとしても、ウクライナ戦争で崩れた世界秩序の混乱とインフレの加速化が待っている。
 今稿では、まず、大統領選挙の経過を振り返ってみた後、国民議会選挙をめぐる現在の動きを見てみる。その後、国民議会でマクロン与党と穏健な保守などが多数を獲得したという想定で、マクロン政権の2期目の重要課題を考えてみたい。

 ◆ 大統領選挙の経過

 フランスの選挙制度は、日本と違い、第一次選挙と、そこで選ばれる上位二人の決選投票で、大統領や議員が選ばれる。私の友人によると、第1回の選挙では最も気に入った候補に投票し、決選投票では、嫌いな候補を避けるために投票するとコメントした。今回の多くの有権者の投票行動を説明しているように思われる。

 第一次選挙には、極右、極左、田舎の地方代表と実に12人の候補が乱立した。泡まつ候補を除くと、主な候補のうち最初に脱落したのは社会党のイダルゴ・パリ市長で、ほとんど世論調査で5%に達することはなかった。
 次に、意外に伸びなかったのがエコロジー党のジャド候補で、これも世論調査で6-7%と低迷し続けた。意外と表現したのは、一昨年の地域の首長選挙で、リヨン、マルセイユなど多くの大都市の市長選挙でエコロジー党の候補が勝っていたからである。しかし、今回は惨憺たる結果(4.6%)となった。ドイツの緑の党と異なり、統治経験の全くないフランスのエコロジー党は現実的な政策目標をつくるより、現政権の批判に満足する傾向が強く、有権者の信頼を勝ち取ることができなかった。

 伝統的な保守の牙城と言われた共和党のペクレス候補は、選挙戦の後半に全く失速した。選挙演説が上手でなかった上に、サルコジ元大統領との仲が悪く、共和党全体の支持を得られなかった。このように、マクロン大統領の出現まで、約40年間政権を交互に維持してきた共和党と社会党という伝統の2大政党候補が、選挙戦後半からは全く脱落する不思議な選挙となった。

 このような歴史的な左右の政党の衰退は、中道を自負するマクロン派(REM)に穏健派が大きく浸食された結果である。5年前、全く政治基盤を持たなかったマクロン氏は、フランス経済・社会の革新をモットーとし、社会党の穏健派と共和党の中の穏健・中道志向の人を吸い上げ、マクロン与党を大きな中道の党にすることに成功した。その結果、残った共和党と社会党は全く弱体化し、今回の選挙で惨敗を屈することになった。

 穏健な保守や社会民主系の人たちが、マクロン与党に吸収されると、残るのは反EU、反移民の極右と、反体制派で革命を夢に描く極左しか残らない。ある意味、マクロン大統領の政治手腕が今回のような極右や極左候補の伸びにつながった。第一次選挙の結果は、マクロン候補28%、ルペン候補23%、メランション候補22%、ゼンムール候補7%であった。この結果が示すように、有権者の約6割は反ヨーロッパ極右と反体制派の極左に投票するという異常な現象となった。

 決選投票は、勝ち残ったマクロン氏とルペン候補という5年前と同じ顔合わせで、世論調査では、かなり接戦となると予測されていたが、投票日近くになり、より安全なマクロン候補支持に回った人が多かったと思われる。国全体では、マクロン候補58.5%、ルペン候補41.5%という結果だったが、地域や社会階層により、支持率は大きく異なり、分断されているフランスの社会構造が浮き彫りにされた。その事情をより詳しく、ボルドー地域(新アキテーヌ地域)に見てみよう。

 ボルドー市はパリから約600キロ離れた南フランスにあるフランス5番目の大都市(都市圏の人口は約125万人)である。中心部は昔の建造物が多く、ワイン生産の中心でもあるので観光客も多い。パリから約600キロの距離にあるが、TGVではパリまで2時間ほどでしかない。交通の便が良く、南フランスなので気候にも恵まれているので、近年人口が急上昇中の人気都市でもある。そのため、中心部の不動産は高騰し、ここ20年間に300%を超える価格上昇を記録している。

 この不動産価格の変動はボルドー地域の人口構造にも直接影響する。ボルドー市の中心部に移住してくる人には、パリで働く(働いていた)カードル層(専門職・管理職)が多く、テレワークを利用し、週何回かパリの本社で仕事をしたりする(パリと比較すれば、ボルドー市の不動産価格は半分くらいでしかない)。
 これに対し、地元で働く中産階層は、少し安い価格で、より広い家を確保しようと郊外に押しやられる。さらに、それより低い所得の人たち(老人ホームで働く介護士、レストランなどのサービス業)は、さらに遠くの郊外に住居を探し、毎日交通渋滞の続く自動車での通勤を余儀なくされる。

 さて、大統領選挙の決選投票結果を見ると、ボルドー市の中心部では、マクロン氏の得票は80%と圧倒的だが、中心部から距離が離れるに従い、ルペン氏の得票率が高くなる。さらに、その都市圏の外側の農村地帯となると、ルペン候補が優勢だった村が目立つ。ボルドー地域の市町村単位(commune)で計算するとルペン氏優勢が2,200市町村あり、マクロン氏の1,500を上回っている。もちろん、都市部の人口が大きいので、地域全体の数字は、全国とほぼ同様のマクロン氏58%、ルペン氏42%となった。このような大都市の中心部、郊外そして農村地帯で投票が大きく分かれたのは首都パリ(マクロン候補のパリ市内の得票率は82%)でも同じであった。

 ◆ 国民議会選挙

 立法、国家予算などの重要な国内政策を担う国民議会選挙は6月に行われる。まだ、候補者のリストすら出そろわない状況なので、どのような結果になるかは予測しにくい。
 左翼勢力は一応メランション派の主導で統一候補を出すようだが、反EUを掲げ、ポピュリストでもあるメランション氏に穏健な社会党支持層やエコロジー支持層が本当に投票するのか疑問符がつく。同様に、極右のルペン派は、反マクロンの低所得者層と農村地帯で勢力を伸ばしたが、都市部では全く人気がない。したがって、極左と極右は、反マクロン票をまとめて、一定の議員数を獲得したとしても過半数に近い議員を獲得する見込みは少ない。

 一方、地方でこれまで強い地盤を持っていた共和党は、内部が穏健派と極端な保守に実質的に分かれている。そのうち、穏健派のかなりの人はすでにマクロン支持者になっている。その端的な例は、前首相と現首相のエドゥアール・フィリップ氏、カステクス氏でいずれも元共和党の政治家である。残った共和党は、イミグレ問題や治安の問題で強硬路線を標榜し、マクロン政権を批判しているが、極右のルペン氏がその層を握っているので、発言力は弱い。
 こうしてみると、中道、穏健な保守、社会党支持者は、結局、マクロン支持に回る可能性が強い。ただし、マクロン大統領個人の政治スタイルや経済政策に対する反発は強いので、前回のように、国民議会で圧倒的な多数を握ることは考えにくい。

 ◆ マクロン政権2期目の大きな課題

 2期目のマクロン政権は、1期目とは全く異なる国内、国外の環境の中で始まる。1期目の2017年には、フランス経済は成長過程で、オランド政権の大きな問題であった失業率も低下傾向がみられていた。EUに目を向けると、メルケル政権が安定し、EUはトランプ政権のアメリカと距離を置いていた。そこへ、政治的には未経験で、改革を掲げる若いマクロン大統領が国民議会の圧倒的多数を獲得し、思い切った経済・社会改革を始めた。その軌道が大きくそれるのは、黄色いベスト集団という地方の低所得・中産階層(貧困層ではなかった)の思いがけない反乱であった。その後、年金改革では、交通ストが続き、難しい局面にあったときに、新型コロナの危機がはじまり、最後の2年間はその対処で終われ、改革は中断した。

 ところが、今回は、何と言っても、ロシアのウクライナ侵攻という時間軸を70年も逆転する事態が出現、EU諸国の防衛、エネルギー危機、そして新型コロナの後遺症であるインフレの加速が大きな課題として浮き上がってきた。国内では、大統領選挙の一次選挙で、反体制派でポピュリストである極右や極左が得票の半分以上を占める異常な状況になっている。こうしてみると、2期目のマクロン政権は内憂外患の状態である。私なりに、今後のマクロン政権の大きな課題いくつかに絞り、列記してみたい。

▼ 1.インフレ対策と購買力確保
 フランスは原子力発電の大国であり、これまで急激なエネルギー価格高騰による物価上昇は低く抑えられてきたがこの春からは次第に消費者物価の上昇が目立つようになり、4月には4.8%まで上昇した(ユーロ圏の平均は7.5%)。しかもウクライナ戦争の影響で小麦などの食料品やエネルギーを含めて、原材料費の上昇があり、その上、中国の新型コロナ対策の影響で部品などの調達が困難となっている。今では、フランス銀行の総裁は、インフレが落ち着くのは2024年になると予測している。

 もともとフランス人は高邁なテーマを議論するのが大好きでありながら、自分の財布には非常にうるさいという国民性がある。しかも、ガソリンや食料品といった生活必需品の価格上昇が目立っているので、黄色いベスト集団が再発する恐れはある。マクロン政権にとって、インフレ対策と購買力の低下防止は直近の課題となってきた。インフレは、エンゲル係数が高く、働くために自動車に頼らざる得ない家計を直撃する。仕事の上で自動車を毎日使っている労働者や低所得者向けにクーポンの配布などが噂されているが、どの程度の規模になるのかなどはまだ明らかではない。さらに、年金水準の改定や公務員給与(総労働者の2割以上)の引き上げをどうするかなど、新政府は当面インフレ対策に追われることになる。

▼ 2.フランス社会の緊張をどう緩和するか?
 近年のフランス社会は、所得水準、居住地域、年齢、出身などで生活様式や政治思想も異なっている。ある有名な政治・社会学者はフランス社会は今や群島の集まりと表現した。1960年代までは、フランス人の多くはカソリックで、教会の影響がかなり強く、一般的にカソリックの国であったと言える。イミグレもその大部分がスペイン・ポルトガルといったカソリックの伝統を持つ周辺諸国だった。
 ところが現在では、教会に通う信者は国民の数%でしかなく、圧倒的に無宗教が多い。また、アラブ系のイミグレの増加に伴い、イスラム教徒が増え、間違いなくイスラム教がフランス第2の宗教になっている。これまで多くの国民が共和国制度の柱と信じられてきた公立学校は、今では地域により、その水準には大きな差ができ、フランスの教育制度はOECDの中でも最も不平等なものという烙印が押されている。

 私はパリ近郊に移り住んでからかなりの時間が経つが、今でも、パリの中や郊外が、住みよい安全な地域と、昼から若い浮浪者が街頭にごろごろしている薄気味悪い地域に、歴然と分かれているのに驚く。高級住宅地域であるパリ7区や16区は緑が多く、建築物も素晴らしく、都市美があり、華やかな店がそろっている。その一方、10キロも離れていないサンドニ県となると、建物は貧弱で、エスニックな店が多く、夜になると治安も悪いところが多くなる。
 パリ16区に住む人がパリの北の地区やサンドニ県に行くことはまずない。逆に、サンドニ県の住民がパリ16区へ行くことはない。この二つのグループはそれぞれ別個の生活空間を持ち、パリ市民であることを除けば、交わることはない別個の世界に住んでいる。この点、東京で山の手から下町へ行ってもそれほど違いはないのとは対照的である。

 私には、フランス社会の緊張は、上記のようにフランス社会が地域や所得で分断化され、その壁を越える共通の言葉がなくなったことに原因があると考えている。富める地域に住む人は、貧しい地域に住む人に一定の距離を置く。毎日の生活に追われ、政治に不満を持つ層は、その不満のはけ口を政治に求める。権力を握る政治家は富める地域の住民でしかなく、自分たちの味方ではありえない。そこで、現体制を批判する極右や極左勢力に投票したのだろう。逆に言えば、極右のルペン氏や極左のメランション氏が、社会階層の緊張を煽り、懸命に火をつけようとしている。

 今回の大統領選挙で浮き立ったように、国民の半数近くがこれらの過激派を支持しているので、マクロン政権に国を一つにまとめることを頼むのは全く無理だが、少なくとも何らかの緊張緩和策を取らなければならないだろう。選ばれてくる国民議会の議論や、保守派が多数を握る上院の意見に耳を傾けるのも一案かもしれない。
 これに対し、低所得者が多い地域に重点的な援助を行う政策は、歴代の社会党や保守党の政府が行ってきたもので、少しも改善の跡が見られない。ある評論家が、フランス人の漠然たる不満は物質的なものではなく、心理的な現象と評した。もしその判断が正しければ、それは個人レベルの問題で、新政府が介入する余地はないように私には思われる。ともかく、インフレなどで黄色いベスト集団の影がちらついているので、新政権はフランス社会の緊張をどう緩和するかで苦しむだろう。

▼ 3.EUの改革
 マクロン大統領はEUの改革に熱心である。幸いにも、ドイツのショルツ首相との関係が良いので、独仏を中心とする改革路線には好適な条件がそろっている。しかし、27ヶ国の全員一致を原則とするEU憲章を改革することは非常に難しい。とくに、ナショナリストが支配するハンガリーやポーランドが加盟国なので、EU内に二つのスピードのグループをつくるとかEUの外側に準加盟国の同盟をつくるなどという改革案には大きな進展はないだろう。

 それに対し、好戦的なロシアの脅威があるので、EU加盟国の防衛をどうするかは各国共通の課題となる可能性がある。EU自体が軍隊を持つことは考えられないが、ドイツやフランスを中心とした防衛協定のようなものは現実的な目標となろう。とくに、次のアメリカの大統領選挙でトランプ氏やその支持者が政権を握る可能性もあるので、EU独自で最低の防御力は持つ必要があると思われる。
 現在、一応軍事力を持つのは核保有国のフランスのみで、とくにドイツは無防備で、全面的にNATOに頼っている。また、防衛とも絡むが、EU諸国の多くはロシアの天然ガスと石油に頼ってきたが、ロシア産石油や天然ガスの(全面)輸出禁止をどう進めるだろうか? そのためには、EU間でエネルギーの共有化を図る必要があるが、難しい交渉になることは間違いない。マクロン大統領の政治手腕が問われる。

▼ 4.経済構造の改革
 中長期的には、フランスの経済構造の改善は避けて通れない。ここ2年間、新型コロナ対策として、国は莫大な借入金で支出を補ってきた。その付けを含めて、今後の経済運営は難しい選択を迫られる。

 まず、フランス経済の競争力低下の問題がある。貿易収支は、ここ20年、毎年輸入超過だが、ここ2年、新型コロナ対策の影響もあり、急速に悪化している。昨年の実績で実に850億ユーロの赤字で、直近の統計も悪化している。超黒字のドイツを除いても、イタリアやスペインが近年黒字を確保しているのとは対照的である。
 この貿易収支悪化の大きな要因は製造業が軒並みに不振であることからくる。例えば、自動車産業は20年前には重要な輸出産業であったが、今では輸入の方が大きくなっている。化学・薬品なども同様な傾向で、わずかに航空機産業と装飾・化粧などのラグジュアリー産業(ルイ・ヴィトンなど)が輸出の稼ぎ頭となっている。どうも機械や部品などの産業の競争力が衰えているようだ。サービス産業でも、アメリカGAFAや中国の企業に匹敵する企業は全くない。

 では、何がこのような競争力の低下の要因なのだろうか? 簡単な答えはないが、民間企業の税や社会保障の負担が大きく、企業活動の疎外要因となっているのは間違いないようだ。フランスの手厚い社会福祉の負担は主に企業と労働者が払っている。

 フランス経済の競争力問題は地球温暖化(エコロジー)対策とも密接に関連する。CO2削減のために、石油や石炭の使用を減らせば、当然、電力や動力は原価が上がり、製品の価格上昇につながる。フランスが環境の分野で他の先進国より先行すれば、フランス産業はさらに思いハンディキャップを負うことになる。今後、この分野での経済と環境問題のバランスのとり方は微妙である。

 最後に、やはり国家財政の累積負債の問題も避けては通れない。すでに、GDPの113%におよぶ累積赤字があり、今後も増えてゆく見込みである。しかも、日本とは異なり、その大部分が外国人の手にある。その一方、国際市場で金利は上昇傾向にあるので、これまでのような金利なしでの市場からの借入金は考えられない。マクロン政権の選択肢は次第に狭くなっている。

 このように、2期目のマクロン政権は数多い難問や課題の処理を迫られることになる。フランス国内には反マクロンの人も多いが、この若く、才能に恵まれ、勉強家のマクロン氏はどんな具合に困難を乗り越えるのだろうか? 大多数のフランス国民やEU首脳は、内心心配しながら、マクロン大統領の手腕に期待をしている。 (2022年5月14日、パリ郊外にて)

 (早稲田大学名誉教授、パリ在住)

(2022.5.20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧