【ポスト・コロナの時代を考える】

ポスト・コロナの変化と課題

前島 巖

◆ 1.はじめに

 コロナ禍がまだ収束していない現在でも、既に我々の生活に様々な変化が起きている。技術的、経済的、社会的、政治的に様々な変化が起きているが、ポスト・コロナの時代には変化は現在の想像をはるかに超えるものになるだろうことは多くの人が予想している。また、今回のようなパンデミックの後では、変化は世界的なものとなり、そうした変化が今までの国際関係や世界システムにも大きな変化をもたらすだろうことも容易に想像できる。
 しかしコロナ禍の収束も見通せない中で、遠い将来の変化を予測することは難しいし、またそれは筆者の能力を超えてもいるので、まずは既に起きている変化の兆しをもとにして、ポスト・コロナの時代の趨勢的変化を予想し、それに対する我々の課題について考えてみたい。以下は問題提起の試論である。

◆ 2.変化の諸相と課題

  a.デジタル化の進展とデジタル格差・監視社会化の問題

 2か月間続く外出自粛の下で、家庭では父親が「テレワーク」「オンライン会議」、息子や娘は自分の部屋で学校や塾の「オンライン授業」を受け、母親は「オンラインショッピング」、小さい子供たちは「テレビゲーム」をしているという光景が一般化した。コロナ禍は否応なしにデジタル社会化を一歩進める結果をもたらした。
 デジタル化が進めば、アメリカ商務省の報告書が既に1999年に指摘したデジタルディバイド(デジタル格差)問題が日本でも遅ればせながら深刻になる。高齢者や、経済的にデジタル機器を買い揃えることのできない家庭などは社会の動きから取り残され、様々な不利益を被ることになる。それはまた貧富の格差拡大にもつながる。
 デジタル教育は本来義務教育の中で必修化されるべきだろうが、現在日本の小・中学校で生徒に十分なパソコンを備え、デジタル教育を行っている学校は少数の私立学校を除けばほんの僅かだろう。

 また、デジタル社会は監視社会につながる危険性もはらんでいる。今回のコロナ禍問題の最中にも、厚生労働省の「新型コロナ対策のための全国調査」票が私的な「LINE」のネットワークを通じて4回も配信されたのには驚いた。
 またしばしば発表された山手線や首都圏の主要な駅の人出割合の測定も、自動改札機が利用されていることは明らかだろう。

 隣国中国が監視カメラの国であることは良く知られているが、中国通信機器大手ファーウェイ社の監視カメラシステムの「セーフシティー」は、中国を含むアジア・アフリカ約90か国、230都市以上に導入されていて、10億人を監視しているという(朝日新聞5月11日)。
 中国だけでなく、アメリカもまたスマートフォンを通じて情報収集や監視を行っていることは、スノーデン事件以来明らかになっている(自由人権協会監修『スノーデン 監視大国日本を語る』、集英社新書)。今や大人から子供まで、誰もが使っているスマートフォンが監視の道具になっているわけである。

  b.一律10万円給付と「ベーシックインカム」

 AIがこれまでの多くの職業を不要にし、将来は大量失業の時代がやって来るとの予測が一般的である。それ故に将来は国民の誰もが一定の基本的給付(ベーシックインカム)を国から支給される制度が必要であり、そしてそれは可能だと主張する学者たちがいる(例えば、井上智洋『人工知能と経済の未来―2030年の雇用大崩壊』、文春新書)。
 一般的には、「ベーシックインカム」などという構想は絵空事に過ぎないと思われてきた面がある。ところが今回、コロナ禍によって、一律一人10万円給付という形で、取り敢えず一回限りではあるけれども、あっという間にそれが実現してしまった。

 コロナ禍の下で長期にわたり外出自粛や営業自粛、そして入・出国制限、いわゆる「鎖国」が行われた結果、経済全体が大きな打撃を被った。ホテル、飲食業、アパレル関係をはじめ経済のあらゆる分野で倒産や減収、赤字転落の企業が増え、また収入源を絶たれて困窮する人々や、アルバイト先を失った学生など、多くの人が苦しんでいる。
 そこでこうした経済的損失や生活困窮に対する対策として、紆余曲折はあったが、政府は一人一律10万円を給付することを決めた。その他にも様々な補償、支援、救済措置が準備されることになった。

 誰でも一律一人10万円給付とは、まさに「ベーシックインカム」の構想であり、「ベーシックインカム」が今回一回限りとはいえ、こんなに早く実現したのは驚きであった。
 けれども、このような措置がコロナ後の国家財政にどのような影響を及ぼすのかをも注目すべきである。
 借金大国日本のコロナ後の財政課題はますます大きくなった。

  c.金融緩和とコロナ後の財政

 日本はすでに「借金大国」である。財務省の発表では2019年度末の時点で「国の借金」は1,114兆5,400億円、GDPに対する割合は237.5%である。日本の借金の割合は主要先進国の中で最も高い水準にあるが、「アベノミクス」がこれを促進した面があるのは否めない。
 今回の一人一律10万円支給などの緊急経済対策は総額で171.1兆円、一般会計の補正予算額は25兆6,914億円である。
 また日銀は政府に歩調を合わせて、これまで事実上定めてきた国債買い入れ上限額80兆円を撤廃する方針を4月27日に決定し、無制限の国債買い入れと、政府の金融緩和政策に協力する態勢を整えた。

 時あたかもヨーロッパでは、欧州中央銀行(ECB)が2015年に導入したユーロ圏各国の国債を買い入れる政策について、ドイツ連邦憲法裁判所が去る5月5日、このECBの政策決定にはドイツ連邦政府および連邦議会の関与が不十分で、ECBの権限が不当に拡張されているとして、ECBが3か月以内に政策の正当性を証明できなければ、ドイツ連邦銀行は国債の追加購入はできないとする決定を下した。
 この決定はもともと財政規律を重視するドイツと、イタリアやギリシャなどとの財政規律に関する考え方の違いに起因しているが、今後EUを分裂に導くかもしれないほどの深刻な問題をはらんでいる。

 一般に国の借金は将来何時の日か、増税によるか、インフレ政策によるか、またはその両方によるかによって埋め合わされなければならない。しかし増税は何処でも選挙民に不人気であるし、また新しい税源をどこに見つけるかも難しい問題である。
 他方インフレは貧富の格差を拡大し、貧しい者を一層貧しくするのは過去の経験からも明らかである。この問題をどのように解決するか、ただ一つの正解があるわけではないが、貧富の格差を拡大し、貧しい人々を一層貧困に陥れるインフレ政策が反社会的であることは明らかである。
 ドイツは第一次大戦後のハイパーインフレーションの苦い経験を教訓にして、戦後は財政規律を最も重視している国である。

 そこでフランスでは新しい税源としてGAFAのような巨額の利益をあげている企業を対象にして「デジタル税」を導入しようとしたが、アメリカ側の抵抗もあり、まず当面はEUとアメリカ間で現在行われている交渉の結果が出るまで「デジタル税」導入を延期することにしている。しかし「デジタル税」についてはアメリカ以外、どこの国もその必要性を感じている問題なので、いずれ世界的に一般化するのではないかと思われる。フランスではまた富裕層のキャピタルゲインについても一層累進的な課税を導入すべきであると学者たちが主張している。

 アメリカでは、現代貨幣理論(MMT)の主張として、インフレ率が過度に上昇しない限り、政府債務の拡大は制限されなくてよいとする考え方も一部で支持を得ている。MMTのこの考え方が現在他の国の金融・財政政策にも多かれ少なかれ影響を与えているのは間違いないと思われる。

  d.国家の役割増大と「国家資本主義」の時代

 今回のコロナ禍に際して国家の果たす役割が極めて大きいことが目立った。医療対応をはじめ外出自粛措置や、国によっては外出禁止措置、出・入国制限、緊急経済対策など、日本に限らず各国とも政府が前面に立って行っている。

 また各国ともコロナ禍で経営危機に陥った企業も多く、その中には感染拡大による運航休止の拡大で経営危機に陥っている航空会社、例えばイタリアのアリタリア航空やドイツのルフトハンザ航空など、ヨーロッパの主要航空会社が多く含まれている。アリタリア航空の場合は完全国有化されると産業大臣が4月下旬に発表している。日本のANAも国の支援を求めているし、アメリカのボーイング社など航空機製造会社や、その他石油会社など大企業さえも国家の援助を必要とする状態に陥っている。いわゆる資本主義大国の大企業さえも国家が支えざるを得なくなった。
 自動車産業ではすでにコロナ禍以前から、フランスのルノー社やドイツのフォルクスワーゲン社のように国や州が資本の半分ほどを所有している大企業があることは良く知られている。
 日本政府も今回大企業を支えるために、日本政策投資銀行を通じた「出資枠5,000億円、融資枠5兆円」の拡大を検討すると西村経済再生大臣が発表している。

 これまで中国について、共産主義国家でありながら国家ファンドなどを使って多くの他国企業を買収するなど、その経済行動は極めて資本主義国家的だと、中国を「国家資本主義の国」などと揶揄する声も出ていたが、今や反対に、資本主義国家も国家が直接・間接に企業を支援しコントロールする「国家資本主義国」化が進んでいる。中国やロシアなどの体制も、また反対にいわゆる資本主義国家の体制も「国家資本主義」化を含めて、今後どのように変わってゆくのか注目される。

  e.「世界の工場」中国への依存とグローバルサプライチェーンの見直し

 マスクや医療用品・医療器具が手に入らない。自動車の部品が中国から来ないので工場を休業にしなくてはならない、などの声が今回いたるところで聞かれた。原因はこれらの製品のほとんどが中国からの輸入に依存しいたからである。われわれの日常生活に中国製品がいかに大きな位置を占めていたかを改めて知ることになった。
 中国は今や「世界の工場」となり、あらゆる物を世界に供給しているが、特に生活雑貨は世界中に中国製品があふれている。

 世界貿易総額のうち、輸出では今や中国は世界第1位、輸入ではアメリカに次いで世界第2位である(2018年)。中国の輸出相手国は、1位がアメリカ、2位香港、3位日本、4位韓国、5位ドイツ、6位インドである。中国の輸入相手国は、1位が韓国、2位日本、3位台湾、同3位アメリカ、4位ドイツ、5位オーストラリアである(2017年)。
 中国の輸出のうち、金額的に約半分(全体の48.6%)を占めるのは機械・輸送設備(自動車部品など)で、2位は雑製品(雑貨)、3位紡績・ゴム・鉱産物製品、4位化学製品などである。(JETRO『世界貿易投資報告』2019年版)。
 日本は輸出・輸入とも中国に大いに依存している。中国への貿易依存度からみれば、韓国に次いでいるといえるだろう。

 中国への依存度が高く、今回のコロナ禍によって苦汁を舐めざるを無かったのはドイツのフォルクスワーゲン社だろう。フォルクスワーゲン社は同社の自動車部品の大部分を中国で生産し、中国の「一帯一路」のルートを通じて鉄道でドイツへ運んでいる。今回中国からの部品供給が止まり、ドイツのヴォルフスブルク本社工場などを長期にわたって閉めざるをえなかった。
 日本にも同じような苦汁を味わった企業があるだろう。こうした企業は今回のような事態を避けるために、今後は中国への過度な依存を見直して、グローバルサプライチェーンの見直しや、一部は日本国内への回帰を図るだろう。
 世界的にもグローバルサプライチェーンの全般的見直し、おそらく一部重要部分の本国回帰の動きが起きるだろう。

  f.外国人技能実習生と移民労働者問題

 日本には外国人技能実習生が約25万名余いる(2017年末)。今回のコロナ禍で実習生の来日が不可能となり、春野菜の収穫期を迎えていた農業の現場では収穫ができなくなって困り果てていた農家が出たり、反対に実習生の実習先である零細縫製工場や建設会社が倒産したり閉鎖して、実習生が路頭に迷うような事態も出た。親戚などから借金して来日したのだが、帰国しても借金が返せないので帰国出来ないとか、航空便がなくて帰国自体ができないなどの事態が起きた。
 日本政府はこのような場合は、本来は許されていない実習職種の変更、例えば縫製職種から介護職種へ移るなどの変更を認める措置をとって対応している。また路頭に迷った技能実習生には当面の居住先や転職実習先を世話する日本のNPO法人もあることが報道されている。

 日本で認められている実習職種は全部で74職種あり、実習生の多い順では1位機械・金属関係職種、2位建設関係職種、3位食品製造関係職種、4位農業関係職種、5位繊維・衣服関係職種である。
 受け入れ人数が増えている職種としては、多い方から機械・金属関係、建設関係、食品製造、繊維・衣服関係、農業の順である。
 技能実習生の出身国では1位がベトナム(38.6%)、2位中国(35.4%)で、この2国だけで全体の75%を占めている。ちなみに3位以下は、3位フィリピン(9.9%)、4位インドネシア(8.2%)、5位タイ(3.2%)(2017年末)などである。
 日本での技能実習先は、従業員数で見ると半数は従業員10名未満の中小企業である(10名未満が50.1%、10~19名16.0%、20~49名15.6%、50~99名9.1%、100~299名6.5%、300名以上2.7%)(同2017年末)。

 技能実数制度については、低賃金、長労働時間、時間外労働に割増賃金を支払わないなど、労働条件がきちんと守られていないなどの苦情が多くある。また実習先から失踪して、賃金の高い職場へ行ってしまう実習生がしばしば出る、などの問題が指摘されている。
 このような問題を抱えている技能実習制度は、将来的には純粋な技能実習と移民労働制度とを厳格に区別して、移民労働についてはドイツなどの例に倣ってきちんとした制度を確立すべきだろう。

 世界の移民労働者が今回のコロナウイルス禍で大変な苦難を強いられた報告(インド、南アフリカ、グアテマラ、アラブ首長国連邦(UAE)の例)が朝日新聞に5月3日・4日連載されている(朝日新聞5月3日・4日「コロナ危機と世界」途上国の危機、上・下)
 コロナ後の世界が取り組まなければならない大きな課題は世界の貧困問題であろう。

◆ 3.相互依存の世界における米・中の主導権争い

 コロナウイルスが何時、何処から、どのようにして広まったのかについてアメリカと中国が現在論争している。
 アメリカのトランプ大統領は、今回の新型コロナウイルスがもともとは中国武漢のウイルス研究所から外へ出たもので、その証拠をいくつか持っていると主張し、コロナ禍の責任が中国にあると主張している。また、全米の大学や研究所に対して、中国からのハッキングやサイバー攻撃に対し厳重に注意するよう呼び掛けている。そして中国からの研究者や留学生たちがアメリカの大学や研究所からデータや研究情報を盗み出すのを警戒せよとも呼び掛けている。特にワクチン開発や薬品開発の情報を盗み出すのを防ぐように、もしも不審な行動をする者がいれば通報するように呼び掛けている。
 他方中国は、コロナウイルスは昨年10月に中国で行われた世界軍人スポーツ大会の際に、アメリカ軍関係者によって中国に持ち込まれたもので、発生源はアメリカであるとしてアメリカを非難している。

 このような両国の論争をもって、ポスト・コロナにおける米・中の覇権争いの始まりであると捉えるのは早計で誤りであろう。
 むしろ今日の世界は相互依存の時代に入っていて、アメリカの大統領選挙が終われば、仮にトランプ氏が勝ったとしても、トランプ大統領の中国に対する態度も変わるだろう。
 世界の大国同士が互いに原子力兵器と大陸間弾道ミサイルを持ち合う時代は、もはや「世界システム」における「覇権」は可能ではなくなったと見るべきだろう。情報や資本がボーダーレスに行き交い、地球環境問題が全人類の焦眉の課題となった今日は、世界は相互依存の時代に入ったと考えるべきである。そうした認識が無ければ人類は共倒れになる。
 アメリカも中国も、もはや覇権を競うことは不可能だし、ロシアもまた同じである。だがこうした大国が世界政治や、特に世界経済の面で優位に立とうとする主導権争いは今後も繰り広げられるだろう。

 (東海大学名誉教授)

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