【コラム】宗教・民族から見た同時代世界

フランシスコ教皇の謝罪旅行で改めて注目される北米の開発裏面史

荒木 重雄

 ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇が7月、カナダを訪れた。これまでも各地のカトリック教徒との交流やミサを開催するため頻繁に海外に赴いていた教皇ではあるが、このたびは、先住民への謝罪の旅であった。

◆子どもが文化破壊の犠牲に
 
「よいインディアン(先住民)は、死んだインディアン」という言葉で示されるように、17世紀以来、欧州から北米大陸に渡った白人入植者たちは、開拓の過程で、先住民を追い出し、土地を奪い、虐殺した。生き残った先住民に対しては白人社会への同化を強制する施策をとり、その一つが、19世紀前半から150年余り、政府やキリスト教会などが運営してきた各地の先住民寄宿学校であった。
 
 カナダでは、7割強がカトリック教会の運営とされる139か所の寄宿学校に、総数、15万人を超える先住民の子どもたちが、親元から引き離され、強制的に収容された、とされる。
 先住民の伝統文化を断ち切り、白人社会への同化を目的とする寄宿学校で、子どもたちは、慣習では身内に不幸があった際にしか切らない髪を刈られ、洋服を着せられ、英語やキリスト教を強要されて、先住民の言葉を口にしただけで鞭打ちや独房への閉じ込め、食事ぬきといった体罰を受け、性的虐待や、虐待のための虐待も横行し、劣悪な衛生環境から伝染病や栄養失調で命を落とすものも相次いだという。
 こうした不幸な死を遂げた子どもの数は6千人に上るという推定もある。

 カナダでは、1996年に最後の学校が閉鎖され、2008年にはカナダ政府が同化政策を公的に謝罪し、15年の報告書では「文化的虐殺(ジェノサイド)だった」ことを認めた。
 これで、ことは歴史の彼方へ、と思われたが、ところがである。昨年、これらカトリック寄宿学校の跡地から、遺骨や墓標のない墓が多数見つかるという事態が起きたのだ。

 昨年5月、西部ブリティシュコロンビア州の先住民寄宿学校跡地で、記録のない215人の子どもの遺骨が発見されたのを皮切りに、6月には、中部サスカチワン州の寄宿学校跡地周辺で751基の墓標のない墓が発見され、さらにブリティッシュコロンビア州の別の跡地でも182基の墓が見つかった。

 相次ぐ遺骨や墓の発見は、国中に困惑と怒りを広げ、例年、7月1日は英国からの自治権獲得を祝う祭りの日だが、昨年は、各地で花火やパレードが中止され、「反省と連帯の精神をもって犠牲者を思い返そう」との声が上がった。
 一方、各地のカトリック教会で放火や不審火が発生し、幾つもの教会に赤いペンキが塗られるなどの被害も相次いだ。

 こうした事態を受けての、今年7月の、ローマ・カトリック教会フランシスコ教皇のカナダ訪問であった。

◆教皇の謝罪は先住民に届いたか
 
 カナダを訪問したフランシスコ教皇は、西部アルバータ州の寄宿学校跡地などを訪れた後、6千人余りの先住民が詰めかけ、トルドー首相らも同席する屋外の会場で、キリスト教徒がこれらの学校の運営に関わったことについて「深く後悔している」と謝罪し、「多数のキリスト教徒が先住民に対して行った悪をめぐり、許しを乞う」と語りかけた。そのうえで、謝罪は「第一歩」だとし、過去に起きたことの調査を進め、寄宿学校を経験した人たちのトラウマが癒されるよう手助けするとも約束した。
 
 先住民側には、教皇から和解に向けた具体的な行動計画が示されなかったことや、「多くのキリスト教徒」の行動については謝罪したが、組織としてのカトリック教会の責任は認めなかったことなどに不満が残ったが、まずは歓声と拍手で応えた。そして、会終了後、先住民の代表が鳥の羽を用いた頭飾りを教皇の頭にかぶせて敬意を示した。これは、自分たちのリーダーの一人と認め、受け入れるとの意味だという。

◆同罪の米国でも新たな取り組み

 カナダでの事態は、隣国・米国にも大きな影響を与えた。米国でも、19世紀前半から1960年代末まで、先住民の子どもたちが、政府やキリスト教会が運営する、その数、400カ所を超えるとされる寄宿学校に、強制的に収容されていた。自分たちの言葉や文化、慣習を禁じられ、英語とキリスト教を強制され、理不尽な暴力に曝され、病気や虐待、事故、世話の放棄などで多くの子どもたちが亡くなったのも同じである。
 
 公民権運動が高まった69年、連邦議会上院は寄宿学校を「国家的な悲劇」と認め、制度は廃止されたが、実態が顧みられることは少なかった。そこに起きたカナダでの相次ぐ遺骨や墓の発見である。
 折から東部ペンシルベニア州カーライル陸軍基地内の寄宿学校跡地から先住民の子どもの遺骨が発見されたことなども与って、米国内でも問題が再認識され、民間団体による遺骨の収集と、それらの、子孫あるいは先住民団体への返還運動がはじまった。
 
 追い風となっているのが、「多様性」を掲げるバイデン政権で誕生した、先住民初の内務長官ハーランド氏の熱意である。先住民の一つラグナ・プエブロ出身で、自身の祖父母も寄宿学校に入れられたと明かす彼女は、「私とバイデン政権はこの傷に光を当てる重大な責任がある」、「過去を認めることによってのみ誇りある未来に進める」と述べ、包括的な調査を開始するとともに、アイデンティティー剥奪の後遺症としていまも先住民に目立つアルコール・薬物依存や精神疾患、貧困などの対策に取り組むのと併せ、先住民の文化や言語の維持のための支出をふやすことに意欲を示している。
 きたる11月の中間選挙の結果は、このような志の成否をも、左右することになるのであろう。

 一方、カナダでは、今月4日、中部サスカチワン州の先住民居住地域とその周辺の村で、28人が相次いで刺されて死傷する事件が起こった。容疑者とされる先住民出身の二人の兄弟も死亡したことから、真相の解明は遠のいたと思われるが、薬物がからんでいるとの証言もあり、いまだ先住民コミュニティーが負っている社会的・経済的困難さに、あらためて思いが及ぶ事件であった。

(2022.9.20)
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