【コラム】

フォーカス:インド・南アジア(13)

福永 正明


<一>

 南アジアのイスラーム国バングラデシュでは11月30日、第1号原子力発電所の建設工事が開始された。ハシナ首相臨席の起工式の後、「原子炉土台部分のコンクリート打ち」が行われ、建設工事の正式開始となった。
 南アジアでは既に、核兵器禁止条約(NPT)未加盟ながら1974年と1998年に核実験を強行したインドと、そして1998年にインドの核実験に誘発されたパキスタンもNPT未加盟ながら核実験を強行した。そして両国ともに核兵器開発、ミサイル開発を続けており、原発推進政策である。
 まだ原発の最初のコンクリート工事開始という段階であるが、バングラデシュも新たに参入したことは、今後の核兵器と原発問題において南アジア地域が焦点となることを示している。

<二>

 NPT加盟国バングラデシュは、ロシア国営原子力企業のロスアトム(Rosatom)の援助・工事請負により、首都ダッカからの西方距離160キロのガンジス川の東沿岸のローププール(Rooppur)において、ローププール原子力発電所(Rooppur Nuclear Power Plant、RNPP)を建設する。同国初の原発は、2.4GWe(1,200MWe)の「ロシア型加圧水型原子炉、VVER-1200)2基が建設され、第1号機は2023年、第2号機は2024年に稼働予定である。
 VVER-1200は、基本的な原理や構造は、アメリカで開発されたPWR(加圧水型原子炉)と同じであるが、安全性向上のために改良が続けられ、第3世代の原子炉となり、他国への原発輸出競争にも対応する安全性と経済性を有するとされる。
 なお、ロシアのノヴォヴォロネジ原子力発電所ではVVER5基が用いられ、原子炉改良事業が継続して行われ、第3世代のVVER-1200は同発電所2号機にて本年2月に商業稼働した。

 パキスタン政府による東パキスタンにおける原発建設計画は、1961年に開始され、同年に政府は103ヘクタールの用地買収を進め、1963年に正式決定した。当初は、カナダ政府の協力を得ての原発建設計画として立案され、1966年まで2国間交渉が継続した。一部情報では、この期間に政府は、他国とも原発建設についての援助を求める交渉を続けたとされる。しかしながら、いずれの交渉もまとまらず、計画は白紙撤回された。

 1971年6月のバングラデシュが独立後、1974年に当時のソビエト政府との交渉を開始した。これは、同年のインドによる核実験が大きく影響したとされる。しかし、ソビエトとの交渉も不調となった。
 再び原発建設計画が浮上したのは、いわゆる「原発ルネサンス」の当初、2001年頃であり、バングラデシュ政府による「国家原子力電力行動計画(The National Nuclear Power Action Plan)」が策定された。だが、地域研究専門家、原子力産業専門家にも、「バングラデシュで原発」建設には、資金、技術、運転、安全維持などの面からだれもが「懐疑的」であった。

 しかしバングラデシュ政府は、2009年から再びロシア政府・ロスアトムとの原発関連援助協力事業についての交渉を開始した。そして、2011年2月、バングラデシュ原子力エネルギー委員会(BAEC)とロスアトムは、1,000MWe規模の原子炉2基を建設することに合意した。そして、2011年2月に「原発建設に関する覚書」に合意し、2013年から着工予定であった。

 だが世界各国は、福島第一原子力発電所事故により原発の安全性について懐疑的、あるいは、脱原発の道を歩み始めた。バングラデシュにおいても科学者グループが、安全性と経済性の面から、政府が進める原発事業について強い疑問の意見書を発表した。
 より現実的な問題として、当初設置が予定されたVVER-1000の故障・整備不良などが頻発し、第3世代原子炉の導入を検討しなければならなかった。ロスアトムが、VVER-1200の原子炉2基導入に援助協力を転換したのは、2015年である。

 原発建設計画については経済面からの懸念も強く、特に建設費の高騰が問題であった。当初は40億ドルとされた建設費が、1年で130億ドルに上昇するなど、現地紙は大きく報道した。さらにサイクロン被害、洪水被害の多いバングラデシュにおける原発建設について、国際的な科学者グループからも疑念が発せられた。

 しかし2015年12月、ロスアトムとの建設本契約が合意となり、建設総額は120.65億ドルで契約書が締結した。この120.65億ドルの建設費のうち、90%はロシア政府からの借款であり、VVER-1200が2基、2.4GWeの発電容量の原発建設計画が確定した。ロシアは、原発燃料となるウラン供給だけでなく、使用済燃料の引き取りも確約した。
 BAECは2016年6月、原発建設について正式許可、用地・周辺道路整備などの準備活動が開始された。さらにバングラデシュ原子力規制委員会による環境影響調査、型式検査などが本年11月4日に終了、「建設準備認証・完了証」が交付され、今般の起工式へと進んだ。

<三>

 現地紙によれば、起工式においてハシナ首相は、ロシア政府の援助と協力に対して感謝の意を表明した。そして「この原発の運用が電力インフラ整備を進行させ、バングラデシュが2041年には中所得国へと成長するであろう」と明るい展望を述べた。また、「バングラデシュ政府は、原発の安全性確保に最大限に努力し、さまざまな規制や条件をすべて達成したことから、今回の建設工事が開始された」とした。
 ロスアトム総裁からは、新設の原子炉が100年以上も稼働できることから、「ロシアとバングラデシュの将来に及ぶ友好と強い信頼関係の象徴となるのが、この原発である」と述べた。さらに、「バングラデシュに造られる原発は、ロシアにある原発と同じように整備と運転が行われる」として、安全性を強調した。またロスアトムは、設計士、技術者、資機材メーカー、建設業者など、計12,000人の「優秀なロシア人」が、この計画に参加すると明らかにした。なお、ロスアトムの企業紹介によれば、現在は12カ国において34原発の建設事業に関与している。

 バングラデシュは国際原子力機関(IAEA)の正式加盟国であり、IAEAからの原発建設のための援助、協力を受けている。それは原子炉設計の検査だけでなく、原発全体のインフラ整備、原子力関係法の整備、国際的取り決めや条約との関係など多岐に及んでいた。
 IAEAの原子力局長も起工式に列席し、「新原発をバングラデシュが建設し、運転するため、全面的な支援を行い、十分な検査と監督のもとに計画事業が進展するであろう」と述べた。「原発計画の今後の拡充のため、IAEAがさらに努力する」と明言したことは、極めて重大であろう。

<四>

 バングラデシュでの第1号原発建設事業が進行するなか、本年9月22日のインドニュース・テレビNDTVは、「インドがバングラデシュにおけるロシアによる原発建設事業に協力」と報道した。ロシアが援助建設するローププール原子力発電所について、インドも協力するとのことであり、インド・ロシアによる初めての第三国での原発建設合弁事業となる。
 これは、インドの原子力規制委員会委員長バスー氏(Dr. Sekhar Basu)のIAEAの第61回総会における発言で公表された。本年4月、インドとバングラデシュは、「原子力協力協定」を締結している。

 インドの原子力産業界は、1970年代からの国際的貿易規制のため、技術や運用面で大きく遅れていた。しかし、2008年のIAEAと原子力供給国グループ(NSG)による「インド特化の措置」での規制緩和から、国内での新規建設計画が開始され、また外国原発メーカーとの合弁事業も開始されていた。だが、インドから海外への原発に関わる協力や貿易は、皆無であった。
 しかし今回の印露合弁でのバングラデシュ原発建設事業の展開は、極めて大きな意味を有している。印露は、2014年に「民生用原子力協力の強化のための戦略的ヴィジョン(“Strategic Vision for Strengthening Cooperation in Peaceful Uses of Atomic Energy”)」を策定している。これによれば、両国は合弁事業においてインドが資機材や建設労務を担い、ロシア製原発の第三国に対する輸出に協力することとなっている。

 インドへの外国原子力メーカー進出は、フランス(三菱重工)、アメリカ(ウエスティング・ハウス、東芝)、GE・日立が計画する。破産申請したウエスティング・ハウスを筆頭として、いずれのメーカーも経営危機にある。こうしたなか、世界で原発輸出に最も積極的な国がロシアであり、そのロシアとインドとの合弁化は、印露による世界の原発市場への進出という将来像がある。
 しかしインドは、NSGの正式メンバーではないため、直接的に原子力資機材や技術などの輸出国となることはできない。これは中国が強く反対するため、加盟が認められない現実があり、将来的に変化はない。
 すると、印露合弁事業では、まさに資機材やサービス労務の提供に限定が続くこととなる。インド政府・原子力産業界は、「インド製の原発を輸出する」ことを夢見ているが、それは非常に困難である。

 世界の原子力産業は衰退化し、原発はすでに「リアリティ」ではない。
 私たちは、日本とインドとの「原子力協力協定」による原発輸出に反対し、さらにインドにおける原発建設にも反対している。それは、「インドに原発を売るな、どこにも売るな」とのスローガンでの反対キャンペーンが象徴していよう。
 今後は、世界の原子力産業界の動向、受注動向、合弁事業などについて、十分な監視、情報交換、さらに現地の人びととの連帯が必要となる。
 バングラデシュ現地での原発反対運動については、今後に報告したい。

 (岐阜女子大学南アジア研究所長補佐)

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