【コラム】槿と桜(94)

ビザなし交流はいつから

延 恩株

 韓国で尹錫悦(윤석열 ユン・ソンニョル)政権が発足して、最悪の状態と言われる韓日の関係が改善される期待が高まっています。しかし、政府間レベルではなかなか思うように事は運んでいません。
 つい先頃も、北大西洋条約機構(NATO)首脳会議への出席のためスペインを訪れていた岸田文雄首相と尹錫悦大統領が2022年6月28日に国王主催の晩さん会で、数分間の「立ち話」をしたという程度で、「膝詰め会談」までにはまだまだ遠いようです。
 一方、経済界はかなり先を行っているようで、2022年7月4日、日本の日本経済団体連合会(経団連)と韓国の全国経済人連合会(全経連)の首脳懇談会がソウルで開催されました。両国のコロナ禍による制限が緩和されて、3年ぶりだったとのことです。そのあと、経団連の十倉会長が尹大統領を表敬訪問し、政治の分野でも両国の関係改善が進むことを求めたのは、両国の経済界の人びとが前政権時代とは違って、友好的な関係が結べる感触を得たからでしょう。
 尹錫悦大統領としても前の文在寅(문재인 ムン・ジェイン)政権との違いを鮮明にするためにも韓日関係の改善にはどのような方法でも使いたいに違いありません。韓国大統領が日本の経団連会長と会うのは朴槿恵(박근혜 パク・クネ)元大統領が2016年に会って以来で、文在寅前大統領が在任中に一度も会わなかったことを考えれば、尹大統領の意気込みが感じられます。
 それを証明するように、十倉会長は大統領との面談後、記者団に両国の関係改善に対する尹大統領の熱意は非常に強固だったと述べたことからも窺えます。

 ところで、両国の経済界首脳の会合では双方から人的交流を拡大するために、両国間の「ビザなし交流」の再開を求める共同声明が発表されました。
 これには少し説明が必要でしょう。
 先ず「ビザ(査証)」ですが、パスポートとの違いが曖昧な人が少なくありません。「ビザ」は漢字を見ればわかるとおり「調査した証明」です。つまり、ビザとは訪れる国でその人物の訪れる目的に応じて発行される入国許可証です。そのため「調査」するのは訪れる国がします。その橋渡しの役目を担うのが大使館や領事館です。たとえば、韓国へ旅行に行くとすると、日本にある韓国大使館(領事館)に自分を審査してもらう書類を提出し、審査されて入国が許可され、発給された証明書が「ビザ」というわけです。

 一方、「パスポート」は、自分がその国の人間であることを証明するもので、その国の政府が発行する身分証明書です。
 日本の場合、「パスポート」は1回取得すれば、長期にわたって(5年か10年)有効ですが、「ビザ」は、原則として1回の入国ごとに申請が必要になります。しかも有効期間は発給の翌日から3か月間で、有効期間の延長はできません(ただし観光旅行ではなく、ビジネス旅行者などに対しては有効期間が1年から5年間で、その期間中は何回でも入国できる、数次有効の短期滞在ビザが発給される場合もあります)。
 これで両国の経済界首脳が共同声明を出してまで「ビザなし交流」を求めた理由が理解できると思います。

 海外旅行をしようとするたびに「ビザ」を取得するために書類を作成し、大使館(領事館)に届け出て、許可を得なければならないとなると、その手間を考えただけで、気楽に海外旅行に出かけられなくなってしまいます。両国の経済界の人びとがいち早く「ビザなし交流」を求めたのはそのためだったのです。
 韓日両国の経済界首脳が〝「ビザなし交流」の再開を求めた〟ということは、現在は「ビザ」の申請をしなければいけないということを意味しています。でも「再開」を要望したのですから、「ビザなし交流」が実施されていたということになります。おそらく多くの日本の方は韓国へ旅行されていると思いますが、その時「ビザ」の申請はしなかったに違いありません。
 それというのも、韓日両国は査証(ビザ)を免除する措置が2006年3月から実施され始めていました。今から16年前のことです。つまり、パスポートさえ持っていれば、90日以内という期間が定められていますが、相互の国への入国、出国が簡単にできるようになっていました。そのため両国とも相手国からの観光客が増加し、ソウルの金浦空港と日本の羽田空港間を結ぶ航空路線は〝ドル箱路線〟などと呼ばれていました。
 ところが、この「ビザ」免除措置がコロナウイルスの感染拡大によって2020年3月から停止されてしまいました。このため、両国の人びとは現在、観光目的で相手の国に出かけるときには「ビザ」の申請が必要となっているのです。

 「ビザ」の免除措置の対象者は基本的には相手国で「働く」、「留学する」といった長期の滞在をしない人であれば、たいてい該当しますので、大変ありがたい措置だと言えます。たとえば、家族を呼び寄せるにしても、語学研修などでも90日以内であれば「ビザ」なしで可能です。そのほか病気治療、友人・知人訪問、会議や講習会への参加、コンサートなどの催し物参加、もちろん観光旅行や保養などもすべて問題ありません。
 現在はこの「ビザ」免除措置が行なわれていないのです。

 時をほぼ同じくして、2022年6月29日にコロナウイルスの感染拡大で2020年3月から中断していた羽田~ソウル(金浦)の航空路線が2年3か月ぶりに再開しました。尹錫悦大統領の羽田~ソウル線の再開の強い意向を汲んでのことだそうで、韓日両国の友好的な関係回復につながる一つになって欲しいところです。

 羽田~ソウル線は成田~仁川線に比べると、ずっと両国の都心に近く、旅行客、ビジネス客にとって都合がよいため、多くの人が再開を望んでいたはずです。日本航空、全日空、大韓航空、アシアナ航空の4社が週に計8往復運航するだけですが(コロナ禍前は84往復)、韓日両国の新たな歩みが始まろうとしているように思えます。
 その意味では韓日の経済界首脳の共同声明による「ビザなし交流」の再開要望を両国政府ともしっかりと受け止め、一日も早い実現を願っています。

 すでに書きましたように、現在は残念ながら韓日両国の人が相手国への旅行を望む場合は「ビザ」の発給を申請しなければなりません。私もこの夏には3年ぶりに韓国に帰ろうと考えています。ただ私の場合は今回取り上げました「ビザ」の手続きはありません。私が韓国人だからです。
 日本へ戻る場合は、永住者(私も日本永住権を持っています)や認められている在留期間内に外国人が日本から海外旅行や一時帰国などで出国すると、基本的には再入国許可が必要になります。ただし、日本出国後、1年以内に日本に戻る場合は、「みなし再入国許可」で出国することができます。
「みなし再入国許可」の手続きは簡単で、日本を出国する際に記入する再入国用EDカードの「再入国許可の意思表示欄」にチェックを入れるだけです。

 「ビザなし交流」要望で共同声明を出した韓国側経済界からは、日本政府による対韓輸出管理厳格化措置の撤回や、韓国の環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)加入への支持を日本側経済界首脳に要請したそうです。韓国経済界からすると、これらは大きな問題だろうと思います。
 このような措置を日本政府が取ったのは、文在寅前政権での政治的な問題が絡んでいました。でも、尹錫悦大統領時代を迎えた現在、新たな韓日関係を築いていくためには、両国政府とも後ろにこだわりすぎないことが必要なのではないでしょうか。
 なによりも一日も早い両国の首脳会談を実現させ、良好な両国関係が生まれてくるきっかけを掴んでほしいと願っています。

(大妻女子大学准教授)

(2022.7.20)
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