【海峡両岸論】

バイデン政権下の米中関係の展望

 ~「同盟強化」から「不安な平和」まで
岡田 充

 2021年1月20日に誕生する米バイデン新政権の外交・安保・通商政策を担う主要布陣が固まった。国際政治の基調になる米中関係(写真)については、まだ断片的な発言や情報に限られ、明快な図式は描けない。バイデンは米中関係を「敵対的、競争的であるが、協力的な側面もある」と見なしており、コロナ対策や気候変動問題では対中協調と対話姿勢を進め、「米中新冷戦」思考をリセットする。

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副大統領時代のバイデンと習近平・副主席~多維新聞HPより

 だがオバマ政権時代の「対中関与政策」に戻るわけではない、就任後はまず ①新型コロナウイルス対策 ②分断された米社会の統合―を最優先課題に、国内の経済格差、黒人・移民差別の解消など内政を優先せざるを得ない。新政権の主要布陣から対中政策の骨格を探りながら ①ナイ・アーミテージ報告 ②ポール・クルーグマンの論考 ③閻学通の米中関係展望―などを参考に米中関係を展望する。

 ◆ 「同盟関係」「協調」がキーワード

 バイデンは11月24日の記者会見で、次期政権の外交政策について「同盟国と連携すれば米国は最強になる」と強調した。トランプ政権下で傷ついた同盟関係の修復と、国際協調路線への回帰姿勢を鮮明にしたのである。「同盟関係修復」と「国際協調」の二つが、バイデン外交のキーワードである。

 「同盟関係修復」では、まず欧州連合(EU)の核、ドイツのメルケル政権との修復。そしてアジアでは日米韓の3国同盟関係、東南アジア諸国連合(ASEAN)との関係強化が課題になる。英フィナンシャルタイムズ(FT)によると、バイデンは国家安全保障会議(NSC)に、アジア問題の統括責任者の配置を検討しているとされる。アジアを(1)中国(2)インド(3)日本、韓国、オーストラリアなどの同盟国―の3地域に分け、各地域に代表を置くという。

 対日関係でいえば、トランプ政権下で日米共通の戦略になった「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)を、バイデンがどのように扱うかが焦点の一つである。後に詳述する。

 ◆ 「実利重視のリアリスト」― ブリンケン

 新政権の外交・安保・通商分野の主な布陣は次の通り▽国務長官 アントニー・ブリンケン(前国務副長官)▽大統領補佐官 ジェーク・サリバン(前副大統領国家安保担当補佐官)▽国防長官 ロイド・オースティン元陸軍大将(67)▽大統領特使 ジョン・ケリー(元国務長官)▽国家情報長官 アブリル・ヘインズ▽国連大使 リンダ・トーマスグリーンフィールド▽国土安全保障長官 アレハンドロ・マヨルカス▽米通商代表部(USTR)代表 キャサリン・タイ(下院歳入委員会法律顧問)。

 まず外交の柱のブリンケン。FTによると、ギターを爪弾く「ビートルズマニア」という。民主党の外交畑で30年のキャリアを積み、バイデンとは上院議員時代から仕事をしてきた。「実利重視の現実主義者」で、バイデンの「分身」とみる批評家も。「同盟国重視」姿勢もブリンケンの受け売りである。
 最近の講演でブリンケンは、トランプが「民主主義の後退」を招いたことで「我々は困難な状況に陥り、ロシアや中国などの独裁国家がその穴を突こうとしている」と述べ「この状況に対処するために、米国は同盟関係を再構築しなければならない」と強調した。一方、環球時報は、ブリンケンがトランプ政権期に「コンサル会社を設立し、米企業向けに中国市場に関するアドバイスをしていた」と、関係改善への期待を込めて報じた。

 ◆ タイ指名は「悪いシグナル」― 時殷弘

 国防長官候補のオースティンは、就任すれば初の黒人長官になる。連邦法は文民統制を維持するため、軍人は退役から7年間は国防長官に就けないと規定する。2016年に退役したオースティンは連邦法の適用除外を上下両院で得る必要がある。
 陸軍副参謀総長を経て、2013年に米軍の中東地域を管轄する中央軍司令官に就いた。イラクやシリアで過激派組織「イスラム国(IS)」の掃討作戦を指揮したが、中国やロシアへの対応は、全くの未知数である。

 USTR代表になるキャサリン・タイ(戴琪=写真)は両親が台湾人の米国生まれ。エール大とハーバード法科大学院で学んだ後、首都ワシントンの法律事務所や議会、政府で職歴を重ねてきたエリートである。中国語を流ちょうに話し、広州の中山大学で2年間英語を教えた経験がある。台湾では当初、「彼女は蒋介石側近の情報特務の親分だった戴笠の曾孫」といううわさが駆け巡ったが、同姓というだけのフェイクニュースだった。

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  キャサリン・タイ(戴琪)~米中貿易全国委HPより

 バイデンはトランプの報復関税には批判的だが、ニューヨークタイムズの12月1日のインタビューでは、中国との「第1段階の貿易合意」について「即座に動くつもりはない」と述べ、同盟国と協議して対応を決める方針を示している。
 タイは、2007年から14年までUSTRの中国担当法律顧問を務めた。知財権侵害のほか、農産品や家電の輸出補助金、鉱物の輸出規制を巡り、協定違反として世界貿易機関(WTO)に提訴した経験を持つ。
 中国の米専門家、人民大学の時殷弘教授は、香港のサウスチャイナ・モーニングポスト(12月10日付)に「タイ指名は中米関係にとって『否定的なシグナル』。タイが中国との貿易問題に対処した経験を考えると、バイデン政権は中国に厳しい姿勢を続けるかもしれない」と語っている。中国語を通じて中国的思考方法を身に着けた人物が交渉責任者になれば、中国にとっては手ごわい相手になる。

 ◆ 中国包囲と台湾支援を提起

 新政権の布陣が固まる中、ジョセフ・ナイ元国防次官補とアーミテージ元国務副長官ら、米超党派の有識者グループは12月7日、2000年以来5回目になる「日米同盟の強化に向けた報告書」を、戦略問題国際研究所(CSIS)から出した。バイデン政権発足に向けた提言であり、米外交・安保政策のエスタブリシュメントの最大公約数的な見方として定評がある。バイデンも対日政策に活用する可能性がある。

 報告は、トランプ政権の言動により「日米同盟の先行きは不透明感が増している」と警鐘を鳴らす。そして「アジアの現状を変えようとする中国政府の努力は、中国の近隣諸国の安全保障上の懸念を高めている」と位置付け、日米同盟の「最大の安全保障上の課題は中国」と、「中国の脅威」を前面に押し出した。さらに、「中国の圧力」にさらされている台湾への政治的、経済的関与強化を求めているのも新たな特徴である。

 ◆ 日米同盟は「平等」に?

 報告は、安倍政権の日米同盟への貢献として ①集団的自衛権の行使容認 ②環太平洋パートナーシップ(CPTPP)を発効 ③「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)構想を提起―の3点を挙げ、絶賛した。そして日本が「(トランプ時代という)米国が不安定であった時期に地域秩序を形成するための新しい戦略を実施し、同盟において初めて平等な役割を果たした」と評価するのである。

 今後の日米同盟について「相互依存に移行し、米国によるガイアツの時代から日本のリーダーシップへの大きな転換」を意味するとしている。菅内閣に対しては ①「中国の非合法的な野心に対抗するための」FOIPの堅持 ②6年連続で増加している軍事予算とミサイル防衛の追求 ③米、英、豪、加、ニュージーランドによる秘密情報協定「5アイズ」への日本参加を真剣に検討―を挙げたのが新しい提言である。

 ◆ 「自由で開かれた」FOIPを継承するか

 このうち新たな焦点になりそうなのがバイデンのFOIP継承である。オバマ政権はアジア回帰政策として「リバランス(再均衡)」を打ち出した。一方、トランプは2017年11月に初来日の際、安倍が16年に提唱したFOIPに「相乗り」し、日米共同声明でFOIPは「日米共通の戦略」にした経緯がある。
 ところが11月12日行われた菅・バイデン電話会談で、菅が「自由で開かれたインド太平洋の実現で連携したい」と、述べたのに対し、バイデンは日米同盟を「繁栄し安全なインド太平洋の要石」(the U.S.-Japan alliance as the cornerstone of a prosperous and secure Indo-Pacific region.)と形容し、「自由で開かれた」の表現を使わなかった。

 菅は11月14日、ASEAN・日中韓首脳のオンライン会合後、記者団に対しFOIPの形容詞として「平和で繁栄したインド太平洋」という形容詞を初めて使った。それをとらえ、国民民主党の山尾志桜里氏は、衆院予算委員会で「平和で繁栄と言うのは、中国共産党の価値序列に通じる」と批判した。
 政府・外務省は「政策変更は全くない」と弁解する。しかしFOIPは対中配慮から18年夏から「戦略」の二文字を封印し「構想」に変えた経緯がある。また、その目的と内容に依然として曖昧な部分が多い。

 南シナ海・インド洋での海洋進出を強める中国に対抗し「日米豪印」(QUAD)による対中けん制という安全保障の目的に加え、地域のインフラ投資を進める経済協力の二本柱からなるが、「一帯一路」と「第3国インフラ投資」の協調は、ほとんど進んでいない。
 外務省は「中国封じ込めの意図は全くない」と言うが、ナイ・アーミテージ報告もFOIPを「中国の非合法な野心に対抗するための戦略的枠組」と評価している。バイデンがFOIPを継承するのか、菅内閣がそれを受けて、内容をどう肉付けするかが課題になる。

 ◆ クルーグマンの酷評

 「バイデンが大統領になって、政治で礼節と協力の回復が見られると思ったら、それは救いようのないほど甘い考え」。新政権をこう酷評するのは、国際政治を専門にするポール・クルーグマン・ニューヨーク州立大教授(「週刊文春」2010年12月31・1月7日合併号)(写真)。

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  ポール・クルーグマン・ニューヨーク州立大教授~Wikipedia より

 (米国を覆う)陰謀論と分断はバイデン政権でも生き続け、2020年代の米国に満ち溢れるとみる。バイデン勝利は、パンデミックに助けられた側面があり、共和党優勢の上院対策や民主党左派との分裂で、「国内政策でこれといった実績を残せない可能性もある」と悲観的である。

 クルーグマンは外交についても悲観論に立ち、国際舞台で失った信用をバイデンが取り戻すのは困難で、「何十年とかかるだろう」とみる。興味深いのは、ジョージ・オーウェルの書く「1984年」の恐怖政治を、米国の姿になぞらえている点である。彼は「客観的真実と言う、その概念が世界から消え去りつつある」未来を、トランプとその支持者は「すでにやってきている」とみるのである。「反中感情」溢れる日本では、識者やメディアの多くが、中国になぞらえるのとは対照的である。
 「米中関係はバイデンが大統領になるぐらいでは改善しない」とする。その一方、米中関係悪化の打撃を最も受けるのは日本とみる。米国が中国への攻勢を強め「日本が同調するよう強いられた場合、日本はどう動くのか」と、日本が置かれた厳しいポジションに目を向ける。

 ◆ 大国関係から周辺国重視へ

 次のテーマは、中国が新政権をどのように受け止めているかである。
 習近平は遅まきながら11月25日、バイデン宛の祝電で「中米関係の健全で安定した発展の推進は両国人民の根本的利益に合致するだけでなく、国際社会の共通の期待でもある。双方が衝突せず、対決せず、互いに尊重し、協力ウィンウィンを図る精神を堅持」(新華社)を希望すると、関係改善への期待を表した。
 しかし中国共産党は11月末に開いた5中総会で、米中の戦略的対立が「持久戦」になるとの見通しから、国内の大循環を基本に、国内・国際の「双循環」を打ち出すとともに、米中大国関係を最重視してきた外交の基軸を、「周辺国優先」へと調整し始めたようにみえる。

 その調整を裏付ける資料がある。王毅は12月11日、北京で「2020年国際情勢と中国外交」と題するシンポジウムに出席、2021年の中国外交の「7大任務」を発表した。王は「転変の中で新たな局面を開き、新時代の中国の特色ある大国外交を全面的に推進し、新型国際関係の構築に努め、人類運命共同体の建設を引き続き推進する」とし、次の「7大任務」を挙げるのである。

 ① 国家の発展戦略に全力で奉仕
 ② 世界経済の回復を後押し。保護主義に反対し、グローバル産業チェーン・サプライチェーンの安定・円滑化を推進
 ③ 新型国際関係の構築を推進。中ロの全面的な戦略協力を深化。中欧の戦略的相互信頼を増進、中米は両国関係の健全で安定した発展の戦略的枠組みを再建する
 ④ 地域包括的経済連携協定(RCEP)の早期発効・実施を推進。中日韓三者の互恵協力を推進し、瀾滄江-メコン川流域の経済発展帯の建設を深化
 ⑤ グローバルガバナンスの変革に積極的に参加
 ⑥ 世界が中国共産党をより客観的に認識し、中国の特色ある社会主義をより正確に理解できるようにし、中国と世界の相互理解を増進し、中国人民と世界人民の相互信頼を絶えず増進させる
 ⑦ 人類運命共同体の構築を引き続き推進

 ③をみて欲しい。中国外交が対象にする国や地域の新たな優先度が一目瞭然である。第1に対ロ関係、第2に対欧州、そして第3に対米関係の順である。日本や韓国に至っては、④のRCEPという地域協力枠組みの中にようやく登場する。ロシア、欧州、米国はいずれも多極の中の「極」であり、中国との関係の良好な順に並べられていることに注意してほしい。

 ◆ 不確実で予測不能な時代―閻学通

 中国外交の優先順位に調整が加えられる中、中国識者の、バイデン政権登場への見方を紹介する。中国保守派の論客、閻学通・清華大学教授(写真)は12月1、2の両日、北京の解放軍系フォーラム「香山論壇」でオンラインセミナーを開き、バイデン政権登場後の中米関係について講演した。「不確実で不安な平和」の時代の到来を予測するこの講演の論点をみよう。

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  閻学通・清華大学教授~中国評論新聞HPより

 1、バイデンは、何らかの形で中国と米国の競争を和らげるかもしれないが、それは形式的であり、米中競争の性格を変えるものではない。政治分野での米中対立は激化する。バイデンは人権問題とイデオロギーを価値目標として扱いより強硬な手段を採る。

 1、米中二極競争は、世界全体の局面を形成すると同時に、ドイツ、ロシア、日本、英国など、他の大国は同盟への依存度を弱めている。(ロシアを除く)彼らは米国と同盟を結んでいるが、大半の国は「ヘッジ戦略」を採用している。彼らはイデオロギーなどの問題で、中米いずれかにつくかの選択を望んでいない。問題Aでは中国を支持、問題Bで米国を支持する。こうしたヘッジ戦略は、予測可能性の低下によって、将来の国際秩序に大きな不確実性をもたらす。

 ◆ 「不安な平和」だが戦争は回避

 1、「不安な平和」の状態では、大国間の戦争は起こらない。核兵器およびデジタル時代は、直接戦争という手段から政策目標を達成しないことを決定した。これが「平和」である。一方 「不安」とは次の3つの点である。
 第1に、他国が中国と米国の競争を利用するため採用する「ヘッジ戦略」はより不確実になる。第2に、両極世界では、中国と米国のどちらかが単独で世界をリードする能力を持たず、アジア太平洋地域でもどちらかが主導的地位に立たない。第3に、大国は戦争手段には訴えず、経済的手段に訴える。将来世界はより無秩序になる。

 1、中米両国は二国間関係の性質、中米関係の核心が競争であるとの合意に達することを提案する。そうすることによって、双方は初めて競争を管理する方法と競争関係が戦争に発展するのを防ぐ方法について議論することができる。

 ◆ FOIPを日本の新たな「ヘッジ戦略」に

 閻演説の主要な論点は以上である。その特徴を挙げれば、第1に米同盟国が「ヘッジ戦略」を採用することによって、米中による「二極競争」は事実上多極化し、それが世界の不確実性を高めるという認識である。第2は、米中両国は戦争という手段に訴えず、経済領域での制裁が高まる。第3に「米国は中国との平等な地位を受け入れることは不可能」だから、米中競争は「持久戦」になる。そして第4に、中米戦争を回避するため、「中米関係の核心が競争であるという合意を達成する」と提案する。

 ナイ・アーミテージ報告は菅政権が、安倍の包括的外交政策であるFOIPの継承を勧めており、日中間でも、尖閣、台湾問題と並んでFOIPが対立の軸になる可能性がある。王毅の7提言は、周辺国外交重視から、対ロ、対欧州外交重視の路線を打ち出したが、日本の存在感は薄れる一方のように見える。クルーグマンは、バイデンは結局何できないまま終わり、米中対立で最も打撃を受けるのは日本とみる。

 一方、閻は米同盟国の「ヘッジ戦略」によって世界情勢の流動化を強調する。この3つの文章から浮かび上がるのが、菅政権は依然として内容が定まらないFOIPを、日本の「ヘッジ戦略」にできるかどうかにある。日本外交がバイデン政権下で、それなりの存在感を出そうとするなら、中国との関係改善を十分に意識したFOIPの新たな肉付けが不可欠である。

 (共同通信客員論説委員)

※この記事は著者の許諾を得て「海峡両岸論」122号(2021/01/06発行)から転載したものですが文責は『オルタ広場』編集部にあります。

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