【コラム】宗教・民族から見た同時代世界

バイデン大統領が聖体拝領を拒まれてXマスを迎える米国宗教事情

荒木 重雄

 米国で大統領と宗教勢力とのとりわけ緊密な関係がうまれたのはレーガン時代に遡るとされる。
 1970年代、黒人・先住民運動や女性運動が盛り上がり、性革命や対抗文化も広がって伝統的価値観が崩れだした。この風潮に恐怖し反発したキリスト教福音派は、大衆の保守的心情を掘り起こして組織化に努め、権力を求めて接近したのが、レーガン時代の共和党であった。

 以来、福音派と共和党との蜜月関係は続き、ブッシュ父子両元大統領の当選に大きな功績を果たし、引き換えにその政策に影響を及ぼしてきたが、極めつけは、いうまでもなくドナルド・トランプ前大統領であった。
 トランプ時代、福音派幹部は自由に大統領執務室に出入りして、政策を「助言」し、実施を迫り、その成果を評して幹部のひとりゲイリー・バウアーは満足気に語った。「トランプ政権の評価は10点満点中11点だ。彼はすべての約束を果たした」。

 ◆ 政治家と宗教の関係は多様

 キリスト教右派とも称される福音派(エバンジェリカルズ)とは何か、一言だけ触れておくと、それは、聖書の記述をまるごと、天地創造からマリアの処女懐妊、キリストの復活、死後の天国まで、すべてそのまま信じることを旨とし、それゆえ、進化論や社会科学的な歴史観を否定し、同性婚や妊娠中絶を忌避する伝統的な家族観・社会観を保持し、白人優位、自由主義、親イスラエル=嫌イスラムの政治姿勢が顕著な人たちで、米人口の約25%を占めるとされる。

 米国政治ではこの派の動きがとりわけ注目されるが、政治家と宗教のかかわりはここに止まらない。共和党きってのリベラル派重鎮で、大統領選のたびに台風の目となるミット・ロムニー氏は、米国では異端とされる末日聖徒イエス・キリスト教会(いわゆるモルモン教)の信徒であることが弱みとなったし、バラク・オバマ元大統領を支えた文化的背景は、奴隷制以来の人種隔離政策の名残りをひく「黒人教会」であった。

 というように、米国政治と宗教は切っても切れない関係にあるが、そこに内在する微妙さの一端を、たとえば2015年のギャラップ調査が示している。ある属性を持つ大統領候補者に投票するか否かとの問いに、候補者がカトリック、女性、黒人、ヒスパニック、ユダヤ教徒などの属性をもつ場合にも90%以上の人が投票すると答えているが、そこから急に投票意志が低下する属性がある。イスラム教徒(60%)、無神論者(58%)、社会主義者(47%)である。すなわち、米国であり得ないのは、イスラム教徒と無神論者と社会主義者の大統領となる。

 だが一方で、それとは位相を異にするデータもある。ピュー・リサーチセンターの2019年の調査によれば、自分は無宗教と答えた者が23.1%、カトリックが23%、福音主義派が22.5%で、三者の差はあまりに僅かで統計的には誤差の範囲だが、それにしても、それまで40年間の調査ではじめて無宗教者が首位に立ったという。

 このような趨勢の中で、最近、無神論者のチャプレンの登場が話題を呼んだ。欧米では教会の牧師や神父とは別に、学校・病院・刑務所・軍隊などの施設にチャプレンとよぶ専属の聖職者が配されていて、礼拝を行なったり構成員との相談を受け持ったりしているが、近年、キリスト教の聖職者のみでなく、ユダヤ、イスラム、ヒンドゥー、仏教から、ゾロアスター教、バハイ教などまで多様な宗教者が加わり、ついに「ヒューマニスト」と呼ばれる無神論のチャプレンが現れたのである。
 宗教者だからこそ俗人とは異なる観点から深い助言や霊的な指導ができるというのがチャプレンの存在理由だが、無神論者のチャプレンは、人間理性の価値に基づいて無宗教者の倫理生活をサポートするという。

 ここに見られるように米国でも、宗教をめぐる状況は大きく揺れ動いている。

 ◆ バイデンを遮る思わぬ伏兵

 では、現職のジョン・バイデン大統領についてはどうだろうか。彼は、ジョン・F・ケネディに続く米史上二番目のカトリック教徒大統領である。かつては聖職者の道を歩もうと志したこともあり、重鎮政治家となってからも教会を訪れることを怠らない、熱心な信徒といわれる。
 ところが、そのバイデン大統領が、カトリック界から、聖体拝領を拒否される状況にあるのだ。

 米国でカトリックは全人口の約22%を占めるとされる。信徒出身の大統領二人はともに民主党に属するリベラルだが、カトリック主流派はおおむね保守的で、共和党支持の傾向が強く、プロテスタント福音派とともに2016年の選挙でトランプを当選させた原動力でもあった。

 では、バイデン氏が拒まれる「聖体拝領」とは何か。これは、キリストの最後の晩餐に由来する儀式で、司祭から授けられる聖体(イエス・キリストの肉と血を象徴するパンとワイン)を口にすることで信仰を体内化し、信徒どうしの絆を確認する、「聖体の秘跡」とも呼ばれる、ミサの中心をなす重要な儀式で、これを拒否されることは、事実上の「破門」を意味する。

 ならば、バイデン氏が「秘跡」を拒まれる理由は何か。それは、彼が、カトリックが忌避する人工妊娠中絶問題に寛容なスタンスをとり続けていることだ。
 バイデン氏は人工妊娠中絶は「個々人の問題であり、女性には選ぶ権利がある」と主張する。さらに彼は、大統領就任直後に、人工妊娠中絶を助言したり女性に医療施設を紹介する活動をする非営利団体への資金援助を禁止してきた、前政権の政策を撤回した。

 これに反発した全米カトリック司祭会議が企てたのが、聖体拝領の拒否である。それは、「神聖な儀式を政治的な武器にするべきではない」とのローマ教皇庁の反対を押し切ってまでのことであった。
 米国でも、司祭たちによる少年への性的虐待の問題も後を絶たない。

 かくして、米国のキリスト教界はさまざまな状況や問題を抱えながら、今年も、クリスマスを迎える。

 (元桜美林大学教授、『オルタ広場』編集委員)

(2021.11.20)
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