海外論潮短評(79)

ドイツはいかにしてヨーロッパを再征服したか
—欧州統合の深化と危機—

初岡 昌一郎

 アメリカの知識人向け月刊誌として伝統のある『ハーパース・マガジン』2月号が、5人の欧米人国際問題専門家による討論を掲載している。この論議はハーパース誌主催の非公開フォーラムと、それに続くワシントン・ナショナル・プレスクラブにおける公開討論において行われた。それを要約して紹介する。討論参加者の5人は以下の人たち。

*ジェームス・ガルブレイス、テキサス大学公共学部政府・企業関係学科長
*ウルリケ・ゲロート、欧州オープン・ソサエティ研究所員(ドイツ人)
*ジョン・グレイ、ロンドン大学経済学部名誉教授(欧州思想)
*クリスチエンヌ・レムケ、ニューヨーク大学ドイツ・ヨーロッパ研究科長
*エマヌエル・トッド、パリ国立人口研究所員(歴史、人類学、政治学)
司会は、ジェフ・マドリック(ハーパース誌の「アンチ・エコノミスト」欄担当)であった。

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1.欧州統合深化のためのユーロ・スタンダード
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司会 メルケル首相が大差で再選され、ドイツでは緊縮派の力が強くなった。ユーロ圏全体で貿易収支の不均衡が是正されている。生産性が一部の国では上がっており、労務費の低下が輸出を助けている。これらのことが金融市場を鎮静化させている。しかし、他面では南欧諸国が極めて窮乏化しており、失業が非常に高止まりし、GDPは危機前よりもかなり下回っている。ユーロははたして生き残れるだろうか。

ゲロート ユーロは確実に生き残る。EUはドイツにとって経済的にだけではなく、歴史的地理的政治的に重要である。だが、EUは出発点から欠陥を持っている。政治同盟が経済同盟に遅れている。これが危機の真因だ。1992年のマーストリヒト条約以後、制度的枠組みを改革する努力が行なわれてきたが、ユーロにもっと正当性を与え、民主的なものにする必要がある。

グレイ 通貨同盟が政治同盟に進むのは無理だ。ユーロ圏は経済発展のレベル、政治システム、歴史のあまりにも異なる諸国を包含している。イギリスの政治家や国民の多数派がラジカルな変化を求めるとは思えない。政治統合の深化にイギリスは参加しない。

トッド ユーロは大きなミステリーだ。上手くゆかないことは明らかである。経済だけでは無く、文化や人口が違いすぎる。女性一人が1.4人しか産まないドイツと2人産むフランスは異なる国だ。ユーロが生き残れば、フランスの若年失業者は増加する。ユーロは我々の文化や人口にマッチしない経済システムを押しつけている。ドイツの欧州支配は、フランスが受けいれる限りにおいて可能だ。ユーロはフランス人が考案し、ドイツ人に押し付けた。ところが、ドイツがそれを自分にとって効率的な道具に変えてしまった。フランスがユーロを離脱することは政治支配層全体にとって不運であり、社会的革命の始まりとなろう。

ガルブレイス ユーロを現在の政策枠組みで継続することに加盟国が満足するだろうか。私の見方は、否定と肯定の中間にある。いくつかの南欧諸国が破滅に追い込まれている。ギリシャはこれまで強力な公共的社会システムを持ったことが無かった。その保健、教育、基礎的な公共サービス、社会的なインフラが解体されている。社会的な基盤を破壊するような方法で外資を誘致できるものではない。ポルトガル、スペイン、アイルランド、イタリアはギリシャほどではないが、同じ道を歩んでいる。現在の政策方向に反乱がおきる可能性がある。

レムケ ユーロは生き残るだろう。今は河の中流で漂っているが、引き返せないので、向う岸に行くほかない。緊縮政策は決め手とならず、南欧諸国を一層の危機に追いやっている。削減プログラムが間違っているのも一因だ。ギリシャの軍事費はGDPの2.6%で、ヨーロッパ平均や、イギリス、中国よりも比率が高い。これに手を付けず、インフラや庶民向けの社会的プログラムから始めるのは間違っている。現在ユーロは欧州統合深化に組み込まれており、それを解体するコストは高くつきすぎる。

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2.「危機のないヨーロッパは存在したことが無い」
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ゲロート ヨーロッパは多国籍民主主義をこれまで経験してこなかったので、困難があることは否定できない。だが、ユーロが行き詰まるとすれば、困難が多かった当初5年間に起きていたはずだ。ユーロは非常な弾力性を示してきた。ギリシャでさえ、現在の世論調査で国民の約70%がユーロの継続を望んでいる。

トッド イデオロギー的に見ると、ドイツ以外では、統合ヨーロッパは死せる観念にすぎない。フランスでは誰もヨーロッパ統合など信じていない。この混乱はフランスのエリートにも責任がある。EUはドイツをヨーロッパの国にするためだったが、逆にヨーロッパがドイツの勢力圏に入った。歴史から学んだというが、同じ誤りを繰り返している。

グレイ ドイツを除き、統合対象諸国で欧州統合を信じているのは旧共産圏諸国、とくにポーランドとバルト3国である。「ノーマルなヨーロパの国に復帰する」ことが彼らの願いだ。ヨーロッパにとってノーマルとは、この数百年を支配してきた悪夢の復活である。私の国イギリスを含め、ユーロ外にあるほとんどのヨーロッパ諸国は今後もユーロ圏外に止まるだろうが、共通点としては、移民と反移民運動によって民主政治が手傷を負っている。オランダのように強力なリベラルの伝統がある国も含め、必ずしも伝統的極右ではないが、ポピュリスト運動が伸びている。

レムケ ヨーロッパに危機がなかった時代はない。1980年代は「ヨーロッパ病」が語られた。「ヨーロパは時代遅れで、日本が取って代わる」と皆が云っていた。60年代には、ミルクの海とバターの山ができ、農業政策の破綻が叫ばれた。ドイツ統一直後、ドイツは深刻な経済不況に陥った。これらの危機は欧州統合の一環であり、国境を越えた議論が必要だ。

グレイ 民主的な国家統合は極めて困難な問題を惹起するが、危機を通じて解決される。これが欧州統合支持論者の主張である。20年前に当時のドイツ外相、ヨシュカ・フィッシャーは「巨大な危機は不可避だが、あらゆる危機が結束を強める作用を持つ」と述べていた。ゴルバチョフも、ソ連の前途につて同様な見解を持っていた。今よりも少数の国だけだとしても、民主的な欧州連邦は現段階では不可能と思う。でも、誤りから学び、合理的な議論を進めるだけでは、統合構想は放棄されないだろう。これまでよりもさらに大きな危機が到来して、はじめて統合構想が放棄されることになる。

ガルブレイス 欧州統合国家連邦構想には、現段階では不可能なハードルがある。政治統合は当面の課題ではありえない。現行条約の枠内での政策変更が必要だ。

ゲロート この点が意見の分かれ目である。試行なしに、政治統合が不可能とは断定したくない。政治統合は近未来に達成されないとしても、今日的な課題である。国境を越えた民主主義を構築する必要がある。ユーロ圏に事実上の財務省となる委員会を創出するフランス・ドイツ提案や、国対国の関係から欧州市民間に福祉財政を移すための共通失業基金創設などの提案がある。それらは困難ではるが、60年間の成果から見て不可能ではない。

グレイ 問題は可能かどうかだけではなく、望ましいかどうかである。

ゲロート それでは、ほかにどのような道があるのか。

グレイ 多くの可能性がある。かつて行われたソ連についての議論のようなものだ。彼らは、このほかにどのような手があるのか、混乱が残るだけだというのが常套だった。全くのナンセンス。

ゲロート それでは国民国家に回帰するのか。国民国家と主権論は、17世紀に遡る時代遅れの観念だ。

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3.ドイツ問題
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司会 ユーロに対する最後の防衛線は、歴史的に戦争性向の強い地域に平和をもたらすと見られていることである。ユーロ崩壊は欧州大陸が戦争時代に回帰することにつながるだろうか。

ガルブレイス 戦争に至らなくとも、動乱は起きうる。例えば、カタルニアやアンダルーシャなどスペインをみると、国の統一が軍事力による強制なしには確保できない。

ゲロート 国家主権の見地からのみで戦争を考えるのは全く誤っている。21世紀には戦争の定義が変化するだろう。ポストモダンの戦争が起きる。エネルギー戦争、水戦争、価格戦争、貿易戦争などになる。

グレイ バルカンで大戦争を経験したが、これは新国家群によるものであった。過去20年間に深刻な戦争がいくつかあったが、欧州政治機構は欧州の戦争に対しても完全に無力であった。これらの戦争が解決されたのはアメリカの軍事力のお蔭であり、それ以外のものではなかった。

レムケ 今日、旧ユーゴスラビアの2ヶ国がEUに加盟しており、その一つはユーロ圏に加入している。歴史的に敵対的であったイギリスとフランス、ドイツとポーランド、ドイツとフランスの間で戦争が無かったという事実は大きな成果である。その意味で、ヨーロッパは他の地域に対するモデルでもありうる。

トッド ヨーロッパ人が戦争を好んでいた訳ではない。20世紀の欧州史はもっと単純だ。ドイツが2度にわたって狂気を発揮して、2度の世界戦争を始めた。20世紀ヨーロッパ史の共通した説明では、すべての国が横並びに扱われているが、これは真実ではない。20世紀欧州史はドイツ問題である。文学やプロテスタンティズムをはじめドイツの貢献を忘れているわけではなく、私は反ドイツではない。ドイツが平和的な国であれば、欧州大陸は平和である。

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4.将来を展望する
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司会 ヨーロッパ問題のアメリカに対する影響を考察したい。ユーロが崩壊すれば、欧州は深刻な不況に陥る。アメリカがそれを逃れ得るとは考えられない。主要な金融機関の一部が深刻な危機に陥る。

レムケ ユーロ崩壊の影響はドラマティックで、中国経済崩壊よりもはるかにインパクトが大きく、その比ではない。アメリカの右派は「ヨーロッパは時代遅れで、衰退する大陸なので気にしなくとも良い」と言っている。これは全く誤りだ。EU諸国の技術開発や社会政策からアメリカの学びうるものが多い。アメリカの左派、例えばクルーグマンなどはEUの緊縮政策に非常に批判的だ。それだけが有効な経済理論とみられ、社会政策が存在しないといっている。

ガルブレイス ヨーロッパを救うために、ユーロを救済するのに賛成だ。だが、その救済策が問題だ。2008年にアメリカの金融システム全体が危機に陥ったが、ゾンビを救済せず、不良な部分を切り捨てて回復を図った。それによってアメリカ経済はより公平で、安定したものになった。アメリカ経済はヨーロッパの危機によって破壊されることはない。ドルは上昇するだろう。

グレイ ヨーロッパが崩壊すれば、アメリカのビジネスと政策に大きな影響を与えることは間違いない。しかし、それは現在のところ最大のリスクではない。世界第三の経済規模を持つ日本が、アベノミクスの失敗で管理できない債務危機を生むのがもっと怖い。

ゲロート 債務危機はまさにここで議論していることの核心であり、ユーロだけの問題ではない。国際通貨制度の安定を論ずる場合、一国の政策が世界に及ぼす影響を避けて通ることができない。アメリカの量的緩和政策がこの2年間に世界中に拡大され、影響を与えている。ユーロは、グローバル化した世界における国際通貨システムの一つの問題にすぎない。

グレイ 我々と総称して語るのは適当ではない。日本などは、中国、インド、アメリカ、ヨーロッパに与える影響を考慮することなく、政策を手前勝手に決定している。

ゲロート 世界は包括的な「われわれ」を追求しており、それが21世紀の課題である。ヨーロッパは「ネーション(国家と民族)を再考する革新的なプロジェクトである。

トッド それは結構だが、とてもドイツ的だ。再統一を達成した後のドイツは、ネーションの力によって再登場した。それが成功の理由だ。

ゲロート ヨーロッパ史を見ればわかるが、人びとの愛着は常に地域にある。国家は目的にしたがって人為的に後から創設されたものだ。国家をいつまでも維持すべきものか判断しなければならない。グローバリゼーション、国家主権、民主主義の3者を鼎立させることは不可能だ。どれかを捨てなければならない。時代遅れの観念である国家をスキップするのが良い。

トッド フランス人は主権を捨てろとドイツ人に云われたくない。

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■ コメント ■
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 多彩な議論の多くをスキップし、圧縮することに努めてみたが、通常の紹介スペースをかなり上回ったので、結論の出ていないこの興味深い議論自体の感想・コメントは読者各位に委ねたい。グローバリゼーション、国家主権、民主主義の三者鼎立は不可能で、国家を除くほかないと云う主張に、私は基本的に同調している。しかし、無限定にこの主張を展開すると、強者を擁護する論理に転化する恐れがある。

 ドイツ人が積極的に欧州統合に積極的な未来をみようとしているのに対し、フランス人とイギリス人が強烈な懐疑的批判論を展開して譲らない。彼らは、国家主権を擁護している。この点が討論の白眉である。

 討論の本筋から外れてはいるが、欧米の知識人が「日本の異質性」に拘泥していることが、この討論からも良く窺える。その異質性とは、周囲を考慮しない自己中心的な行動様式を指している。このような異質性は日本文化にルーツをものではなく、野郎自大的かつ幻想的大国主義性向を持つ指導者の思い上がった言動から生まれているのではなかろうか。すべてのことを、狭い「国益」の視点から捉える傾向があまりにも過剰だ。

 討論中で最も印象的な発言の一つは、「ドイツが平和であれば、ヨーロッパは平和」とみるものである。「日本が平和であれば、アジアは平和」と言い換えられるのではないだろうか。

  (筆者はソシアルアジア研究会代表)


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