【コラム】槿と桜(15)
チゲ鍋?
寒い季節になってきました。この時期になると、日本のスーパーマーケットなどに目立って多くなるのが、容器からそのまま移し替えればすぐ使える鍋料理用スープです。その種類もなかなか豊富で、和風の鍋用スープに混じって多く目につくのが韓国風の鍋用スープのようです。
肉、魚介類、野菜などさまざまな食材の入った一つの鍋を囲んで、家族や友達と食べるのは、栄養たっぷりの食事になるだけでなく、精神的にもリラックスして楽しく、豊かな時間を持つことができると思っています。その意味で私は日本の寒い季節、大歓迎です。
ただ韓国では鍋料理は決して寒い時期の定番料理というわけではありません。四季折々、どの時期でも鍋料理を食べます。以前、この欄で真夏の暑い時期に暑気払いとして熱々の鍋料理が好まれることを書きました。
だいたい韓国人は食事のときにスープ類がないと、物足りなく感じるのが一般的です。韓国では食事とスープ類は密接に結びついていて、日本の味噌汁とはその位置づけがかなり違っているように思います。味噌汁はあくまでも脇役ですが、韓国のスープはむしろ主食に次ぐ、準主役と言っていいように思います。ですから韓国のスープ料理は実にたくさんあります。
韓国のスープ、つまり汁物料理は大きく分けると、「クッ」(국)と「タン」(탕)、そして「チゲ」(찌개)と「チョンゴル」(전골)の4種類になります。
「クッ」は、「クンムル」(국물、スープそのものの意)が短縮された言葉で、スープに野菜や海藻などが少しだけ入っているものが一般的です。味付けは醤油、塩、味噌、唐辛子味噌などで、日本の味噌汁のように1人ずつカップや碗によそいます。外食の際には、定食用のサービススープとなることが多く、店のメニューとしてあるのはむしろ珍しいでしょう。
「タン」は、中国語の「湯」(タン)からきたもので、中国語ではスープそのものを指す言葉です。韓国での「タン」は、動物性の食材を使うのが比較的多く、肉や骨をたいていじっくり煮込んだスープがベースになり、その中に肉や野菜などの食材を入れて軽く煮て食べます。半透明や白濁のスープ、あるいは辛いスープのものなどがあります。
ただ、まったく同じ料理でも「コムクッ」と言ったり、「コムタン」と言ったりしますので、韓国の人たちには「クッ」と「タン」とにあまり明確な区別はなく、大まかに“スープ”の意味で使っているように見えます。実は私自身もそうなのですが。
「チゲ」は、「クッ」や「タン」とは明らかな違いがあります。それは鍋料理だということです。しかも一人用の小さな土鍋(トゥッペギ、뚝배기)に材料を入れ、グツグツ煮込んで、超熱くした汁物料理です。「クッ」と「タン」に比べてスープが少なく具材が多いのが特徴です。
鍋料理ということで言えば、韓国の「チョンゴル」が日本の鍋料理に近く、大きめのカセットコンロを卓上に置いて鍋を載せ、具材を入れて調理しながら食べます。日本の方からすれば「寄せ鍋」風ですから、「チョンゴル」こそ、見慣れた鍋料理となるのではないでしょうか。
さてそこで、私が日ごろから気になっている日本での「チゲ鍋」という名称について少し触れることにします。もうずいぶん前になりますが、季節はちょうど今頃のことでした。日本の居酒屋の店頭に“チゲ鍋始めました”とあるのを目にしたり、スーパーマーケットで“チゲ鍋の材料にいかがですか”とあって、とても奇異な思いをしたことがあったからです。
韓国で「チゲ」と呼ばれるものの特徴については、先述したとおりですが、まずはどのような種類があるのか思いつくまま挙げてみましょう。
1.キムチチゲ(김치찌개)
家庭でも食堂でもとにかく韓国料理のなかで、もっともポピュラーで簡単に作れる鍋料理です。古漬けキムチ(酸味が強くなっています)と豆腐、ネギ、豚肉などを一緒に入れて煮込みます。調味料は塩が少々で、あとはキムチと具材のうまみが味の決め手となります。
2.テンジャンチゲ(된장찌개)
テンジャン(粗くつぶした韓国味噌)をベースにしたチゲです。いわば韓国風味噌汁と言っていいかもしれません。味噌をグツグツ煮込んでいますから日本の味噌汁より濃厚です。牛肉、アサリ、煮干などでとった出汁に野菜や豆腐を入れます。これもポピュラーな家庭鍋料理のひとつです。
3.スンドゥチゲ(순두부찌개)
柔らかい豆腐(日本の絹ごし豆腐の感じ)がたっぷり入った、辛い鍋と言えば、日本の方にはなんとなくイメージが湧くのではないでしょうか。最近は日本でもこの「スンドゥブ(純豆腐)」を売りにしているお店を見かけます。魚介類や野菜と唐辛子を一緒に煮込みますから、かなり辛いのですが、最後に卵を割り入れますので、辛さが柔らかになります。
4.プデチゲ(부대찌개)
プデチゲを漢字で表記すると「部隊(プデ)」「鍋(チゲ)」となります。朝鮮戦争後、物資や食べ物が不足しているときに米軍から流出してきたハムやソーセージをキムチと一緒に煮込んで、鍋料理としたことから、「部隊の鍋」と呼ばれるようになったということです。キムチ、野菜、餅、さらにはなぜか、インスタントラーメンの麺などを一緒に入れて煮込む、辛めの鍋料理です。若者向きでしょうか。私自身、今はあまり食べなくなりました。
5.チョングッチャン(청국장)
清麹醤(チョングッチャン)は大豆を発酵させた味噌の一種。味噌というイメージより日本の納豆に近く、納豆と同じようにねばねばとして、同じような匂いがあります。この味噌を材料にしたチゲにはなぜか「チゲ」の呼称がつかず、そのまま「チョングッチャン」と言います。
日本の納豆汁をより濃厚にした味わいがあり、私は野菜がたっぷり入った熱々のこの鍋料理が好きで、よく作ります。
まだほかにもチゲはあるはずです。何しろ鍋料理ですから、具材として何を入れてもたいていはおいしい味になりますので、その具材の名を入れて「○○チゲ」と言えばよいのですから。
さてもうおわかりだと思います。「チゲ」とは「鍋」のことなのです。ですから、日本で「チゲ鍋」と言ってしまいますと、「鍋鍋」と言っていることになるのです。
もっとも最近では、「チゲ鍋」という言葉を耳にした当時の私の強い違和感は薄れてしまっています。それよりも日本で韓国のチゲ料理が受け入れられ、日本人の食生活に溶け込んでいっていることをうれしく思っています。
今夜もきっと日本のどこかのご家庭では、「チゲ」料理を囲んでの晩ご飯とされるのではないでしょうか。
(筆者は大妻女子大学准教授)