【コラム】大原雄の『流儀』

チェルノブイリの月(3)~「ウクライナ戦争」とフェイクニュース

大原 雄

★ ピューリッツアー賞特別賞

アメリカの優れた報道に贈られる「ピューリッツアー賞」が5月9日に発表され、ウクライナのジャーナリストたちが特別賞に選ばれた。
以下、朝日新聞5月11日付朝刊記事より引用。

選考委員会による授賞理由説明では、「爆撃や拉致、占領、時には仲間の死にもかかわらず、ウクライナのジャーナリストたちはおそろしい現実を正確に伝える努力にこだわっている」としている。引用終わり。

ただし、記事では、受賞者の名前(個人名、あるいは団体名)などには、触れていない。ウクライナで活動したジャーナリスト全員なのかもしれない。だとすると、メディアのジャーナリストというより、SNS含め、ウクライナで活動するジャーナリズム魂そのものを良しとしたのかもしれない。それなら、戦場とは無縁でも、世界中でフェイクニュースと戦い続けているジャーナリストたち全員受賞というように理解しておきたい。

ウクライナ戦争は、世界のまともなジャーナリストにとって、フェイクニュースとの戦いでもあるのだ。ならば、なおさら表現とデモクラシーのテーマそのものに関わる評価なので、ここにも記録を残しておきたい。テーマについての詳細は、この論考シリーズの巻末で論じたい、と思う。

贅言;同記事では「国連によると、(ロシアの軍事侵攻以来)ウクライナ国内で7人のジャーナリストの死亡が確認されている」という。
7人のジャーナリストに衷心から哀悼の意を表したい。

「コスモポリタン」(デジタル版)より、以下、引用。

「中でも注目を浴びているのが、ウクライナのジャーナリストたちに贈られた特別賞。ジャーナリスト保護委員会によると、 ロシアがウクライナ軍事侵攻をしてから、ウクライナ人ジャーナリスト3名を含む、少なくとも7名のジャーナリストが亡くなっているという。多くは車両を射撃され、中にはテレビ局が爆撃されたという人も。
ピューリッツァー賞委員会によれば、今回の特別賞の授与は、そんな戦火の中で報道を続けるウクライナのジャーナリストを称えるためのものだ」という。引用終わり。

その後のメディア(テレビ朝日のテレビニュース6・1版より引用)の報道によれば、ウクライナ戦争の取材で亡くなったジャーナリストは、残念ながら、これまでに32人に上るという。取材源のクレジットが一つではないので、合算が正解かどうかは直ちに確認できないが、ここに記録しておく。亡くなったジャーナリストたちには、ここで、改めて、哀悼の意を表したい。

★ 5・17日付朝刊記事はプーチン戦略失敗を告げる
「スウェーデンのアンデション首相は5月16日、NATOに加盟申請する方針を正式に表明した。(略)同国は19世紀前半から軍事的非同盟を外交方針に据えており、中立の立場からの歴史的な転換となる。(略)伝統的に加盟に反対してきた同党(与党・社会民主労働党)は、ロシアのウクライナ侵攻を受け加盟容認に転じた。(略)加盟申請は隣国フィンランドと同時にする考えを示した(フィンランドも加盟申請する政府方針を15日に決定)」している。
以上、朝日新聞5月17日付朝刊記事より、引用。

18日のNHKニュースの報道によれば、フィンランドとスウェーデンの両国は、18日に同時にNATO加盟申請した、という。NATOへの加盟では、加盟国の全会一致が必要だが、トルコがロシアとの関係や思惑ありげな真情を優先しているようすで否定的だ。大統領の戦略的行動なのか。関連情報など今後の動きに注意が必要である。

★ ウクライナ戦争・戦況報告

ウクライナに侵攻したロシア軍が包囲し、攻撃を続けてきたウクライナ南東部マリウポリの製鉄所「アゾフスターリ」で16日、製鉄所内からのウクライナ兵の退避が始まった。
以上、朝日新聞5月17日付夕刊記事より引用。

ロシア軍に包囲され、傍受した無線からは、「皆殺しせよ」などという言葉が行き交っていたかもしれない。ウクライナ兵にとっては、まさに、地獄からの脱出、地獄からの生還である。是非とも、生還してほしい。
プーチンは、NATOの脅威の増大化を理由にウクライナ併合を目論んだのだろうが、今のところ(5・18時点)、結果は真逆でウクライナ占拠には至らず、ロシア軍はウクライナ南東部の一部、マリウポリを「制圧」あるいは「掌握」したが、北東部にあるウクライナ第2の都市・ハルキウ周辺では、逆にロシア軍は北部国境近くまで押し戻されたと、アメリカの国防総省高官が自分たちの分析結果について見解を明らかにしたという。
つまりプーチンは、ウクライナ併合に失敗したが、ウクライナの臨海部で一部地域を制圧している模様だ。しかし、各地で抵抗するウクライナ軍との砲撃戦は繰り広げられている模様で、長期化という見方もある。これが正解であろう。各地の戦況はピンポイントごとに情勢は違うので、要注意。したがって、簡単に判断できる状況ではなさそうだ。とりあえず、82日間(当時)のウクライナ戦争の戦況報告である。
以上、朝日新聞5月17日付夕刊記事から概要をまとめて引用した。

贅言;4つの情報源。ウクライナ戦争を取材するにあたって、マスメディアは幾つもの情報源を確保し、その日の戦況報告として情報が収斂するポイントを見定め、ニュース(原稿や画像)をまとめなければならない。連日の報道ぶりを見ていると、ざっと4つの大きな情報源があるように思える。

1)プーチン、国防省、ロシア軍などロシアの戦況に対する見解と情報の発表の仕方は?
2)同じようにゼレンスキー、ウクライナ軍などウクライナの戦況に対する見解と情報の発表の仕方は?
3)ロシア・ウクライナ両方をチェックするアメリカ国防総省高官などの戦況に対する見解と情報の発表の仕方は?
4)NATOなどの戦況に対する見解と情報の発表の仕方は?

★★ ロシアの捕虜交換をめぐるフェイクニュース

さて、戦況。ロシア軍に包囲された「アゾフ連隊」は、「任務を完了した」とSNSに幹部が投稿した、という。これについて、ロシア側は、ウクライナ軍は武器を捨てて、「投降」して来たので負傷兵は親ロシア地域の医療施設などへ搬送した。負傷していない兵士は、後にロシアの捕虜と交換することになっているので移送した、ということになっているが、「どこへ」という移送先が、この記事では不明である。移送は事実なのかどうか。

すでに、この連載でも触れてきたことだが、マリウポリのアゾフ連隊の問題は、ウクライナ兵士をめぐる「人道回廊」の問題ともいうべきことで、極めて大事である、と私は思っている。以下、改めて整理しておこう。

ウクライナ側では、アゾフ連隊の兵士は、任務「完了」で、戦場から「退避」・「撤退」することになったという理解である。

ところがロシア側では、アゾフ連隊の兵士は、武器を捨てて「投降」してきた「捕虜」であるという認識だから、今後どういう対応をする気でいるのか不透明だと思われる。ウクライナとロシア、両者者の間では、「退避=投降」としか読みようがない文脈で、二つの用語が使われている。こんな馬鹿なことは、現実にはあり得ない。どちらかが、フェイクニュース用語として使われている、という風にみるしかない。

実際、ロシア側のアゾフ連隊の兵士への処遇の実態が、次第に報じられるようになってきたが、それでも、真相が解りにくい。

ウクライナ側は、ウクライナで抑留しているロシアの「捕虜」とアゾフ連隊の兵士を「交換」する交渉を提案しているというが、現在の段階でも、これだけ言い分が違うと、今後の交換交渉も、ウクライナ側の見込み通りに行くのかどうか懸念されるだろう。

贅言;捕虜交換の「壺算」/ロシア流?数式

1)アメリカのシンクタンク「『戦争研究所』は20日、「ロシアは(製鉄所から出た)ウクライナ兵の人数を実際より多く発表している可能性がある」との見方を示した」、という。「捕虜交換でより多くのロシア兵を連れ戻すため」とみている」という。「ロシア国防省によると、5月16日以降、製鉄所を出たウクライナ兵は計2,439人に上るとしている」という。
さらに同記事では、「国際赤十字委員会に捕虜として登録されたウクライナ兵は、20日時点で数百人にとどまるという」。

2)朝日新聞の同記事では、「数百の兵士の制圧に1カ月以上かかったことへの批判をかわす狙いもあるとみている」という。いずれも本当かな。ロシア人って、こういう誤魔化しを平気でやるのかな。若い頃から、ドストエフスキーやゴーゴリなどのロシア文学作品に親しんできた身には信じられない、という思いが強い。

朝日新聞5月20日付朝刊記事から、以下引用。ロシア側に移送された兵士たちの処遇についてである。

「ロシア外務省は兵士をロシア側の拘置施設に移したとしており、ウクライナが求めている捕虜交換が実現するかは不透明な状況が続く」という。

また、ロシア外務省のザハロワ報道官は18日、「負傷兵以外を隔離施設に移送した」と発表した。施設は、親ロシア派支配地域にあり、元は刑務所として使われていた。ロシアの捜査当局は、製鉄所にいたウクライナ兵を尋問する方針を示している」「ロシアでは一部の兵士の捕虜交換を禁じる(?)法案が準備されており、ウクライナ兵が無事に解放されるかは不透明だ」という。マリウポリでは、相変わらずフェイクニュースが溢れているのか。

ファクトチェックをきちんとやり、情報がフェイクニュースかどうか確かめなければならない。ウクライナは、例えば、「人道回廊」設定でも、何度もロシアから煮え湯を飲まされて来たのだから。

★ ロシアではアゾフ連隊を「戦争犯罪人」として訴追の構え

やはり、嫌な予感が当たった。東京新聞デジタル版(5月18日付)で以下のような記事を見つけたので、引用。

ロシア軍が侵攻したウクライナ南東部マリウポリで投降したウクライナ内務省系軍事組織「アゾフ連隊」の兵士らについて、ロシア捜査委員会は17日、「戦争犯罪人」として訴追する方針を明らかにした。タス通信が伝えた。ロシア側が戦争による市民の被害などを責任転嫁するため、一方的に裁く恐れがある。以上、引用終わり。

アゾフ連隊の同じニュースを朝日新聞5月19日付朝刊記事は、以下のように伝える。すでに触れて来たことと多少ダブルが概要をそのまま引用する。

ウクライナ側:任務完了、兵士退避。退避したウクライナ兵を捕虜のロシア兵と交換する意向。
ロシア側:ウクライナ兵は、投降。民間人に対する犯罪関与の有無を確認する。ウクライナ兵を尋問へ。死刑もあり得るとか?

その関連として、
*ロシア国営ノーボスチ通信は17日、「ナチスの犯罪者」とみなした(ウクライナ)兵士については、ロシア兵の捕虜との交換を禁じる法案が18日に下院で審議されると報じた、という。ロシアメディアは、国内向けのニュースとして、ウクライナ兵士を「『ネオナチ』と一方的に報じてきたアゾフ連隊」(朝日新聞5月19日付朝刊記事より引用)のことである。親ロシア派支配地域『ドネツク人民共和国』の『法律』が適用されると、死刑の適用もありうる」(朝日同記事より引用)と伝えている。

贅言;「アゾフ連隊」。アゾフ大隊・アゾフ連隊という名称は通称で、ウクライナ国家親衛隊での正式な所属・名称は東部作戦地域司令部第12特務旅団所属の「アゾフ特殊作戦分遣隊」である。国家親衛隊の任務は「国民の生命と財産の保護、治安維持、対テロ、重要施設防護等を主な任務とし、ウクライナ軍と協力しての軍事作戦による武力侵略の撃退、領土防衛等も実施すること」となっている。創設当初は、義勇兵部隊であったが、2014年からは、正式にウクライナ国家親衛隊に編入された。愛国心の篤いウクライナ人の軍隊である。

ウクライナ兵関連。このニュースについて、朝日新聞5月18日付朝刊記事で続報が出たので引用して、ここに記録しておく。

ウクライナ兵の「退避」について、「ウクライナ軍側は任務の完了を報告し、兵士に撤退を命じた」とし、「ロシアが近く完全制圧する可能性が高くなった」。朝日新聞は、「制圧」という用語を使っているが、NHKなどほかのメディアは、「掌握」という用語を使っていて実態に曖昧さが残るように思う。一般的な日本語の用語の意味合いについては、この連載でも、すでに見て来た通りである。事実関係の「ウラ」(裏付け)が取れていないのだろう。

すでに伝えたように、マリウポリでは、ロシア軍の攻撃で2万人以上が犠牲になったとされ、民間人への残虐行為や遺体の隠蔽などが指摘されている。マリウポリが完全制圧されると、こうした戦争犯罪が、権力の手で強引に実態解明を妨害される恐れがある。「戦争は、表現の自由を持たない」、という悪例を増やすべきではない、と私は思う。

★★ 「マリウポリの戦い」とフェイクニュース
この項、『オルタ広場』の前号ですでに書いた部分の抄録にその後の動きを加筆した。概要を差し替えておきたい。いわば「更新版」ということで掲載したい。

戦争は、ある意味で、国家によるフェイクニュース合戦という側面があることを改めて見え置きたい。今回の連載は、戦争を通じて「表現とデモクラシー」を考えるシリーズで、表現の自由を最大テーマとしているので、繰り返しや一部再掲載の部分もあるが、通読するとフェイクニュースの変化が浮き彫りにされてくると思うので、ご容赦戴きたい。マリウポリの戦いは、フェイクニュースの見本市のようだ、と私は思う。

★ 「セベロドネツクの戦い」
以下、朝日新聞6月2日朝刊記事より引用。

「ロシア軍は1日、侵攻したウクライナの東部ルハンスク州セベロドネツク市で中心部まで進軍した模様だ。ウクライナにとって同市は大半を制圧された同州での最後の拠点とされるが、苦境は強まっている」という。
セベロドネツクでの戦いは、ウクライナにとっては、ほぼ壊滅されたと言われるマリウポリの戦いの再現のようである。ロシア軍は、2月24日の侵攻開始の頃は、短期決戦を目論んでいたが、ウクライナ軍の粘り強い抗戦に遭い、泥沼の長期戦の様相を呈してきたと言える。セベロドネツクでの戦いは、マリウポリの戦いを追いかけるように、同じようなフェイクニュースの道を辿っている。
同じ記事より引用。「ルハンスク州のハイダイ知事は1日午前、SNSで『ロシア軍に市全域の70%を支配された』と説明する。(略)市内には1万人以上の住民がとどまっているとされるが、(略)市民が他の場所に退避することが不可能な状況とされる」という。
以上、引用終わり。

これでは、マリウポリの戦いの再現と言われて、当然だろう。ロシア軍を実質的に指揮するプーチンは、当初短期決戦でも、ウクライナという国を面で占領できると思っていたのだろうが、「面」は、難しい、と早い段階で判断せずには、いられなかったと思う。そこで、作戦変更。「面」が無理なら、「線」でということで、ウクライナ南部の臨海地帯をベルト状に占拠する作戦に切り替えたようだ。
ところが、臨海部は、地政学的にウクライナの貴重な地域であるから、抵抗も激しい。とても取れない、と判断したのだろう。だから、2月24日の侵攻開始以来、3ヶ月以上経った現在では、ウクライナ東部、南部の拠点都市をピンポイントで徹底的に破壊し、点でも、なんでも、完全制圧を図り、面子を保とうとしているらしい。
多分、セベロドネツクの戦いは、マリウポリの戦い同様に、情報戦においても、似たような経過を辿り、似たような様相を呈しているのではないか。
以下、『オルタ広場』前月号より、概要再録。

メディアでは、プーチンの後継者とも噂されるロシアのショイグ国防相が、4月21日、ロシア軍がウクライナ南東部マリウポリを「解放した」とプーチンに報告した、という。解放? え! どういう意味?

テレビが放送する画像では、ショイグ国防相がプーチンとの対面に緊張気味に固くなりながら、テーブルを挟んで向かい合っている。近距離で直接の対面報告をするなど、国防相にとってもめったにないことなのかもしれない。新聞は、翌日、22日の朝刊で大見出しを踊らせる。しかし、プーチンとショイグの対面写真は、この時点では、まだ掲載していない。朝日新聞4月22日朝刊記事より引用。大見出しは、以下の通り。

ロシア「マリウポリ掌握」
市民ら避難する製鉄所 封鎖指示

(以上、見出しの引用終わり)

大見出しの割には、判りにくい見出しではないか。一体全体、マリウポリの戦いの結果は、どうなったのか。これでは判り難かろう。
リードや本文を見ると、国防相は「同市を掌握したとの認識を示した」、と書いてある。さらに続く。「ただ、市内の製鉄所にウクライナ兵が立てこもる状況は変わっておらず、ロシアはその制圧を待たずに市内の支配強化を進める考えと見られる。ウクライナ側は完全掌握との見方を否定している。」という。

正直言って、この文章は、推測に基づいた書き方が曖昧で新聞記事らしくない文章である。文中でいくつか見かけた「掌握」「制圧」「支配」「占拠」など、軍事的なニュアンスも込められたものの同じような意味合いの言葉が続く。キーワードを検証してみる必要があるだろう、と思う。この記事で私が気になったのは、次のような言葉の使い方である。

贅言;その前に、マリウポリの戦いの続報が届いた。朝日新聞4月22日付夕刊記事より引用。

「ロシア軍が掌握したとの認識を示したウクライナ南東部の港湾都市マリウポリで、ロシア軍の攻撃がなお続いている。ウクライナ側は抵抗する姿勢を崩していない」。これでは、事実上の前の記事を訂正する記事ではないか。フェイクニュースは、権力(国家、軍、政権、大企業など)から、発せられることが多いのだ。

朝日新聞4月22日付夕刊同上記事では、次のような件(くだり)もあった。「ウクライナのゼレンスキー大統領は21日、「状況は厳しいが前日までと何も変わっていない」と言っているという。これが、この時点での私の認識でもある。常識ほど、判断を丁寧にやるべきだ。

では、マリウポリの戦いを参考に戦況用語(キーワード)検証を続けよう。

*「解放」:解き放つ。この文章の場合、解放されたのは、誰か。普通なら、立てこもっていたウクライナ兵士によって、監禁などにより自由を奪われていたロシア市民か、ウクライナ市民のことだろう。

*「掌握」「完全掌握」:手の中に握り持つこと。自分の意のままに使いこなせる状態にしておくこと。部下、配下などに対して上司が使うなど。ウクライナ戦争関連でマスメディアが使う「掌握」と「完全掌握」の違いが抽象的でよく判からないが、そのまま。「ロシアはマリウポリを制圧し、掌握したと『宣言』した」(例えば、5月21日「NHKのニュース9」)制圧、掌握という状況より、「宣言」したという政治的な意味合いが大事なのか、と思えば、歴史的な視点から事実を探求する必要もないということか。プーチン・ロシア軍は、何度「掌握宣言」をすれば気が済むのか。宣言元は、ショイグ国防相か。要するに、ロシア軍は責任体系がアバウトなんだろう。

贅言;見出し。例えば、

★ ブチャ 車が遺体安置所

以上、朝日新聞5月21日付朝刊見出し。

以下、本記記事。
「ウクライナの首都キーウ(キエフ)近郊の街ブチャ。(略)遺体安置所に収容しきれない遺体は屋外の冷蔵車に保管される」。引用終わり。
捕虜の扱いに限らず、ロシアのウクライナの非戦闘員を含めた人権感覚一般(遺体への人権感覚を含む)は、こういう身近な具体的な場面で、実に良く判る。

プーチンの認識;「完全掌握」→「任務完了」との認識になり、突入「作戦中止」を命じる。己を頭の中だけで安心させる。

ウクライナ側の認識;ロシアの認識を否定し、事実上、「抗戦」の構え。

どちらが真実か。これでは、この記事は、どちらかがフェイクニュースになりかねない。というか、両軍は、それぞれの国民向けにダブルスタンダードのようなベクトルを設定して、情報発信しているので、結果的に将来明らかにされる事実は、真逆の行動になる可能性が高いと思われる。実際、今回は翌日には、状況は真逆になっていた。ロシア軍の作戦は続くし、ウクライナ軍は、実際に「抗戦」継続。

以下、3節分は読売新聞記事より引用してみた。

マリウポリは、ロシアが2014年に併合した南部クリミアと東部の親ロシア派武装集団が実効支配する地域の間にある要衝だ。ロシア国営テレビはプーチン氏とショイグ氏の会談の模様を繰り返し放送した。5月9日に旧ソ連による対ドイツ戦勝記念日を控え、「完全掌握」の宣言で「戦果」を誇示したものとみられる。

(しかし、この「錦の旗」は、よく見るとあちこち綻びているのではないか。―引用者注)

ロシア大統領府によると、ショイグ氏は、ウクライナ軍と武装組織「アゾフ大隊(連隊)」の兵士らが最後の拠点とするアゾフスターリ製鉄所について、2,000人以上が残っているが、周辺を完全に「封鎖」していると語った。3月11日の時点でマリウポリに約8,100人いたウクライナ兵のうち4,000人以上を殺害し、1,478人が降伏したと説明した。
以上引用終わり。

プーチンは軍事作戦の「成功」を宣言した上で、(「おめでとう」と国防相をねぎらっていたが、私には、ショイグ国防相が「いつ嘘がバレて、大将に怒られるか、ビクビクしているように見えた」。プーチンは、製鉄所への突入は「現実的ではない」と述べ、中止を命じた。「ハエも飛ばさぬように」(との表現で―引用者注)封鎖の継続を指示し、ウクライナ兵に改めて投降を求めた。

以上、読売新聞の記事を概要紹介し、国防相の心理的な面を想像するために、私が勝手に手を加えた。記事の本筋は、朝日新聞の記事も同じ。
引用終わり。

ここでのプーチン認識;軍事作戦は「成功」→「突入中止」/「完全封鎖継続」→「ウクライナ兵に投降求める」。これでは、前段と後段のニュアンスに違いがあるのではないか。戦に勝ったはずなのに、なぜ、敵軍の兵に改めて「投降」を求めるのか、よく判らないのでは?

*「制圧」:威力を加えて相手の勢力を押さえつけること。
*「支配」(強化):ある者が自分の意志・命令で相手の行為やあり方を規定・束縛すること。

この記事には出てこなかったが、
*「占拠」:ある場所を占有して、そこにたてこもること。占領。
*「完全封鎖」:新型コロナ禍で流行ったロックダウンと同義。ある場所の出入りを完全に不能にすること。

以下、朝日新聞の記事を引用。それによると、フェイクニュースの度合いが高まる。

マリウポリのアンドリュシチェンコ市長顧問もSNSで「何も変わっていない」と指摘。「これは、ありもしない勝利を宣言したいというプーチンの願望だ」とした。以上、朝日新聞記事引用終わり。

私も、このフェイクニュースの実相は、この市長顧問の言う通りという解釈が、無理のない、自然な解釈だと思う。プーチンの願望(頭の中)→勝利宣言。しかし、抗戦は続く。ウクライナ戦争では、これからも、これに似た場面が、繰り返されるのではないか。

ウクライナ側は、ロシア兵の捕虜とウクライナ国民の交換を望んでいる。「ロイター通信によると、市当局は約10万人が今も市内に取り残されていると見る」という。「人道回廊」は、ここでもロシア側から妨害されている、という。

贅言;朝日新聞5月22日付朝刊記事より、以下の見出しを引用。

「マリウポリ完全制圧」 ロシア 製鉄所計2439人投降 

本記記事引用は、以下の通り。
「ロシア国防省は20日、ウクライナ南東部マリウポリを完全に制圧したと宣言した」という。この場面も、制圧したという事実ではなく、制圧の「宣言」である。これについて、ウクライナ側は違う反応を見せている。上記の同記事より引用。

「ウクライナ側からは明確な声明はなく、すべての兵士らが製鉄所から出たのかは確認されていない」という。

ロシア側からは、この時の製鉄所から「退避」するウクライナ兵たちの所持品を点検するロシア兵たちの画像を何度も流して「投降」「投降」と繰り返していたが、まさに、国家が演出するフェイクニュースの典型という印象を受けたが、続報はどうなっているのだろうか。

このようにウクライナ戦争は、フェイクニュースに溢れているのだろう。マリウポリについては「掌握」宣言から「制圧」宣言までざっと1ヶ月が経過した。ウクライナのほかの各地では、ウクライナ側の徹底抗戦が続いているところもある。戦争は、長期化するという見方が「通説」になってきている。

朝日新聞の同記事では、「マリウポリでは、ロシア支配の既成事実化が進んでいる」という。既成事実化で、ロシアは状況を変えようとしているだけなのかどうか。「既成事実」とは、そもそも、既成となる事実がない場合に、あたかも既成な事実があるかのように装うことではないか。相変わらず、戦争の帰趨は不透明なのではないのか。

このように、ウクライナ戦争では、「プロパガンダ」、フェイクニュース(虚偽情報)、ヘイトスピーチ(差別・憎しみ)、誇張(見栄)、ファクト(事実)などが、虚実入り乱れて流されているから、戦争後には、改めてファクトチェックすることこそが、大事となる。

贅言;街の9割以上が破壊されたというマリウポリでは、マリウポリを包括する「ドネツク人民共和国」がロシア側の主導で市街地の再建を進めようとしているというが、ロシア国営ノーボスチ通信によると、マリウポリは、ロシアの支援を得てリゾート地化するという構想があるらしい。アゾフスターリ製鉄所は、「取り壊して産業団地や公園にする案が浮上しているという」。(以上、「マリウポリとフェイクニュース」の項のみ、前月号の更新版=加筆あり、終わり)

★★ 「たった一人…」ではない!

また、逆戻り。ざっと、3ヶ月前。朝日新聞3月16日朝刊記事より引用。(ロシア国営テレビは、)「ウクライナ当局は偽情報を武器に、ロシアの『軍事作戦』に対抗している」という。プーチンは、ウクライナは偽のロシアで抹消したいと思っているのかもしれない。そういう状況は、今も続いている。ウクライナが、粘っている。

こういう戦況の記事を読む場合、双方の情報にフェイクニュース(虚偽情報)が詰っている可能性があるので、事実を見抜く力は、情報の受け手にも課せられていると思えるので、注意が必要だ。

日本大学危機管理学部の小谷賢教授(国際政治学)は、「情報の発信者は常に、何らかの目的を持って情報を流しているという認識を大事にしてほしい」と言っているという。以上、朝日新聞同記事より引用。

贅言;見出しのいわれは、1972年初版の丸谷才一作の小説『たった一人の反乱』をもじっているので、若き日にこの小説を読んだ読者の脳裏には、すぐにそのタイトルが浮かんでくることだろう。書き下ろし、1,000枚という分厚い本で、1972年、第8回谷崎潤一郎賞受賞作品である。

まあ、私の論考では、丸谷作品を論じるわけではないので、その件は、それだけのこととして、今回は、ウクライナ戦争の「不手際」(?)で、揺れるプーチン政権の内側から漏れてきた話である。朝日新聞5月25日付朝刊記事より以下、引用。同紙24日付夕刊記事(第一報)も参照。

「ウクライナ侵攻の開始から24日で3か月を迎える中、ロシアでプーチン政権の支持基盤に異変が見え始めた。外交官や盟友、国営メディアなどから公然と侵攻への批判の声が上がる。(略)」(以上、記事リードの一部より引用)

一人は、外交官。「20年間、(略)2月24日ほど母国を恥じたことはない」。5月23日、ロシアの在ジュネーブ国連代表部に勤めていたボリス・ボンダレフ参事官がジュネーブの外交官らに宛てた声明が公表され、ウクライナ侵攻に抗議して辞職したことが明らかになった」(以上、記事引用)という。
声明などを発表したのは国際人権団体のUNウォッチ。それによると、「プーチンが仕掛けた侵略戦争は、ウクライナ国民に対する犯罪というだけでなく、おそらくロシア国民に対する最も重大な犯罪だ」と指弾した。これについて、ロシアの大統領報道官は、彼はロシアの指導部行動を批判しているが、ほぼすべての国民が指導部の行動を支持している。つまり、彼は国の全体的な意見に反対した」(引用終わり)と批判した。

このほか、朝日新聞の同上記事によると、「プーチンの盟友、ロシア・チェチェン共和国のカドイロフ首長から「苦言(最初に誤りがあった―引用者注)」」、独立系世論調査機関「レバダセンター」が4月下旬に実施した調査では、「特別軍事作戦」(ウクライナ軍事侵攻)を支持する人が7ポイント下がった、イギリスのデイリー・メールによると、5月上旬に放映(放送)された国営テレビの番組で、「政権寄りの発言が多い司会者」(同上記事よりそのまま引用)は、武器が前線に届くまで「時間がかかる」などと嘆いた、という。さらに出演者も「ロシア経済は戦争を維持できない」などと指摘した。

(5月)16日には、別の番組で退役大佐の軍事評論家が「全世界が我々に敵対している」などと述べた。すでに、この連載でも取り上げているが、ロシア国営テレビでは、生放送中に同局の職員が反戦を訴えたが、対ドイツ戦勝記念日の5月9日朝にも、政府系ニュースサイト「レンタ・ルー」が一時、政権批判や反戦の記事で埋められた、という。これらの記事だけでは、詳細は、判らないが、「反乱」は、一人だけではない、ということは、明白なようだ。

朝日新聞5月29日付朝刊記事より、以下、引用追加。
「一方、ロシアの議員が公の場で軍の撤退を訴えた。ロシア紙コメルサントなどによると、極東の沿海地方の議会で27日、野党・共産党のレオニード・ワシュケービッチ議員が、軍事作戦の中止と軍の即時撤退を訴える声明を読み上げた」。以上、引用終わり。

こうして、新聞のウクライナ関係記事を丹念に拾ってみると、こういう「たった一人の反乱」ではない、草の根の活動は、ロシアの各地で起こっているのかもしれない。戦場とは別の戦いも続いているということだろう。とりあえず、ここに記録しておく。

さらに、同記事によると、
「一方、欧米では、プーチン政権内にも苦戦への不満が高まっているとの見方がある。ロシア軍やFSBの幹部の自宅軟禁や解任の憶測が相次ぎ、ショイグ国防相やゲラシモフ参謀総長の更迭説も、一時浮上した、という。これも、噂の類か、意図的なフェイクニュースか。

★ プーチンの核戦略

「ロシアは、通常戦力での劣勢を核兵器で補わざるを得ない」(朝日新聞5月19日付朝刊記事より引用)という。プーチンにとって、核は、抑止力だけでなく、現役の兵器であり、ことあればお役参上とばかりに最前線に出てこなければならないものなのかもしれない。だからこそ、プーチンは、NATOの北方拡大に神経を尖らせることになる。

しかし、プーチンは、擬制の国民投票、擬制の憲法改正を積み重ねた挙句、実質的な終身大統領の座に収まって、権力を独占し、イエスマンたちばかりであろうが取り巻きの軍人や政治家に囲まれて、冷血に、だが既成の思惑に従って、几帳面に政策や作戦を練りに練ってきたのだろうが、そのたどり着いた先は、負けると分かっている戦争に突っ込んで行くしかなかったのだろうか。あるいは、そのプロセスの中に、本人もコントロールできないような「狂気」に脳が蝕まれてしまっていたのだろうか。

★ プーチンは、核のボタンを真っ先には「押さない」?
政治学者の藤原帰一氏の5月18日朝日新聞夕刊コラム「時事小言」から、引用をしてここに記録をしておきたい。

まず、藤原氏の引用から、さらに孫引きで紹介する。ロシアは、「核を盾に使って核攻撃を阻みつつ戦争を展開している」(アメリカの政治学者、スコット・セーガン)という。

「ロシアの核兵器使用はロシア本土の安全が脅かされた場合に限られると考えて良い」、「ウクライナがロシア本土を攻撃しない限り、核使用の可能性は低い」、「同盟(NATO)の強化は核抑止への依存を強め、核軍縮を逆行させる危険が大きい」、「抑止は常に破綻する危険を伴う」。以上、引用終わり。

贅言;引用者によるキーワード解説。国際政治の用語としての核「抑止」とは、核の「軍拡」という意味だろうから、意味を取り違えないように読みたい。「核抑止への依存」という部分も、「核軍拡への依存」ということだから、藤原氏は、「核軍縮を逆行させる」のではないかと懸念する。ロシアの各国駐在大使などは、公式発言では、「ロシアは核使用せず」などと言っているが、プーチンは、核兵器をチラつかせて欧米を脅してきたことも事実だ。

核戦争=「勝者のない、(略)勝利の意味がない破滅が待っている」
「ロシアが恫喝には使っても実戦での核の使用をためらう現実」などという藤原氏の発言も、その流れの上に述べられているのだろうと思う。

核使用すれば、己も己の国も「破滅」するという認識は、プーチンもバイデンも共通しているのではないか。

政治や外交は、「一寸先は闇」ともいわれる世界。先入観にとらわれずに、フェイクニュースにも惑わされずに、「自粛」圧力にも萎縮せず、ファクトチェックをきちんとやり、私なりに検証をしながら事実に即したニュース原稿を書くことを心がけるとしよう。

★★ フェイクニュースは、どう見分けるか?

「ウクライナ戦争」は、続いている。まだ、停戦とならない。ロシア軍が攻め立てた激戦地、「マリウポリの戦い」は、終わったのか、終わっていないのか。多くの非戦闘員の人々(高齢者、障害者、女性、子どもたちなど)が、戦いに巻き込まれて亡くなっている。その実数は、まだ、把握されていない。一般市民を避難させたいウクライナ軍と市民を巻き込んででも、戦いに勝利したいロシア軍の思惑が交錯して、深刻な人道危機に陥っている。ウクライナ側のメディアからは、ウクライナの実相がほぼそのまま伝えられていると思われるが、ロシア側の国営メディアでは、ロシア軍の残虐な行為は伝えられず、民族主義者やナチスの残党など(ウクライナ軍)と解放軍(ロシア軍)の戦いというプーチン政権の都合の良いプロパガンダを連日伝えているのが、実態になっている。マリウポリの戦いは、フェイクニュースとジャーナリズム倫理との戦いでもある。ロシア国営テレビ「第一チャンネル」で反戦呼びかけを敢行した女性職員の問題は、全てのジャーナリストに、それぞれの覚悟を問いかけていた、と思う。

★ ロシア国防省が、ウクライナに最後通告?
「武器や弾薬を捨てた兵士の命は保証する」:

「武器を捨てようとする兵がいればその場で射殺するよう命じたことが無線傍受で分かったと主張した」:

さて、フェイクニュースの見分け方。問いです。
上記の二つの文章の主語は、ロシアか、ウクライナか、どちらでしょうか?

★ ロシア黒海艦隊旗艦沈没をめぐるフェイクニュース

さて、次もロシア国防省のフェイク作戦の一幕を紹介したい。朝日新聞4月23日付夕刊記事より概略を引用。

ロシア黒海艦隊旗艦のミサイル巡洋艦「モスクワ」が14日沈没したとロシア国防省は、発表した。以下、この沈没をめぐるロシアとウクライナの情報合戦(フェイクニュース)を記録しておく。引用の内容は、朝日新聞4月23日付夕刊記事から整理して作った。どちらが、まさしくフェイクニュース発信か?

【ロシア黒海艦隊旗艦のミサイル巡洋艦「モスクワ」沈没】
     
4・13/ロシア:弾薬の爆発により旗艦は深刻な損傷を受けた。死者や行方不明者が出たが、詳細な状況は、報じられていない。残りの乗組員は黒海艦隊の僚艦に退避した。
4・13/ウクライナ:ウクライナ製の対艦ミサイル「ネプチューン」が命中してロシアの旗艦に損傷を与えた。
4・14/ロシア:「モスクワ」は沈没したが乗組員は完全に退避した。
4・14/ロシア:火災により弾薬が爆発して損傷した。その後、曳航中、悪天候で沈没した。
4・22/ロシア:「モスクワ」は、兵士1人が死亡し、乗組員27人が行方不明。残りの396人は別の船で退避した。
4・25/ウクライナ:「モスクワ」を含むロシア黒海艦隊の司令官が解任され、逮捕されたと、ウクライナ国防省の情報局幹部が話した。ウクライナのネットメディア『リガネット』が、22日、伝えた。沈没の責任を問われたとみられる。情報局幹部は、ほかのロシア軍将官5人もウクライナでの苦戦などから解任されるなどしたとしている。

(以下、次号へ続く)

 (ジャーナリスト(元NHK社会部記者))

(2022.6.20)
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