【コラム】
宗教・民族から見た同時代世界

コロナ禍のロヒンギャをめぐる関係諸国の対応と思惑

荒木 重雄

 悲惨な状況が国際社会で話題をよぶロヒンギャ難民に、新型コロナウイルスが苦難の追い打ちをかけている。関係諸国はどう対応しているのだろうか。

◆ まずは、ロヒンギャとは何か

 仏教徒が9割近いミャンマーで、ベンガル湾を臨むバングラデシュとの国境近くに住むイスラム教徒ロヒンギャの人々は、不法移民と見做され、国籍を認められていない。
 そのせいもあって、1980年代から迫害が始まり、2000年代に入ってからは毎年のように、軍や仏教徒住民から迫害を受け、そのたび、何万人もが、国外に逃れようと、老朽船でアンダマン海やマラッカ海峡を漂流して多数の犠牲者を出したり、陸路逃れようとして人身売買業者の手にかかって過酷な境遇に陥ったりする事件が頻発し、国際社会の耳目を集めてきた。

 とりわけ17年8月には、治安部隊の大規模な掃討作戦を受けて村々を焼かれ、7千人に及ぶロヒンギャが殺害され、100万人以上がバングラデシュに逃れた。現在も70万人余りのロヒンギャがバングラデシュ・コックスバザールの難民キャンプで暮らす。

◆ 難民キャンプで感染者発生

 その難民キャンプで、5月、新型コロナウイルスの感染が確認された。感染者の数は詳らかでなく、時間の経過で推移するのでここには記さないが、なにしろ、竹や廃材、防水シートで作られた粗末な簡易住宅が密集し、電気も清潔な水もない劣悪な環境である。爆発的な感染の拡大が懸念されている。

 政府は難民キャンプを封鎖して、食料配布や保健衛生以外の活動を停止。頼みの国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)も、職員がキャンプ内で活動することができず、石鹸を配るくらいが関の山だという。いわば放置された状態に置かれている。

 新型コロナの影響はこれだけではない。イスラム教徒のロヒンギャは、多くの難民が密航船でイスラム教国のマレーシアを目指すが、これまでイスラム教徒同士のよしみで比較的寛容に受け入れてきたマレーシア政府が態度を変えて、軍が難民船の領海侵入を阻止するようになった。
 政府は「難民を受け入れる法律はない」との声明を出しているが、「ロヒンギャが住んでいた環境からすると彼らがコロナのクラスターを発生させる危険性が高い」、との判断が働いてのことのようである。

 マレーシアで着岸を拒否された数々の難民船はそのままアンダマン海やベンガル湾を漂流しつづけ、ある船は遭難し、遭難しないまでも、救助されるまでに多数の犠牲者が出ている。多くの場合、密航業者が船を離れてしまい、難民たちは船に置き去りにされるからである。

 運よくバングラデシュ海軍に救助された難民たちは、コックスバザールの沖に浮かぶ無人島に移送される。「難民キャンプはすでに飽和状態で、これ以上は受け入れられない。コロナ感染を拡大させるリスクもある」、との理由からである。

 だが、この島は、政府が数年前からロヒンギャ難民の移送を計画していたが、サイクロンや豪雨に見舞われることが多く、とても人が住める環境ではないと、批判の声が上がっていたところである。コロナ禍を背景に、ついにその島に難民を送り込んだが、災害の発生は必至とみられている。明らかに非人道的な棄民政策である。

◆ コロナは社会的弱者を直撃

 少し横道にそれるが、今後、新型コロナウイルス禍は、生活環境に恵まれない社会的弱者、貧困層に深刻な影響を及ぼしそうだ。たとえば、「イスラム国」(IS)の迫害を逃れたイラク北部の少数派ヤジディ教徒の避難民。テントが密集する避難民キャンプに閉じ込められて、政府の食料配布が頼りだが、マスクや消毒液はない。
 あるいは、ハディ暫定政権とフ-シ派、南部暫定評議会が三つ巴の内戦を展開するイエメン。365万人が避難を余儀なくされ、人口の8割に当たる2,400万人が人道援助を必要としている。また、キール大統領派とマーシャル副大統領派が対立する南スーダンでは、420万人が避難民となり、人口の6割に当たる700万人に食糧援助が求められている。さらには、コロナ禍で仕事を失い一層困窮を深めたインドや東南アジア、ブラジルのスラムの住民。

 米国では、黒人やヒスパニックなどのマイノリティーである。首都ワシントンでは人口の46%を占める黒人が、新型コロナの死者の約8割に及ぶ。ニューヨークでも、白人富裕層が多く住むマンハッタン地区と、黒人やヒスパニック系などマイノリティーの貧困層が多いブロンクス地区を比べると、人口比で、感染者はブロンクスはマンハッタンの2倍以上、死者は約3倍である。
 徹底した衛生管理が売りもののシンガポールでも、5月以降、感染者が急増したが、その9割超が、行政サービスが届かない劣悪な環境に暮らす低賃金の外国人労働者である。

 そして、アフリカである。現在、エジプト、モロッコ、アルジェリア、ナイジェリアなどで感染者が増えているが、アフリカ全54ヵ国には医療・検査体制の整っていない国も多く、世界保健機関(WHO)は「感染防止に失敗すれば、アフリカで今後、数千万人が感染し、この1年でも19万人が死亡する恐れがある」と訴えている。

◆ ジレンマ抜けられぬミャンマー

 さて本論に戻ろう。肝心の、ロヒンギャ難民を排出しているミャンマーの状況はどうか。

 昨年11月、イスラム協力機構(OIG)を代表してガンビアが、特定の民族や人種への殺害や暴行を禁じるジェノサイド(集団殺害)条約に違反したとして、ミャンマー政府を国際司法裁判所(ICJ)に提訴した。ミャンマー側はジェノサイドを否定したが、ICJは、ミャンマー政府に、ジェノサイドを防止する方策を策定・実施して報告するよう命令を出した。その第1回目の期限が5月23日であった。

 ミャンマー政府は、警察や国軍・行政職への研修、異なるコミュニティー間の融和促進、ロヒンギャの国内避難民キャンプ(政府はロヒンギャ住民を一定地域に拘留・隔離してきた)の解消、などを柱とする報告書を提出した模様である。
 ミャンマー側はこれまで、ICJの命令に従うのか否か態度を明確にしてこなかったが、国際社会の批判をかわすためには、ジェノサイドは否定しつつ、報告書で状況改善の努力をアピールする方が得策と判断したとみられる。

 じつは、この報告書作成には日本の官民が全面的に協力しているという。目玉となる研修も、日本財団、国際協力機構(JICA)や、日本政府が仲介した赤十字国際委員会などによって実施された。
 日本政府はネウイン軍事政権時代からミャンマーと特別な関係を築き、ロヒンギャ問題でも欧米とは違う対応を取ってきた。国連人権理事会などでも非難決議の採択では棄権。外務省関係者は「寄り添う姿勢が重要」とするが、欧米諸国や国際人権団体からは「迫害を見て見ぬふりをするのか」と批判されることが多い。

 ICJがジェノサイドの判断をするのはまだ2年ほど先のこととみられている。ミャンマー政府は国軍に「過剰な武力行使」があった可能性は認めながらも、自国の司法で解決するとの立場を主張するが、国軍幹部の責任などを曖昧にし続ければ、国際社会の批判が収まらないのみならず、ロヒンギャ問題の解決はない。

 (元桜美林大学教授・『オルタ広場』編集委員)

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