【ポスト・コロナの時代にむけて】
コロナ禍で地球温暖化を考える
◆ 「文明は感染症の『ゆりかご』であった」
見出しに引用したのは、最近読んだ山本太郎著『感染症と文明―共生への道』(岩波新書)の第1章のタイトルです。れいわ新選組代表と同姓同名の著者は、長崎大学熱帯医学研究所教授で感染症学の専門家であり、アフリカ、ハイチなどで感染症対策に従事した経歴の持ち主です。筆者が手にした本は2020年5月15日発行の第7刷ですが、初版第1刷は2011年6月21日に発行されています。筆者自身がそうであるように、新型コロナウイルスのパンデミックの渦中にある今、多くの人に読まれていることは想像に難くありません。
『感染症と文明―共生への道』の書名が示すようにこの書は、人類が誕生して以来、人間社会は常に感染症とともに歴史を刻んできたことを明らかにしています。筆者なりにトピックと思われる内容を列記しますと、①感染症の出現は、農耕定住社会への本格的な移行と野生動物の家畜化によってもたらされた、②天然痘、麻疹、インフルエンザ、百日咳はいずれも動物に起源をもつウイルス感染症である、③ユーラシア大陸を横断する交通網の発展と人口増加を背景とした中世ヨーロッパのペスト流行によって、ヨーロッパ全人口の三分の一が失われた、④ペスト流行による人材の払底は、社会の仕組みを変える原動力となり、封建的身分制度の解体へと向かった、⑤産業革命以降、最大の感染症となった結核の死亡者数の推移を見ると、病原体の病原性が社会と人々の暮らしによって変化することがわかる、⑥こうして達成された病原体のヒトへの適応が完全で最終的なものではありえないのと同様に、人と感染症の関係もまた妥協の産物としての「共生」を必要とする、などです。
その上で、筆者なりのこの書の理解は次のようなことです。ウイルスや細菌は、もともとは自然界にあって野生動物や寄生虫を宿主としていたものが、農耕社会以来の生態系への人間の進出、地球環境の破壊による温暖化の進行によって森林と野生動物の生息域の縮小を招き、人と野生動物の距離が縮まり、人に感染するようになってしまった。加えてグローバル経済や人口爆発と都市への集中がパンデミック、感染症の世界的な大流行をもたらすようになった。そして、人間が自然界を制服できないのと同様に、人類は感染症を完全に根絶することはできず、何らかの「共生」を目指すほかないのではないか。
こうした理解を緒に、ポスト・コロナ社会について考えるところを記してみたいと思います。
◆ 改めて地球温暖化を考える
まずは地球環境問題についてです。この問題については、これまで国連などを舞台に文字通り地球規模での様々な取り組みと実践がなされてきました。
1992年6月、ブラジルのリオデジャネイロにおいて、地球サミットと称される極めて重要な国連の会議が開かれました。会議の正式名称は「環境と開発に関する国際連合会議」で、地球温暖化、酸性雨等、顕在化する地球環境問題を人類共通の課題として位置付け、「持続可能な開発(Sustainable Development)」という理念の下に環境と開発の両立を目指して開催されました。そして会議期間中に、二酸化炭素等の温室効果ガス(GHG)の排出抑制と吸収源保全のための対策を講じる「気候変動枠組み条約」と、生物多様性の保全、生物多様性要素の持続的利用等を目的とする「生物多様性条約」が各国政府代表の署名により採択されました。
この気候変動枠組み条約(UNFCCC)に基づき、1995年から毎年、条約締約国会議(COP)が開かれ、1997年に京都で開催されたCOP3では先進国に温室効果ガスの削減目標を義務付ける「京都議定書」に合意し、2015年にパリで開催されたCOP21では、すべての締約国を拘束する気候変動に関する2020年以降の国際枠組み「パリ協定」を採択しました。
パリ協定では、世界共通の長期目標として世界の平均気温上昇を2℃未満とする、5年ごとの削減目標の提出と更新等が義務付けられるなど、地球温暖化対策の国際的な枠組みは大きく前進しましたが、京都議定書からの離脱に引き続き世界第2位の温室効果ガス排出国である米国のパリ協定離脱など、大きな困難に直面している現状にあります。
産業革命以降の世界の平均気温上昇を2℃未満とするという目標は、地域の生態系の破壊、洪水など自然災害の多発、熱中症などの死亡リスクの拡大、干ばつによる水・食料不足などのリスクを何としても回避するという共通認識に基づくものです。感染症拡大の背景に、自然環境と生物多様性の破壊があるとする山本太郎教授の問題意識に通じるものでもあります。
パリ協定で掲げられた世界の平均気温上昇を1.5~2℃未満とする長期目標を達成するためには、今世紀後半にGHG排出量を実質ゼロにする必要があります。その鍵を握るのは太陽光、風力、水力、地熱などの再生可能エネルギーであり、すべてのエネルギー源を、化石燃料と原子力から再生可能エネルギーに置き換えていく必要があります。すでにEUは、2050年までに域内のGHG排出量を実質ゼロとする長期目標を決定しています。
しかし、日本政府が2019年に閣議決定し、国連に提出したパリ協定に基づく長期戦略では、2050年までにGHGを80%削減するとの目標にとどまっています。こうした自民党政権による不十分なGHG削減目標の提出、国際的な非難を浴びている石炭火力発電の新規建設や海外輸出など地球温暖化対策への後ろ向きの姿勢は極めて問題です。長期的な再生可能エネルギー100%導入のロードマップを策定するなどGHG削減目標の引き上げが求められます。
◆ エネルギーと食料の地産地消を
日本政府の後ろ向きの姿勢の一方で、地域でのエネルギー地産地消の取り組みは着実に前進しています。千葉大学倉坂研究室と認定NPO法人環境エネルギー政策研究所は、日本国内の市町村別の再生可能エネルギーの供給実態などを把握する「永続地帯」研究を進めています。
域内のエネルギー需要を上回る再生可能エネルギーを生み出している市町村(エネルギー永続地帯)は、2011年度に50団体でしたが2018年度には119と増加しています(『2019年度報告書』;以下同じ)。また、域内の電力需要を上回る再生可能エネルギー電力を生み出している市町村は2018年度に186団体と全市町村(1,742団体)の1割を超えています。また都道府県別にみたエネルギー自給率の第1位は大分県の40.2%で以下、鹿児島県(35.0%)、秋田県(32.3%)の順で、20%を超える都道府県は21県となっています。
さらに、食料自給率(カロリーベース)が100%を超えている市町村は576市町村あり、このうち70市町村がエネルギー永続地帯となっています。この研究では、これらの市町村を「永続地帯(sustainable zone)」と定義しています。エネルギーと食料を自給できる永続地帯の拡大は、地球温暖化対策に資するだけではなく地方再生にとっても極めて重要な取り組みです。
地域のエネルギーを自給するエネルギー永続地帯が拡大する一方で、課題もまたこの研究で明らかになっています。エネルギー源別の再生可能エネルギーの拡大状況を見ると、太陽光は前年比で16%増加していますが、風力は9%の増加、バイオマスが5%増加、小水力は横ばい、地熱は微減となるなど、固定価格買取制度の効果が十分発揮されているとは言えない状況です。
また、再生可能エネルギーを送電網に優先的に接続し、優先的に供給する仕組みの整備や、再生可能エネルギーの拡大に向けた技術開発とインフラ整備に、政府と地方自治体が積極的に関与することも重要です。再エネによる分散型エネルギーシステムの確立は日本再興の鍵でもあります。
◆ 今回のパンデミックで見えたこと
次に、日本における感染症対策の歴史を振り返ってみたいと思います。というのも、この間の連日の報道で保健所の機能不全やPCR検査に関わる問題が焦点になるなど、新型コロナウイルス感染症へのわが国の対応が十全とは到底思われないからです。むしろ、対策の司令塔となるはずの政府、とりわけ厚生労働省の混乱ぶりは目を覆うばかりです。何故、このようなことになってしまったのかを探る糸口になると考えるからです。
明治以降の感染症対策のエポックを挙げてみると、1897(明治30)年の「伝染病予防法」の制定、1919(大正8)年の「結核予防法」の制定、日中戦争が勃発した1937(昭和12)年の「保健所法」の施行、1948(昭和23)年の「予防接種法」の制定、1994年の保健所法の改正と「地域保健法」の施行、1999(平成11)年の伝染病予防法の廃止と「感染症法」の制定、2006(平成18)年の結核予防法の廃止と感染症法の改正などです。
保健所に関わっては、1990年代初頭に全国で約850カ所あったものが1994年の地域保健法の施行以降漸減し、2020年時点では全国で469カ所とほぼ半減しています。その背景には、1950年代に結核の年間死亡者数が10万人を超えるなど感染症対策がそれまでの公衆衛生行政の中心であったのが、今日では成人病と母子保健、高齢者保健に比重が移るとともに、その業務も都道府県から市町村が中心になって担われていることが挙げられます。
今でも感染症対策の中核を担っているのは保健所ですが、例えば感染症法で定めるエボラ出血熱、ペスト等の一類感染症と、結核、SARS、鳥インフルエンザ等の二類感染症については、結核(年間罹患者数は二千台)を除き発生数はゼロですし、コレラ、赤痢、腸チフス等の三類感染症についても一桁ないし二桁の年間発生数に止まっています(腸管出血性大腸菌感染症を除く)。少なくとも感染症法による対応措置は、今回の新型コロナウイルス感染症のようなパンデミックを想定したものにはなっていません。
逆に言えば、パンデミックが発生した場合、保健所と感染症指定医療機関の対応能力を超えた事態となることが今回証明されたと言えます。しかし、2013年に施行された「新型インフルエンザ等対策特別措置法」により感染症法も改正され、新型インフルエンザ等が新たに感染症の類型に加えられましたが、現実に新型インフルエンザのパンデミックが発生した場合、対応不能となる事は明らかです。(今回の新型コロナウイルス感染症をまさにこの新型インフルエンザ等に位置付けるべきとの議論もありましたが、結果としては本年1月28日の政令改正によって、感染症法に定める指定感染症にこの新型コロナウイルスが指定され、一類および二類感染症に対する入院、届出、疫学調査などに関わる規定が準用されています。)
いずれにしても、今の感染症法の体系による対応措置ではパンデミックの発生に際して機能不全となることが図らずも証明されたわけですので、根本からこれらを見直していく必要があります。
◆ 「感染症法」ではパンデミックに対処できない
今回の新型コロナウイルス感染症の発生当初は、感染症法が規定する従来型の対応措置が取られました。感染症が疑われる患者宅に保健所職員が赴き、PCR検査を行って陽性と判明すれば、症状の軽重にかかわらず感染症指定医療機関への入院措置が行われました。これらの一連の対応措置はすべて行政措置であって(従って、費用はすべて公費により賄われる)、一般の医療行為のように患者が医療機関に出向いて保険診療を受けることとは全く異なるものです。
従来型の感染症への対応は、このような保健所と全国で407ある感染症指定医療機関の対応能力の範囲内で収まることが想定されていますので問題は生じませんが、今回のようなパンデミックの発生では、保健所と指定医療機関の能力をはるかに超える事態となってしまいます。政府の専門家会議のメンバーが「検査が殺到すると医療崩壊を招く」と率直に語っていたように、指定医療機関の受入能力を超えないよう検査を抑制し、検査を受ける前に亡くなってしまうなどの悲惨な状況をすら招いてしまいました。
お隣の韓国で行われたドライブスルー方式等による徹底したPCR検査の実施や、軽症患者に対する別途の対応措置の導入による医療態勢の確保とは全く異なる事態が、日本において進行したのでした。感染症法による行政措置以外の対応措置を考えられない政府は、「緊急事態宣言」を発して「ステイ・ホーム」を繰り返すしか、なす術を持ちあわせませんでした。
元々、こうしたパンデミックに対応するために、民主党政権時に「新型インフルエンザ等対策特別措置法」が制定され、今回初めて適用されましたが、政府と自治体の役割分担のあり方、国民と事業者に対する行動制限が「自粛要請」に過ぎないことなどの課題と合わせて、何よりもこの新たな感染症への対処が従来型の感染症の体系に拠っているという致命的な欠陥が明らかとなりました。
こうした混乱の過程の一方で、優れた対応事例や注目すべき事態もまた明らかとなりました。自衛隊中央病院や東京医科歯科大学附属病院等の国立大学附属病院が、検査からICUまでの一貫した高い機能を有していること、大学等の附属研究所のもつ高い検査能力が全く生かされなかったことなどです。政府の縦割り行政がこうした有意な能力の活用を阻んでいると言えます。府省の壁を超え、官民の能力と資源をフルに活用できるような体系構築が、パンデミックに対処し感染症と「共生する」道なのではないでしょうか。
最近になって、東京都の人口が1,400万人を超えたと発表されました。毎年、総人口が30万人減少し、生産年齢人口が40万人減少している今日においてです。まさに、異常な事態が続いています。都市化と過密化は、感染症蔓延の格好の温床です。働き方の見直しとともに生き方の見直しの契機となることを願うばかりです。
(連合総研参与)
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