【書評】

『グローバル化のなかの労使関係―自動車産業の国際的再編への戦略―』

  首藤 若菜/著  ミネルヴァ書房・2017年2月/刊  5,500円+税

井上 定彦


 主要国の代表的産業・代表的企業とされてきたものが、一斉にその活動をグローバル化した。「サプライチェーン・マネージメント」とか、グローバルな「バリュー・チェーン」の経営とかいわれるようになってからすでに久しい。これらの企業の資産価値も巨大になって世界中の資産家(比較的少数の富者)の富はますます増しているが、他方、そこで働く労働者数は膨大となったにもかかわらず、産業・企業への社会的対抗力が国内ほどにも働かないため、賃金・雇用などの条件はますます不利になる傾向がある。「世界の不平等」に関する実証研究が示す世界中に広がる格差の拡大は、これに関わるところも大きいはずだ。

 経済の国際化、企業と交易の国際化に対して、それぞれの国の労働組合運動は早くから連携しようとつとめ、また国・政府も関心を寄せてきた。ILO(国際労働機関)の設立(1919年)も欧州での政治・経済・社会の相互依存・国際化の進展ということが重要な背景だ。まして、今日の経済の国際化のレベル・アップ、「グローバル化」に伴う労働問題の浮上について、国・政府の政策はもとより、当事者たる労働組合の活動自身も立ち向かうことが難しく、まして経営者や経営者団体の関心は薄いのが実情だ。

 著者の首藤若菜さんは、主として自動車産業の労使関係を主題として長年にわたる実証調査・研究を重ねており、このほどそれらを系統的に整理してまとめ本書を上梓された。国内でも国際的にもグローバル化する個別的な産業・企業活動(多国籍企業化)とそれにともなう労使関係についての調査研究はそれなりになされてきていた。産業研究・経営研究の重要な一分野としてかなりの調査・研究の蓄積があるわけだが、殊に労使関係という視角を軸にして通観した類書は少ない。その点で、本書はここ20~30年のこの視点からの調査研究をふまえたもっとも系統性をもつ研究書のひとつだといえるだろう。

●労働組合の試練 ワールド・カー構想からサプライ・チェーンまで
 自動車産業は、早くも1960年代から「ワールド・カー構想」がいわれ、まずは米・西欧の代表的企業の世界的企業活動が拡大、また第二波の拡大期ということもできる日本の代表的自動車メーカーの世界進出。さらに1990年代以降は国境を越えた企業間の相互提携を含め、中国をはじめとする新興諸国の市場への進出、とりわけ生産基地のひろがり、グローバルなネットワーク化が密となる第三の波が観察される。

 これに対して、主要国の労働組合はいかなる対応をおこなってきたか、はたして国際的な労使関係の形成は可能なのかどうか。これも著書の問題意識のひとつである。
 ILOの国際労働基準は、人権・社会権に関わる勧告からはじまり、「多国籍企業の行動指針」の提案、そして20世紀の終盤にはそのなかの「中核的労働基準」をさだめ、その監視、是正への活動が集中されてきた。しかし、その実効性は不充分なままにとどまっている。

 企業・資本の速いスピードでの移動・移転にくらべて、労働の世界の対応、また政府の政策はどうしても立ち遅れがちである。そこで、労働組合の国際産業別組織(たとえばインダストリーオールのような)はより直接的な影響をあたえるため、多国籍企業との間にGFA(国際的枠組み協定)を締結し、この中核的労働基準を中心に遵守を宣言するという動きが広がっている。しかしながら、その広大なサプライヤーとしての企業ネットワークの中では労働組合に組織された部分は小さく影響力は限られているという問題もある。

 そこで、近年の国際労働組合運動による多国籍企業への対策として、ひとつには、欧州連合レベルではかなり早くからはじめられたことだが、多国籍企業である各会社単位に設置されることになっている従業員代表委員会との定期的会合を活用する、という間接的だが実効性あるケース・方法がある。また、いまひとつは日系企業で観察されることで、各国の事業所の労組と定期的に会合を開くというケースがある。より直接的な影響をあたえうるともいえるが、アジア地域に限られることが多いこと、また日本以外の国の労組が国際産業別組合に加入しているわけでないので、労働組合としての同じ方向の動き、同じ波長になるわけではない、という問題もある。この場合はさきのGFA協定についても及び腰とならざるをえない、という弱点もでてくる。

 この二つのケースに共通する課題としては労使関係が国際産業別組織から離れ、ますます単位企業化してしまいつつある、という傾向と重なってしまうことも懸念される。けれどもそれは必ずしも労使関係の分権・分散化を意味するというわけではなく、従業員代表委員会の活動・機能が国際化・社会化してゆくという側面もあるのではないか。団体交渉や法制度化が明確とはならなくとも、その意図する方向性は間接的にでも浸透してゆく、その意味を含めて、著者は今日は国際的労使関係形成が進んでいるとみてもよいのではないか、としている。

●残された課題について
 いまや中国は「世界の工場」である。調査の容易ではないこの地域での労使関係をどうみてゆくのか、著者は課題としている(唐燕霞『中国の企業統治システム』、丸川知雄・梶谷懐両氏等の業績もある)。

 また日本の企業別組合あるいは企業別労連は「分権・分散化」の先をいっているわけだから、それと産業別労働組合との関係あるいは全国センターとの関係は、企業内労使関係が協調的であろうと対抗的であろうと、問い直されねばならないのかもしれない。国際産業別組合やITUCの機能そのものが、もっと浸透しなければならないのである。

 かつて、チャールズ・レビンソンの講演を聞いた経験をもつ世代として、現代のグローバル経済の進展をみながら、本書を感慨をもって読んだ。人権・社会権という人間の長期的な社会利益を、レヴァイアサンと化しているかにみえる多国籍企業にも浸透させてゆくという仕事はやはり決して放棄できないのである。

 (評者は島根県立大学名誉教授)

<著者紹介>
 首藤 若菜(しゅとう わかな)
 立教大学 経済学部 准教授
 日本女子大大学院博士課程修了、山形大学、日本女子大准教授を経て現職
 著書『統合される男女の職場』(勁草書房)ほか

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