【コラム】宗教・民族から見た同時代世界

クーデター3年目のミャンマーでいま行なわれていること

荒木 重雄

 すべての者は暴力におびえる。すべての生きものにとって生命は愛しい。己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。
(中村元訳「ダンマパダ」130)
 生きとし生ける者は幸せをもとめている。もしも暴力によって生きものを害するならば、その人は自分の幸せをもとめていても、死後には幸せが得られない。(同131)

 この稿では宗教については直接、語らない。だが、「不殺生」を戒の第一に掲げる仏教、しかも、上に記した詩句のような、釈迦自身が説いた身近な教え(釈迦仏教=小乗仏教)を信奉するミャンマーで、なにが行なわれているのか、その現状を見ておきたい。

◆弾圧の犠牲者は3000人超

 最大都市ヤンゴンでは、軒を連ねる商店や市民が憩う茶店が賑わい、通りは車で渋滞して、不穏の影は認められず、日常が戻っているように見える、という。「意外と活気があるね」「思ったより平穏だ」、が、旅行者が抱く印象だそうだ。だが、それは、国軍の徹底的な弾圧がもたらしている見せかけの平穏だと、事情通はいう。
 一方、北西部ザガイン地域のある村。野外で開かれる市場に集まっていた人々の頭上に国軍のヘリコプターが現れ、いきなり銃撃を浴びせた。銃撃ののち降り立った兵士たちは、隠れようとする人々にも家畜にも構わず発砲し、子どもを含む20人以上が殺された。兵士たちは商店から商品を奪い、多くの建物に火を放って去った。生き残った人々はヘリが戻るのを恐れジャングルに逃れた。ネットで日々報じられる、いまや珍しくはない一場面である。
 
 一昨年2月、国軍がクーデターで権力を奪取した直後には、ヤンゴンはじめ首都ネピドーや第二の都市マンダレーなどで、大規模な抗議行動が盛り上がった。しかし、実弾を容赦なく浴びせる苛烈な弾圧で、たちまち、街頭での活動は封じられた。民主政府派は、「国民統一政府(NUG)」の樹立を宣言し、傘下に、国軍の弾圧に対抗する武装組織「国民防衛隊(PDF)」を創設した。「平和的に抗議しても殺されるだけだ」と銃を手にする覚悟を固めた若者たちがPDFに応募するかたちで、国境地帯の村落、とりわけ、国軍と長らく対立関係にあった少数民族地域に入った。その数は6万人を超えるという。
 これが、都市と地方の異なる様相をつくりだしたのである。

◆3年目を迎え弾圧強化策が続々

 「カレン民族解放軍(KNLA)」など少数民族武装組織から戦闘の手ほどきを受けた若者たちは、村落に潜んで、手製銃などの粗末な装備ながら、地雷を仕掛けたり待ち伏せ攻撃で国軍にゲリラ戦を挑む。それに対して国軍は、村々に無差別に空爆や砲撃を加え、地上部隊を展開して村人を殺傷し、焼き払う。ゲリラへの村人の支援を断ち切る目的の作戦だが、国軍側の恐怖や猜疑心が過剰な対応と悲惨な状況をもたらしている。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)はこうした国軍の攻撃で家を追われた人々は130万人を超えると訴えている。
 
 衰えぬ抵抗に苛立つ国軍は、クーデターから2周年の今年2月、非常事態宣言の半年延長と、8月までに実施を明言してきた選挙の先送りを決めた。
 これと併せて、戒厳令区域の拡大が決定された。これまで、ヤンゴンなど7郡区に敷かれてきた戒厳令を、新たに37郡区に追加発令したのだ。戒厳令区域では、地域を管轄する軍司令官に行政権や司法権が移譲されることから、弾圧のさらなる激化が予想されるという。
 ミンアウンフライン最高軍司令官は、軍の会議で、全国330郡区のうち「平和なのは198郡区のみ」で、残り132郡区には「対応が必要だ」と述べた、と報じられている。ある意味、正直なミャンマーの情勢だろう。
 
 さらに衝撃的なニュースが続いた。国軍は、「国家に忠実」な民間人に武器の所有を認める決定をしたというのだ。国軍を支持する人々に銃を持たせ、民兵として利用し、軍の統治に抵抗する人々への弾圧に拍車をかける狙いとみられる。
 なんということだ。親軍派と民主派の分断・対立を意図的に深め、本格的な内戦に導こうとでもいうのか。
 報道によると、所有できるのは、拳銃から自動小銃、短機関銃までを含む。「国家に忠実で善良」「起訴されたことがない」などの条件を満たした18歳以上に許可するというが、所持した者は、治安維持に協力する責任も負うことになるという。

◆殺す勿れ、殺さしむる勿れ

 混乱した世情は、国民全体の生活に危機をもたらす。国連人道問題調整事務所(OCHA)が3月に行った発表では、ミャンマーの人口5600万人のうち、人道支援が必要な人が、約3分の1の1760万人に及び、とくに地方の紛争地域にいる450万人には緊急の支援が求められるという。また、世界銀行は、混乱による経済停滞のため、人口の約4割が貧困ライン以下で生活しているとする。食料、医療、教育、あらゆる面で困難な状況だとされる。
 事態の長期化に加え、ロシアのウクライナ侵攻に国際社会の目が移り、ミャンマーへの関心が薄れつつあることも、状況悪化の一因であろう。
 
 と、そこに3月、皮肉なニュースが飛び込んできた。自民党の麻生太郎副総裁と元郵政相の渡辺秀央・日本ミャンマー協会長に、ミャンマー国軍から、「長年の貢献に感謝して」と、名誉称号と勲章が贈られたというのだ。貢献の最大の中見とは、もちろん多額の政府開発援助(ODA)資金であろう。最大の援助国であった日本は、クーデター後、新規のODAは止めたが、継続分は支払い続けている。日本からのODA資金が、軍に流れ、国民弾圧に使われていることは周知の事実である。臆面もなく勲章を受けたことを契機に、これを糾弾する内外からの声も高まっている。

(2023.4.20)
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