【コラム】八十路の影法師

オーロラ

竹本 泰則
 
 5月11日の夜、日本各地でオーロラが観測されています。北海道名寄市のほか陸別町、積丹町、遠別町や石川県の輪島市でも見られたそうです。SNS上には、兵庫県香美町で撮影されたオーロラとみられる現象を撮った写真が投稿されたそうです。
 この日のオーロラは、日本だけではなく、世界各地で観測されたらしく、報道されているところではスイス・レマン湖周辺、ドイツ中部のチューリンゲン州、アメリカ中西部のミネソタ州、英国ノッティンガムなどでも見られたそうです。
 このニュースを知ったとき『百人一首』などで有名な藤原定家が、『明月記』(18歳から56年間に及ぶ自筆の日記)にオーロラを見たこと書き残しているという話を思い出し、あらためて調べてみました。

 820年前に京都で観測されていました。『明月記』を見ると、建仁四年一月十九日(1204年2月21日)と翌々日の二十一日(同23日)の二回にわたってオーロラが現れたようです。両日とも日暮れ時に北から東北にかけての方向に「赤気が出た」と書かれています。「山の向こう側に起こった火事のようだ」と表現し、さらに「雲ではなく空が陰ることなく光っている」といった描写もあります。さらに、それぞれの日の文末を見ると、十九日が「奇而尚可奇、可恐々々」、二十一日は「重畳尤可恐」と締めくくっています。「奇妙な光景だ。いや、ほんとうにめずらしい。重ね重ねおそろしいことだ」といった感想でしょうか。普段に見ている景色とはおよそかけ離れた珍しい現象に驚き、至極おそれている様子が汲み取れます。
  ここにある「赤気」はオーロラのことだそうです。中国では古代から天文観測が発達していました。その正規の歴史書の一つである『宋史』に書かれている太陽の黒点の記録とも時間的に符合し、このころ太陽表面に大きな爆発があったと考えられるようです。
  
 古い時代のオーロラ発生の記録はほかにもあることを新たに知りました。
 『日本書紀』の推古天皇二十八年(620年)の条に次のような記述があるそうです。これは日本最古の天文記録だといわれています。
 
 「十二月の庚寅の朔に、天に赤気有り。長さ一丈余なり。形、雉尾に似れり」
 
 12月30日、空に雉が尾を拡げたような形をした「赤気」が見られたというのです。
 この「赤気」は彗星なのかオーロラなのか議論があったようですが、近年の国立極地研究所などによる研究によって、日本のような中緯度で見られるオーロラは赤く、扇形の構造を示すことが明らかになり、オーロラ説に落ち着いたようです。
 
 これまでオーロラは寒い地方、つまり緯度の高いところでしか見ることができず、本州で見られるのは極めて珍しいというくらいの認識でした。ためしに検索してみると、インターネット上にはオーロラを解説した記事がたくさんあります。オーロラ見物のツアーまである時世ですから当たり前かもしれません。
 どうやらオーロラの出現は暑い、寒いといった気温には全く関係がなく、太陽表面の活動が関係しているようです。天文には暗いものですから正確にわかっているわけではありませんが、太陽の表面では絶えず爆発現象が起きており、それによる非常な高熱で電気を帯びた細かな粒子(プラズマ)が生成され宇宙に噴き出ているといいます。その流れを太陽風というらしいのですが、これが地球にも向かって吹いてくる。やってきたプラズマが地球を覆っている磁気圏に入り込むと大気中で発光現象を起こす、これがオーロラだそうです。
 平生の太陽風であっても地磁気緯度(地理などの緯度とは別物)が65~70度の地域ではオーロラがよく観測できるそうです。日本は、北海道の最北端でも地磁気緯度が45度ですから、滅多には見られない。北半球ならばグリーンランド北部、南半球になると南極大陸までいかないと普段見ることは難しいようです。ところが太陽表面で大きな爆発が起こった場合には大量のプラズマがうまれる。当然ながら、地球にもそれが向かってくることでしょう。こんなときにはプラズマが入り込む地域も広がるせいなのか、低い地磁気緯度のところでもオーロラが見られるそうです。
 大量のプラズマ到来は各地にオーロラを輝かせるばかりではなく、地球上の通信や方位測定などに支障を与えるようなこともあるといいます。場合によってはその影響が何日も続くこともあるようです。こうなると太陽風ではなく磁気嵐と呼ばれるようです。
 太陽表面に大きな爆発があったときには、雲さえかかっていなければ、日本でもオーロラが見えるらしい……。こんな程度に理解するのがやっとでした。
 11日夜に各地でオーロラが観測されたのは太陽表面に大きな爆発があったせいでしょう。通信などに支障が生じたといったニュースは聞きませんが。
 
 今日オーロラと呼んでいる天文現象は、古くは「赤気」と表記されています(近世の天文書『星解』には「紅気」という表記も見られます)。その後、英語のpolar lightsの訳語ではないかと思いますが、「極光」という語が使われています。これは日本で生まれた漢字熟語ですが、現代中国、台湾などでもオーロラを表す言葉として使われているようです。
 80年ほど前、日本中が大きな図体をした、しかも高性能の米軍爆撃機、B‐29による空襲を毎晩のように受けていました。これに対抗するために日本海軍はレーダーを備え、高度1万メートルまで上昇できる夜間迎撃用の新型爆撃機をつくります。その名称が「極光」でした。しかし、この迎撃機は速度、上昇力、高空での飛行性能とも不足していたために戦果はなかったといいます。
 1978(昭和53)年2月には、わが国のオーロラ観測用の人工衛星「極光」が打ち上げられました。「極光」は世界で初めて紫外線によるオーロラ撮影に成功したほか、オーロラが出現したときのプラズマの乱れや、強い電磁波の放射を発見しています。
 
 極光という表記は、二字とも常用漢字であり、語義的にもオーロラ現象を表すのに無理がないので、普通に使われていい用語と思いますが、多くの人が「オーロラ」に慣れ切っています。それに言葉として言いやすさも「オーロラ」に軍配があがりそうです。今後とも、「極光」が日常の会話語となることはないでしょうね。

(2024.6.20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧