【コラム】
技術者の視点~エンジニーア・エッセイ・シリーズ(28)

エネルギーの国際連系――フィンランドと日本の場合

荒川 文生

 ライフラインとしてのエネルギーを考える時、送電線やガスパイプラインの国際連系は、必要でしょうか? 覇権国の間に挟まれた小国として共通性を持つフィンランドと日本との現状と将来を、自然環境保護や地政学的位置を含めて考えてみました。

◆ 1.ライフラインとしてのエネルギー

 20世紀における二度の世界大戦は、何れもエネルギー資源の争奪戦であったと言われております。21世紀に入り、地球上に普く降り注がれる太陽のエネルギーを人類が、太古の昔の様に、新しい時代に併せて活用できるようになると、その争奪戦は無用の事と為ります。そうして、エネルギーが基礎的ライフラインとしての大切さと、自然環境保護という視点も背景として、無駄なく活用されるようになります。そこでは、国境を超えたエネルギーの流通(連系)が必要なものでしょうか? 問題は技術を超えて地政学的なものと為って来ます。

◆ 2.フィンランドの場合

 フィンランド人と一緒に仕事をしたことのあるOSさんは、次のように述べています。「フィン族は欧州まで辿り着いた唯一のアジア民族ということを多くの人から聞かされました。東郷ビールとか、芸者チョコレートなどアジアを忘れないブランドにその気持ちが理解できました。日本の工場でフィンランドからクレーンを国際調達するときから、フィンランドの魅力に憑りつかれました。さんざん飲みあってからのクライマックスの打ち合わせで、「よく聞いてほしい、これから、大和魂の言葉を言います」(英語でなんといったか忘れましたが)と五本の指に書いたキーワードのサインを見ながら打ち合わせたことを思い出しました。」

 目をアジアに向けてOSさんは、次のように述べます。「資源のないフィンランドはノルウェーとロシアの双方にガスパイプラインを敷設し、“Take or Pay”の長期契約を誇りに思い、毎年、両国を天秤にかけ、安くガスを輸入しています。きわめて安定性のあるエネルギー政策だと思います。私は国際ネットワークを考える時、基本は欧州石炭鉄鋼共同体にあり、平和を望むならばまず手を取り合うことからという考え方で、強引にでもネットワークを結ぶことだと思います。朝鮮半島では冷戦下だからこそ送電線を守り、その証拠に電気を送り続けるとのこと。(もっとも、それはケソンの自由貿易地域の韓国企業への供給ですが、その地が北朝鮮であることが重要なことだとある中国の先生が仰っていました。)

 日本的に考えると平和が崩れるとネットワークが切断されると考えがちですが、そう簡単に切断されることはないと思います、切断の機会費用がとてつもなく大きいことは自明だからです。このことにつながる思考は、このまえ、亡くなられました北海道大学山岸俊男先生の名著『安心社会から信頼社会へ』で、信用は壊れることに臆病となり、壊れたらお終いになるが、信頼は裏切られる覚悟をきめることから始まり、裏切られることで本当の信頼が生まれると学びました。このように考えますと、ネットワークの設置と運用管理の分離論から、日本が中国ロシアの連系線の管理を行い、ロシアが日本と中国の連係線の管理を行うということの夢を描きます。朝鮮半島の連系連係線運用もわが国にとって魅力的であり、国際的に存在感を示すよいチャンスだと考えます。
 大切なことを第三者に委ねたり、銀行の貸金庫に大事なものを預けることによりリスク対策を講じることはよくあることです。尤も、日中連系線をロシアに任せるほど信頼できないと考えるとしても、中国ロシアの連系線の運用を日本で行えるまたとないチャンスであると考えれば、このバーターは悪くない、そしてなによりも信頼しきれないロシアへのリスク対策になると考えます。」

◆ 3.日本の場合

 エネルギーのネットワークを日本全体から周辺国まで、広く結ぶことを壮大な夢として取り組んでいるASさんは、次のような見方をしています。「日本の場合、戦後は電力にせよ、ガスにせよ、やや全国ネットワーク化を妨害されている気がします。戦前でも、やっと陸軍の後押しで、国家総動員法と日本発送電、配電会社が出来ました。これが戦後の遺産になっていますが、GHQを頼りにした九電力体制も結局、自由化されました。ただし送配電線のみは、九地域独占です。逆にここを統合する動きが出ないと、自由化の効果が殺がれます。送配電線に自由化を導入するか、逆に強制的に統合を進めるか、意見の分かれるところです。」

 此れに対し、日本の電力系統技術の歴史を研究しているARさんが、次のように説明しています。「日本発送電(株)は、日本の電気事業を掌握するために送電網の意味と力を承知し、それを活用しました。それに苦しめられた旧配電会社(後の九電力会社)は、送配電網の運営を決して他に譲ろうとしていません。幾度か働きかけの在った電力の国際連系計画にも、経産省や電気事業連合会は消極的でした。『電気事業の自由化』が進み、2011年の福島事故以来、電気事業者の既得権益が肥大化しているとの批判が高まる中、送配電網の運営を如何するのかは、人々の生活に直接影響するライフラインとして如何するのかと言う視点から、極めて重要であり慎重な判断が求められています。」

 更に問題をエネルギー全体に広げると、OSさんはこう述べています。「新聞によりますと、イラン原油輸入がなんとか継続できそうとのこと、また米国の傘の罠にかかった感じがします。日本独自のエネルギー政策は弱いですね。世界のエネルギー競争のなかで、資源がないゆえに気軽に動ける機動力を持つ日本の強みに早く気がつくべきだと思います。なぜ、わざわざ資源賦存管理の重荷を背負いたがるのか不思議です。その羨望のまなざしが必要以上に弱弱しい印象を世界に与えていると思います。資源取り引きで、日本は資源のない可哀そうな国ですと訴え、わざわざ足元を見せているのです。」

◆ 4.地政学的現実と信頼という理想

 これまで観てきた様に、エネルギーに関わる国際関係は、太陽エネルギー活用の如何が技術的に大きな条件と為りますが、その背景には、異なる歴史と伝統を背負って生活を展開してきた人々の国際情勢を巡る地政学的な条件が考慮されなければなりません。

 オンカロの視察でヘルシンキを訪れた時、道路標示が三か国語で表示されていることに気が付きました。フィンランドがスウェーデンとロシアの圧政に苦しめられたことの「歴史的」表示です。フィンランドの政策は、エネルギーだけでは無く、外交も強かですし、教育も女性の地位も優れており、妙な大国意識が無く、その歴史と伝統を大切に守っています。そして、ムーミンが何とも可愛らしい! そういった中で、ノルウェーとロシアとを結ぶパイプラインがフィンランドを経由する事の意味はきわめて深く、また、それを実現した地政学的背景を考慮すると、日本で同様の設計を検討し、実現する事の意味や可能性は如何なるでしょうか?

 日本の電気事業の現状から、送配電網の運営が九電力会社から奪われ、「自由化」された場合、人々のライフラインである電力供給が結局、国際金融資本に握られることは、国際的に観た保険、医療、水道事業などの例から明らかで、かつ、危険なことであります。保険、医療、水道事業などと共に、電力、ガスの事業経営は、充分に民主化された公的な団体に委ねられないと、人々のライフラインが資本の利益に蝕まれることに為ると懸念致しております。

 北海道大学山岸俊男先生の名著『安心社会から信頼社会へ』で示されたという「裏切られることで本当の信頼が生まれる」とのご主張は傾聴に値します。これを現実のものとすべく客観的事実を積み重ねる努力を怠っては為らぬと愚考致します。ただ、どう考えてみても、国際金融資本に握られたライフラインの運営は、金に塗れて信頼とは無縁のものと為り、信頼によって支えられる社会を形成するための事実の積み重ねには為り得ません。

  信ずべき人の心に温め酒  (青史)

 (地球技術研究所代表)

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