【海峡両岸論】

ウクライナ仲介できるのは中国だけ

習・ゼレンスキー電話協議の背景
岡田 充

画像の説明

 中国の習近平・国家主席がウクライナのゼレンスキー大統領と4月26日電話協議した。(写真=ウクリンフォルム日本語版から=)ロシアのウクライナ侵攻後、両氏の協議は初めて。中国は2月にウクライナ停戦・和平案を発表し、仲介役を担う意思を表明した。ロシア軍撤退を停戦の前提にするウクライナと、中国の主張の隔たりは大きいが、ロシア・ウクライナ双方と良好な関係にあり仲介役を果たせる主要国は中国だけ。ゼレンスキーもそれを熟知し、撤退抜き停戦へ「保険」を掛けたのが対中協議実現の背景だ。中国仲介案が直ちに実現する可能性は低いが、中国はフランスやドイツなど欧州諸国から停戦を求める声が出るのをじっと待っている。

まず主張のぶつけ合い
 電話協議終了後、ゼレンスキーは、「長時間の有意義な電話をした」とツイート。中国外務省[i]によると、電話協議はウクライナ側の要請で行われた。「ウクルインフォルム日本語版」[ii]によれば、約1時間に及ぶ協議でゼレンスキーは「領土を犠牲にした平和は一切あり得ない。領土の一体性は1991年ライン(筆者註 ソ連邦からのウクライナ独立)で回復されねばならない」と述べ、ロシア軍の即時全面撤退が停戦・和平の前提とする従来の主張を繰り返した。
 中国との二国間関係についてゼレンスキーは「ロシア侵攻まで中国はウクライナの1番の貿易相手国だった。今日の対話がそのダイナミズムをあらゆるレベルで取り戻し、維持し発展させる上での強力な後押しになると信じる」と、対中経済関係の回復・強化に期待を表明した。
 ウクライナ戦争については「ウクライナにとって公正で持続可能な平和確立のためにあり得る連携の手段に注意を向けた」とし、中国の停戦・和平案についても話し合ったことを示唆している。その上で、ウクライナの立場について①ザポリージャ原発の安全問題の解決に中国の効果的な役割を期待②ロシアへの武器供与を含む軍事技術協力の自制を③黒海穀物イニシアティブの運用と効力の延長―を訴えた。
 これに対し習はどんな発言をしたのか。新華社電によると、習は①主権と領土保全の相互尊重が両国関係の基礎②中国は国連憲章の趣旨と原則を堅持③対岸の火事として傍観せず、核心的立場は和平交渉の促進④核問題に向き合い関係各国はみな冷静と自制を保ち、共同で管理すべき⑤中国政府はユーラシア担当特別代表をウクライナに派遣―と述べた。
 初の協議だけに、双方はお互いの主張をぶつけ合い相手の主張を聞き置くことに「主旋律」があったとみるべきだろう。ウクリンフォルムが合意点として「定期的な対話の維持でも同意した」と書いたのもそれを裏付ける。

画像の説明

中国案を拒否せず
 双方の主張をすり合わせてみよう。2月24日の中国仲裁案は、①主権、独立、領土保全の尊重②冷戦思考を捨てる③当事者による直接対話を通じ全面的停戦実現④人道危機の回避⑤原発攻撃の停止⑤核兵器の不使用⑥制裁停止―など12項目。ゼレンスキーが主張する①主権・領土保全②核兵器の不使用③原発攻撃の停止―は、仲裁案と合致する。
 日本政府と大手メディアは、中国がロシア軍撤退を主張していないことを根拠に、中国を「ロシア寄り」とみなす。米中対立の中、良好な対ロ関係の維持は中国にとって必須だ。同時に、中国は 中国への依存を強めるロシアの「弱点」を見逃していない。3月の中ロ首脳会談の共同声明では、主権・領土問題、核の不使用から台湾問題まで、中国の主張をほぼ全面的に盛り込むことに成功した。
 中国仲裁案について、ゼレンスキーは「ロシア軍撤退を含まない和平案は受け入れない」と述べる一方、「中国が関与する用意を示す重要な合図」と拒否していない。「ロシアを利するだけ」と全面拒否したバイデン政権の対応とは対照的だ。
 中国との電話協議は、習が3月末ロシアを訪問したのに先立って、秦剛外相が3月16日クレバ・ウクライナ外相と電話会談。クレバは翌日ゼレンスキーが習氏と電話協議の用意があると述べたと伝えられたのが発端。(写真=クレムリンで会談を終えた中ロ首脳 新華社)
 しかし電話協議は行われず、AP通信[iii]はゼレンスキーが3月28日「戦争開始以来、(中国側と)接触はなく、(習と)ここで話したい」と、ウクライナに招待したと伝えた。ゼレンスキーがこの「曲球」を投げたのは、中国がロシア寄り姿勢を強めることへの警戒感と並んで、習をウクライナに呼んで会談で主導権を取りたいとの狙いが透ける。しかし外交では二枚も三枚も上手の中国が、これに応じる可能性はゼロ[iv]だった。

欧米の亀裂が中国側の動機
 さて電話協議について日本の全国メディアや識者はどんな見方をしているのだろう。その内容を紹介したい。
 「(中国の)ロシア寄りの姿勢に対して強まった米欧の批判を和らげる思惑」「紛争の終結に貢献する姿勢を示し、国威発揚を図る狙い」と解説するのは、日本経済新聞[v]。「朝日新聞」は、中国政治が専門の小嶋華津子・慶応大教授の分析[vi]として①「世界の平和に貢献する中国」というイメージのアピール②西側諸国の分断。西側諸国の足並みに乱れが生じつつある状況をとらえ、切り崩しにかかっている③ウクライナ情勢の更なる悪化の阻止。中国は西側からのウクライナへの武器供与がエスカレートすることも、ロシアによる核の脅威が高まることも望んでいない―の3点を挙げた。妥当な評価だと思う。
 習が電話協議を受け入れた背景には、サウジアラビアとイランの関係正常化の仲介成功(3月10日)したこと。マクロン・仏大統領が4月の中国訪問に際し「欧州諸国は欧州の利益を最優先し、米国に追従すべきではない」と述べ、米国に反旗を翻し欧米間に亀裂が走ったのを見逃さず、ウクライナ問題で外交攻勢[vii]に出たのは間違いない。
 マクロンは訪中以降も、米国と距離を置く「戦略的自律」を発揮している。4月20日のバイデン米大統領との電話会談では、台湾問題で足並みの乱れをさらけ出した。ホワイトハウスは会談について「台湾海峡の平和と安定を維持することの重要性を再確認した」と、台湾問題で合意したと発表[viii]した。
 しかしフランス大統領府のプレスコミュニケ[ix]は、その部分を「インド太平洋地域全体で、航行の自由を含む国際法を支持」と書き、「台湾」明示を避けた。それだけではない。仏大統領府コミュニケによると、マクロンはウクライナ問題について、「中国は国連憲章の目的と諸原則に従い、中期的には紛争終結に資する役割を担っている」と、中国仲裁案を評価し「双方(筆者註 仏米を指す)はこの目的のために、中国当局と関与を続ける重要性について一致した」とすら書いている。ホワイトハウス発表はこの部分には全く触れていない。

「保険」掛けたウクライナ
 電話協議実現に向けたマクロンの役割について「朝日」[x]は「マクロン氏はウクライナ情勢の政治的解決を訴える習氏を『あなたが頼りだ』と持ち上げた。(中国)軍事筋は『欧米の分断は可能だ』と語る」と伝えた。先に紹介した「日経」記事も「仏大統領府は26日、『ウクライナの本質的利益と国際法にかなう紛争解決に寄与するすべての対話を奨励する』とのコメントを発表。マクロン氏がゼレンスキー氏との電話協議を習氏に促していたと明かした」と書いている。
 ウクライナを支援する欧米諸国は、ロシアの即時撤退で結束しているように見える。だが、戦闘激化と長期化は、米欧亀裂を拡大し「停戦」を求める声が高まると、即時撤退論はリアリティを失う。ゼレンスキーが最も恐れる事態だが、そうなればウクライナは孤立しかねない。
 戦争当事者の米国は、ロシアと敵対しており仲介能力は全くない。「撤退抜き停戦」局面が顕在化した時、ロシアとウクライナ双方と良好な関係を維持し仲裁できる主要国は中国だけだろう。ゼレンスキーはそれをよく知った上で、中国の仲裁「保険」を掛けた。それがウクライナ側の電話協議提案の背景だ。
 識者の分析に戻る。益尾知佐子・九州大学大学院教授は、「中国はロシアと実質的な同盟関係を深めており、中立的な仲介役にはなりえない」と日経にコメント[xi]した。中国抜きの仲介があり得ない状況を完全に無視したコメントだ。
 益尾は2021年2月、中国の海警法導入について「他国の軍艦・非商業船を排除する権限を認めた。武器使用もできる。つまり中国は実質的に、『管轄海域』を領土化しようとしている。いずれも国際法違反」と、まるで中国が尖閣諸島を力で奪うために導入したかのような的外れコメント[xii]をしていたのを思い出す。
 岸田政権は、G7広島サミットの議長国としてウクライナ問題で欧米結束の強化という課題を担わされている。それだけに、中国・ウクライナ電話協議と中国外交攻勢で見え始めた情勢の流動化に戦々恐々としているに違いない。
 停戦に向けたゼレンスキーの「保険」が現実性を帯びたとき、岸田政権は「ロシア軍の即時かつ無条件撤退」という徹底抗戦論を繰り返し、対話による停戦に反対するのだろうか。G7サミットを前に岸田はエジプト、ガーナなどアフリカ4か国を歴訪。ウクライナ問題で米欧に与しない「グローバルサウス」のテコ入れを開始したが、ほとんど勝算はない。
 フランスにドイツさらにインドは、米国の磁力から距離を置こうとする「戦略的自律」を追求している。衰退の止まらない日本に必要なのは、米国に追従し「心中」の道を歩むことではない。(了)

[i] 「习近平同乌克兰总统泽连斯基通电话」(中国外交部网站2023-04-26)
[ii] 「ウクルインフォルム日本語版」https://twitter.com/Ukrinform_JP
[iii] Ukraine's Zelenskyy is 'ready' for Chinese leader to visit | AP News
[iv] 岡田充(businessInsider Apr. 04, 2023「習近平氏がゼレンスキー氏の「招待」に応じる可能性は限りなくゼロに近い。理解のカギは「新冷戦」
[v] 「中国、ウクライナ和平に関与演出 米欧の批判緩和狙いか」(「日経」23・4・27)
[vi]小嶋華津子 「平和に貢献」イメージ演出の中国 ウクライナとの協議に三つの狙い [ウクライナ情勢]:朝日新聞デジタル (asahi.com)
[vii] 岡田充(海峡両岸論第149号「中国は台湾民衆への「和平攻勢」継続 対米改善の幻想捨て外交攻勢も」第149号 2023・4・16発行 (weebly.com)
[viii]ホワイトハウスHP
Readout of President Joe Biden’s Call with President Emmanuel Macron of France | The White House
[ix] フランス大統領府HP
President Macron spoke by phone with U.S. President Joe Biden. | Élysée (elysee.fr)
[x] 「朝日」「ウクライナは「撤退なき停戦」警戒 「仲介役」狙う中国の伏線とは」
朝日新聞デジタル (asahi.com)
[xi] 益尾知佐子(「日経」23.4。習近平氏、ゼレンスキー大統領と電話協議 「解決へ代表派遣」 - 日本経済新聞 (nikkei.com)
[xii] 中国海警法への問題提起 - 益尾知佐子研究室 Chisa MASUO Lab益尾知佐子研究室 Chisa MASUO Lab (kyushu-u.ac.jp)

※この記事は著者の許諾を得て『岡田充の海峡両岸論』2023年5月4日号から転載したものですが、文責は『オルタ広場』編集事務局にあります。

(2023.5.20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧