【コラム】
フォーカス:インド・南アジア(28)

インド「原発輸入」から「国産原発推進」へ転換を打ち出す


福永 正明

<一>

 インド政府原子力省(DAE)は本年3月、エネルギー政策での「原子力発電設備の輸入推進策」から、「国産設備推進策」への転換方針を打ち出した。
 従来、インドはアメリカ・フランス・ロシア・日本などから「原発輸入」を軸とする方針であった。しかし、ロシア以外からの輸入建設事業がまったく進展せず、今後は国産の「標準型70万kW級加圧重水炉(PHWR)」建設の取り組みを強化するとされ、まずは全国各地で着工済10基完工をめざす。

 1947年の独立前から取り組む原発依存政策が、「脱原発」へ転換するものではない。輸入に頼らず、国産化を強く推奨するとの転換である。すなわち、2008年から10年以上も期待した原発輸入に見切りをつけ、国産原発での傾斜を進める。
 インドでは、「新型コロナ肺炎の感染拡大」対抗策とする全国3週間外出禁止が続く。各地の原発反対運動では、輸入原発建設予定地での「疑念の深まり」、国産原発建設予定地における「建設強行への緊迫」が伝えられている。さらに現地からのSNS情報によれば、南インドのロシア製クーダンクラム原発(2基稼働)現地では、2基輸入での増設反対運動が一層高揚している。

<二>

 3月6日に連邦議会に設置されている「科学技術、環境、森林および気候変動に関するDAE関係の常設委員会(DEPARTMENT-RELATED PARLIAMENTARY STANDING COMMITTEE ON SCIENCE AND TECHNOLOGY, ENVIRONMENT, FORESTS & CLIMATE CHANGE)」は、「2020-2021年度のDAE補助金案の審議に関する報告書(DEMANDS FOR GRANTS (2020-2021) OF THE DEPARTMENT OF ATOMIC ENERGY)」を『第326報告書(THREE HUNDRED TWENTY SIXTH REPORT)』[注1]として連邦議会の上院(Rajya Sabha)・下院(Lok Sabha)に提出した。

 この常設委員会は2019年9月13日に上院議員10名、下院議員21名構成で設立された。そして、DAEからの「第3補助金要求書(Demand No.3)」に関する審議を担当した。20年4月~21年3月年度予算審議の経過として、2月18日にDAEの長官ら幹部から説明を聴取し、3月4日委員会にて「報告書素案」を承認した。
 DAE補助金予算は、要求額4,025億9,050万ルピー(Rs.40,259.05 crore〈1crore=1,000万ルピー〉)に対して、1,356億7,350万ルピーの減額となる、2,669億1,700万ルピー(Rs. 26,691.70 crore)と決定した。

 委員会は、現在の総発電電力量の原子力発電比率(シェア)が約3%に過ぎないことから「2030年までに原子力発電比率を少なくとも2倍に拡大する計画」を維持するとした。
 そして、インドが1950年代から独自に進める「原子力開発計画(三段階方式)」の継続を求め、「現在は第二段階であるとする、トリウム資源活用での核燃料エネルギー政策」の推進が特に重要であるとする。
 だが、「外国からの天然ウラン資源供給が重要でありながら、2005年締結の印米原子力協力協定は何らの成果なく、新規の外国援助による商業原発施設建設とその稼働がゼロである」と指摘した。そして、「10年以上も経過したアメリカ、フランス企業との交渉が、依然として継続中である」ことを理由として、「現時点においては、DAEによる国産標準型70万kW級PHWRの建設を推進するが賢明である」とした。

<三>

 インド政府は2006年策定の『統合エネルギー政策:専門家委員会の報告書(Integrated Energy Policy: Report of the Expert Committee)』[注2]において、6,300万kWの原子力発電設備を2032年までに導入するとの目標を定めた。
 しかし、現在稼働する原発は22基での678万kWに過ぎない。既存の原発22基のうち、2013年に商業稼働したクーダンクラム原発のロシアから輸入した1号機と2号機のロシア型加圧水型原子炉(VVER)2基は200万Wである。また1960年代に米GE社から輸入建設した沸騰水型原子炉(BWR)32万kW分だが、老朽化が著しい。他の446万kWは国産PHWRであるが、いずれも小型で老朽化している。
 現在、追加として比較的に順調に建設事業が進行するのは、PHWR建設計画の4基、クーダンクラム原発で増設中のロシア輸入のVVER3号機と4号機でしかない。

 インドは、核拡散防止条約(NPT)に未加入のまま、1974年の第1回「核実験」を強行した。これに対してアメリカ主導による「国際制裁」が続き、民生用原子力関係の技術移転・燃料資材の貿易から閉め出された。すなわち、国際原子力機関(IAEA)、原子力供給国グループ(NSG)が、天然ウラン生産が少ないインドの原発用ウラン燃料貿易を制限した。このためインドは長年にわたり、最新の技術や資材も導入できなかった。それには、独立以来のインドが親ソ路線による社会主義的経済政策を採用し、分離独立した隣国パキスタンをアメリカが支援したこと、さらに中国との対立も影響していた。
 さらにインドは、1998年5月にインド人民党(BJP)のヴァジパイ政権が第2回「地下核実験」を再度強行、同月にパキスタンがこの実験に対抗する「地下核実験」を実施した。これにより南アジアは、隣接する「核保有国」が対立、核戦争への危機が世界で最も高い地域となった。

 1990年代末から2000年代初頭、インドとアメリカは斬新な外交交渉を続けた。これは、アメリカが対中けん制策としてインドに着眼したためであった。その際、インドは原子力関係の国際社会からの制裁解除を主な要求の一つとした。
 アメリカは、1970年代に自ら主導した制裁を、今度はその解除のために奔走する道を選択した。すなわち、国内法での厳しい対インド規制規定について、議会改正を実現し、2005年に印米原子力協定を発効させた。
 この原子力協定締結の見返りとして、アメリカ政府は米原子力企業のGE日立ニュークリア・エナジー社、ウェスティングハウス・エレクトリック・カンパニー社(WH)のインド市場参入についてインドの「密約」を得たとされる。両国政府は、両企業の輸出による原発新設計画で合意した。

 GE日立ニュークリア・エナジー社製BWRの建設地として、グジャラート州のミッティー・ビルディーが選定された。また2006年10月に東芝が買収し完全子会社であるWH社は、最新加圧式型原発炉であるAP1000を東海岸コバダに6基建設する決定をした。なおWH社は、2017年に倒産法適用を申請し経営破綻したことにより、東芝本社の経営危機に発展した。

 さらにフランス、ロシアとも原子力協力協定を締結し、インド原発建設市場への参入の機会を獲得、両国企業の原発建設予定地も画定した。すなわち2009年、三菱重工と連携するアレヴァ社が、フランス製の欧州加圧水型炉(EPR)をマハーラシュトラ州のジャイタプールにおいて6基建設、世界最大の「原子力パーク」建設事業の了解覚書を締結した。先述したクーダンクラム原発は、1980年代からVVER建設事業が継続しており、既定の2基に加えて、2基追加が決定した。

 2008年にアメリカの強硬手段によりIAEA、NSGは、インドへの原子力関連の貿易を認め、制裁は解除された。なお、日本政府がこの時点において、「NPT未加入のインドの例外扱いへの危惧」を表明していたことは重要である。なお、日立製作所は原発事業を主要部門とし、アメリカのGEとの合弁企業を設立、世界への原発輸出をめざしていた。

<四>

 建設予定地も決定しながら、アメリカ・フランス・日本企業はインドにおいて原発建設を実現できなかった。まず建設予定地決定については、土地所有者や住民の同意なく行われたことから、住民が土地収用、環境破壊、生態系破壊に厳しい反対の声をあげ、反対運動を強力に展開した。その際、最も厳しい弾圧を受け、先駆的な経験を有するクーダンクラム原発反対運動が大きな軸となった。

 さて原発事故では、発電会社である原子力事業者に損害賠償責任を集中するとの「責任集中原則」がある。2011年の東京電力の福島第一原子力発電所事故においても、東京電力がすべての責任を負い、GE、日立、東芝などの原子力メーカーは「責任なし」とされている(東電福島第一原子力発電所事故をめぐり、原発メーカーの責任を追及する裁判では、原子力メーカー各社を無責任とする最高裁の不当判決が確定した)。

 ところがインドには、原子力発電所への機器資材を提供する原発メーカーに対しても賠償責任を負わせることを目的とする、原子力損害賠償法がある(Civil Liability for Nuclear Damage Act, 2010、「インド原賠法」)。
 この法律は、世界最大の産業事故とされる、1984年12月のアメリカのユニオン・カーバイト社(当時)の子会社で発生した「ボパール化学工場事故」の経験から立法された。つまり、外国企業、あるいはその子会社が、インドで重大な事故を発生させた場合には、その外国企業本体にも損害賠償させなければならないとの国民の声に議会が応じた立法である。
 「インド原賠法」には原発メーカーの「責任集中原則」も規定されており、他方で原発メーカーに対して明確な企業責任を問えるとする、複雑な表記と内容の法である。

 この「インド原賠法」が制定された後、インド原発市場に参入しようとするGE、WH、アレヴァ、日立、東芝、三菱重工など外国企業は大いに警戒した。そこで各国政府は、2014年まで10年間継続したインド国民会議派のマンモーハン・スィンフ政権、2014年からのモディー政権に対して、「インド原賠法」の法律改正、規制緩和、賠償保険制度の整備などを求め続けなくてはならなかった。
 しかしインドの現地住民、知識人サークル、メディアなどによる反原発の動きは、2011年3月11日の東電福島第一原子力発電所事故で過熱し、「インド原賠法」改正は不可能な状態が続いた。さらに諸外国首脳は、インド首相との首脳会談でも、「賠償法改選の便宜供与」を求め続け、インド政府はずるずると後退を続けた。しかし、外国企業によるインドでの原発建設事業の推進は困難であり、各事業で「着工した」案件はない。

 インドへの原発輸出は、ほぼ消滅したと判断するメディアや識者は多い。もちろん、本年2月に訪印したトランプ米大統領とモディー首相との首脳会談、その結果の「共同声明」では、「WHによるインドへの原発6基輸出推進への努力」が表明された。しかし、現実には2008年から12年が経過して成果なき原発輸出であり、たとえ推進されても得られるのは「原発建設が完工する10年後の電気」でしかなく、夢物語であることは明らかであろう。
 日本企業では、東芝が原子力輸出事業から撤退、日立は英ウィルヴァ原発輸出で大打撃を受けた。安倍政権が「システムインフラ輸出」の柱として進めた原発輸出は、既に崩壊したことは明らかである。

 そうしたなか、インド政府が国産原発推進を明確にしたことは、きわめて重要であろう。モディー政権樹立直後の2014年5月、「国産標準型70万kW のPHWR10基建設による国内原子力産業の押し上げ策」が閣議決定された。そして9月には、本格的な工業国産化での経済成長策である「メーク・イン・インディア」政策を掲げた。
 10基とは、カルナータカ州のカイガ(Kaiga)原発の2基、ハリヤナ州のゴーラクプール(Gorakhpur)原発の2基、マッディヤ・プラデーシュ州の新建設原発2基、ラージャスターン州の新原発の4基であり、2031年までに稼働の計画であった。
 既にゴーラクプール原発、カイガ原発の建設はある程度進行しており、土地買収は終了したとされ、建設工事も進行との報がある[注3]。
 だが2031年に10基の標準型70万kWを10基も稼働させることは、不可能であろう。むしろ、発電と電力網の分散化、送電ロスの改善、再生可能エネルギーへの転換などが重要である。特に、インドでも安価できれいな再生可能エネルギー活用は進められており、今回の『第326報告書』への批判が高まっている。

 2月21日に東京で「日・インド間の原子力協力に関する第3回作業部会」開催が外務省から公表されている[注4]。それには、外務省、経産省、原発メーカー企業などと、文部省関係者の出席も記されている。原発プラント輸出はほぼ断念した日本の通産省、原発産業界などが、技術協力、部品供与などを画策している可能性もある。
 安倍政権が進めてきた「インフラシステム輸出戦略」としての原発輸出は、日立製作所による英ウィルヴァ原発輸出断念によりほぼ頓挫した。だが、インドをはじめとして、今後想定される各国での国産化による原発建設について、日本社会も厳しい姿勢が求められている。

[注1]上院へ提出した『第326報告書』(英文)のリンク
  https://rajyasabha.nic.in/rsnew/Committee_site/Committee_File/ReportFile/19/126/326_2020_3_15.pdf
[注2]https://www.ctc-n.org/sites/d8uat.ctc-n.org/files/resources/rep_intengy.pdf
[注3]「インド:ゴラクプールの国産加圧重水炉建設で掘削開始」、『原子力産業新聞』、原子力産業協会、2018年3月28日
  https://www.jaif.or.jp/180328-a
[注4]「日・インド間の原子力協力に関する第3回作業部会」、2020年2月21日、外務省報道発表
  https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_007921.html

 (大学教員)

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