【コラム】宗教・民族から見た同時代世界

イスラエル「最右翼」とよばれる政権下で起こっていること

荒木 重雄

 昨年の暮れ、イスラエルに、同国史上「最も右」とよばれる政権が誕生した。汚職事件での下野から返り咲いたネタニヤフ氏率いる右派政党「リクード」に、極右政党「ユダヤの力」「宗教シオニズム」や宗教政党「シャス」などが加わった、トンデモ政権だ。なにをやらかすか、当コラムで筆者も懸念を表したが(本年2月号)、早速、本性を現わしている。

◆入植者の暴力を「抵抗」と擁護

 イスラエルが占領するパレスチナ自治区ヨルダン川西岸のトゥルムサイヤ村が、6月下旬の昼下がり、突如、覆面をして棒や銃などを携えた数百人の男たちに襲われた。普段、行き来はない400メートルほど離れたユダヤ人入植地からきた入植者たちだ。彼らは、数人ずつに分かれると、それぞれ、パレスチナ住民の家々に押し入り、無言で、室内を破壊して、火を放って、去っていった。
 日干し煉瓦などで造られたパレスチナ住民の家はたちまち瓦礫と化す。抵抗した住民一人が射殺され、数人が負傷し、数十戸の家が壊され、多くの車が焼かれた。残されたのはパレスチナ住民の嘆きと憤りだ。
 
 入植者たちの言い分は、パレスチナ自治区はほんらい、神がユダヤ人に約束した自分たちの土地で、そこを占拠している異教徒どもを追い出すというのだ。
 これは特異な事件ではない。類似の、ユダヤ人入植者によるパレスチナ人集落への襲撃事件が今年に入って多発している。
 さすがに、イスラエル軍、情報機関、警察などの最高幹部らは、こうした入植者による襲撃を「ユダヤ人の価値観に反する民族主義的なテロ」だと批判する声明を出した。パレスチナ人による攻撃に多用される「テロ」という言葉を、自国民に向けて使ったのは異例のことだ。

 ところが、である。ネタニヤフ政権内からはこの「声明」に批判の声が上がった。たとえば、入植地への住宅建設許可などを管轄する極右政党出身のスモトリッチ財務相は、「アラブ人によるテロと『民間人の抵抗』を同列に扱うのは不道徳だ」と、ツイッターに書いた。
 ヨルダン川西岸は1967年の第三次中東戦争でイスラエルが占領した地域で、93年のオスロ合意で将来のパレスチナ国家としてパレスチナ人の自治が認められ、ユダヤ人の入植は国際法で禁止されているのだが、イスラエル政府はそれを無視して入植を推し進めている。その入植者による暴力を、なにをもって「民間人の抵抗」と言えるのか。恐るべき牽強付会である。

◆「対テロ」名目に住民の生活破壊

 7月に入ると、同じくヨルダン川西岸のジェニン難民キャンプで、イスラエル軍が、「ここ20年で最大規模」といわれる軍事作戦を展開した。
 「難民キャンプ」というとテント小屋などが並ぶ情景を想像しがちだが、パレスチナでは、67年の第三次中東戦争、あるいはそれより古く48年のイスラエル建国時に、イスラエル軍によって故郷を奪われたパレスチナ人が身を寄せ合って生まれた「街」である。ジェニン難民キャンプは、3、4階建ての建物が密集する街に、約1万8000人が住む。この地域に、イスラエル領や入植地への襲撃を繰り返す武装組織が潜んでいるというのが、イスラエル側の軍事作戦展開の口実である。

 攻撃は、20回に及ぶ空爆ののち、1000人を超える兵員が侵攻し、家々を軒並み捜索、破壊して回った。街は瓦礫と化し、水や電気の生活インフラも破壊され、中心街はアスファルトの道路まで掘り返された。イスラエル軍が爆発物が埋められていることを警戒してやったといわれている。この作戦で、少なくともパレスチナ人13人、イスラエル兵1人が死亡し、100人以上の負傷者が出たとされている。
パレスチナ住民の反発、抵抗には「圧倒的な力を知らしめて抑える」が、現政権の方針である。「明らかに過剰な武力行使だ」との国連グテーレス事務総長の非難も無視された。

◆三権分立も脅かす強硬路線

 ネタニヤフ現政権の強硬路線は、イスラエル国内にも困惑と混乱をもたらした。それは、政権が打ち出した司法「改革」案をめぐってである。
 この案は、①最高裁判所の判決を国会の過半数の決定で覆せるようにする、②最高裁判事の任命に国会が強い影響力を及ぼせるようにする、などを骨子とした内容で、占領地でのユダヤ人入植地の拡大にブレーキをかける判決を出すこともある最高裁の力を縮小させることが狙いとされる。

 この改革案は、昨年末の政権発足直後に打ち出されたが、三権分立を揺るがす「民主主義の危機」「独裁国家になる」との批判が、野党だけでなく軍や経済界からも噴出し、市民のデモやストライキが全国に広がった。事態を憂慮したヘルツォグ大統領の求めで3月、一旦、法案審議を中断したが、7月に入ると再び、推進手続きを強行した。
 これに対して、空軍予備役の将校161人が任務放棄を表明するなど、再び、反対の声が盛り上がり、各地で市民が国旗を掲げて抗議活動を繰り広げたりしたが、政権は抗議活動を「国を引き裂く過激派」と非難し、警察は騎馬隊や放水車を投入して鎮圧にあたった。そしてついに、国会夏季休会を目前にした7月末、強行採決をもって法案の一部を成立させた。
 政権は、今後、いかなる理不尽を推し進めていくのか、懸念は膨らむばかりである。

 さて、そのネタニヤフ首相は、この秋、バイデン大統領の招待で訪米し、首脳会談を行なう見通しである。両国の間には、いま、「すきま風が吹く」とはいえ、同盟関係を誇り歴史的にも関係が深い両国の首脳、いったい何を語り合うのであろうか。

(2023.8.20)
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