【オルタ広場の視点】

「アメリカファースト」対「人類ファースト」の対決
―米中対決の世界史的背景とその行方―

久保 孝雄

*キッシンジャー元米国務長官(19.11.14 の講演)
 「中国の台頭により、米国はもはや中国を倒せない状態になっている。米国は世界的な単独覇権を維持できなくなった。米国と中国は競争しつつ共存していかざるを得ない・・・米国は単独覇権体制をあきらめねばならない。これは恒久的な状態だ」(「米中関係全国委員会」で 田中宇の国際ニュース解説/19.12.04)

*米経済誌『Forbes』(20.01)
 「中国が経済と科学技術の分野で驚異的進歩を遂げることが出来たそのカギは、市場の力と国家による干渉を巧みに結びつけたことにある。米国が中国に求めるのはこうした経済構造を放棄することだ。中国が要求に応じないことは容易に想像できる」

*『北京週報』(19.12.23)
 「国の実力が国際的な発言権を決定する。中国の総合的国力はまだ米国と大きな開きがあるが・・・いまの世界では、中国以外のどの国も米国の2年に迫る猛攻撃に抵抗できない。しかし中国は対抗しただけでなく、どっしり立ち続けた。これこそ米国に驚きの目を見晴らせ、中国に近づいて詳しく見てみたいと思わせた根本的な原因だ」

◆◆ はじめに

 本論に入る前に、専門家でもない私がなぜ中国問題や国際問題について講演したり、論文を書いたりしているのか、説明しておきたい。

 中国にアリババという会社がある。今年で創業20年だがいまや米国のアマゾンと肩を並べるネット・ビジネスの世界的大企業だ。昨年の「独身の日」(11月11日)の売上が4兆1,000億円で世界記録を作った。
 創業者のジャック・マーは、高校受験2回、大学受験3回失敗して4流大学を卒業し、30社の入社試験も全部失敗、やむなく自分で会社を作ったがこれも40回失敗、最後に作った小さなネットショッピング会社が急成長を遂げて今日のアリババになった(ウイキペディアなど)。

 ジャック・マーは哲学的な人で、多くの名言を残している。そのひとつに「世界の大局を見よ、歴史の流れを見よ、そこにダイヤが埋まっている」という趣旨の言葉がある。私はこれを見て我が意を得たりと思った。私も若いときから、世界認識、時代認識を深めることが、人生や仕事上の指針を見つける上で大切なことだと考えてきたので、強く共感した。私がそう考えるようになったのは少年時代の3つの体験からきている。

●少年時代の3つの体験

 私が小学校2年生の時、クラスにシナ人の子が居た。坊主頭のわれわれと違って坊ちゃん刈りだった。粗末な着物に下駄履きのわれらと違って洋服を着てズック靴をはいていた。しかし彼は「やい、チャンコロ、ポコペン、早くシナへ帰れ」などと言われ、毎日のように追いまわされ、いじめられていた。彼はいつも無抵抗で、みんなのなすがままにしていたが、ある時、激しく抵抗した。すると上級生まで出てきて彼を地面に押し倒した。そこで私は我を忘れて上級生にとびかかって彼を救い出した。騒ぎが収まり、みんないなくなったが、私と彼は池の岸に座って肩を組んで始業の鐘が鳴るまで泣いていた。

 やがて彼は学校に来なくなり、彼の家である駅前の床屋も閉店していた。そんなある日、背の高い父親に連れられて彼が我が家へやってきた。私の父親に「このたび国に帰ることになりました。息子がお宅の息子さんにお世話になったのでご挨拶にきました」と言って親子で頭を下げた。帰って行く2人を見送りながら、シナってどう言う国だろう、どうやって帰るんだろう、と考えた。後で分かったがそれは日中全面戦争が始まる直前の1937(昭和12)年春のことだった。これが私が初めて出会った中国であり、外国であった。

 私の中国への関心は、この体験に原点があるが、より直接的には敗戦直後、たまたま読んだエドガー・スノーの『中国の赤い星』の影響だ。私は戦時中「天皇のため命を捧げる」ことを至上の価値と心得る典型的な軍国少年だったが、16歳(旧制中学4年)で敗戦を迎え虚脱状態になっていたとき、たまたま上京の機会に恵まれ、上野の闇市で生活物資をあさった折、ガード下の小さな本屋で数冊の本を買った。偶然、その中に『中国の赤い星』があった。これが私の運命を変える1冊になった。

 家に帰って読み始めたらやめられず、徹夜で読み上げた。そこには今まで教えられていた「支那」と全く違う「中国」があった。延安の洞窟の中で語る毛沢東、劉少奇、周恩来ら中国共産党の指導者たちの言葉は実に生き生きしていた。彼らの語る中国の未来、アジアの未来は実に魅力的に思えた。心の空白が熱いもので埋められていくのを感じた。夜が明け始めた庭に出て、朝焼けの筑波山を見ながら、私は決心した。「兄たち2人は中国と戦争した(次兄は戦死)が、弟の私は中国と仲良くする仕事をしよう」と自分に誓った。志を立てたのだ。

 もう1つは、横浜大空襲で焼け出され、幼女を連れた我が家に避難していた姉が、幼な子の手を引いて焼け跡の横浜に帰って行くとき、私に遺した言葉だ。「私のような素人が考えてもあの米国と戦争して勝てるわけが無いと思うのに、偉い人たちはなぜ戦争なんかしたんだろう。日清、日露に勝って<お山の大将>になり、世界が見えなくなっていたからだ。おまえは世界が見える人間になりなさい」。この姉の言葉も、世界に目を開くことの大切さを私に教えてくれた。

◆◆ 1、中国を見つめ続けて70年

 私はこの志を遂げるため、東京外語の中国科に入り、最初に就職したのも中国研究所だった。しかし当時の中国は本当に貧しく遅れた国だった。1人あたりGDPは200ドル台で世界の最貧国の1つだった。100年に及ぶ欧米列強の侵略、植民地化で、延べ100万の軍隊で襲い掛かった15年に及ぶ日本の侵略戦争で、さらに戦後の国民政府軍と共産軍の内戦で、中国はボロボロの国になっていた。

 私が受験した1946(昭和21)年の東京外語の競争率は英米科70倍、欧州系40~50倍に対し中国科は7~8倍で、ロシア科と並んで不人気な学科だった。入学したものの、語学と古い歴史や文学の勉強に明け暮れ、肝心の現代中国事情の講義は全くないので失望し、休学して飛行場の跡地を開墾する筑波山麓の農場に入植してしまった。しかし、新聞記事では人民解放軍が政府軍を追い詰め、全中国が解放されそうな勢いだったので急遽復学し、翻訳のアルバイトで中国研究所に通い、最新の中国情報に接触できるようになった。

 革命によって1つの新しい国が誕生するのを、息詰まる思いで見つめ続けたあの緊張感は今も忘れない。そして49年10月1日、天安門で中華人民共和国の成立を宣言した毛沢東の甲高い声が今も耳にこびりついている。しかし、新中国の前途はいばらの道だった。土地革命、反右派闘争、大躍進、人民公社、中ソ対立、文化大革命などなど、中国の政治と社会は建国後30年間激しく揺れ続け、多くの餓死者も出た。とくに建国の父・毛沢東が主導した文化大革命は、中国の政治と社会を激しく混乱、荒廃させて、多くの犠牲者を生んだ。世界の左翼運動にも分裂と抗争をもたらすなど、打撃は深刻だった。

 私も当時の複雑な政治状況に巻き込まれ、中国研究所は4年で退職し、労働経済関係の研究所に移り、中国研究から離れてしまった。しかし仕事が変わっても中国を見つめ続けることはやめなかった。

◆◆ 2、世界の最貧国から世界第2の経済大国へ

 中国では文化大革命の混乱から脱却するため、1976年から改革派と保守派(文革派)の激しい闘争が起き、79年改革派が勝利し、毛沢東に代わって鄧小平が全権を掌握して文革を終息させ、国の進路を社会主義市場経済を目指す「改革・開放」に全面的に切り替えた。以来40年、人類史上空前の規模とスピードで経済発展を実現し、昨年建国70年周年を迎えた中国は、今や米国と並ぶ超大国の1つになった。2010年にはGDPで日本を抜き、世界2位、アジア1位になった。数年以内に米国に追いつき追い越す見通しだ。

 しかし、購買力平価のGDPによれば、2014年にすでに中国は米国を上回っており、2018年にはその差はさらに拡大している(表1 ①)。1位中国(25兆2,700億ドル)、2位米国(20兆4,940憶ドル)、3位インド(10兆5,050億ドル)、4位日本(5兆5,940億ドル)となっており、中国は米国を4.8兆ドル上回り、日本の4.5倍になっている。また先進7か国のGDP、40兆6,796億ドルに対し、新興7か国(中国、インド、ロシア、ブラジル、インドネシア、メキシコ、トルコ)のそれは51兆7,116億ドルで10兆ドル以上も較差がひろがっている(表1 ②)。

   表1 購買力平価GDPで見た世界

 ①上位5か国          ②先進国G7 対 新興国G7
  1、中 国   25,270,07   先進国G7  40兆6,796億ドル
  2、アメリカ  20,494,05   新興国G7  51兆7,116億ドル
  3、インド   10,505,29
  4、日 本    5,594,45   ③欧州 対 アジア
  5、ドイツ    4,356,35   欧州(51か国)  29兆2,617億ドル
                 アジア(24か国) 56兆1,452億ドル
  (単位:千万ドル)
   *)ロシアは②では新興国側に、③では欧州側にカウント
 (IMF-World Economic Outlook Databases 2019年版より作成)

 アジアと欧州=東洋と西洋のGDP較差も大きくなっている。アジア24か国のGDP56兆1,452億ドルに対し、ヨーロッパ51か国が29兆2,617億ドルで、アジアが欧州の約2倍である(表1③)。これらの数字を見ると、ここ3~50年の間、中国、新興国、そしてアジアの台頭がいかに大きなものか、逆に欧米先進国の地盤沈下がいかに大きいかがわかる。

◆◆ 3、「中国の時代」「アジアの時代」は始まっている

 FT紙の外交専門家ギデオン・ラックマンは次のように言っている。「何世紀も続いてきた欧米による国際情勢の支配は終わりを迎えようとしている。この変化の根本原因は、過去50年間の(中国はじめ)アジアの驚くべき経済発展にある。欧米の政治力は、技術、軍事、経済の優位性の上に築かれたものだが、こうした優位性が急速に失われつつある。そしてその影響がいま、国際政治の場で感じられるようになっているのだ」(G・ラックマン『イースタニゼーション』日経新聞出版社)。つまり、世界経済の中心は既に欧米先進国から中国はじめアジアの新興国、途上国の側に移っており、その影響が国際政治にも現れはじめているのだ。

 米国の著名な経営戦略コンサルタント会社の幹部も次のように述べている。「アジア地域の国内総生産(GDP)が、世界全体に占める比率は2000年には24%だったが、17年には34%、40年には50%まで増大する・・・<アジアの台頭>がいわれるが、アジアはすでに<台頭>の域を超えて、<アジアが世界をリード(けん引)するという時代に入りつつあるのだ」(米マッキンゼー・アンド・カンパニー アジア会長オリバー・トンビー 日経/19.09.26)。「中国の時代」、「アジアの時代」がすでに始まりつつあることがわかる。

 ただし中国は自らを「超大国」とは考えていない。「最大の発展途上国」と自己規定している。理由は1人当たりGDPでは為替レートで9,600ドル、購買力平価ベースでも1万数千ドルで、米国(62,868ドル)の6.5分の1から4分の1程度(IMF/2019.10)であること、さらに軍事、科学技術、学術文化、高等教育、ブランド力などの面でも米国より遅れているとみているからだ。

 しかし「14億人近い市場、9憶人の労働力、4億人余りの中所得層、1億7,000万人の高等教育を受けた、また専門スキルを備えた人材資源が、中国経済に強靭な内生的原動力…経済貿易摩擦のもたらす衝撃を解消する条件と能力をもたらしている」(北京週報/19.09.05)ことも事実だ。また世界経済の成長に対する寄与率も、米国、EU、日本を足したものより大きく、30%を超えており(2013-16年の実績は31.6%)、その影響力はすでに超大国並みだ(IMF/2018)。

 いま世界各地で起きている紛争、抗争、対立、動乱はすべてはここに、つまりこれまでの世界構造に地殻変動が起きていることに根源がある。100年続いた米国の世界支配が崩れつつあること、西欧、米国を中心とする「西洋の時代」から、中国、インド、ロシア、イラン、トルコ、ASEANなどを主体とする「アジアの時代」「東洋の時代」に向けて世界史的な大転換がおきていることに根源があるのだ。中国の文献では「100年に一度の大変動」という表現がよくでてくるが、100年規模の変動は米国覇権の崩壊であり、「西洋の時代」の終焉は200年ぶりの変動である。この2つが重なりあっている所に現在の大変動の重要な特徴がある。

 イアン・モリス(スタンフォード大歴史学者)によれば「1914年までにヨーロッパ人とその入植者は(つまり西洋は、地球の)陸地の84%、海の100%を支配」(G・ラックマン 前掲書14頁)していたが、100年後の今、欧米による世界支配は消滅しつつある。この100年間、とくに新中国建国いらい70年間の世界構造の変化はまさに世界史的大変動なのだ。

 欧米にとっては超マグニチュード級の巨大地震が起きていることになる。産業革命以来200年続いてきた西欧中心の世界、約100年続いてきた米国の世界覇権が、経済の土台から崩れてきているのだ。西欧は世界の中心からずり落ちたことに危機感を募らせ、台頭する中国とどう向き合うかを真剣に模索している。米国は世界覇権を手放さざるをえないだけでなく、世界No.1の地位さえ中国に脅かされていることに激しい反発と怒り、強い怨念(「関与政策」の失敗への怨み)をたぎらせている。

 昔だったら世界大戦が起きてもおかしくないほどの状況だが、今は大国間の熱戦は起こしえない。それだけに、諜報、謀略、フェイクニュースの情報戦、内政干渉や政権転覆もいとわない経済戦争や外交戦が激しく展開されている。米国CIAが反米政権の転覆、親米政権の樹立、そのための謀略、暗殺、破壊活動を展開してきたことは広く知られている(『CIA秘録』文春文庫)
 今回の香港デモも「黒幕は米国だ」と中国は断定している(新華社論評/19.08.17)。デモのリーダー黎智英はペンスやポンペオと会談したり、「黒幕」とされる全米民主主義基金(NED)の会合で「香港は米国のために戦っている」と演説している(冨坂聡『サンデー毎日』/19.12.01)。CIA 長官も務めたことのあるポンペオ国務長官はかつて「米国の栄光を守るためなら、手段を択ばない」と語っていた。

 今世界で起きている紛争には民族や宗教対立もあるが、中心は米中対決だ。さらに米ロ対決、ウクライナ紛争、イラン制裁、中東紛争、ベネズエラ紛争、香港暴動、台湾、新疆ウイグル、チベット問題等々―これらすべては中国を先頭とする非米、反米新興国の台頭・勃興への米欧、とくに米国の抵抗の激しさ―なりふり構わぬ暴走の危険性を示している(1月2日、トランプの指示によるイラン・ソレイマニ将軍暗殺の暴挙を見よ)。

◆◆ 4、トランプの世界戦略と対中対決のねらい

 トランプの世界戦略の目標は、① 米国の世界覇権は放棄する。世界中に517の軍事基地(日本は最多の121。沖縄タイムス/18.09.07)や45万の軍人、軍属(ビジネスインサイダー/17.09.15)を率いて「世界の警察官」を続けるカネはない。② しかし米国の世界No.1の地位は断固死守する。これを脅かすものは容赦なく潰す―というものだ。そして世界覇権を捨てたいトランプと継続したい軍産複合体との抗争で、一進一退はあるが「覇権放棄」は進行中だ。中東、東アジア、中央アジアなど、地域覇権が中露にシフトする動きが続いている。東アジアサミットでは米大統領が3年連続欠席(19年まで)して存在感が薄れ、中国の存在感が増し、米国抜きの運営が始まりそうだ。

 米国の国際問題専門家の1人は次のように言う。「アフガンやイラク戦争に5~6兆ドルの費用がつぎ込まれた結果、殆どの米国人は<軍事介入は巨額のコストに見合わない。もっと自国が抱える多くの問題に関心を払うべきだ>と考えるようになった・・・我々は未来永劫金持ちであり続けるわけではないし・・・アジアであれ、中東であれ、米軍が駐留し続けていることで地域の不安定化を招いている・・・米国はもはや世界の警察官の役割を果たすことはできず、これまで独占してきた世界的リーダーシップを各国が分かちあうことが必要だ」(トレバー・スロール ケイトー研究所上級研究員 朝日/19.11.15)

 最近、シリア北部から米軍が撤退したあと、トルコ軍がクルド族攻撃の軍事行動を起こし、シリア軍がクルド族支援に動くなど、中東に緊張が高まったが、ロシア軍の警察部隊が出動し、緩衝地帯をつくるなど、両者の調停にあたっている(日経/19.10.16)。「ロシアが米国に代わってイスラエルを含む中東全体の調停役になった」(WSJ/19.10.17 田中宇国際ニュース解説/19.10.23)。最近のトランプの対イラン強硬策や中東再増兵は、イランと中ロの結束を強めさせ、米国覇権の自壊を早めるだけだ。

 他方、米国は「世界No.1」の地位を守り抜くため対中強硬策をとり始めた。18年3月、初訪中の4か月後、トランプは突如対中貿易戦争を発動した。しかし、米国は17年12月(トランプの初訪中後1か月)には「国家安全保障戦略」(NSS)を発表し、中露を米国に挑戦する「修正主義勢力」と名指ししていたし、18年1月に公表された「国家防衛戦略」(NDS)では、中国を近隣国を略奪経済で威圧し、南シナ海を軍事化する「戦略的競争国」と規定していたから「突如」ではなかった。

 18年10月にはペンス副大統領が「対中冷戦宣言」ともいうべき講演を行っており、明らかに米国の対中政策は敵視政策に転換した。ペンスは昨年10月にも「米国は中国との建設的関係を望んでいる」との留保を付けつつも、より激しい対中強硬策を打ち出し、香港・台湾への支援を明言したため、中国側の激しい反発を受けた(ロイター/19.10.25)。
 米中対決の根は深く、今や貿易問題を越え、為替問題から投資規制、ハイテク戦争―華為、ZTEなどハイテク企業潰し、中国進出米企業への帰国命令、留学生や学術交流へのビザ規制、「孔子学院」潰しなど「チャイナ狩り」ともいえる動きが広がっている。

 さらに中国にとって一番敏感な問題である台湾、香港、新疆ウイグル、チベット問題まであらゆるカードを持ち出している。台湾への武器売却、台湾海峡への空母派遣、蔡総統優遇、香港デモ支援、香港民主・人権法制定、新疆の人権問題キャンペーン(最近のウイグル問題批判の国連決議に反対して、イスラム教国を含む57ヶ国が中国支持声明を出し、米独立系ニュース社が「ウイグル族100万人強制収容所」が捏造記事であることを暴露した<CRI/19.12.27>が、日本のメディアは無視)など、繰り返し中国の神経を逆撫でしている。貿易問題でも中国の体制変更要求までエスカレートしている。

 トランプはツイートで「われわれに中国は必要ない。率直に言えば中国がいない方が状況はましだろう」とまで暴言を吐いている(ロイター/19.08.24)。米中対決は、いまや国家の威信を懸けた、とくに中国にとっては共産党一党支配の興亡をかけた「総力戦」の様相を呈してきた。米国はあらゆるカードを持ち出して中国を制圧しようとしているが、中国は15年間の抗日戦争を勝ち抜いた「持久戦」の戦略で耐え抜こうとしている。中国はいま国の総力をあげて建国以来最大の国難に立ち向かおうとしている。

 習近平主席は、最近の中共4中全会(2019年10月28~31日)の冒頭、次の様に述べている。「世界は100年来の大変動の局面にあり、国際情勢はめまぐるしく変化している。(中国が)直面するリスク・挑戦の厳しさはかってなかった」(中国網/19.10.29)。
 中国はいま準戦時体制に入っていると見ていいのではないか。

 ただ、貿易戦争はすでに中国経済に輸出の減少、成長率低下などのダメージを与えている一方、米国経済へのブーメラン効果も深刻だし、サプライチェーンの分断など世界経済への影響も大きく、世界中から批判や懸念が高まっているので、長期戦には限度がある。米連邦準備制度理事会(FRB)は最近の調査論文の中で、米中の対立によって齎された(経済の)不透明性が「1970年以降最高のレベルまでに達した」と指摘し、「米中摩擦などによって齎される不確実性が企業の生産や投資の縮小をまねき、来年(20年)初頭にかけて米国だけで2,000億ドル(約21兆円)、世界全体で8,500億ドル(約91兆円)の損失をもたらす」と警告している。パウエル議長も「貿易戦争が世界経済の減速と米製造業の不振に繋がる重大な理由だ」と指摘している(yahooニュース/19.09.06)。こうした状況をうけて12月14日米中貿易協定「第1段階」の交渉が妥結(一時休戦)し、近く調印の予定だ。

 昨年11月5~10日に上海で開かれた「第2回輸入博覧会」には米国から企業数でも(170から192へ)展示面積でも(2万から4.7万平米へ)前回を上回る規模で参加しており、トランプが何と言おうと中国という巨大市場を失いたくない米国企業が多いことを示している。中国進出企業の年間売り上げは7,000億ドル、利益は500億ドルといわれている(CRI/18.09.25)。したがって、米中対決は政治的、戦略的には長期戦になるだろうが、経済戦争はそれ程長期化しないだろう。

 では、なぜこれほどまでに対中強硬策に転じたのか。なぜ「なりふり構わぬ」対中圧力をかけ続けるのか。一言でいえば、トランプ戦略の眼目の一つである米国の「世界No.1」を死守するという目標が、中国の台頭によって崩れかけてきたからだ。「破れかぶれ」とも見える強硬策の乱発はこの危機感と焦燥感がいかに強いものかを示している。確かにこの100年間、米国の地位を脅かす国は存在しなかったから、中国の急速な台頭に対する米国の狼狽ぶりは想像に難くない。

 しかし、ここでトランプは戦略ミスをおかしている。戦略の要諦は敵を減らし味方を増やす事だが、世界の3大国(J・ミアシャイマー)と言われる米中ロのうち、中ロを敵に回してしまったことだ。トランプのおかげで中ロの結束は、軍事関係や科学技術協力も含めて史上最強と言われるまでになっている。もう1つ深刻な判断ミスがある。米国製造業の衰退により、兵器産業が弱体化し、中国のサプライチェーンに依存しないと成り立たなくなっている現実(国防総省報告書)があることだ(Money Voice/19.11.22)。

 また、「米国第一」を掲げ、保護主義や一国主義を唱えるトランプの強硬策の乱発は、同盟国の負担増をもエスカレートさせ、同盟国の対米不信や米国離れを加速している。「<西側>という政治概念は、つねに北アメリカとヨーロッパという2つの支柱に支えられてきた。だがトランプがEUに嫌がらせをし、NATOの価値を疑問視し(たり、EUを貿易上の<敵>と語ったりし)た結果、ヨーロッパでは大勢の人たちがもはやアメリカの支援はあてにできないとの結論に達した」(G・ラックマン 前掲書318頁)

 戦後、マーシャルプランで復興を援助された欧州にとって米国は恩人であり、米欧同盟の忠実なパートナーだったが、トランプのNATO批判、防衛費増額圧力、INF(中距離核戦力全廃条約)脱退、パリ協定離脱、イラン核協定離脱、人権理事会、UNESCOなど国連機関からの脱退、WTOの機能停止、EUに高関税(エアバス補助金を理由に8,000億円の追加課税 読売/19.10.04。ワイン、チーズなどへの25%関税発動 各紙/19.10.18)を課すなど、EUとして到底容認できない政策の乱発に、激しく反発している。欧州諸国に極右や排外主義の台頭など深刻な分断と混乱を生みだしている難民問題も、米国の「テロとの戦争」が原因だ。EUはしだいに米国への信頼感を低下させ、独自の道を模索し始めている。

 イタリアはEUで最初に「一帯一路」に正式参加したし、ギリシャ、ポルトガルもその意向だ。経済不調に悩むEUの中核ドイツ、EU離脱の英国、経済低迷に苦悩する中東欧諸国も中国との関係を強めている。英、独、仏、東欧などは華為の5G排除を求める米国の意向に反し、取引を継続する(同調するのは日、加、豪)。勿論、中国の「システム」を警戒し、米欧同盟を重視するEU内保守派も根強いが、トランプ戦略にも違和感を持っている。

 昨年8月、仏ビアリッツで開かれたG7は米欧の対立で共同声明も出せず閉幕したが、この会議で議長を務めたマクロン仏大統領は、最近、英誌のインタビューで米欧同盟の分解を示唆する発言をしている。70年の歴史をもつNATOについて「我々がいま経験しているのはNATOの脳死だ」と述べ、米国から自立した欧州防衛軍を創設し、ロシアと安保対話を始めるべきだと主張している(時事/19.11.08)。米国は「自由主義陣営の<盟主>を降りた」(日経/19.11.10)との見方もでてきた。今年トランプが議長のG7が最後の会議になる可能性があるともみられている。12月3日ロンドンで開かれたNATO70周年記念首脳会議でも米欧の溝は埋まらず、トランプは共同記者会見をボイコットして帰国してしまった。

 かつて米国は世界覇権国としてハードパワー(軍事や経済など)のみならず、ソフトパワー(学術文化、科学技術、高等教育、政治体制、アメリカン・ドリームなど)でも圧倒的なパワーを持っていたが、今やハード面の衰えのみならず、ソフト面での衰退も著しい。米国はもはや「デモクラシーや人権の王国」ではないし、努力すればすべての人にチャンスがある「アメリカン・ドリーム」の国でもない。貧富の格差は拡大し、ホームレスが増え、人種や宗教による社会の分断もすすみ、貧困率は17.8%で先進国トップだし(OECD/2016年)、フードスタンプ受給者も4,000万人(12.5%)に迫っている。

 資本主義の総本山と見られる米国で、若者の間に社会主義志向が強まっているのも注目される。ギャラップの調査では若者の51%が「社会主義」に親近感を示し、「資本主義」の45%を上回った(毎日/19.12.01)。民主党支持者だけでみれば社会主義支持が64%で、資本主義支持の45%を大きく上回っている(時事/19.11.03)。10%の富裕層が80%の富を独占している格差社会への若者の怒りがいかに激しいかを示している。トランプが19年2月の一般教書演説で「米国を絶対社会主義にはしない」と異例の発言をせざるをえなかったのはこのためだ。

 トランプの打ち出す政策は制裁、恫喝、高関税、差別、排除、脱退、武力介入などネガティブで攻撃的なものばかりで、世界のリーダー国らしく、世界に平和と安定をもたらし、人々に安心や希望を与えるような理念やビジョンのかけらもない。「アメリカファースト」を叫び、ツイートで他者攻撃を続けるトランプに世界の人心がなびくはずはない。

 米国で著名なジャーナリストのザカリアは、かつて経済大国が世界の覇権国になれるわけではないと述べ、中国が経済大国になっても覇権国にはなれないと主張したが、その際、日本を引き合いに出して次のように述べた。「思い出してください。日本は数十年間、世界で2番目の経済大国でした。ですが、あの国にはいかなる壮大な主導的構想も見られませんでした。(リーダー国には)構想力と実行力が必要なのです」(『中国は21世紀の覇者となるか』早川書房 29頁)。

◆◆ 5、中国の世界戦略と「人類運命共同体」

 では、米国と肩を並べる大国となった最近の中国はどうか。軍事、経済などのハードパワーでも急速に米国に追りつつある上、ソフトパワーでも徐々に独自のパワーを示し始めている。5GやAI、量子コンピュータや宇宙開発にみられる科学技術面の躍進も著しいが、アジアと欧州をつなぐ大規模なインフラ整備を通じて、ユーラシアを再び世界の中心(ハートランド)に構造改革しようとする「一帯一路」構想が動きだしている(世界銀行によれば「<一帯一路>は関係諸国の760万の人びとを極度の貧困から、また3,200万の人びとを中程度の貧困から脱却させ、参加諸国の貿易を2.8%から9.7%に成長させ、世界貿易を1.7%から6.2%成長させ、全世界の収入を0.7%から2.9%増加させる」CRI/19.12.17)。

 また、世界の紛争の根源は『文明の衝突』(ハンチントン)だとする欧米流の考えではなく、「文明間の平等な対話、交流、相互啓発」(習近平)のため文明間の対話と共存を目指す「文明対話」の提唱(19年5月、北京で第1回開催、諸文明の国から2,000人参加)、さらに、地球温暖化、海面上昇、熱帯雨林の減少、砂漠化の進行と言った地球環境問題始め、貧困撲滅、難民問題、民族紛争の克服など、人類が直面する世界的課題の解決を通じて「人類運命共同体」の構築を目指す壮大な構想を提起するなど、人類の未来に責任を負う大国の役割を果たそうとする真摯な姿がみられる。事実、中国は貧困撲滅(建国以来8億人を貧困から解放)や地球緑化のため大きな実績(2000年から2017年までの地球緑化面積の4分の1。NASA発表)をあげている。

 IMF、世界銀行は最近の総会で、これから全世界がリーマン危機級の同時不況になっていくという予測を発表した。また米国『ナショナル・グラジオフィック』誌は、これから30年間で世界的な食糧難が酷くなり、最大で50億人が十分な食料や水を得られない状況になると予測している。さらに、米マサチューセッツ工科大学のコンピュータ予測では2020年に不況が始まり、その後2040年ごろにかけて事態の悪化が進み、「文明の終わり」の状態になるという(田中宇国際ニュース解説/19.10.28)。

 地球的、人類的観点に立てば、自国優先主義を唱えたり、覇権争いなどに時間やエネルギーを空費している余裕は無いはずだ。こうした人類的課題に率先して取り組み、リーダーシップを発揮することこそがまさに大国の責任なのだ。

 習近平主席は10月1日、建国70年記念の演説で「中国は平和発展の道を堅持し、互惠・ウィンウィンの開放戦略を貫徹し、世界各国の人々と共に人類の運命共同体の建設を推進していく」と宣言し(CRI/19.10.01)、今年の年頭の辞でも重ねて決意を述べた(同/19.12.31)。また「中国が覇を唱えることは無く、そもそも(覇権国になろうと言う)野心も無い」(ギリシャ訪問時、アテネで 朝日/19.11.13)ことを繰り返し強調している。

 最近は「中国崩壊論」に代わり、米国を先頭に中国への憎悪、反感をあおる「中國脅威論」「中国デストピア論」が猛烈な勢いで世界中に拡散されている。この影響で、日本でも保守派だけでなくリベラル層や左派にまで反中、嫌中ムードが広がっている。最近の香港、台湾での選挙は米中対決のさなかだったため代理戦争の様相を呈したが、共に6対4(得票率)で米国派が勝った。現在の国際情報戦における米中の力関係を反映しているように見える。

 中国を独裁、強権と断罪する議論には、人口、面積とも「巨大国家」である上、多民族、多言語、多宗教の「複雑国家」であり、ガバナンスには前人未踏の困難があることへの想像力が欠けている(中国自身にもこの問題での深掘りが足りない)。「中国=悪」とする西側の猛烈なキャンペーンに抗して、中国が事実をもって、覇権を求めず、平和と多極共存の新しい世界秩序を構築し、人類の運命共同体の建設と言う「人類ファースト」を目指して奮闘する国であることを示し続けていけば、「アメリカファースト」を掲げる米国に対して、思想的、道義的に、つまりソフトパワーの面でも中国が優位に立つことは間違いない。世界史の現段階はすでにそこまできている。

◆◆ 6、日本の生きる道

 こうした世界史的大変動のなかで、日本はどう生きていくのか。「中国・アジアの時代」に背を向けて、米国と共に衰退して行くのか、それとも新時代の潮流に加わり、やがて世界のハートランドになる「ユーラシア時代」に、しかるべき存在位置を確保し、21世紀日本の新しい国家目標を追求していくのか、重大な岐路に立たされている。

 日本の支配層は、政治家も財界人も霞ヶ関官僚も、戦後70年、あまりにも長い間「日米関係最優先」の日米安保体制を軸に対米追随を国是にしてきたので、それ以外の選択肢は考えられないし、考えたくもない。対米自立や自立後の日本の外交戦略など想像することも出来なくなっている。いつまでも世界一だと思っていた米国が衰退するなど思っても見なかったから、そんな世界へのシナリオやビジョンを描く能力は持っていない。文字どおり日本は「脳死」状態になっている。

 彼らは口を開けば呪文のように「日本を巡る安保環境は厳しさを増している。北朝鮮や中国の脅威に対して抑止力を高めるため日米同盟を一層強化しなければならない」と巨額兵器を爆買いしている。ところが米国の著名な国際問題専門家のハーラン・ウルマンは次のように書いている。「ロシアも中国も、隣国を攻撃しようとする意図は持っていない・・・だとすれば戦争を抑止するために何が必要かという問いかけは意味がない」(H・ウルマン『アメリカはなぜ戦争に負け続けたのか』309頁)。

 ソフトバンクの創始者・孫正義は、産業、経済面からの危機感を次のように述べている。「80年代や90年代、日本は電子立国といわれ世界を引っ張る勢いがありましたが、今は部品や自動車を除いて世界のトップ分野が無くなりました・・・(このままでは)世界から忘れられた島国になってしまう」「世界では急激な産業構造の転換が起きています・・・激震が起きている・・・AIが産業の全てをひっくり返す時代がいよいよはじまると思う・・・問題は政府(政治家や官僚)や教育者などリーダーがそのことを十分認識していないことです」(日経ビジネス/19.10.07)

 つまり、日本は世界情勢の構造転換に対応できていないばかりか、産業構造の大転換にも対応できていないのだ。国際政治、外交面での存在感を喪失しつつあるのみならず、産業、経済面でも経済大国日本の面影がなくなってしまった。日本のGDPは中国の5分の1になり、かつてはつねにトップクラスだった1人あたりGDPでも世界で26位、アジアで4位に落ちている。

 今日本に必要なことは、まず「アメリカ眼鏡・マスコミ眼鏡」をはずして、世界の新しい現実、とくに中国、アジアの現実を直視することだ。日本には明治以来の西洋崇拝、アジア蔑視が今も根強く残っている。軍国日本が支配したかつての中国、韓国、朝鮮、東南アジアはもうどこにもない。しかも「日本の戦争謝罪は充分だ」とする人は韓国1%、中国4%、マレーシア22%などで、日本へのアジアの目はいぜん厳しい(Washington Post/15.08.13)。安倍首相お得意の韓国蔑視、朝鮮敵視、中国包囲網と言った対アジア政策は全くの時代錯誤だ(安倍は最近財界の意向で対中政策を修正し始めた)。

 中国の対外貿易はすでに対アジアが50%を超えており(表2)、日韓が輸出で10%、輸入で20%を占めている。日本も韓国も中国が最大の貿易相手国だ。中国を中心に日中韓の「東アジア経済共同体」が事実上形成されつつある。日本はAIIBや「一帯一路」に積極的に参加すべきだし、日中韓のFTAも急ぐべきだ。さらに共同体化を進めつつあるASEANとの連携(東アジア地域包括的経済連携RCEP)により、EUを大きく上回る世界最大の「アジア経済共同体」の可能性も生まれている。日本はそのなかで独自の持ち味、得意技をみがき、アジアにとって必要不可欠の存在感を築いていくしか生きる道はない。
 「日本が一方的にアジアを<選んでいた>時代から、日本がパートナーとしてアジアから<選ばれる>必要がある時代になっ(て)」いるのだ(後藤健太『アジア経済とは何か』中公新書)。

   表2 中国の対外貿易の実績(2017、2018)

         輸 出    輸 入
 ------------------------------------------
   アジア    48.4     55.9
   日 本     6.1     8.5
   韓 国     4.5     9.6
   アフリカ    4.2     4.6
   欧 州    19.0     17.8
   中南米    15.8     7.4
   アメリカ   19.0     7.3
   大洋州     2.3     5.7

  (資料「海関統計」『中国情勢ハンドブック』2019年版 330頁)

 しかし、日本がアジアの共同体の中でしかるべき存在位置を確保し、近隣諸国と良好な関係を築いて行くには、なによりも歴史認識で不誠実さや虚偽があってはならない。中国侵略、朝鮮植民地支配、東南アジア侵略は消すことのできない日本の過去だ。アジアのコミュニティで生きていくには、何よりも正しい歴史認識こそが「国のいのち」であることをしっかり認識しておかなければならない。 (1月12日)

 (アジアサイエンスパーク協会名誉会長)

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