■【研究論叢】

アメリカにおける富裕階層への富の集中について     鈴木 不二一

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 多民族国家アメリカはもともと多様な国であった。極論する人は、天国もあれ
ば地獄もあり、アメリカン・ドリームとスラム街が同時併存する振幅の大きさの
中にこそ、アメリカ産業社会の活力が埋め込まれているのだともいう。とはい
え、近年のアメリカでは、そうした多様性が,次第に上層と下層への両極分解の
様相を強めつつある。

 勝者の一人勝ちの世界では,アメリカン・ドリームの浮かぶ瀬に乗る機会も極
小まで縮小し,所詮それははかない幻想にすぎなかったことが露見してしまう。
さらには,社会の安定を支えていたミドルクラスの縮小は,アメリカ経済社会に
さまざまなきしみを生じさせてきていることにも注目しなければならないだろう。

 こうした兆候に対して,すでにいまから20年前に,アーサー・シュレジン
ジャー・ジュニアは「アメリカ合衆国の解体(Disuniting of the United
States)」への懸念を表明し,社会統合の危機を警告していた(Schlesinger,
1991)。けれども,アメリカにおける高額階層への富の集中は,止まらないどこ
ろか,ますます加速の度合いを高めている。

 今年の夏から秋にかけて,若間のたちを中心に全米に拡大した「ウォール街占
拠(OCW)」の抗議行動は,一向に改善しない経済格差問題と,その背後にあ
る強大な金融権力への社会的批判を政治課題の焦点に押し上げはしたものの,議
論の決着はそう簡単につきそうもない。

 先日発刊されたOECDの報告書『Divided We Stand(拡大する所得格差)』
が明らかにしているように,いまや所得格差拡大の趨勢は,先陣を切って進んで
いたアメリカだけではなく,これまで比較的高い平等度を維持してきたドイツや
北欧諸国も含めて,ほぼOECD加盟国全体に広がっている。もちろん日本も例
外ではない。

 本稿では,アメリカにおける不平等化の事実と背景要因,社会的帰結に関する
最近の注目すべき研究と議論を紹介し,あわせて政策的含意についても考察して
みたい。

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◆「大格差圧縮時代」から「大分裂時代へ」
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  1915年,ウィスコンシン大学の統計学教授ウィルフォード・キングは『合衆国
における所得と富』と題する,包括的な実証研究の書を発表した。いまや,合衆
国は斜陽の大英帝国を追い越し,世界で最も豊かな経済大国の座を獲得した。繁
栄を続ける国民経済の成果が人々に均霑している自由の国アメリカ,そのことを
事実をもって明らかにしたい,ということが研究書発刊の大きな動機のひとつで
あった。

 ところが,ある数字が彼を悩ませていた。所得最上位1%層が国民全体の所得
の15%ものシェアを占有していたのである。自由と平等を友愛の精神で調和させ
ることを建国の理念とする,王侯貴族なき民主主義の国アメリカで,なぜこのよ
うな不平等が観察されるのか。その説明に窮せざるをえなかったのである。

 さて,それから喧噪の20年代を経て,1929年大恐慌,大失業時代という苦難の
歳月が続く中で,戦前期にはついに所得不平等改善の兆しがあらわれることはな
かった。

 こうした所得不平等の趨勢を平等化の方向に反転させたのは,第二次世界大戦
勃発にともなう軍需景気と総力戦に国民を動員するための戦時平等主義であっ
た。そして,その趨勢は,戦後も長きにわたって継続されることとなる。経済史
家のゴルディンとマーゴは,底辺層の所得改善と中間層的平準化により平等化が
大きく進展した1941~1979年の約40年間を「大格差圧縮時代(Great
Compression)」と呼ぶ(Goldin & Margo,1991)。

 しかし,このような平等化の進展も,70年代後半のスタグフレーションと賃金
停滞の時代の訪れとともに終焉を迎える。そして,1980年代以降は,再び格差拡
大の時代に転じて,現在にいたっている。この新たな不平等化の時代を,クルー
グマンは「大分裂時代(Great Divergence)」と名付けた(Krugma,2007)。

 表1は,上位所得層への富の集中の指標を用いて,上記の3つの時期区分にお
ける所得分配の推移を整理したものである。
   1929~40年の「大恐慌時代」は,1920年代を通じて高まってきた不平等度
が,そのまま高止まりしていた時代である。上位10%層が全体の所得の半分近く
の45%のシェアをしめ,下位90%との所得倍率も7.4倍に達していた。なお,所
得上位1%層のシェアは1917年の17.7から17.1へと若干下がっているが,これは
恐慌下での株の暴落,企業倒産等によりトップ階層の所得も低迷したためである
が,底辺層の所得下落はもっと激しかったので,下位90%との格差倍率は1917年
の26.8倍が28.1倍に増加している。

 1940年代は,戦前の不平等度が一挙に低下した時代である。1950年には上位
10%層,1%層の所得シェアは,それぞれ10%ポイント,7%ポイント下落して
34.2%,10.8%となった。この水準は,その後30年近くにわたって維持されるこ
とになる。

 1980年代以降の「大分裂時代」は,現在進行中であるが,不平等度が戦前の水
準を追い越して高まっていることに注目しなければならない。不平等度が直近の
ピークに達した2007年でみれば,上位10%層,上位1%層の所得シェアは,それ
ぞれ2分の1,4分の1近くにまで達し,下位90%に対する所得倍率もまた,戦前の
ピークを上回っている。

表1 アメリカにおける上位所得階層の所得シェア,所得倍率の長期推移


       所得シェア(%)   下位90%との所得倍率
       上位10% 上位1%  上位10%  上位1%


  1917年   40.5  17.7    6.1   26.8 <大恐慌時代 Great
Depression 1929-40>
  期間中平均 45.3  17.1    7.4   28.1

大格差圧縮時代 Great Compression 1941-1979>
  期間中平均 34.2  10.8    4.7   14.8

大分裂時代 Great Divergence 1980-現在>
  1980年   34.6  10.0    4.8   13.8
  1990年   40.0  14.3    6.0   21.5
  2000年   47.6  21.5    8.2   37.0
  2007年   49.7  23.5    8.9   42.1


注:(1)所得シェアは税引き家計所得(キャピタルゲイン含む)全体にしめるそ
れぞれの所得階層のシェア
   (2)所得倍率は,下位90%の平均所得でそれぞれの階層の 平均所得を除した値
出所:The World Top Incomes Database
  <http://g-mond.parisschoolofeconomics.eu/topincomes/> のデータにより
作成。

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◆富の傾斜配分のフラクタル構造
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  80年代以降のアメリカの所得分配をめぐる状況は,それまでの平等化の動きが
様変わりともいえる変貌をとげた。所得階層区分別の所得の伸びと所得シェアの
動きを,1949年,1979年,2007年の3時点で比較することによりもう少し詳しく
みていこう(表2)。

 1980年代以降の所得配分は,上位の階層にいくほど所得の伸びが高まるという
傾向が顕著にみられるようになったことであるが,このことは,上位所得層をさ
らに細分化していっても同様に観察されるところに大きな特徴があった。そこ
で,最新の研究成果を用いて,上位所得階層をトップ0.01%にまで細区分して観
察する。

 まず,「1949~1979年」「1979~2007年」の二つの期間中の所得階層別所得伸
び率のパターンを比較すると,前者の「大格差圧縮時代」において下位の所得層
ほど所得改善の度合いが高かった傾向が,後者の「大分裂時代」では逆転して,
上にいけばいくほど所得伸び率が高くなっていることがきわめて明瞭である。

 ここで注目すべきは,上位の所得層の中に立ち入るほど,上に厚い配分状況が
顕著にあらわれていることである。「1979~2007年」の期間に,上位20%の所得
は45.9%増加し,最下位20%層の伸び率8.3%を5倍以上上回っていた。しか
し,その上の上位10%層の所得伸び率は99.6%で,さらにその倍の水準であっ
た。こうして所得階層の梯子をのぼっていくと,所得伸び率は倍々ゲームで増え
ていき,所得上位0.01%層では,ついに503.6%増(つまり所得6倍増)というき
わだった所得上昇が観察されるにいたる。

 このような状況を評して、かつてクルーグマンは、1980年代以降のアメリカの
所得格差のパターンには、全体のパターンが細部の構造にも反映されているとい
う意味で「フラクタル(自己相似)」的な性質がみられると述べていた
(Krugman, 1994)。この指摘は現在においても妥当する。いや,それどころ
か,所得格差のフラクタル構造は拡大再生産の一途をたどり,ますます先鋭化し
つつあるといってよいだろう。まさに、新訳聖書マタイ伝の中の「持てるものは
ますます富み、持たざるものはますます失う」という一節のごとき、とめどもな
い両極分解現象が進行しているといえよう。

表2 アメリカにおける所得階層区分別所得伸び率,所得シェアの推移
(1949-2007)


            所得伸び率     所得シェア
        1949-1979  1979-2007   1979  2007


Bottom 20%   116.0     8.3      4.1   3.3
Second 20%   100.0    11.0     10.2   8.8
Middle 20%   111.0    14.3     16.8   14.6
Fourth 20%   114.0    23.3     24.6   23.0
Top 20%     99.0    45.9     44.2   55.9
  Top 10%    90.9    99.6     34.2   49.7
  Top 5%    81.5    131.5     22.9   38.7
  Top 1%    64.7    224.0     10.0   23.5
  Top 0.1%    74.1    390.0      3.1   12.3
  Top 0.01%   114.3    503.6      1.4   6.0


出所:国勢調査局データおよびThe World Top Incomes Database
  <http://g-mond.parisschoolofeconomics.eu/topincomes/> のデータにより
作成。
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◆ニューヨークでの富の一極集中はさらに極端
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  ニューヨークはアメリカン・ドリームの象徴のような街だ。全米から,そして
世界中から,人々は夢を抱いて,この地にやってきた。ニューヨーク在住日本人
向けの,あるタウン誌の題名は,ドンずばり『アメリカン・ドリーム(略称:ア
メ☆ドリ)』(発行部数2万部)。そのキャッチ・コピーには「頑張る日本人を応
援します!」とある。

 頑張ってつかもうとする夢が大きい分だけ,その実現の確率は低くなる。勝者
と敗者の間の落差もまた,大きくならざるをえない。浮かぶ瀬の高さと沈む淵の
深さ,光と影が交錯する,振幅の大きなカオスの世界が,ニューヨークの本質だ。

 アメリカの縮図のような街ニューヨークでは,経済活動の振幅の幅も,所得と
富の格差の大きさも,より増幅してあらわれる。たとえば,アメリカ全体でみた
所得上位1%層の所得シェアは,2007年に23.5%であったが,ニューヨーク市だ
けをとると,実に44.0%にも達していた(『ニューヨークにおける所得集中
化』,2010年)。

 「ウォール・ストリート占拠」(Occupy Wall Street)抗議行動グループが,
スローガンのひとつに掲げる「99%の声を代表して,金融権力の強欲さを批判す
る」という意思表明の背景には,このようなニューヨークにおける極端な富と権
力の不平等が存在している。

 ところで,最近発表されたニューヨーク会計検査院の報告書『ニューヨーク証
券業(Securities Industry)に関する年次報告書』(2011年10月)は,ニュー
ヨークにおける富の集中傾向に,産業という側面から照明をあてている。

 証券業と証券業以外の民間企業の間には,平均年収の大きな格差がこれまで一
貫して存在していたが,とりわけ2000年代以降,格差拡大傾向はますます加速し
つつある。すなわち,証券業以外の民間企業と証券業の年間収入格差倍率
は,1980年代はおおむね2倍程度で推移していたが,その後,1995年約3倍,2000
年約5倍と格差が急拡大し,2007年のピーク時には8倍近くにまで広がった。そし
て,リーマンショック翌年の2009年には5倍程度にまで格差が縮小するもの
の,2010年になると再び拡大傾向に転じ,約5.5倍の格差倍率となっている。

 2010年のニューヨーク市証券業の平均年収は,金額では36万1千ドル強,2010
年平均の為替レート1ドル88.8円で換算すると,3180万円となる。雇用者数3万人
近くに及ぶ産業全体の平均年収が,日本でいえば社長の平均年収の水準に相当す
る高額に達していることになる。ニューヨークの証券業以外の民間企業の平均年
収は6万6千ドル(586万円)と,全国平均を上回ってはいるものの,証券業の高
額収入とは桁がひとつ違っている。

 報告書は,ニューヨーク市証券業の平均年収には,ウォール・ストリートの巨
大金融企業の執行役員や投資銀行家等,富豪たちが多く含まれることが,このよ
うな平均年収の高さに反映されているのであろうと述べている。おそらく,証券
業内部での年収上下格差にも相当に大きなものがあり,ほんの一握りの超富豪た
ちの年収が産業全体の水準を押し上げているものと推測される。

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◆不平等の社会的帰結:社会統合の衰弱化と民主主義の基盤崩壊
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  戦前を上回る不平等化傾向が長期にわたって持続してきたことから,アメリカ
の社会には大きなきしみが生じている。丹念な実証研究の蓄積を背景に,示唆に
富む多くの議論が展開されているが,ここでは,経済学者中心の従来の格差論で
はあまりとりあげられることのなかったふたつの問題領域についてふれてみたい。

 ひとつは,長期にわたる極端な不平等の持続は社会統合の衰弱化をもたらすと
いうものである。すなわち,経済的不平等の増加は、健康や教育水準、離婚率,
犯罪率、社会関係資本、幸福感などの別のレベルの不平等を増加させる可能性が
あるという議論である。このような不平等が別の不平等を引き起こすことをめぐ
る事実発見とそのメカニズムの解明が行われてきた。

 たとえば,社会疫学の第一人者として世界的に著名なカワチ・イチロー教授
(ハーバード大学公衆衛生大学院)による「所得不平等と社会の健康状態」に関
する実証研究がある。

 アメリカの地域データによる比較分析の結果、経済的格差が大きいほど、疾病
率や死亡率などで測った健康状態の指標が悪化するという事実が観察されてい
る。「経済的格差が拡大すると、より豊かな人と比べて相対的に貧しい層が体験
する心理的ストレスが大きく」なり、貧困層の疾病確率が高まる。

 しかし、それだけではない。貧富の差の拡大は、コミュニティにおける信頼感
に裏打ちされた社会関係資本(地域や組織において、構成員が持っている信頼
感、互酬・互助意識、社会的支援ネットワークへの積極的参加など、「共通利益
のために協力する社会的能力」)を切り崩し、「社会の質」を劣化させる。現
に、経済的格差が大きい州ほど、犯罪・殺人率も高い。信頼と助け合いの精神の
衰えた地域では、人々の健康状態の水準も低くなる。

 経済的格差の拡大が「社会の一体性」を損ね、「社会の質」を劣化させること
を通じて、当該社会の健康状態の水準を下げてしまうメカニズムが働いていると
したら、たとえ「勝ち組」になっても、病いと無縁でいることはできない。こう
した実証研究をふまえて、カワチ教授は、人々の健康状態改善のためには、経済
的格差を是正し、社会の一体性を取り戻すことがきわめて重要であると主張する
(カワチ, 2004)。

 もうひとつは,所得不平等の進行が民主主義の基盤を堀り崩す可能性について
の政治学者たちの問題提起である。まず,時間的,金銭的余裕にめぐまれ,自分
の主張に自信を持つ所得の高い層ほど,政治参加の度合いが高まる傾向があるこ
とから,経済格差の拡大は政治参加の高所得層への偏りを強める可能性がある。

 さらに,ビジネスのトップに立つ富裕層は,政治献金,ロビイング等の手段を
通じて,自らの政治利害を政治に反映させやすい。実際,世論調査の結果を用い
た研究によれば,所得が高まるほど,自らの望む政策を政治に反映させる確率が
高まるという結果が示されている(Gilens, 2003)。経済格差の拡大によってこ
の傾向が強まれば,政治の世界は「1人1票」ではなく「1ドル1票」のマーケット
の世界に限りなく近づき,富裕層への政治的権力の集中の悪循環が生じてしまう
可能性がある。まさに,民主主義の危機といわざるをえない。

 リーマンショックに端を発する金融危機を契機に,金融業の社会的規制の必要
性の議論がいったんは高まったものの,ふたたび息を吹き返した金融権力の政治
圧力によって,金融業規制政策は次第に骨抜きにされつつある現在の政治状況
は,まさに政治学者たちの懸念が現実のものとなっていることを示しているのか
もしれない。
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◆おわりに
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  近年の所得分配をめぐる状況をみていると,アメリカ社会の過酷さをつくづく
実感させられる。「持てるものはますます富み、持たざるものはますます失う」
という新訳聖書マタイ伝の中の一節のごとき、とめどもない富裕層への富の集
中,社会の両極分解現象にはめくるめく思いを禁じ得ない。同時に,こうした過
酷な現実に勇敢に立ち向かっていく社会運動家たちや,良心的リベラル派の論客
たちの姿にも感動を覚える。

 いまや不平等の問題は各国共通のグローバルな政策課題となっている。この問
題をめぐってこれまで長期にわたる苦闘を重ね,いまもなお悩みの中にあるアメ
リカ社会の経験に,われわれは真摯に学ぶ必要があるだろう。

 最後に,冒頭にふれたOECDの報告書『Divided We Stand(拡大する所得格
差)』の政策提言のポイントについて,ひとことコメントしておきたい。報告書
は,現在進行している所得不平等化は,戦前のような金利生活者と勤労者の利害
対立の世界とは異なって,勤労所得内部での格差拡大に起因することに着目し,
就業率を高め,人々の職業能力を高めるような教育や職業訓練政策に意を注ぐべ
きことを強調している。

 たしかに,傾聴すべき問題提起である。しかし,ここで強調されている教育
は,人々を市場競争での勝ち抜き戦に追いやるような性格のものであってはなら
ないだろう。そのような勝ち抜き競争は,結局「勝者の一人勝ち」による不平等
化を帰結する可能性が高いことをアメリカの経験は教えている。

 不平等の社会的帰結として大きな関心を集めている社会統合の弱化への目配り
もまた,不平等に対処するための教育政策を考える際の視点として重要であろ
う。「人が人とつながり,社会をつくる力」としての「社会力」(門脇厚司
,2010)の涵養は,不平等の進行の中で傷ついてしまった社会統合の力を回復さ
せる上で必要不可欠の課題になりつつあるように思われる。

 もうひとつ,金融業が実体経済に対する支配権を強めていく「経済の金融化
(Financialization)」の趨勢が,現在の不平等化と深く関わっていることも忘
れてはならない。その意味からすれば,「拡大する所得格差」に対する政策的処
方箋を考える上で,金融業の規制をめぐる政策やあるいは企業統治改革の問題を
考慮することも不可欠な論点であろう。OECD報告書の政策論は,この点に関
する議論が必ずしも十分ではないと思う。

 最後に,日本での政策議論は,枕詞に「アメリカでは・・・」という枕詞を関
して主張の正当化を演出することがしばしばみられるが,この場合の「アメリ
カ」が想定しているのは,新自由主義的な主流派の主張や政策であることが多
い。けれども,「アメリカ」の議論は一言でくくれない,きわめて多様な展開が
みられるのが特徴である。過酷な現実と格闘している草の根の声や良心的リベラ
リストの主張に,もっと耳を傾ける努力を怠ってはならない。そうした努力抜き
に,アメリカの経験に学ぶことはできないと考える次第である。

〈参考文献〉
イチロー・カワチ、ブルース・ケネディ(2004)『不平等が健康を損なう』,日本
評論社
ロナルド・ドーア(2011)『金融が乗っ取る世界経済』,中公新書
Krugman P.(1994). Peddling Prosterity.
Paul Krugman (2007) “The Conscience of a Liberal”, W. W. Norton & Company
Schlesinger, A. M.(1991). The Disuniting of America.
Claudia Goldin & Robert A. Margo(1991),“The Great Compression: The Wage
Structure in the United States at Mid- Century”, NBER Working PapersN03817.
Emmanuel Saez(2010), Striking it Richer:The Evolution of Top Incomes
inthe United StatesGilens, Martin (2003) “Unequal Responsiveness.” Paper
presented at onference on Inequality and American Democracy, Princeton
University

      (すずき ふじかず,同志社大学ITECアシスタントディレクター)

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