【コラム】
酔生夢死

やっぱ、ドン引きだろ

岡田 充

 「ここにいるすべての美人に、オレのどでかいキッスをおみまいするゼ」― 新型コロナ・ウイルスに感染し入院したトランプ米大統領が10月12日、約2週間ぶりに大統領選挙の集会に登場してこんな発言をした。
 フロリダ州サンフォードの会場に現れた大統領、マスクを支持者に投げ「もう免疫ができた。今はとってもパワフルに感じてる」と、腹の底から絞り出すような太い声で、回復ぶりを強調し「キッス発言」をした。
 演説の映像を見ると、詰めかけた数千人の聴衆の多くはマスクもつけず、お隣との距離もとらない「密集」状態。大統領の主治医はこの日、抗体検査の結果大統領の「陰性」を確認したと発表したが、本当だろうか。

 この主治医は、ワシントンDC郊外にある米陸軍病院の医師。大統領は全軍最高司令官だから、主治医は「部下」に当たる。無理難題と分かっていても、最高司令官の命令となれば拒否しづらい立場にある。大統領は入院後「酸素吸入」をしていたが、主治医は当初、酸素吸入の有無についての質問への答えを避けていた。「忖度」は、日本の官僚の専売特許ではない。
 大統領が入院中に車で「外出」し、支持者の前に姿を見せるムチャができたのも、主治医の許可があったからだ。問題はコロナにとどまらない。「政治による科学(学問)への介入」という、より普遍的な問題にもつながる。

 折から日本では、発足したばかりの菅政権が日本学術会議の推薦した会員候補のうち6人を任命しなかった問題が炎上している。任命除外の判断をしたのは首相か、それとも官邸トップの杉田和博・官房副長官かなど、分からない部分もまだ多い。
 最大のポイントは「任命除外した理由」の開示だが、菅義偉首相はそれには口を閉ざし続け、政策決定の不透明さと官邸支配という前政権の体質継承を浮き彫りにした。多くの人は、6人の学者が安保法制に反対するなど、政府方針に非判的だったからとみる。

 そんな疑いを立証するかのように、前川喜平・元文科省次官は野党ヒヤリングで、同省の分科会人事に関して、かつて杉田氏から「政権批判の人物を入れては困る」と言われたと証言した。前政権時代から人事権を掌握した官邸(政治)が、人事介入してきたことを裏付ける証言だった。

 話はトランプ演説に戻る。ドヤ顔で「キッス発言」をした大統領に支持者はどう反応したか。録画を繰り返し再生すると、会場は発言に盛り上がるどころか一瞬静まり返った。大統領が20人以上の女性から「性的違法行為」で告発されているのはよく知られている。おまけにコロナ感染の直後、やっぱり「ドン引き」するよね。

画像の説明
  フロリダの選挙集会でマスクを投げるトランプ大統領

 (共同通信客員論説委員)

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