【コラム】

ほらほら、置いてきぼり食らうよ

岡田 充

 電話普及率… 先進国ほど高く、途上国は低い。世界各国の状況を記述するさまざまな「年鑑」には、電化や鉄道敷設キロ数と並び、電話普及率が統計指標の一つだった。「電話」とは固定電話のこと。「だった」と書いたのは、途上国でも携帯電話が急速に普及した21世紀には、経済発展の指標としてあまり意味がなくなったからだ。
 日本の固定電話の世帯ベースの保有率(2017年)は71.0%だった。しかし20代ではなんと5.2%、30代でも29.3%に過ぎない。独身はもちろん、結婚しても共働きが多いためか、固定電話を持たない世帯は増える一方だろう。

 さてここから本題の「マネー」に移る。2020年10月、カンボジア中央銀行がデジタル通貨「バコン」を導入した、というニュースが流れた。中銀デジタル通貨の発行は、カリブ海のバハマに続き世界2番目という。カンボジアでは通貨「リエル」の信用度が低く、流通する通貨は米ドルだった。「バコン」導入で、国家がようやく通貨発行の支配権を取り戻したことになる。

 中銀発行のデジタル通貨と、ビッドコインなどの「仮想通貨」とはどう違うのか。仮想通貨は、ネット上でユーザー同士が取引し、通貨の裏付けはない。一方、買い物で使うクレジットカードや、交通機関で利用する「電子マネー」は、法定通貨の代替物だ。

 主要国では、中国が試験的に中銀デジタル通貨を導入し、2022年の北京冬季五輪開催前に実用化する予定。中国ではスマホのアプリで、巨大IT企業、アリババ集団の「支付宝(アリペイ)」や騰訊控股(テンセント)の「ウィーチャットペイ」など、銀行を介さないショッピングが消費者に浸透している。これもすべてスマホ一つで取引できるキャッシュレス。
 「中国の特色ある社会主義」でも、民間企業が都市部の雇用の8割と、国内総生産(GDP)の6割を創出。共産党指導部には、巨大IT企業が金融支配しかねないとの懸念を強めていた。中銀デジタル通貨の発行も、国家による巨大IT企業への支配を強化する狙いがある。アリババ集団の創始者ジャック・マー(馬雲)への締め付けも、この文脈で見ると分かりやすい。

 日本も日銀に「デジタル通貨グループ」を設置し、導入に向けた実証実験を始めたばかり。日本人の「現金信仰」は根強いものがある。キャッシュレス決済額の比率を見ると、韓国(96.4%)、中国(60%)、シンガポール(58.8%)に対し、日本はわずか19.8%。一方「タンス預金」の総額は、50 兆円(2019年1月)を越えたとされる。
 他人ごとではない。亡母が祝儀袋に紙幣を包むとき、わざわざ重いアイロンを出して、お札のしわ伸ばしをしていたのを思い出す。こんなことをするのは日本人ぐらいに違いない。

画像の説明
  中国政府が2月の旧正月の
「お年玉」用に配った「デジタル人民元」画像(人民網)

 (共同通信客員論説委員)
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