【コラム】槿と桜(16)

えごまをご存じですか

延 恩株


 新大久保のコリアタウンに出かけて、日本人の方が何を買われるのか見ていると、現在、韓国の何に興味や関心があるのかおおよそわかります。
 そこで今回は、主婦とおぼしき方たちが手に取り、購入されていく食品について少し触れることにします。
 コリアタウンのマーケットを覗くと、日本のスーパーマーケットではお目にかかれない食品や食材がかなりあります。特に野菜や果物は、季節ものが多い関係から、その時期をはずすと見ることはもちろん、手に入らないことになります。

 たとえば「チャメ(참외)」と呼ばれる、日本のまくわ瓜によく似た果物は初夏にしか店頭に並びません。もっともかつて八百屋さんにあった日本のまくわ瓜そのものが日本のスーパーマーケットに出回ることはなく、日本人からは忘れられた果物になってしまっているのかもしれませんが。
 チャメの果肉はメロンほど柔らかくなく、甘みも落ちますが、かつて韓国にいたとき、初夏になると道ばたで籠に山のようにチャメを入れて売っているおばさんたちからよく買ったことが思い出され、新大久保に行くとチャメの時期には必ず買って帰ります(日本のスーパーマーケットにも出回るとも耳にしたことがありますが、少なくとも私は見たことがありません)。

 それではここ数年、特に最近、日本の主婦がよく購入されているものは何かと言えば、「えごま(들깨)」関連の食品が挙げられます。
 これ以前には乾燥鱈、ざくろの酢、日本のダシの素によく似た「タシダ(다시다)」など、それぞれが人気商品として一時期、大変よく売れていたようです。これらのなかで根強い人気を保つと、日本のスーパーマーケットにも並ぶようになり、いわばメジャーデビューを果たします。遠くはキムチですが、お酒のマッコリ、ざくろの酢などがそうでしょう。

 ところでこのえごまですが、韓国では日常の食材としてよく使われます。えごまは実だけでなく葉もよく食べます。えごまの葉は、一見すると青じそにそっくりですが、青じそより葉に厚みがあります。青じそにも独特の香りがありますが、えごまの葉にも青じそとは違った独特の香りがあります。韓国人でえごまの香りが苦手だという人は少なく、それだけ馴染まれていると言えるでしょう。
 えごまは夏の野菜ですが、今日ではハウスなどでも良く育つので季節に関係なく一年中、栽培できるのも韓国人に愛用され続けている理由の一つかもしれません。韓国では厳しい寒さの冬場は、11月~12月頃に漬けた白菜キムチを食べて野菜不足を補うほどですから、年間を通して食べられるえごまが重宝がられ、韓国人には身近な食べ物になったと考えています。もちろん健康に良いことは知られていましたが。
 親の知人に約30年間、えごまの実を毎朝、ひと握りほど食べ続けていた男性がいて、60歳になったとき白髪がまったくないばかりか、膚がみずみずしくとても若々しかったということです。人から「なぜそんなに若く見えるのか。何か秘訣でもあるのか」と訊かれて、ご本人は「別に何もしていないが、強いて言えば」と、えごまの実を食べ続けていたことを話されたそうです。そう言われてこの男性の奥さんを見ると、実際は年下なのにかなり老けて見えて、ご主人のようにえごまを食べ続けてこなかったというのです。
 このことで、すべてがえごまの効用とは断言できないと思いますが、健康や美容に悪い働きをしていないことだけは確かなようです。

 えごまは韓国では大変身近な食べ物になっていますが、決して韓国独特の植物ではなく、実は日本でもかつては生活に溶け込んでいたようです。日本ではもともと漢字で「荏胡麻」と表記されていました。なんでも縄文時代からえごまは栽培されていて、日本に伝えられたのは、一般のゴマよりも古いとのことです。中世末期まで、日本での植物油はえごま油で、灯火にも使われていたとのことです。ただ乾性油のえごま油より不乾性油の菜種油が中世末期以降、普及しはじめ、次第にえごま油の利用が減り、現在では食物用としてかろうじて特定の地域に残された以外は、日本人の生活からは遠ざかっていってしまったようです。
 したがって多くの日本の方がえごまは「韓国のもの」という誤った認識を持ってしまうことになったようです。また次のような情報は、今や日本でのえごま生産がごく僅かであることを裏づけています。
 韓国農林畜産食品部が2015年5月に公表したものですが、今年1~4月のえごま油の輸出額が268万1000ドル(約3億22000万円)にのぼり、前年同期比2074%も増加し、そのうち対日輸出額が前年同期比9357%増加の257万1000ドルだったというのです。
 輸出量が驚異的な伸び数を示していますが、その輸出先がほとんど日本であることがわかります。

 なぜこれほど韓国からえごまの輸入量が増えたのかといえば、えごま油が、人間の体内では作れず、しかも人体に不可欠な必須脂肪酸のα-リノレン酸を他の食用油に比べて豊富に含んでいるとされるからです。認知症やうつ病予防、心筋梗塞や動脈硬化を抑制、中性脂肪を減じるなどの効能が日本の方に注目され始めたからだと言えるでしょう。
 ですからえごま油に関しては、もはやコリアタウンのスーパーマーケットに留まらず、早くもメジャーデビューを果たしたと言えるでしょう。
 でも私はえごま油だけでなく、是非、えごまの葉も日本の方にお勧めしたいと思っています。
 韓国でもっとも一般的な食べ方はとても簡単です。えごまの葉にそのままご飯や味噌、焼肉などを載せて、包んで食べます。いわゆる「サバップ(쌈밥)」(包みご飯)です。
 このほか、私がよく作るのは「ケンニップキムチ(깻잎김치)」(えごまの葉のキムチ)と「ケンニップチャンアチ(깻잎장아찌)」(えごまの葉のしょうゆ漬け・みそ漬け)です。
 ちょうど海苔と同じように温かいご飯をお箸で包むようにして食べると、太りすぎを気にしながらついついご飯が進んでしまいます。
 また韓国人は海苔をよく食べますが、昔は母親から韓国のりにエゴマ油を塗りつける仕事をしょっちゅうさせられたものでした。一度に100枚ほど、えごま油で味付けをしますから、結構大変でした。美味しいものをいただくためには辛抱強さも必要のようです。
 ほかには「ケンニップムチム(깻잎무침)」(えごまの葉の和えもの)や刻んだえごまの葉とチョコチュジャン(초고추장 とうがらし酢みそ)で和えても、チゲ(찌개 鍋)に入れても美味しいですよ。

 えごまの葉はまだコリアタウンでしか見かけませんが、いつかメジャーデビューできたらいいなと思っています。何しろ文句なしの健康食品なのですから。
 日本でも栽培され、伝統的な食物として生活に定着している地域もありますから、日本の方にもう少し知られていくと、きっとそう遠からず私の近所のスーパーマーケットにも並ぶようになり、わざわざ新大久保のコリアタウンに出かけなくてもすむようになるかもしれません。

 (筆者は大妻女子大学准教授)


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