■【ガン闘病記】(4)             吉田 春子 

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 夫が前回に触れておりますように、手術直後の闘病生活は、まだ信念が固まっ
ておらず、まさに「死に物狂いで手当たり次第、行き当たりばったり」ながら、
とりあえず来た車に次々と乗って走り続けてきたことが、じつは今から思えばい
ちばんよかったのではないかと思います。どの代替療法が自分に合うのかと迷っ
ている癌患者の方がいらっしゃるとすれば、今すぐにでも自分に効きそうなもの
を選び、一定期間試してみることをお薦めします。代替療法(食事療法を含め)
はけっしてからだに悪いものではありません。あれこれ迷っている時間はとても
もったいないと思います。私たちも幾つかの療法が効いていると確信でき始めた
のは半年~1年を経てからでした。そのなかでも、わが家で効果が大きかった療法
について述べたいと思います。
 
 私たちは、どちらかが癌になった時には使いたいと最初から決めていた丸山ワ
クチン以外は、民間療法については何も知りませんでした。まさか自分たちが癌
になるなどとは想像もしていなかったからです。まずは夫の友人が薦めてくれた
ケールの青汁から始まりました。ご自分のB型肝炎を青汁で見事に克服された方
です。さっそく明石駅の近くにあるケールスタンドに連れて行っていただきまし
た。このスタンドはケール青汁による食養法を提唱されてきた故遠藤仁郎医学博
士(倉敷中央病院名誉院長)の指導で設立した「ケール健人の会」の支部です。

私たちにとっては、ケールとは何ぞやです。今までに見たことも聞いたこともあ
りません。ケールは地中海を原産とするキャベツの原種で、結球しない種類、ビ
タミンやミネラルなどの含有量がおそらく日本で栽培されているどの野菜と比べ
てもかなり多いのだと教えていただきました。実物は、大きいもので両手を大き
く広げた長さがあります。ちょうど固い茎と青々とした葉が半々の長さです。初
めて見た私たちはまずその大きさ(こんなに大きな野菜を見たことがなかったの
で)と、その野生味に驚かされました。キャベツの原種といってもキャベツとは
似ても似つかぬ代物です。キャベツのように白っぽいやさしい黄緑ではなく、濃
い緑色の葉で、茎を手にもって頭の上にかざせば、日傘になりそうな大きさでし
た。茎といえばちょっとやそっとで包丁で切れそうもないような硬さです。後に、
味も外見とたがわず、多分に野性的なことがわかりました。私たちが始めた春先
は一番飲みやすく、甘すぎも苦すぎもせず、キャベツ臭さをのぞいては比較的飲
みやすい味でした。ところが夏も盛りになるにつれて徐々に苦味が増し、真夏の
苦さは尋常ではありません。そして秋を経て冬になると今度は砂糖のように甘く
なります。1日4合飲むには甘すぎる味です。

 このスタンドは青汁の種類も豊富で、液体、顆粒、粉末、そして生葉と数多く
あるのですが、生葉を自分で搾って飲むのが一番効果が高いとのことで、月・水・
金と1週間に3度、配達していただくことにしました。4キロ、4キロ、6キロ
と全部で14キロです。1日に4合飲める量です。このときにはまだ、なんとか夫
のからだに効いてくれればと思っただけで、ケールの生葉を搾ることがどんなに
大変なことかはまったくわかりませんでした。
 
まずはジューサー探しです。普通のジューサーでは硬い茎を砕くのにモーター
がすぐにやられるとのこと。ちょっと高めの1万7千円ほどのものにしました。
にもかかわらずそのジューサーは3ヶ月ごとに故障し、修理に出すあいだ普通の
安いジューサーを買ったりしましたが、結局、5万円ほどの巨大なパワージュー
サーを買うことで落ち着き、ほぼ1年半使うことができました。ところがそれも
とうとうモーターが故障し、同じものを注文しようとしたら、すでにその会社で
は扱っていませんでした。普通のジューサーはこんなに硬いものを大量に搾る必
要がないので需要がないのでしょう。今は普通のジューサーを二つ使って交互に
搾っています。

 次に大変だったのは届いた青葉の処理です。初めて届いたケールには小さな卵
が表と裏のあいだに沢山産み付けられていて、糸のように移動したあとがついて
いました。その卵をていねいに取り出して洗い、小さく切ってジューサーの口に
入るような大きさにしてからジューサーにかけます。量が多いので途中何度も絞
りかすを取り出して、また再開します。そんなことを繰り返して、最後にジュー
サーを洗い終えると6時間かかっていました。1日仕事です。慣れるまでの1年
ほどはケールの青汁だけで週に丸3日使うことになりました。ケールの葉は無農
薬栽培をしていますので、季節の移り変わりとともに次々といろいろな虫や卵が
ついてきます。よく見ないと見逃してしまいそうな葉ダニや、青虫に卵を産みつ
けるハチなど、ファーブル昆虫記を地で行っているようでした。一年を通して一
番多いのはやはりモンシロチョウの幼虫の青虫です。この青虫は一見動きが少な
いかに見えますが、葉を洗っているときによほど注意していないと必ず何匹かは
流しから逃げ出し、台所の壁や、どうしてこんなに遠くまで這ってきたのかと思
うような居間のあたりで見つかります。青虫たちはそこここでいつの間にかさな
ぎになり、季節外れの寒い冬に、脱皮したモンシロチョウが部屋の中を飛んでい
たりします。思わず顔を見合わせて笑ってしまいます。

 次に食事です。私たちが玄米菜食を始めたのは術後3ヶ月後のことでした。あ
る患者の会で、癌生還者あるいは元気な共存者の7~8割が玄米菜食をしている
というお話を聞いてからです。食養生にはいろいろあります。有名なのはゲルソ
ン療法で、これについては星野仁彦著『ガンと闘う医師のゲルソン療法』でも料
理法などが詳しく紹介されています。ゲルソン博士の「ガンは全身の栄養障害と
代謝障害によってもたらされる病気である」との定義から考えられた食事療法で、
でんぷんと生野菜を中心とする食事です。やはり玄米など精製されていない穀物
と大量・多種類の野菜ジュースをとり、塩分はほとんどととりません。日本にも
玄米菜食や断食を中心とした食事療法が幾つかありますし、健康ブームで、いわ
ゆる昔からのひなびた食事が推奨されたり、マクロビオティックなども逆輸入さ
れていますが、基本的は同じではないかと思います。先進国のグルメ志向の現代
人は必要以上の栄養とカロリーをとっていること、栄養的には口当たりのよい動
物性タンパク質、脂肪を中心としたもので、その結果、ビタミン・ミネラルなど
の栄養素が不足して現代病を引き起こしていること、そのようなゆがみを是正す
る食事療法が求められていることが説明されています。
 
理論はそれぞれ違い、読めば読むほど奥が深いのですが、実際に玄米菜食を作
る私は普通の家庭の主婦です。元来が大雑把な性格なので、細かいカロリー計算
をしたり、栄養学的な専門書を読んだのちに料理をつくり始めるのも苦手です。
朝日新聞に掲載されている四コマ漫画『ののちゃん』の母親像をどうも自分では
ないかと思ってしまいます。つまり、「誰でも作れるガン患者食」です。

 まず考えたのは、玄米菜食を続けるうえで、どうしても欠かせない幾つかの条
件をクリアすることでした。この部分だけ守ればあとは上手に手抜きができるか
らです。
(1)玄米(できれば無農薬・どうしても無理なら減農薬栽培)をおいしく炊く
(2)だしは毎日とる。昆布としいたけと少しの良質のかつおぶし
(3)調味料は本物を使う。塩はきれいな海からとった自然塩、しょうゆはアルコー
ルや添加物の入ってないもの、味噌は無添加のもの(大豆・米・食塩のみ)、良質
の酢。砂糖はいっさい使わない。どうしても甘味がほしい場合のみ砂糖のかわり
に少量のメープルシロップで代用。みりん、酒は使わない。油はゴマ油と純粋な
たね油、オリーブ油のみ
(4)肉・肉製品・卵・牛乳など、基本的に動物性タンパク質はとらない(今では小
魚と白身魚を少々)
(5)油料理は作らない。1ヶ月に1度程度の少量の油を使った料理。天ぷらは少量
の油で揚げ、残った油はそのつど捨て、酸化した油は使わない
(6)水を良質のものに変える。今は千種高原の水(ラドン水、1年ほどそのままにし
ておいてもアオサがつかず、腐らない)を使用。1ヵ月1度の水汲み
(7)農薬のかかった野菜・果物を極力避ける。自分の住んでいる土地やその周辺で
とれたもの、収穫後日数のたっていないものを選ぶ。輸入野菜や果物、季節はず
れの野菜や果物は食べない

 玄米菜食ですから、まず玄米がおいしくなくてはなりません。今わが家は圧力
釜を使っています。半日~1晩ほど水に浸しておいた玄米を強火で一気に圧力を
かけ、弁が回り始めたらホタル火にして30分、そのまま火を止め15分蒸らして
できあがりです。玄米だけでは単調なので、気分に応じて紫米や小豆、大豆、粟、
黍など雑穀を入れています。できあがったばかりのアツアツの玄米にゴマをかけ
て食べると、それはそれはおいしくなります。わが家は圧力釜で直炊きですが、
ガン患者学研究所の川竹代表は講演会のたびに、圧力釜の中にもう一つ鍋(カム
カム鍋)を入れて炊く炊き方が一番おいしいと言われます。玄米は噛めば噛むほ
ど甘くおいしくなります。よく言われているように、けっして硬くもパサパサで
もなく味もそっけもないものではありません。圧力釜で炊いた玄米は、ほどよい
柔らかさで粘りもあります。味も白米などとは比べ物にならないコクがあります。
パサパサの玄米を食べてお腹の調子をくずされたとすれば、それは炊き方に問題
があるのだと思います。

 玄米の大きな効用はもう一つあります。便通です。玄米を食べ始めたその日か
ら便の量がとても多くなり、がんこな便秘も一気に解消します。そう言っても実
際に食べてない方々は簡単には信じてくれませんが、腸の手術後がんこな便秘に
悩んでいた88歳の母は、2年前の玄米を食べ始めたその日から今日まで一度もお
通じがなかった日はありません。もう白米に戻ることはできないと言います。友
人の夫は病気のために力が弱り自力で便を出しづらかったのですが、玄米を食べ
てみたらとお薦めすると、その後友人は「2キロほど出たわよ」とすぐに嬉しそ
うに電話してきました。このためか、玄米を食べ始めると数ヶ月で体重が大きく
落ちてきます。夫も術後玄米菜食を始めてから体重は14キロほど落ちています。
一時はこのまま体重が減っていけば体力も落ちるのではと心配しておりましたが、
ある時期がくるとピタッと止まりました。その後は身体が軽く軽快になり、むし
ろ動きやすくなっているようです。癌患者はカロリーをとり過ぎると癌細胞にも
栄養を与えることになるのでできるだけ最低限のカロリーを維持するのが良いと
言われますが、私は2年間癌患者の近くにいるものとしてこの説だけは正しいと
直観しています。

 玄米菜食になってから気づいたことがあります。玄米と限られた本物の調味料
で薄い味付けをして食べる食事は、どれも自然の食材の味そのものです。太陽の
光をいっぱいに浴び、大地のエネルギーを受けて育った地元の農家の人たちの野
菜や高原野菜は、スーパーで売っている数日たった野菜、水耕栽培や温室栽培の
季節はずれの野菜とはまるで別の食べ物のようです。こういう野菜をいただいて
いると、舌のほうも徐々に微妙な自然の味を少しずつ思い出してきたようで、新
鮮なふきのとうや筍、黒豆の枝豆ごはんなどを口に入れると季節の香りがいっぱ
いに広がり、生きている喜びを感じます。夫は朝の散歩から戻ると、ほどよい空
腹のせいもあるのでしょうが、「うまい、うまい」と声をあげながら食卓に並んだ
旬の食材を一皿残さずたいらげてくれます。この瞬間、夫のいのちのエネルギー
はまさに爆発しているのだと信じています。

 現代人の私たちは、あまりにも作られた味に慣らされてしまって、素材そのも
ののもつほのかな甘味や香りなどを感じ取れなくなっています。それと同時に、
一般に美味しいものとされているケーキやお菓子、肉や魚、クリームやソースな
どにはさほど魅力を感じなくなりました。よく考えれば、今まで食べたいと思っ
ていたもの、美味しいと信じていたものはことごとく身体に害を及ぼすものばか
りです。パンやケーキやお菓子はどんなに口当たりよく、品よくきれいに作られ
ていたとしても、油と砂糖をふんだんに使っていますし、肉類もその種類を問わ
ず多分に脂肪が含まれているし、おいしいソースやクリーム類も脂肪たっぷりで
す。添加物や化学調味料も使われています。最近では口当たりのよいもの、甘い
もの、美味しいものは全部毒に見えるようになってきました。いったんそういう
目で見始めると、スーパーやデパ地下では買えるものがありません。お菓子売場、
肉売場、ベーカリー、カフェ、出来合いのお惣菜、野菜売場(入荷後時間がたち
霧吹きで鮮度を保っている)ことごとくパスです。輸入されている数々の果物も
数ヶ月たっても常温で腐らないなど、どんな保存料を使っているのでしょう。果
物・野菜は旬のもの、地産地消(住んでいる土地でとれた新鮮なものをいただく)
に限ります。最近の買い物ではスーパーのカゴの中にはかろうじて魚の切り身2
切と豆腐と納豆などということがよくあります。

 また、今更恥ずかしいのですが、人間のからだは口に入れるものだけで出来上
がっているのだと改めて気づきました。水、食べ物、そして空気です。とはいっ
ても若いときはその限りではありません。個体差もあります。何を食べても飲ん
でも元気で長生きしている方もいます。しかし、年をとったり、病気になった場
合には、長期にわたって口から入るものをきれいなものに変えることはとても大
切な気がします。それがわかったのは玄米菜食を始めてから1年も過ぎた頃でし
た。1年とちょっと過ぎた頃、わが家の熟年世代面々の肌が変わり始めたのです。
癌患者の夫は戒律を一番厳格に守っているせいか、家族のうちでは一番健康色で
肌がすべすべしています。気功や太極拳も大いに効果を上げているようです。ち
ょっと煩悩に目覚めてこっそりおはぎを食べたりする母や私よりずっときれいで
す。もともとあまりきれいな肌ではなかった私まで、それでも夫のあとに続き、
肌が自分でわかるほど変わってきました。1年半ほど経った頃です。

 わが家の食事は、ごく普通のメニューを、前述の必須項目にもとづいて並べた
もので、とくに目新しいものはないと思うのですが、献立を2~3ご紹介させて
いただきます。この他、おやつには、適宜さつまいもやとうもろこし、かぼちゃ
などが加わり、季節が変わるにつれて、名前のわからないご当地の新鮮野菜を使
った料理を、教えていただいた方法で作ります。

1)(朝)玄米ごはん+ゴマ(あるいはノリ) みそ汁(大根と油揚げ) 納豆 ハ
ヤトウリと桜エビの煮びたし 漬物(自家製で塩分をほとんど含まず)  (昼)玄
米もち(ノリ、キナコ) 豆乳 みかん (夕)玄米ごはん+ゴマ 根菜の煮物(レ
ンコン、人参、里芋、ゴボウ、コンニャク、シイタケ、厚揚げ)タコときゅうり
の酢の物 自家製漬物 

2)(朝)玄米ごはん+ゴマ(あるいはノリ) みそ汁(豆腐、ワカメ、エノキダケ) 
納豆 しらす+大根おろし 小松菜の煮びたし (昼)温かいそば(そば、ネギ、
シイタケ、油揚げ) ハタケシメジの炒めもの いちご (夕)玄米たけのこごはん 
たけのこの煮物 たけのこの刺身 すずきの塩焼き(小片) にゅう麺(素麺、麩、
三つ葉)  自家製漬物

3)(朝)玄米ごはん+ゴマ(あるいはノリ) みそ汁(かぼちゃ、ネギ) 納豆 ち
りめんじゃこと小松菜の炒めもの(ゴマ油ほんの少々)  (昼)全粒ライ麦
(50~60%)黒パンのオープンサンド(玉ねぎ、トマト、じゃがいも かいわれ) ホ
ット豆乳 りんご (夕)玄米ごはん+ゴマ 白和え(豆腐、ゴマ、味噌、メープ
ル、大根、人参、シイタケ、コンニャク) もずく(自宅で味付) エビ入り餃子2
個 自家製漬物

(癌患者のための料理集)『ガン完全治癒の法則・実践編 治る食事』人間出版 
NPO法人ガンの患者学研究所監修 2004年8月
          (筆者は吉田勝次姫路工業大学教授夫人)

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