■【北から南から】

タイ・バンコク                   松田 健

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◇政治混乱でも一貫して好景気が続くタイ


  1980年代後半に円高回避のための日本企業のタイ投資ブームが起きましたが、
2010年からは再び日本企業のタイ投資が急増しており、投資受け入れ機関やタイ
の工業団地販売、タイ人の人材紹介業などに従事しているバンコクの日本人はか
つてない忙しさにあり、「日本からバッタの大群が押し寄せてきている」と表現
する人もいるほどです。

 最近、日本からタイに投資しているのは中小企業がほとんどです。バンコクか
ら通勤できる範囲に工場を作るところが多く、日本語ができるタイ人人材の獲得
競争も起きています。しかし十分な投資調査もしていない安易で危険な進出も多
いことから、失敗、撤退するケースも増えそうです。
 
  タイが中国や韓国、インドなどと締結しているタイのFTA(自由貿易協定)
のメリットをタイで享受できることに魅力を感じてタイに進出してくる日系企業
も多いです。タイで操業する日系商社のK社では、扱っているメインの商品は金
型(かながた)部品。それを日本のメーカーの工場からと、そのメーカーの中国
工場から同製品をタイに輸入するケースを比較すると「断然、中国から購入する
方がもうかります」とK社の社長は断言する。

 「中国とタイが2010年から実施したFTAでそれまで10%かかっていた関税が
ゼロになりました。中国からの輸入では、我々は努力しないで利益が10%増えた
のです。日本とタイもEPA(経済連携協定)を実施しましたが、まだ段階的に
関税が下がりつつあるだけ。しかも日本では原産地証明などの書類をそろえたり
する作業が極めて煩雑で、それをクリアしても日本からタイへの輸出はせいぜい
2~3%のメリットしか出ません。

 しかし中国では申請したとたんに認可されます。今後は中国からの輸入を増や
す」(同)そうです。同社ではAFTA(ASEAN自由貿易地域)として
ASEAN10か国の中の先進6か国でも2010年1月からほぼ全品目の関税が撤廃
されたことから、マレーシア、インドネシアとの輸出入も開始しました。「こん
な魅力的な制度を使うためには、日本を捨ててタイなどASEANに出てくるし
かありません。日本企業が日本に居ながら世界と競争するには環境が悪過ぎま
す」(同)と断言されました。
 
  日本は2011年8月1日にインドとのEPA(経済連携協定)を発効させました
が、これも今後5年から10年かけて関税を段階的に撤廃していく目標で、現時点
での関税率削減は微々たるもの。しかしタイではインドとのFTA(自由貿易協
定)で82品目についてアーリーハーベスト(関税の早期引き下げ)を実施してお
り、タイの日系企業は日本とインドのEPAより条件が良いタイのFTA制度を
利用し、タイからインドへの輸出を狙うケースも増えています。
 
  タイの外資受け入れ窓口である投資委員会(BOI)に申請した日本企業は
2010年1~12 月に381 件。前年は262 件だったので45%増。土日も含め毎日1
社以上の日本企業がBOIに投資申請していることになります。BOIを窓口に
認可されると外国企業の100%出資も可能となりますが、税制優遇を受ける手続
きや規制が多いことを嫌って、BOIに申請せず、タイ側が51%以上を保有する
一般投資の形態でタイに進出する日系企業も増えています。
 
  一方、すでにタイに進出している日系の部品工場では、自動車などの好景気に
より、こなしきれないほどの受注量を抱えている現状で、仕事がなくて暇な日本
の本社工場に、タイで受注した仕事を下請けに出すところさえ増えています。し
かもそのような子会社に頼る日本の親会社でも自社のタイ工場から「ライセンス
料」として売上高の一部を支払わせているところがほとんどで、「日本の本社を
食べさせていると言えます。その分、タイ法人の利益が減少してしまいます」と
東京に本社がある中小企業のタイ代表が嘆いていました。
 
  日本ではモーターショーや国際工作機械見本市といった展示会が縮小傾向にあ
るようですが、タイのバンコクで開催される国際展示会も逆転状況にあります。
毎年11月、「東南アジア最大規模」と主催社が宣伝する「METALEX=メタ
レックス」という工作機械を中心とする国際展示会がバンコクで開催されていま
すが、日本とは反対で、出展希望企業が多すぎて(出展を)断っています。

 METALEXは圧倒的に日本企業の出展が多く、日本のほとんどの工作機械
メーカーだけでなくロボット、工具などのメーカーに加えて大田区や日本の中小
企業団体も出展しており、まるで日本の産業展がバンコクに引越ししてきたよう
です。しかもこのバンコクのMETALEXの会場で、日本で未発表の工作機械
やロボットの新製品を発表する日系企業もあります。
 
  日本の中堅企業からタイのローカルで大手部品メーカーであるサミット・オー
ト・インダストリーズ・グループ(SAG)の工場に来て技術指導している日本
人エンジニアと話す機会がありました。彼は「この工場には日本の当社工場より
最先端の機械や最新鋭ロボットが多数導入されている」と目を丸くしていまし
た。 しかし数十年前のSAGではまったく反対の状況だったのです。
 
  日本の三菱自動車などの大手企業と数十の合弁や技術提携をしているSAGの
オーナー社長であるサンサーン社長は私に、初めて日本に出かけたときのショッ
クが今でも忘れられないと語りました。「当時の当社は零細企業で2輪のシート
の張り替えがメインの仕事でした。日本に行ったのは自動車部品製造をタイで始
めたいと考え、その仕事を探すためでした。しかし日本を歩きながら『もう工場
経営は止めよう』と心が沈みました。

 日本の工場はタイとは比較にならない極めて高いレベルで、導入されている機
械は高価なものばかり。とても当時の私が手を出せるような機械ではありません
でした。当時の私のバンコクの工場など、ハンマーとネジまわしだけといった町
工場でした」とサンサーン社長。しかしそれから40年間の努力を続けた今、「ホ
ンダの4輪の天井部分にグラスファイバーを使ったヘッドライニングなどを当社
が自社開発して納入できるまでになりました」とサンサーン社長は胸を張りました。
 
  バンコクの主なところだけでも数百店ある日本料理店では顧客のほとんどがタ
イ人で超満員のにぎわいです。ほんの10年程前までのバンコクの高級日本料理店
で見かけるタイ人のほとんどは日本人のゲストとして来ているケースがほとんど
でしたが、今では日本人経営の高級日本料理店はタイ人だけの顧客だけといった
店が増えていま。私もタイ人のお客としてバンコクの高級日本料理店に行く機会
が増えていますが、以前では考えられなかったことです。
 
  テレビ東京で放映されたという「TVチャンピオン・ラーメン職人選手権」で
優勝した店7店がそろってバンコクの一角に並ぶ「ラーメンチャンピオン」が
2010年11月末にトンローという道路にオープン、日本の美味しい有名ラーメンを
一か所で選んで食べることができるようにもなりました。タイのローカルのラー
メンは1杯100円程度なのに、これらバンコクの日本のラーメンは600円以上と、
日本とさほど変らない価格なのに、タイ人の若者顧客を中心に賑わっています。

          (筆者はタイ・バンコク在住アジア・ジャーナリスト) 

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